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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
88/239

第81話 『大都市アネーロ変人コレクション』



「んん――――ッ!!」


 ここは大都市アネーロのとある路地裏。

 キャスター付きゴミ箱の中から、一人の男が騒がしく起き上がった。


「クソみてぇな生ゴミの臭いっ! サイコーだぜぇぇぇ――――! 最高の朝っ……いや俺は今仮眠取ってただけだから普通に真っ昼間だぜぇ――――ッ!!!」


 遠慮など欠片も無い、『うるさい』という形容詞を具現化したような男の叫び声。


「ア"ァ」

「オアァ"」


 当然、スケルトンたちが寄ってくる。


「……んっん――――ッ♪ 今日も素晴らしい一日にするぜぇ♪ 仮眠で体調万全だ! また、お前を探すぜぇぇぇいッ♪」


 男は、先程までかき鳴らしていたエレキギターをゴミ箱から引っ張り出し、


「本日二度目ッ! 超路上ライブスタートするぜぇぇああぁぁ――――ぃいッ!!」


「ウ"ァッ――」

「コ"オッ――」


 引っ張り出したギターで二体のスケルトンをぶん殴り、


「俺は『ロックスター』だぜぇッ!! フォォォォォ――――ッ!!!」


 エフェクターとアンプを繋いだエレキギターを爆音でかき鳴らしながら、暗い路地から明るい通りへと進んで。

 『ロックスター』が目を覚ます。



◇ ◇ ◇



 オフィスビルから逃げ出した四人は、大通りをとにかく真っ直ぐに走り続けていた。

 ジルがリチャードソンの背中を押し、ホープがジョンの背中を押しながら。


「なんだよジョン……はぁ、はぁ……さっきまであんなに勇ましかったのに……!」


 死にゆくライラに恨みの言葉を投げられてから、ジョンは何も喋らない。

 喋らないだけならいいが、しっかり走ろうともしないから面倒である。


 いつからか――右から来た群れと左から来た群れ、オフィスビルから落ちてくる群れが混ざっている。

 スケルトンや狂人の三つの群れが一体となって大通りを練り歩き、ホープたちを追い詰める。


 この大変な状況で、よくもまぁジョンとリチャードソンはボーッとしていられるものだ。


 そんなことを考えながら、ボロボロの車の横を通り過ぎると、


「危ない!」


「え?」


 前から振り向くジルが警告してくる。

 察しの悪いホープは何のことだか理解ができないでいると、


「カ"ゥウ」


「うわぁっ!?」


 いつの間にか右腕を掴まれている。

 ……見れば、車の運転席に座る狂人が、ホープを引き込もうと手を伸ばしてきていた。


「はっ、離せ! う、おぉ……おぁ」


 数歩先でふらふら歩いているジョンが助けてくれるわけもなく、ホープは少しずつ車の中へ引き込まれてく。

 ついには右腕と頭まで、すっぽりと運転席に。


「カ"ァァァッ!!」


「ぎゃあああ!!」


 すぐ目の前に、紫の双眸と紫の歯。


 噛まれる――寸前にホープは折り畳みナイフをどうにか左手で抜き取り、狂人の額に突き刺す。

 が、


「ウオォォ"!」


 一応刃は刺さったものの、脳に届くような深さには至らない。

 ただ、ナイフを握り締めて狂人に噛まれないように踏ん張るしかない。


 破壊の魔眼を使うか?

 いや敵との距離が近すぎて、自分の腕なんかが吹き飛ばないか心配だ。



「えっ……うわああっ!!」



 すると車のフロントガラス越しに、ジョンが別のスケルトンに襲われているのを見つけた。

 『ボンネット?』とかいう()()()()のような部分に押しつけられ、今にも首を噛まれそうだ。



「今、助け……はっ!?」



 さらに声がした後方を振り返ると、手斧を抜いたジルが下を向いて動きを止めていた。というか動けない。

 別の車の下から伸びてきたスケルトンの手に、右足を拘束されているのだ。


 三人揃って動けない。


 これはもう、全滅しかないだろうか。



「――――!!」



 その時……ジョンを襲うスケルトンの頭が爆裂、直後にホープを襲う運転席の狂人が動きを止めた。

 フロントガラスには一つの穴。狂人のこめかみからは血が流れる。


 正気を失っていたはずのリチャードソンが、顔と体を半分だけこちらに向け、一発だけ銃撃したのだ。


「俺は、酒を、飲むぜぃ」


「「へ?」」


「この辺にあんだよ、行きつけの酒場」


 ホープとジョンは、路地裏へと歩き出してしまう彼の発言にキョトンとするしかなかった。

 ――彼はまだ、絶賛正気失い中だったのだ。


「ちょ、り、リチャードソンさん!? ……あれ、ジルさんどこ行っちゃったんですホープさん!?」


「わかんない……! 見失っちゃったな」


 普通はリチャードソンについていくべきだろうが、さっきまでピンチだったジルがいないのは考えものだ。

 とはいえ、


「ラ"ァァッ」

「ォォウオォ"ォ」

「キ"ャァァ」


 超巨大な群れが、動きを止めてくれるわけがなかった。


「……無理だ。おれたちだけで探すなんて」


 消えた人をゆっくり探せるような状況ではない。


 納得などいかない。嫌だが、ホープとジョンはその場を離れた。

 路地裏に入りリチャードソンに追いつくと、


「邪魔するぜーぃ!」


 彼は趣のあるウェスタンドアを何故か蹴りつけ、中へとズカズカ入っていった。



「どうすりゃいいのかなあ……? これ」



 折り畳みナイフを狂人に刺したままにしてしまった武器無しのホープと、呆然とバットを持つジョン。


 二人、いや三人の脳はショートする一歩手前だ。



◇ ◇ ◇



 とにかくド派手な髪型、その色は目に毒なほど眩しいギラギラの金髪。


 薄汚れているものの、色褪せない真っ赤なジャケット。赤と白のエレキギター、エフェクターとアンプ。


 ピアスにネックレスに腕輪をジャラジャラ振り回し、腰からはチェーンをぶら下げまくり。


 トゲトゲしいサングラス。


 ――この世界では、どう考えても場違い。

 そんな『ロックスター』は世界の状況など我関せずといった出で立ちで、車の上にて街を漫遊する。


「オ――――ッ!! 今日もッ♪ んお前をぉぉッ♪ 探すぜぇぇぇぇあッ!!♪」


 弦がおかしくなりそうなくらいエレキギターをかき鳴らし、大声で謎の歌(?)を叫びながら。

 オープンカーの車上に立ちながらも、器用に右足でアクセルペダルを踏んで少しずつ車を動かしながら。


「ひとりぼっ――ちの俺ッ♪ ハートは……まるで大砲ッ♪」


 爆音を出しながら街を移動すれば、どうなるかは想像がつくだろう。

 虚空に向かって路上ライブをしていても、この男はそれを理解している。


「孤独♪ 孤軍♪ 誰も近づけねぇぇぇ――――ぇ危険なマイハートッ♪」


 意味不明な歌詞。

 その歌詞に意味があろうが無かろうが、スケルトンは、狂人は、ただ『ロックスター』の肉を求めるのみ。


「その導火ぁ線に♪ 火をつけたのはお前だぁぁ――――けぇぇ――――ッ!!」


 また今日も、『ロックスター』の後ろには、とんでもない量の群れが出来上がっている。


「……あぁまた顔が見たいよォォォ――――ッ♪ 生きてても、死んでても、構うもんかよォォォ――――ッ!! また火をつけてくれぇッ♪ もう一度だけぇぇぇぇ――――ッ」


 彼は歌いながらも、何かを探すように、群れを見下ろしていた。



◇ ◇ ◇



「おい彼女を放せ、変態野郎! いつまで絵を描いてやがる!?」


「ノーゥッ、ノーゥッ! 今、ミーは最高に盛り上がってるとこなんデースよ! おじゃま虫は黙っててプリーーーズ!?」


 二つの怒号が響くこの場所は、大都市アネーロ内のとあるビルの中。


 元は普通のオフィスビルだったのでデスクやパソコンで溢れていたが、この階のみ何も置かれていない。

 正確に言うならばこの階は、ある変人が自身の『アトリエ』とするために片付けたのだが。


「せっっっかくミー専用のアトォリエを完成させーたのに、こうもウルサイのでは魂が震えませんデースね! マンマミーア!!」


 その変人とは、たった今絶叫している細身な男。


 黒と白のボーダーが入った囚人服のようなシャツ、首には赤いスカーフ、頭の上には黒いベレー帽。

 そして彫りの深い顔。洒落たチョビ髭。


「ミーの芸術(アート)を邪魔するんじゃ、あーーーりませんヨ!!」


 そんな、椅子に座る『画家』の目の前には当然キャンバスが置いてある。

 『画家』は、自分を罵ってくる者を逆に罵りながら、キャンバスに絵筆を走らせる。


 今使っているのは、主に肌色。

 ――モデルと相違が無いように、慎重に慎重にパレットの上で調整したこだわりの肌色である。


 先程、黒い絵の具で薄ーく、だいたいの輪郭は完成させておいて良かった。


「ふざけんな! この縄を解け! すぐにお前ぶっ殺して、絵の具もクソもめちゃくちゃにしてやる!」


 キャンバスに情熱を注ぐ『画家』の後ろ姿に罵声を浴びせるのは、キャスター付きの椅子に拘束された若い男。かなり怒っている。

 そして、勝手にモデルにさせられキャンバスに再現させられているのは、


「も、もう……放して! は、恥ずかしい! あなたを変人扱いしたのは謝るからぁ!」


「シャラァァァップ!! ユーは被写体! モデルが喋るだなんて許されませーーーんネ! ミーはこの一筆に、この一枚に! ミーの時間、ミーの人生、ミーの命を懸けているのデーーース!」


「でも……もう何時間この状態!? いい加減に服、服を着させてほしいの!」


 ――丸裸にされ、天井からぶら下がる鎖によって頭の上で両腕を拘束された、若い女。

 領域アルファは暖気。寒くはないが、どうして赤の他人の前で自分の裸を晒し、絵まで描かれなければならないのか。

 そんな気持ちを叫んでも、


「シャァァァァラッッッップ、プリーズ!? マドモアゼェェェェェル!?!?」


 全てが滅茶苦茶な『画家』には届かず。

 しかし、


「『塗り』はいい感じデース! そろそぉろ、フィナーレといきまショー! ユーたち気になっていましたーーーか? そこで布に覆われてるのは何かってーーこと……」


「ずっと布が被さってたアレね。さっきちょっと動いたような……」


「さっさと布の下見せろ! 俺たちを解放しろ変態!」


 『画家』はムスッとしながら女から見て右の方にあった、椅子を覆っている布を掴む。


「ユーたちは『変態だ』『変人だ』と……ミーを批判しないと死んでしまうんデーーースかね!? だったら、とくと見てシルブプレ!!」


 勢いよく、布が剥がされる。


「ワ"ァッ! ウゥ"ゥウ"ァッ、カ"ァァッ!」


「きゃあっ!?」


 布の下に座っていたのは、一体のスケルトン。椅子に縛り付けられている。

 今まで大人しくて気づかなかったが、女はスケルトンのすぐ横で、小一時間も被写体になっていたのだ。


「うわあ!? 何だそりゃ!? どういうつもりだチョビ髭のエセ画家!」


「……ユー、いちいち腹が立ちマースね!」


「あのスケルトンは何なんだ!? 答えろ!」


 問い詰めてくる若い男に、『画家』は苛つきを加速させるも、丁寧に答えてやる。


「……簡単なことデース。ミーにとって、このスケルトォンという存在は実に芸術的(アーティスティック)!! 世界の終焉を象徴する、まさに正体不明の化け物の様相を芸術(アート)と呼ばずして何と呼ぶーーか!? と同時に!」


「?」


 ニヤつく『画家』は、スケルトンのすぐ後ろでナイフを振りかぶる。



「……死というもの、それも芸術的(アーティスティック)なのデーーース!!!」



 振り回されたナイフが切ったのは、スケルトンの腕の拘束。つまりスケルトンが解放された。


「コ"ォッ」


 後方を振り向いて『画家』を食おうとするが、彼はそこに蹴りを入れ、スケルトンの捕食対象を、


「え、ちょ……いや、何で私、いやっ来ないで」


 動けない裸の女へと向けさせ、



「まだ見ぬ芸術(アート)の、必要な犠牲デース」


「いっ、いやぁぁぁ――――!!」



 スケルトンが食欲のままに行う全てを、『画家』はまじまじと見つめて。

 そして取り出した赤い絵の具を、魂の震えるままキャンバスに叩きつけた。


「お、おお、おまっ――――ぇあ?」


 若い男はその異常な光景に激唱しようとしたが、突然に腹が熱くなり中断する。

 変だな、と自分の腹を見てみれば、


「お……ぶっ……ごはぁっ……! げほっ、おぇ……」


 小さく穴が空いていて。

 赤黒い血が、とめどなく流れるだけ。



「オーー、そこにもありましーーたか……()()()()()()。でもちょっと腐ったような色……持ち主の心が掃き溜めのようなーーので当然デースが!!」



 まだ煙の出ているハンドガンを構えた『画家』は、部屋中に溢れる芸術(アート)を喜んだ。



◇ ◇ ◇



 ここは、大都市アネーロの路地裏。

 なんてことはない、何の変哲も無い路地裏だ。


「お前それ、本気で言ってるのか?」


「当たり前だろ」


「当たり前……だぁ? お前もさんざん世話になっただろ、()()()()()()()には」


「ああ、作業場が終わるまではな」


 暗がりの中、二人の男が会話をしていた。

 どこか不穏な空気を漂わせて。


「もう一度、聞くぞ? 恩知らず野郎」


「あぁ?」


 問い詰めるのは、事あるごとに頬の深い傷跡をイジる中年の男。


「俺と一緒に……エドワードさんの仇を取る気は?」


「さっきから言ってんだろ! ねぇよアホ!」


「そうか……」


 頬に傷のある男――イザイアスが問い詰める相手。

 それは、かつて『エドワーズ作業場』で『指導者』として共に働いていた男だ。


 が、



「『上』への忠誠心忘れたら、人間終わりだろうがよ」



 望む答えを得られなかったイザイアスは、容赦無く相手の喉を斬りつけた。


「ぁがっ……!? がぁあああ――ッ!!」


 ――忠誠を誓ったボス、エドワードの愛用していたマチェテを振り抜いて。


「復讐はもう、俺だけでやる。おお、やってやるともさ……この街にいんだからよ……」


 元同僚から噴き出す返り血を、顔に、全身に浴びながらイザイアスは、


「青髪のガキ……それと、パーカーのチビエロ女……待ってろ……ぎゃはは……ぎゃーっははは! ぶっ殺してやるよぉぉぉ! ぎゃっはははぁはは!」


 狂ったように笑った。



◇ ◇ ◇



「うっ……!?」


 スケルトンによって車の下に引きずり込まれてしまったジル。

 右足を掴んでくる骨の手を振り払うため、左足で数度蹴っていると、


「カ"ァッ」


 今度は前から、覗き込んでくる狂人。

 このままでは挟まれる。


「ふっ!」


 車の下という、人体にはあまりにも狭いスペース。だが、どうにかジルは懐から手斧を取り出し、地を這うように刃を振るう。

 手斧の刃は、侵入してこようとする狂人のこめかみに深く沈み込んだ。


「こっ……の!」


「オゥゥ"」


 どうにか体を丸め、手斧を足元のスケルトンに届かせた。


「は、早く……!」


 こんな場所から抜け出して、ホープやジョンを助けなければ。

 そう思い車の下から這い出すが、時すでに遅し。


「みんな?」


 周りには誰もいない。

 ただ、超巨大な群れの波が、すぐそこまで迫ってきているのみ。


「くっ……」


 近寄ってくるスケルトンたちを倒しながら、ジルはどこへともなく逃走を開始した。

 またしても、一人になってしまったが。


「もう、運命……変わらない?」


 どうしてもベドべの言った『一緒にいる人によっては生存できる』という助言を活かせない。

 ――まるで、死が確定しているかのように。


 というか誰か一緒に行動したとして、誰なら運命が変わるのか?

 リチャードソン辺りが濃厚だろうが、正確にわかるわけがない。彼が生きているかも今はわからない。


 ジルは半ば、諦めていた。



◇ ◇ ◇



 カウンター席にどっかり座ったリチャードソンは、「いつもの!」と上機嫌に叫ぶが、


「あり? 店主いねぇのかよオイ……」


 じゃあ勝手に飲ーもうっ。

 と、カウンターの上に置いてあったワインをぶん取り、


「アウア"ァァ!!」


 突然カウンターの向こう側から飛び出す、変わり果てた店主にも驚くことなく。

 ワインを傾け、がぶ飲み。


「ぶわっはっはっはぁーっ! イメチェンしたのか? えぇ!? 店主お前さんーっ! ぶぅわっはっはっは! 若作りしちゃって、似合ってねーぞ!」


 驚くどころか、大爆笑。

 がぶ飲みも止まらないままに。


 ――彼がワインを飲む中、店のすぐ外で固唾を飲んでいるのはホープだった。


「もうリチャードソンさん壊れたなアレ……」


 片手で顔を覆うのは、この最悪な状況を直視する覚悟が決まらないからである。

 一方ジョンは、


「ジル、さん……ジルさんはどこ……? ここ……?」


 やっぱり、壊れてる。

 店の外壁に身をもたげ、へたり込むように座って、俯いては独り言を発するジョン。


 ホープが驚く点は二人の壊れようというよりも、



「大切な仲間を失うと……人間、こんなに壊れることができるんだ……」



 自分の冷酷さに驚かされる。


 ハントが死んだのはまぁ悲しいが、引きずるほどでもない。

 ジルがいなくなったのも心配だが、落ち込むほど不安にはなれない。


 やはり自分は、他人に興味が無いようだ。


 それが良いことなのか悪いことなのか……この世界では結論を出すのが難しそうだが。


「……あの〜ぅ」


 ふいに後方から、妙に間延びした声がする。


「何? おれは今忙しいんだ」


「え〜、そうなんですか〜? ボーッと突っ立ってるだけで、忙しそうには到底見えませんけどね〜」


「余計なお世話さ、君だって……え? 君って、何、誰なの!? 誰!?」


 普通に会話してしまっていたが、後方に人がいるなんておかしい。

 ここにはホープとジョンと店内にリチャードソンがいるだけのはず。


 ジルではないだろうな、そう思いながらも振り返ってみると、



「あ、そ〜ゆう寸劇みたいなの挟まなくていいんで。クソの役にも立ちませんから! 私、あなたがこの街の出口知ってるかな〜って聞きたかっただけです」


「……え?」



 そこに立っていたのは一言で言えば美少女。


 透明感のある若草色の髪を後ろで一つに束ねた、いわゆるポニーテール。

 身長はホープと同じくらい。歳もホープと同じくらいと推測。

 顔は少し童顔っぽいが可愛く、独特な口調と明るい笑顔に限りなくマッチしている。


 ――こんな世界なのに。ホープとは今出会ったばかりなのに。

 ()()()()()()()とはどういうことだ。目がキラキラと光を失っていないのは何故だ。


「お〜い! 青髪のあなた! 青髪の少年、しょ〜ね〜ん!?」


「えっ、何?」


「人のことジロジロ見て、ど〜ゆうつもりです? 私が可愛いからって目が釘付けになっちゃうのはわかりますけど」


「はぁ?」


「わかりますけどもっ。私は質問してんですから答えてくださいね〜って話です! この街の出口どっちにあるかわかります? 私迷っちゃって……なにぶん人を背負ってますから、あなたより忙しいんですよ」


 とんでもない早口。忙しいと彼女は言うが、確かに焦っているような急いでいるような雰囲気だ。

 その間も笑顔なのが逆に不気味だが。


 というか――人を背負っている?


「あっ」


 女の子のインパクトが強すぎて視界に映らなかったが、確かに彼女は背負っている。

 ――燃えるような赤い髪をした、細身の若い男。目を閉じ動かないが、気を失っているらしい。


「で? 知ってますか知らないですか!?」


「あー、出口はあっちの方向だよ。でも……ダメだ、そろそろ群れが路地に入ってくる」


 ホープはさっきまで自分たちが走っていた大通りの方を指差す。

 時間経過的に、ホープたちを追いかけていた群れに追いつかれるだろう。


「群れですか!」


「群れだね。スケルトンの」


「面倒ですね〜、まったく世知辛い世の中です」


「ホントにね」


 彼女が「やれやれ〜」と軽くため息をつくと、ホープも自然とため息が漏れてしまった。

 ムードメーカーっぷりが凄まじい。


 すると、


「んな、な、何ですかあなたは!? 誰ですか!? ホープさん、下がってください!」


「え、ジョン?」


「今度は何ですか〜?」


 すっくと立ち上がったジョンがバットを構え、ホープと少女の間に割って入る。


「ふ、不審者です……でしょう!? こっ、これ以上仲間が殺されたりしたら、ぼ、僕は自分を許せません!」


 顔から汗を滝のように流すジョンは、少女にバットの先を突きつける。

 ――少し危険を感じたホープは、


「ジョン、落ち着いてよ。相手はおれたちと同い年くらいの女の子」


「でっ、でで、でもぉ」


「君は()()()疲れてるんだよ……ほら、路地にスケルトンたちが入ってくる。そのバットで叩くべきは、あいつらじゃないの?」


「うぅ」


「あの子とは、おれが平和的に話してすぐ離れてもらうから。あっちを頼むよジョン」


「わっわかりました。ほ、本当に気をつけてくださいね!」


 ジョンの説得に成功。彼の精神状態は今、とてもよろしくない。

 この場にいさせるべきではないと考え、スケルトンたちの迎撃と時間稼ぎへ行ってもらった。


「お〜、良いこと言いますね青髪の少年。リーダーポジですか?」


「はい? そんなわけないでしょ……」


 少女が突然飛ばしてきたお世辞だが、ホープは心底嫌なのでつっぱねる。


「じゃ〜、よく『有能』って言われません?」


「いい加減にしてよ。そんなの人生で一度だって言われたことな――」



 ドォォォンッ――!!



「「え!?」」


 響いたのは、力強い銃声。

 ホープの耳がイカれてなければ、聞こえたのは酒場の中からだ。


 直後、ウェスタンドアが勢いよく開く。


「クソッタレ店主、生意気にもカウンター乗り越えて俺を食おうとしやがって……酒の代金は銃弾で払ったぜぃ。釣りはいらねぇしな。ぶわっはっは!」


 出てきたリチャードソンは誰にともなく愚痴り、一人で大笑い。

 酒臭く、完全なる酔っ払いである。


 だが当然、すぐに見つけることになる。


「……ん?」


「あ、まだお仲間いらっしゃったんですね〜。こんにちは〜!」


「……おい青髪の坊主、誰だこのガキンチョは? お前さんの知り合いか?」


 ホープは『今知り合ったばかりの不審人物だ』と素直に答えようとしたが、やめといた。

 ――なぜなら、笑顔の少女の体がピクリと震えたから。


「ガキンチョ……ですと?」


 笑顔は崩れないが、その台詞と声には、微かに冷たいものが混じる。

 彼女は怒ったのだ。


「屈辱的ですね〜……さすがに」


 冷ややかに話す彼女はゆっくりと、背負っていた赤髪の男を地面に寝かせる。

 千鳥足のリチャードソンも何かを察したようで、


「お、何だ? ケンカでもやってみるか? ぶわっ、ぶわっはは、ガキンチョみたいなお前さんが勝てるかい!? この熊みたいな体格の俺に!」


 華奢な少女に対して大人げの欠片も無い、ガチのファイティングポーズ。


「ガキンチョじゃありません……私にはしっかりとした名前がありますから」


 少女はずっと棒立ち――


「ほぅ……名前か、聞かせてみろよ。俺は今機嫌が悪ぃんだクソッタレ。本気でやるぜぃ。威勢だけじゃねぇだろうな、ぶわっはっ――」


 と思いきや。


「っ!?」


 笑い上戸のリチャードソンが腹を抱えて笑った瞬間を狙い、少女は彼の懐へ飛び込む。

 そして、



「刻み込んであげますよ、()()に!」


「なっ!? ま、待てっ!」



 突き上げられた彼女の右足が、下から上へ。



「ぎゃああああっっはああ――――っ!!!!」



 ――リチャードソンの股間は、ものすごい勢いで蹴り上げられたのだ。



「私の名前は、メロン! ただの生存者です!」



 若草色のポニーテールと、弾けるような笑顔を振りかざし、少女――メロンは堂々と名乗った。


 声にならない声を発して地面を転げ回るリチャードソン。


 カオスを極めたその光景に、ホープは、ジョンは……もはや、ついていける気がしなかった。



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