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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第80話 『価値』



 ――焚き火の跡が点在するキャンプ場。


 やることも無く、喋りたい相手も特におらず、適当な丸太に腰掛けているレイだったが、


「つれないなぁ、教えてくれたって良いじゃん」

「そうだよケチー!」


「だ、だから……」


 気づくと、カトリーナとシャノシェの姉妹が両隣に座ってきていて。

 挟まれた状態で質問攻めにあっていた。


 内容はというと、


「絶対あの感じ付き合ってるもん!」

「ねー! よく二人きりで話してるし!」


「ホープとはそんな関係じゃないって……何回言わせるのよ……」


 ホープとレイが付き合っているのではないか、という至ってくだらないネタ。

 姉妹二人で勝手に盛り上がっている。


 挟まれている被害者レイは、両手を腿の間に入れて、下を向いてモジモジするしかない。

 というか、



「こんな世界で、積極的に恋愛なんかできるの? いつだって死と隣り合わせなのよ?」



 これがオースティン、エリック、さらにケビンまで失ったレイの考え方だった。

 それでも――カトリーナたちの言う通り、ホープに惹かれ始めているのを否定できないのが辛いが。


 すると、反論するのはシャノシェ。


「こんな世界『だからこそ』でしょ。一人ぼっちでいたら気が狂っちゃう!」


「……じゃあシャノシェちゃんは恋してるの?」


「うん。ハントくんとカップル満喫中だよ! あんまり皆には言ってないけどね、きゃはは!」


「ハント……って……」


 あまり接点は無かったもののレイは彼を覚えていた。

 くすんでいるものの金髪で、トーク力抜群で、明るいイケメン――元カレを思い出す特徴だから。


「ハントって、大都市アネーロに行った人でしょ? ……大丈夫かしらね」


 いくら特殊部隊とはいえ、死ぬ時は死ぬ。

 それはエドワーズ作業場で実体験済みの、完全なる事実だ。


 だがシャノシェは胸を張っている。


「大丈夫だよ。私は彼を信じてる」


「……まぁ、彼は強そうだし」


「それもあるけど!」


 納得しようとしたレイを、シャノシェはわざわざ止めにかかる。

 そして綺麗な栗色の髪をいじりながら、



「『必ず生きて戻ってくるから、その時はシャノシェのファーストキスを俺がいただくッス』……って約束してくれたから」



 照れ臭そうに、でも嬉しそうに、シャノシェは告げた。

 すると姉のカトリーナも綺麗な栗色の髪をいじり始めて、なんだか嫌そうな顔で、


「シャノシェ、随分キザな約束取り付けられたね……さすがに引くわ」


「何よーお姉ちゃん!? 別にいいじゃん!」


 姉妹二人は向かい合い、ちょっと語気が強まってきたような。


「いいけどさ……ってかあんた、まだキスもしたこと無かった!? ハントくんともしてないの!?」


「うるさいなぁ! お姉ちゃんだって壊滅的に少ないくせに私のことばっか!」


「なぁっ!? い、一回か二回くらいあるもん!」


「年上なのにやっぱ壊滅的じゃん!」


 姉妹喧嘩が始まってしまったらしい。


 ――頼りがいのあるのかどうかわからない、ハントとシャノシェの約束。

 でもそんなクソ約束が自信に繋がるというのは、レイにも経験がある。


「気持ち、わかるわよ。シャノシェちゃん」


 姉妹二人の喧騒に挟まれながらも、レイは小声でシャノシェに共感を示すのだった。


 ――そこへ、



「盛り上がってるとこォ、悪ィな……女ども」



 聞き覚えのある、しかしここ最近聞いていなかったような、ドスの利いた声。

 振り返ると、


「ナイト!」


「わ、びっくりした。吸血鬼じゃん……!」

「おはよう。ケガ治った?」


 レイは仮面の下で笑顔を作る。

 だがカトリーナとシャノシェは、どこか冷たさの混じる声での対応だ。


 調子を問われた銀髪の吸血鬼――ナイトは包帯が巻かれた腹の傷口をさすりながら、


「まァ、ボチボチだ……身も心も」


 彼は刀で自らの腹を刺したのだ。

 起きはしたが、本調子までは夢のまた夢というものだろう。



「それよか仮面女。てめェを呼びに来た」


「え、あたしを? なんか、呼んでるのはあんたじゃなさそうだけど……」


「決まってんだろ――リーダーのニック・スタムフォードが、てめェをご指名だ」


「……!」



 ――レイを大都市アネーロに行かせなかった時点で、何かおかしいとは思っていた。

 遂にあのリーダーと本格的にぶつかることになるのだろうか。


 レイが覚悟を決めようとしている後ろで、


「ねぇシャノシェ、『スタムフォード』とか言いづらくない? 『厶』って何なの『厶』って!」


「あー何か『スタンフォード』って発音でもいいらしいよ。『ン』って。知らんけど」


「ちょっと! 『知らんけど』で全部台無し! 結局どう呼べばいいの!?」


「何で私が責任負うことになるの!?」


 また、姉妹喧嘩が勃発。


 興味なさげに踵を返して歩き出すナイトを、追いかけるようにレイも走り始めた。



◇ ◇ ◇



「てめえとはさっきぶりだな。立ち話になるが、我慢してもらうぞ?」


「……い、いいわよ別に」


 ナイトについていった先で待っていたのは、こちらに背を向けて葉巻を吸っているリーゼントの大男――ニックだった。

 彼は深く煙を吐き出しながら、


「話してえことは単純だ、大方の予想はついてるだろうが――てめえは『魔導鬼』なんだな?」


「っ!」


 正直、もうバレているような気はしていた。


 大都市アネーロ行きのメンバーを発表する際、リチャードソンはコソコソと裏で動いていた。

 きっと、


「……話したのね?」


「……この男に、俺ァ逆らえねェことになってんだ。悪く思うな」


 レイは、木にもたれて腕を組むナイトを見つめる。

 すると彼は目を閉じ、そう告白したのだった。


「しょうがないこと、よね……」


 ナイトにはナイトの事情がある。

 レイにもレイで事情はあるが、全員の事情を守るなんてことは、できっこないのだ。


 拾ってもらった立場であり、ナイトを責めることはできない。

 というかそもそも責めたくはないし、責めたところでどうにもならない。


「ええ、ニックさん。あたしは魔導鬼よ……って認めたらどうするの? あたしを追放するの?」


「アホンダラ。発想を飛躍させすぎだ」


「じゃあ何でこんなに改まって話すわけ?」


 敬語など完全に忘れ、レイはニックを容赦なく問い詰める。

 ――魔導鬼のことに触れられると、いつもこうだ。でも自分では止められない。


 ニックはきっと腹の中で怒っているだろうが、今回は暴れ始めたりはせずこちらへ振り返り、


「『魔導鬼』ってこたあ、『魔法』ってのが使えんだろ。それは本当だよな?」


「……え?」


 平静を保った声で、おかしな発言。


「とぼけんのはやめとけ。実際、そこのナイトは体験したと言ったぞ」


「あぁ、作業場でエドワードに……ってナイト、どんだけあたしのこと話してんのよ!」


「うるせェ女だ、話したくて話したんじゃねェってんだよ」


 いくらニックに従う事情があるとはいえ、プライバシーもクソもない状況にレイは声を荒げる。

 二人の様子を見ていたニックはニヤつき、


「ほう……ナイト(てめえ)みたいな奴が、女と仲良くできるとはな」


「うるせェ」


 もはや『うるせェ』しか言えなくなっているナイトを鼻で笑ってから、ニックは本題へと戻る。


「どんな魔法を使うんだ? 強力な攻撃ができるか」


「い、いや……その……」


 サングラス越しに見つめられ、レイは緊張する。


 ――ここで何と答えるべきだろう?


 ――考える暇も無い。


「あたし一人じゃ何もできないの、ごめんなさい。他人を一時的にパワーアップさせることしかできなくて……だから作業場でも、ナイトの腕と刀を強化した……唯一できる支援魔法をかけただけ」


 もしこのままグループの中で生活するのなら、ニックやナイトとも長い付き合いになるかもしれない。

 今ここで『自分はもっとできる』などと嘘をつけば、後先必ず後悔することになる。


 自分で自分の首を絞めるのは、もうウンザリだ。


「なぜ謝る?」


「えっ?」


 直後、ニックは首を傾げた。


「てめえは今『ごめんなさい』と言ったな。どうしてそう思ったんだ」


「だ、だってみんなは、『魔導鬼ならすごい魔法が使えて当然』と思ってるでしょ? ……だから、期待に添えないかなぁって」


 洋館でホープはそんなことを言って、レイに任せっきりにしようとしていたから。

 この意見に、ニックも頷きはした。


「まあ、もっと派手なのを想像してなかったと言えば嘘になるな」


「でしょ? だから……」


「見せてみろ」


 ――頷きはしたが、その先の要求もあった。


「てめえの能力を見ると言ってんだ。返事は不要だ、さっさと見せろ」


「えっ、でも、あたし……」


「文句でも?」


「そ、そうじゃないわよっ! あたしの魔法を見せるには()()()の人がいなきゃ……」


「そうか。なら、そこの吸血鬼を使え」


 本当にレイ一人では見せることができない魔法なので、誰か協力してもらわなければならない。

 そう思いニックを見つめたが、当の彼は、指に挟んだ葉巻でナイトを示した。


「おい、何で急に俺が出てくる」


 そっぽを向いていたナイトは、突然呼びつけられて気分を害したようだった。


「そりゃてめえが連れてきたから当然だ。協力してやれよ、体はもう()()だろ?」


 喧嘩腰のナイトにニックが怯むはずもなく。

 怯むどころか葉巻を咥え直し、ナイトの体調を勝手に決定している。


「俺の傷なんかどうだっていい。それより、こいつを魔導鬼じゃねェってまだ疑ってんのか? 顔を見りゃァ、一発でわかんだろ」


「アホンダラ……顔も肌もどうでもいい、必要なのは実力のみだ」


「だいたい俺ァまだ納得いってねェぞ、どうしてパーカー女を街へ行かせた? ……『水に流す』とあんたは言っただろォが」


「記憶を改竄してんじゃあねえよ。俺は『許容範囲内で』と言ったはずだぜ。てめえみたいなガキ一人が腹刺しただけで、全部許されるとでも?」


「……ちィッ」


「わかったら、やれ。鬼二人で仲良くな」


 レイには何なんだかよくわからなかったが、ナイトはそれ以上反論することもなく、レイに近寄ってきた。


「おい女、この前やったのが唯一できる魔法ってことだよなァ?」


「ええ」


「だったら同じことをしろ。無理に気を張ることもねェ、前と同じようにやれ」


「え、わ、わかったわ!」


 レイは言われた通り、杖を構える。

 杖の先に付いている白い球体が、その輝きを増していく。


 同じく構えたナイトの刀も、呼応するように白く光り出す。


「アカ"ァァ」


 ――ちょうど良く現れた一体のスケルトンを標的に、



「おらァァァ――ッ!」



 刀が振り回されると、その白い斬撃の巨大さにスケルトンの頭蓋骨は消失。

 直後、周囲の木々の上半分が吹き飛び、バーク大森林の一部が丸裸に。


 流石の威力に、刀を振った本人であるナイトも目を丸くする。


「おいおい……本当にあの時のまんまだなァ」


「これしかできないもの」


 短く会話をし、それぞれ杖と刀を仕舞う。

 するとニックが口を開いた。


「ほう……気に入った。今の威力、覚えとこう」


「……えっと、どういう意味?」


「てめえの魔法は貴重な能力だ。使える種類が多かろうが少なかろうが、そんな非現実的なことは人間にはできやしねえ。ナイト、いい拾いもんをしやがったな」


「貴重? あ、あたしが?」


 ニックは、さも当然のように言ったが。

 レイにとっては不思議な感覚。不思議でしかない。信じられないのだ。


 ――まさかホープ以外の人間に、正体を知られながらも気に入られるなんて。


「ふん、俺はそこらの人間と違って暇じゃねえからな。兵隊一人一人を差別なんかしてられん。さっきも言ったが、求めるのは実力のみ」


「そっか……」


 とにかくニックは実力主義、ということらしい。

 納得したレイが頷こうとするが、



「それに――社会の風潮だけで価値を決めるような、邪悪な人間にゃあなりたかねえもんだ」


「……え」



 再びこちらに背を向け、葉巻を吹かしたニックはゆっくりと歩き去る。

 レイは彼の大きな背中を、見つめていることしかできなかった。



◇ ◇ ◇



「――――嘘だろ? 最悪だ」



 誰も気づきはしなかった。



「あの女」



 ニックとナイトと、そしてレイの密談を、木の裏に隠れて覗いていた者がいるなんて。

 会話の内容も、驚くべき『魔法』の強さも。その男は全てを見聞きしたのだ。



「あの女……よりにもよって『魔導鬼』かよコラ」



 ティボルトは、亡き弟のバットを強く握り締めた。



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