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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
序章 苦悩の少年少女
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第8話  『すれ違ったまま』



 埃まみれの絨毯に直接腰を下ろし、水を一口飲む。


「何でおれ、こんなにツイてるんだ……?」


 ホープは適当に地下を歩いていたのだが、上へ続く梯子を見つけて登ってみた。そうして一階へたどり着くと、その部屋にもさらに上に続く梯子があったのだ。

 ここは既に二階。あれだけ豪快に落ちたはずのホープは、ものの15分程度で舞い戻ってきてしまったのだった。

 ――安らかなる死を望むホープに、安らかならざる死に方をけしかけてきて、それを乗り越えたら生かすばかり。世界とは理不尽だ。


「ま、とにかくレイたちを……」


 探さなければならないと、そんな気がしてならない。

 なぜ自分がここまで彼女らに肩入れするのかわからないが、どうにも、行かなきゃいけないと自分の心に言われているような気分。

 自分が、必要かもしれない。


 何をバカなこと考えているのだろう。自分で自分にツッコミを入れて苦笑し、部屋の出口である扉のノブに手をかけて、


「っ!」


 すぐ向こう側でスケルトンの唸り声のようなものを聞き取り、もう手を止められないホープは扉を開けるスピードを最大にして、


「ア"ッ!」


 見事、扉をぶつけてスケルトンを吹き飛ばす。

 しかし部屋から出てその姿を見たホープは、唖然とする他なかった。


「エリッ……ク……?」


 床に倒れていたのはスケルトンではなく痩せぎすの『狂人』であった。

 ゆっくりと狂人が起き上がってくれば、それは片目を失い鼻が取れていて、腹から自身の腸をぶら下げた、変わり果てたエリック。

 体に複数の歯型がある。彼も別のスケルトンに噛まれたのか、それともトドメを刺せずじまいで転化したオースティンに噛まれたのか。後者ならレイの命も危うい。

 が、まずやるべきはこれだろう。口の端を吊り上げてエリックを指さし、


「ざっ、ざまあみろ! ほらね、おれを見捨ててばっかりいたからこんな目に――」


「カ"ァァァ!!」


「わああ!!」


 調子に乗ってみたホープに、エリックの広げた腕が振るわれる。

 姿勢を低くして回避、追撃が飛んでくる前に横を通り抜けてひたすら走った。恐くて、長廊下をただひたすらに走った。

 ()()()()の狂人は、筋肉も新鮮な分、普通の狂人やスケルトンにパワーやスピードで勝るのだ。


 ざまあみろとは言ってやったものの、やはり誰だろうと知っている人が紫色の目と歯で追いかけてくるのは精神に悪い。

 ついついレイの無事を祈ってしまうのもこれが原因かもしれない。


 と、走っていると何か聞こえる。割と近い。

 一歩踏み出すたび近づいてくる水の流れるような音――スケルトンは蛇口を回そうとしないし、回せるだけの知能も持っていないはず。ということは、


「はぁ、はぁ……レイ、ここに……?」


 息を何とか整えながら、ホープは音源であろう部屋の前に立っていた。



◇ ◇ ◇



 鍵の掛かっていない扉を、ゆっくりと押し開く。そこはどうやらバスルーム。部屋全体を覆う白いタイルに、流水を止める気のないシャワーに幻想的なものを感じてしまうが、


「……レイ?」


 シャワーヘッドの向けられた方向には木彫りの仮面と巨大な杖が無造作に置いてあり、延々と水を弾き続けている。

 部屋の隅で蹲るレイの方はというと、顔を隠している。まるでこの世界から、『自分』という存在を切り離そうとしているかのように。


 ――いったい、何が?


 ホープはまたしても唖然とするしかなかった。

 膝を抱えるレイはホープの呼びかけにも無反応を貫く。彼女はその手に確かに短剣を握っている、あれはオースティンのものだ。

 きっと彼にトドメを頼まれたのだろうが、悲しいことに、浴槽で動かないオースティンの頭部には傷がない。

 狂人の場合は『頭蓋骨』というより『脳や脳の周辺』を破壊すればいいらしいが、うなじであるとか顎であるとか、そういう部位も無傷。


 これだけなら、レイはオースティンに『介錯』をし損ねて落ち込んでいる、と理解できる。

 ホープが気になったのは仮面と杖、そして場の雰囲気。


 恋人を手にかけなければならない絶望――レイと、落ちた仮面が纏う負のオーラは、それとは何かが違うような気がする。てんで曖昧な直感であるが。


「ホー……プ……? え、生きてたの……? エリックに何かされたの? あと、見捨てちゃってごめんなさい……」


「あー、うん、まぁ大丈夫。実際エリックには思いっきり見捨てられたけどさ。えっとその……オースティン起き上がってくるよ? 君が何とかしないとっていうか、君がやった方がいいっていうか……」


「やっぱりあの音はエリックが……そういうことだったのね」


 顔を上げずにか細い声で応答したレイ。久々に会話をした気がするが、いつものような元気さがない。浴槽の中身を見れば当然といえば当然であるが、


「あの、オースティンにトドメ――」


「いやっ!!」


「そうだろうけど、悲しいだろうけど……君の恋人じゃ――」


「違うっ! もう違う……この一年ちょっと、あたしが見てたのは夢だった。ただの幻想だったの。こんなあたしが、誰かに愛してもらえるわけがなかったのよ! 何も知らないくせに恋人だなんて……言わないでちょうだい!!」


 嫌な予感とはこれだったのだろうか。

 未だ俯くレイは、遂に声を荒げた。彼女はオースティンへの愛からトドメを躊躇ったのではないようで、ホープがいなかった少しの間にだいぶ人間関係がこじれただろうことがわかる。

 わかることにはわかるのだが、


「悪いんだけど、おれこういう時どうすればいいの? 確かに君とオースティンの関係なんて全く知らないしさ、君ともそこまで親しくないと思うし……そんな立場のおれが、えっと、事情なんか聞いたりしたらウザいだけだよなぁ……って」


 そう、この状況にこういう文章を真顔でぶつけてしまうのがホープというダメ人間。コミュニケーション能力が壊滅的だからセリフの何もかもが中途半端で、『まっすぐ』にも『遠回し』にもなってしまう。

 レイが普通の人間であったなら、地雷原に裸でダイブしているようなホープの語り口をウザがり『だったら出ていけ』と返すことだろう。

 しかし、ちょうど彼女は精神が不安定だったらしい。


「それって、どういうこと……? もしかして聞きたいって意味なの?」


「あー……」


 決して肯定ではなく、はぐらかすような「あー」なのだが、実際は大当たり。

 不安定なレイは、安定しているはずのホープの無自覚な真実を言い当ててしまったのだった。


 今の寂しそうな彼女に情でも移ったか、ホープは少なからずレイに好感を抱き始めていた。

 ――ただ出ていきたいだけの者が「事情を聞いたりしたらウザいだろうか」なんて口にするはずがないのだし。


「おれにもよくわかんないんだけどさ、たぶんそうなんだろうね……オースティンのことは、その、残念だよ。ご愁傷様。ここで何があったの?」


 彼への礼儀は口でだけでも伝えておくべきだとギリギリで気づき、その後に質問。変に気を使いすぎて挙動不審気味。

 ちなみに、誰でもすぐ狂人へ転化するわけではなく個人差がある。動かぬオースティンはどう見ても既に死亡しているが、転化の段階にはまだいないようである。


「変な人ね、ホープって……あんたの方も『ある人』のこと、残念ね。きっとそういうことなんでしょ?」


「え、まだ覚えてたの!? でもまぁ、うん、ありがとう」


 小屋の中でスケルトンの群れをやり過ごした時だったか、ぽろっと口にしたような気がする。別に同情してほしかったわけではないから、嬉しさより驚きが勝ってしまう。


「あんたからすれば今のあたしの方がよっぽど変だろうけどね……あたしはバカだけど、そのくらいは自覚してるわ」


 変だ。そう思わざるを得ない。

 あんなにも楽しげで『ラブラブ』なんて表現がお似合いのカップルであったのに、現在のレイは、度重なる苦難に疲れてはいそうだが、声の質がどこか平然としていて。


「オースティンがそこで死んでるのに……」


「ええ、そうね。説明ばっかりしてもしょうがないし…………ふぅー、思い切って顔を見せるわ。これであんたも大体理解できると思うから」


「顔?」


「そうよ。もう嫌われたっていいわ。あんたに何言われようと、もうどうでもいいの」


 いくらホープの奇妙な語り口に毒気を抜かれたとしても、やけにあっさりし過ぎな今のレイ。この意味が、仮面に隠されていた顔を見るだけで判明するのだろうか。

 勘ぐるホープだったが、彼女が顔を上げた瞬間、


「え、そういう!?」


 本当に大体察しがついてしまった。



◇ ◇ ◇



 血のように赤い肌。そして巨大な橙のツインテールをかき分けてもらえば、側頭部の二本の白い角が顔を覗かせる。これがレイの正体。


 顔面どころか体じゅうの肌を露出しなかったことも。

 『おかしな服装』から『杖』へと連想ゲームが彼女の中で成立したことも。

 振り回すとしたら女性には不釣り合いに大きい杖も。

 ホープのことを魔法が使えるのかと、つまり自分と似た存在なのかと気にかけていた理由も。


 全ての点が線で繋がった。レイは、『魔導鬼』だったのだ。


 ――今から一年と少し前、つまりスケルトンがまだいなかった頃。

 訳あって魔導鬼の里から人間の住まう村へと降りてみたレイはオースティンたち三人に出会い、その時からついさっきまで、彼らに一度も素顔を見せなかったそう。


 正確に言えば『約一年間』、相思相愛と思っていたオースティン。彼が望んでくれたから、冥土の土産として仮面を取ると、恐れていた悪夢が事実へと変貌した。


 ――元恋人が恨み言を続けたのは、死が二人を分かつまで。


 その後のレイは体に力が入らず、立ち上がろうとすると腰が抜け、シャワー用の蛇口に手が当たり、それを戻す気力さえ湧かず今に至る。

 そうやってレイはしんみりと語った。


「ホント、バカよねあたし。顔も見せないで相思相愛とか、そんな愛が存在するわけない。ちょっと考えればわかるのにね……」


「…………」


 私情もあるかもしれないが、ホープにはどうしてもレイが悪人には見えない。問題はオースティンだ。

 自分の最期だからと顔を見せるよう頼んだのはオースティン側だというのに、仮にも一年間の付き合いの恋人に、特大サイズの爆弾をぶつけてそのまま逝ってしまうとは。

 ――彼が好青年なのは、上っ面だけだったらしい。


「あたしは彼を責められない――だってこんなに赤い肌、誰でも、あんたでも、気持ち悪いと思うでしょ!?」


「…………」


 彼女の、杖の宝玉と同じようなパールホワイトの瞳が潤んで、ゆらゆらと悲しげに踊りながらホープを見てくる。


「でももういいのよ。オースティンに拒絶されて、もうあたし……もう、もうここから飛び降りようかって思ってるから――」


「おれは何とも」


「だからあんたに……え?」


 驚愕したレイの視線が、ホープに集中する。


 もちろんのこと、ホープに人外好きなどという趣味はない。

 どうしても赤い肌というのはちょっと不気味だし、魔法というのも想像がつかないし、目の前の彼女が人間でなかったことについても多少のショックは受けた。

 ――だから何だというのだ。


「正直、正直少し思うとこはあるけど、()()()()何とも思わないよ。君を差別する気にはならない」


「え……?」


 彼女の白い瞳に、吸い込まれそうになる。

 彼女の優しさに、多少は救われる。

 彼女の健気さに、多少は胸打たれる。

 ――感情がほとんど死んでいるようなホープの心を、ここまで動かすことができる彼女は、きっと魅力的な人物なのだろう。

 それに、


「おれもちょっと特殊だしね――あ」


「でも、でも人間なんでしょ? あれだって魔法じゃ――えっ」


 ホープの持つ権能を未だ『超小型爆弾』と信じ切っているピュアな鬼の少女は言葉を切り、ホープが見ているものと同じものを見た。


「ウ"ゥ……」


 浴槽内でただ血を垂れ流していたオースティンが、遂に狂人となって甦り、すっくと立ち上がったのである。

 痛みを感じない狂人に、血の量も傷の深さも関係ない。スケルトンと違うのは頑丈さ、あとは見た目くらいのものだ。


「オースティン……」


 先程はあのような言い方をしていたが、やはり変わり果てた彼の姿を見て悲しそうな声を出す少女。

 ホープは決意を固めるという意味合いで蛇口を閉めて流水を止め、


「レイ、本当に君はトドメ刺さなくていい? いいんだったら、おれがやるしかないんだけどさ」


「……今さらもういいわよ……どうするつもりなの?」


「君が見せてくれたから、おれも『特殊』を見せるよ。人間だけど、それだけじゃないから。おれの右目を見てて」


 ホープの言葉に、真剣な表情のレイは黙って頷く。

 狂人はゆったりと――獲物から決して目を離さないまま――踏み出し、浴槽の縁を超えられず躓く。水の溜まった床に豪快に倒れこみ、またゆったりと立ち上がり、


「オ"ァァッ」


 紫の歯が並ぶ口腔を剥き出しにしてホープに迫った、その時。



「――――!!」



 普段は青いホープの右目が赤く輝き、空間が比喩でなくぐにゃりと捻じれ、オースティンの頭部を中心にとてつもない威力の破裂が起きた。

 ――きっとレイにはそう見えたことだろう。自分では実感が掴めない。


「嘘……今、目が赤くなって……!? え、ちょっとホープ!?」


「ぐぅ、ぅ……!」


 狂人と化したオースティンの頭を吹っ飛ばした。


 倒れゆくオースティン。

 紫に変色した奴の目も、口腔に並んでいた奴の紫の歯も、今なお美しい彼の金髪も、彼の甘いマスクも、その全てを蹂躙し、血しぶきがバスルームを真っ赤に染めた。


 レイにもホープにも返り血はいっているが、一点だけ、ホープには返り血でない血が付着していた。簡潔に表せば、右目から流血している。


「いづ……あぁぅぅぅ!」


 それも、右目を注射器で刺され、中身を吸い上げられているかのような痛みとともに。


「うあ、ううっぐぅ……」


「ホープちょっと大丈夫なの!? あ、あたしどうしたら」


 水と血が入り混ざってぐっちゃぐちゃなバスルームを、ホープは収まらない痛みを鎮めようと転げ回る。口から放り出された舌が床を舐めてしまっても、構っていられない。それほどの激痛。

 どうせ、無駄な抵抗でしかないのだが。


 二分ほど転げ回ってようやく痛みが引いてきた。


「ふぅ、ふぅー……いた、かったなぁ……こんなの久しぶりだ。痛いのは右目だけなのに、叫びすぎて……はぁ、心臓が飛び出るとこだった……」


「あ、ご、ごめんなさいホープ! 爆発に驚いちゃってあんたに何もできなくって」


「気に……しないで。何も、できるわけないから。時間が経過したら勝手に治るんだ。それ以外はどうしようも、ないからさ」


「ホントだ血も止まってる……ねぇ、今のは何なの?」


 何なのかと聞かれても、ホープにすらこの能力の全てはわからない。

 レイだって話していない部分はたくさんあると思う。例えば、魔導鬼の里という居場所があったのに人間の住まう村へわざわざ降りた理由だとか、人間であるオースティンと付き合った理由だとか。

 しかし、彼女にだって話したくないことがあるかもしれない。たぶん話せるだけの全てをホープに話してくれたのだろう。とするとホープもその誠実さに応えて話せるだけ話した方がいいのだろう。


 ――誰とも友好関係などは望んでいないのに。むしろその逆なのに、他人への義理には妙にこだわってしまうホープの、これが答えだった。


「生まれつき、だと思う。『破壊の魔眼』……って呼ばれてたかな。おれが発動しようと思えば、基本いくらでも使える。でもおれはあんまり使いたくないんだ。理由は二つあるんだけど」


 『ある人』がホープの右目を『破壊の魔眼』と呼んでいた。ホープは正真正銘ただの人間なのだが、どういう訳かこの呪われた眼を持って生まれてしまった。


「魔眼かぁ……確かに今少しだけ魔力を感じた気がしたわね。本当に魔法ではないみたいだけど――すごく、惹かれる感じ……」


 ホープの右目を凝視してうっとりとする様子のレイに、少しばかりドギマギしそうになる。魔導鬼だから感じ取れる何かがあるのだろうか。


「――あ、ごめんなさい。今のは忘れて……ちょっと想像はついてるけど、使いたくない理由って?」


「何度も連続で使うと右目がものすごく痛くなるから。さっきので今日三度目なんだ」


 使ったこと自体が久々だから負担も普段より大きいだろうに、調子に乗って一気に使い過ぎた。主にレイのせいである。

 当のレイは、彼女の想像してた理由そのままだったのか、こくこくと納得したように頷いてから、


「じゃあもう一つは?」


「……利用されそうで、怖かった」


「そっか……そうよね、あんなに簡単にスケルトンを殺せちゃうんだもの。心無い人にバレたらどうなるかわからないわよね」


 また素直にこくこく頷いて、納得しているレイ。それを見たホープは眉尻を下げて、


「怒らないの?」


「……? どうしてあたしが怒るの?」


「だって、その、おれがもっと早く『眼』を使ってたら、オースティンもエリックも助かったかもしれない、っていうか……」


 瞬間、レイは目を見開き、美しく輝くパールホワイトの瞳をさらに驚愕の表情で彩った。そしてしばらく俯き、またホープを見る。

 責められるかもしれない。彼女はようやく真実に気づいたのだから。ホープが本当に優しい人間であったなら、誰かのために痛みを背負える男であったなら、こんな結果にはならなかったことだろう。


 でもホープは自分が卑しい人間であると自覚している。変わらなくたっていい。レイには好感こそ抱いたものの、別に仲良くできなくたっていい。

 人間であれ鬼であれ、他の誰かと自分が友好的に付き合うなど不可能に決まっている。右目さえもデメリットばかり大きくて魅力にならず、誰にも必要とされない、邪魔に思われる自分。だからホープは自分を殺そうと――


「やっぱり優しいわね、ホープは……こんなに頑張ってくれてるあんたに怒るわけないじゃない。エリックなんかあんたを見捨てたのよ? オースティンがひどい人だったのは、結果論だけどね」


「あ……」


 二人の本性がいくら酷いからといって、レイは彼らと一年間付き合っていたはず。

 ホープに罪悪感を抱かせないために強がっているのかもしれないが、


「それに、みんなやあんたに謝りたいのはあたしも同じよ。魔導鬼ってこと隠して、バレないために魔法を使わないようにしてたんだから……」


 よくよく考えてみると理にかなっている。ホープが『眼』を隠していたように、レイも『魔法』を隠していたのだ。

 その上、


「――思ったんだけど、あんたのその目、他の人間から気味悪がられたりしてなかったの?」


「うん……してたよ。めちゃくちゃ嫌われてた」


「でしょ。あたしたち何だか似てるじゃない。お互いに責められないわよ、こんなの」


 どちらの隠し事も、他人からよく思われないもの。事情はそれぞれあれど、立場が似ているのは間違いないのである。



 ――だから今も、たとえ()()()()会話していても、互いに尊重しながら話せるのだ。



 少しだけ涙をこぼしたレイがおもむろに立ち上がる。ホープより少しだけ低い身長だから、少しだけ上目遣い気味で目を合わせてきた。


「あ、あのね、提案なんだけどどうかしら、ホープ? この先も一緒に行動しない? 今のところ、あんたはあたしの唯一の理解者だから……一緒にいてほしいの。ダメ、かな?」


「いいよ」


「……ありがと」


 真っ赤な肌で、白い角と白い瞳で、少女は微笑んだ。思えばホープは、これで初めてレイの笑顔を見たことになる。


「えいっ」


 そしてレイはホープの胸に――自信がないのか非常に遅く弱々しく――飛び込んできた。また彼女の表情が見えなくなる。

 出会ったばかりの女の子と密接しているなんて緊張するが、無礼な態度はぐっと堪える。胸の中の少女は震えた声で続けるから。


「あと、もう一つ約束して」


「何を?」


「……死なないで。あたしを一人にしないで。さっきみたいにスケルトンに噛まれそうになっただけで、諦めたりしないでほしいの……」


 この世界で『死なない』という約束を取り付けるのがどれだけ馬鹿らしいことか、レイは理解していないわけではあるまい。

 できるだけ抗おう、そういう意味と取っていいのだろう。

 ホープは目の前の少女を悲しませたくないと思った。


「うん、わかった」


 返事をして、恐らく嬉しくて泣いているのだろうレイを、慣れない手つきでそっと、弱々しく両腕で包み込んだ。



「ありがとう……ありがとうホープ……」



 ――そう。ただこの場で悲しませたくなかっただけ。



「いいよ」



 ――ただこの場で彼女の喜ぶ返事をしてあげただけのホープ。



「う……ううっ……うわあああぁぁん……」






 ――彼の自殺願望に、一切の揺れ動きはない。






 抱き合う二人はもちろん仲が良くなった。でも、初めて出会った時からずっとすれ違ったまま。


 出会ったばかりではあるものの、レイはある程度本気でホープを必要としている。

 が、『愛』をとっくに諦めた身であるホープにその感情は上手く伝わっていないのだ。


 『死なない』――という、今のホープでは絶対に果たせない空虚な約束が、血のしたたるバスルームで交わされてしまった。



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