表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
93/239

第86話 『ろくでもない』



 ――ゆっくりと目を開ける。

 でもやっぱり億劫で、何度か、寝入ってしまおうかと目を閉じる。

 その繰り返しの末、


「……うぅ……?」


「起きるの、待ってた」


「うん。あぁ……ありがとう、ジル」


 少し距離を置いて座るジルの存在を確認して、ホープはゆっくり起き上がる。

 腹の上に乗っている、いくつかのガラス片を手で払いながら。


「ま、生きてるわな……そりゃ……」


 グググ、と最高潮に疲れた体に力を込め、ホープもジルと同じく座る体勢に。

 ――梯子が倒れて窓から突っ込んで、ここはまた別の建物の中だ。

 周囲を見回すと、デスクが並んだ何の変哲も無いただのオフィスビル。


「最初に物資調達した所でも思ったけど、デスクの上に置いてあるあの()()()()は何なの?」


 イスとデスクもセットのように置かれているものだ。

 何やら色々と文字の描かれた鍵盤のようなものも設置してあるが、会社員の人々は、あの箱に向かって仕事していたのだろうか。


「名前、聞いたことある……確か、『ポソコン』」


「ぽそこん?」


「あ、違うかも。『ペソコン』かな」


「ぺそこん!? そっか、ジルもよく知らないんだもんね。おれたち同じ田舎者で……」


 ドラクのお喋りの中で知り得た、今のところホープとジルの唯一の共通点。

 ――先程は色々あったが、ホープはどうすれば良いのだろう。ジルとの仲を、いったいどうすれば……



「ホープ、ごめん。巻き込んでしまって」



 数秒の気まずい沈黙の後、俯くジルが開口一番に謝罪をかます。

 ――意味がわからない。


「あいつの狙いはおれだったよね? 巻き込んだのはおれだよ。巻き込まれたのが君で」


「そうじゃない」


「え?」


 ジルは弱々しく首を振り、


「実は、イザイアスとは会ってた。吸血鬼のヴィクターに、殺されかけてるところだった」


「うん」


「それを、私が止めた……無駄に命を奪うのは、良くない……って」


「うん」


「彼と約束した。『二度と顔を見せないように』って」


「うん」


「……バカなこと、した。私が余計なことしたから、ホープを、危険な目に……現にあなたの体、傷だらけ。もしかすると、命も失ってた、かも……」


「まぁね」


 否定はできないし、しない。

 イザイアスが生きていたから、ホープはかなり痛めつけられた。

 自分の命はどうでもいいが。


 とりあえずジルを責めたいとは微塵も思わない。


「でもジルはさ、イザイアスを殺さないのが正しいと思ったんでしょ?」


「ん……その時は」


「じゃあもう良いじゃん。どうでも。そもそもおれは雑魚の無能の大間抜けで、他人の選択をどうこう言える人間じゃないし。気にしないでよホント」


 この世に『上から目線の無能』ほど害悪な存在があるだろうか。

 ホープはそれにだけはなりたくなかった。


 ――もしもホープが自分の命を大切にするような人間だったら、今、どれほどジルに怒りを燃やしていただろう。

 そういう意味ではホープのこの難儀で面倒くさい性格にも、メリットが皆無ではないらしい。


「というか、謝りたいのはおれだよ。君を見捨てて、本当に逃げようとしてたんだから」


「え? それ、私の指示。当たり前だよ」


「当たり前じゃないよ。女の子……あ、おれより年上だけど、男が女の子一人残して逃げるなんて、指示されたとしてもやっちゃダメだよ」


「ホープ……」


「現にほら、ジルも傷だらけだ。数秒遅かったら殺されてたしね……」


 二人して、俯く。

 これはもうどこまで話しても答えが見えない気がホープはしていたが、それはジルも同じだったらしい。


「キリが無いね……ホープ、本当に気にしてない?」


「もちろん。君は?」


「ん、何とも」


「どっちも気にしてないしどっちもボロボロのボコボコだしね。よし、今回のことは忘れよう!」


「それが…………良い」


 ジルが妙な間を作ったことは不安だったが、とりあえず何事も無かったことが良かったのかもしれない、とホープが思っていると、



「話した方が、いい? 私の……『過去』」



 やっぱり、ジルは全然気持ちがスッキリしていないではないか。

 ホープが叫んだ内容をモロに引きずっている。


「……どっちでも良いよ」


 ホープの答えは、『ここまでジルに言わせといて最低だ』と思われても決しておかしくはないもの。


「聞かせてくれるなら嬉しいし、聞かせてくれないんならそれはそれで何とも……君の思うようにして」


 でも、これは仕方がない答え。

 ジルがホープのことをどう思ってるのか、わからないから。


 逆に、過去を話してくれるかどうかで、どう思われてるのか白黒つける良い機会かもしれない。


「あぁ誤解しないでほしいんだけど、おれは別に君のこと嫌いってわけじゃないよ? ……誰にでもこうなんだ。相手に何も求めない。求めたくない」


「変わってる」


「はは、よく言われるよ……」


「あなたと一緒にいると、いつも居心地良い。その理由、今わかった」


 突然のジルの言葉に、ホープはドキッとした。驚いて心臓が弾むような感覚。

 ――そんな風に思われていたのか。


 ジルはおもむろに立ち上がり、


「……言い忘れてた」


 今まで離していた距離を埋めるように、ホープの方へ歩み寄り、


「助けてくれて、ありがとう。ホープ(私の友達)


 髪の毛や肩が触れ合うほど近くに、彼女は座り直した。

 ――なぜかその様子に、どっと安心感が込み上げてきたホープは、


「……ぐー、ぐー……」


 ジルの肩に頭を乗せ、爆睡してしまった。



◇ ◇ ◇



 ジルは、本当に驚いていた。


 ドラクが話を盛っているかと思っていたから。


 忌まわしきエドワーズ作業場にて、ドラクは『ホープに全てを救われた』『命懸けで守ってくれた』と何度もジルに話してくれた。

 作業場内ではほとんど気絶して過ごしていたジルの耳には、それがとても真実には聞こえなかった。


 ホープには悪いが、どうしても彼は『強者』には見えない。


 だから今回のイザイアスとの戦いで――本当に、驚かされたものだ。

 『強者』ではない彼が、『強者』ではないなりに抗い、状況を変えてみせた。

 運命を切り開いてみせた。


 敵を打ち倒し、自分とジルを生き残らせたのだ。


 そして、恩着せがましくも、押し付けがましくもなく、平然とジルと喋るのだ。

 なんて凄い人だろう。居心地の良い人だろう。


 ジルの乾いた心に、清らかな水が注がれたような気がした。



「お―――――ッッッ!! 生きてたか、ベイベ!! すげぇぜフォ―――――ォォォ!!」



 ――そこへ、毒液を注いでくるような男が現れた。


「しー。静かに」


 ジルは『ロックスター』を見つめ、人差し指を自身の唇に当ててみせる。

 今まさにホープがジルの肩に頭を置き、安心して爆睡しているところなのだ。邪魔をさせたくないのに、


「静寂は俺の敵ィィィ――――ッ、カモン!!」


「じゃあ、消えて」


「心にっ♪ グサッと♫ 突き刺さる言葉だぜぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!♪」


 ド派手な金髪を振り乱しながら叫び続ける彼は、壊れた目覚まし時計と何ら変わらない。

 人間を辞めている。


 この建物の中にスケルトンがいれば、集まってきてしまうし。

 もう刺激しない方がいい、とジルが確信した直後。


「……ん? おお……妻よ」


 突然『ロックスター』が、小さく呟いたのだ。

 彼の向く方向は、ジルとは真逆。何か物音を聞きつけ後ろを振り返ったらしい。


 そこにいるのは、


「ウゥア"ァ」


 スーツを着た女性の狂人が、一体。


「……探したぜ、俺の心の燃料」


 どこからどう見ても狂人なのに、『ロックスター』は両腕を広げて近づいていく。


「お前がいなきゃ、俺のハートはロックンロールできねぇんだ」


 そして、ずっと探し続けていた最愛の人を、その胸に抱き寄せる。

 ――奇跡は、


「アク"ッ!!」


「ぐぅぅぅぅ!」


 起きない。

 『ロックスター』の首筋に、狂人は噛みついた。


「ぐあッ!!」


 噛みついた部分の肉を、骨が見える寸前までブチリと引きちぎり、


「これで……一心同体……だぜぇぇぇ―――ッ!!」


 ナイフで額を突かれ、口いっぱいに彼の肉を含んだまま狂人は倒れた。


「おぉ……これが俺の……最期の、ロックンロール」


 後を追うように『ロックスター』も崩れ落ちた。


 ――理解の追いつかない光景をただ傍観していたジルは、疲弊した体に力を込め、


「ちょっと、失礼」


 起きる気配の無いホープをどかして立ち上がる。静かに、左手に手斧を構えて。


「……ア"。コ"ゥ……オォォ"ア」


 案の定――紫色に妖しく染まる歯を携えて、『ロックスター』が蘇る。

 それが立ち上がった瞬間、


「さっきより、静かになった」


「ッ!」


 側頭部に、太い刃が刺さる。

 衝撃でサングラスが床に落ち、紫色の両目が露呈。


 その目は、まだ紫を保っている。


「コ"オォアアア"ア」


「……体格差、か」


 ジルは斧を刺したまま、振るわれる狂人の腕をしゃがんで避ける。


 『ロックスター』は大柄というほどの体格でもないが、ホープとか、特に小柄なジルと比べたら、相手にしたくはない身長だ。

 そのせいか奴は側頭部から血こそ流れているものの、脳まで届かなかったらしい。


 ――いつも、いつも、ジルの行動は届かない。


「いい加減に、してほしい」


「コ"ァァァ!!」


 口を開けて突っ込んでくる狂人の勢いを利用しながら、ジルは刺しっぱなしの斧を振り抜き、


「ァァァ、オカ"ッ――」


 投げ飛ばすかのように、狂人の横っ面を窓ガラスに叩きつけた。

 斧が勝手に抜けるとそこに残るのは、窓ガラスを突き破って上半身だけ外に投げ出された『ロックスター』。


 くるりと踵を返し、ジルは歩き出す。


 その背後を『ロックスター』が迫り、


「アカ"ァ、アッ」


 振り向いたジルが『ペソコン』に文字を入力するための鍵盤を、狂人の頭頂部にぶち込む。

 鍵盤は真っ二つに折れたが一瞬の隙を作れた。


「これも、どうぞ」


「コ"ゥゥッ」


 今度は『ペソコン』本体を両手で抱えて振り下ろすと、狂人の頭が液晶画面を突き破ってスッポリとハマる。


 トドメに、


「――――ッ」


 天から地へと振られる手斧が、四角い箱ごと狂人の頭を割った。

 死後のロックンロールも、とうとう幕を下ろした。


「ふうっ」


 力を出し切ったかのように床に腰を下ろし、汗を拭うジル。



「ほら、やっぱり……愛も、恋も、ろくでもない」



 そんなことを呟いて、床に寝転んでいるホープを見て微笑んだ。




 ――ドラクは何度かジルに『()()()()』の存在を教えたが、あまり効果は無かったようだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ