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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第79話 『誰も置いていかない』



 階段からずり落ちるホープは、冷たい床に仰向けに。身体のあらゆる部分を強打し、立ち上がるのが難しい状態。

 ――その目の前に、迫る群れからはぐれて階段を転がり落ちてくる、一体の狂人。


「ク″カ″ァァッ!!」


「ぃいやだっ!」


 噛まれたら痛いので、ホープは狂人の顔面を靴裏で蹴る。


「ク″ォッ……ゥウ」


 もちろんダメージ無し。奴の冷たい手がホープの足首を掴むが、


「ふっ!」


「コ″」


 突如現れた太い刃によって脳天をカチ割られた。


「あ、ジル……」


「ホープ、死んだのかと驚いた。いったい何が、どうなって、こんなに狂人が……いや、話すのは後」


「オ″アァァ!」


 狂人の脳天から手斧を抜き取ったジルは、続けて転がり落ちて向かってくる別の狂人の、


「ゥ″オッ――」


 顔面を切り裂く。

 そして抱き起こしたホープの両脇に後ろから腕を差し込み、後方へ引きずっていく。


 ――塊のような密度を維持したまま、群れが階段を下りきった。


「お、おれが……!」


 群れを解き放ってしまったことに責任を感じていたホープは、フラフラと近づいてくる狂人たちを睨みつける。

 右目が赤く輝き『破壊の魔眼』が発動、



「おぉらぁぁぁ――ッ!!」



 する直前だったがハントの乱入によって中断。

 横から飛び込んできた彼は、先頭の何体かを殴り飛ばしたのだ――突然すぎて困る。ハントを粉々にしてしまうところだった。


 ――すべては『破壊の魔眼』を報告しないホープのせいなのだが、ホープ自身はその点に気づきはしない。


「なんて量! これじゃ階段使えないじゃないッスか! なら二人は外の階段に――ダメだ、あそこも塞がれる!」


 大きなナイフで次々と狂人を殺しながらも、見回して逃げ道を模索するハント。


 分厚い壁となった狂人たちは下の階への逃走を許さない。

 ならばと外の非常階段へのドアを見るが、みるみるうちに狂人がフロアを埋め尽くし、もはや使用は不可能。


「チクショー!! ……音は響くけど、()()を使うっきゃないッスね!」


 ハントはアサルトライフルを両手で構え、躊躇無く連射を始めた。

 そのまま右に左に銃口を振り回し、迫りくる狂人たちの頭部を撃ちまくる。


「ハント……弾は、足りそう!?」


 豪雨のように止まない銃声の中、ジルはホープを引きずりながら質問。


「……わからんッス!」


 答えるハントの表情は不安げ。

 弾切れは大きな問題だが、それ以上の大問題がある。


 ――何が問題かというと、もちろん逃走経路が確保できていないこと。


「あ……梯子とか、あるかも」


「そうか。こんな大きい建物なら……避難用の道具はあるってことか」


 閃いたジルは、相変わらずホープを引きずり回しながら窓際へ走る。

 『避難用縄梯子』と書かれた箱はあるが、中身は空っぽ。


 すると、壁一面に張られたガラスの中に割れているものを発見。

 二人で覗き込むと、


「あ」


「使われてるし切れてるし……!?」


 縄梯子を使った跡があるが、それはなぜか地面から程遠い宙空で千切れ、風にぶらんぶらん揺られている。

 ――誰かが焦って雑に扱ったのだろう。



「弾切れッス!」



 どう足掻いても逃げ場が見つからない中、ハントの叫び声は絶望を加速させる。

 彼は再びナイフを抜き、フロアいっぱいに広がりそうな狂人たちをどうにか食い止めようとする――ほとんど効果無しでも。


「おれ一人なら、飛び降りるけど……」


 ホープは四階分も下にある道路を見て、そんなことを小声で呟いた。


 ――自分は『生』に執着が無いから、躊躇無く飛び降りることができる。

 しかしジルもハントもそうではない。


 限界が来るまでは、『死』以外の道を探す。

 それが普通の人間である。


 ハントも少し変わっているようだが、それは考え方に些細な違いがあるだけのことで、根っこの部分は他者と同じだろう。


「――飛び降り?」


「えっ」


 またくだらないことを考えていたホープは、ジルの発言に仰天する。

 聞かれてしまった?


 言い訳を考えようとすると、



「名案」



 おかしなことに、ジルはホープの呟きを全肯定。


「ハント、良いことを――」


 何か思いついたような彼女が、それをハントにも伝えようと振り返っ


「オァアァ"ァア!!」


「っく!」


 振り返る瞬間、迎えたのは狂人のバックリと開いた口、紫色の歯。

 ジルは咄嗟に手斧を差し込んだ。


「アク"ッ!」


 斧の刃に、狂人は上下の歯で挟むように噛みつく。

 だが次の瞬間、


「オ"ォッ――」


 突然狂人の顔面が前に押し出され、刃に突っ込む形となり、頭部が真っ二つに。


「あ、ありが……」


 それはハントが狂人の後頭部を蹴り飛ばしたから。


「すまねぇッス……はぁ……はぁ……一体そっちに逃がしちまって……はぁ……」











 ――既に全身を()()()()()()にし、息は荒く、今にも倒れてしまいそうなハント・アーチが。











 ジルもホープも彼の痛ましい姿を目の当たりにし、


「え……!?」


「あ……!」


 開いた口が塞がらなかった。


「カ"ァッ」


 それでも狂人たちは手を休めてはくれない。


 背後からハントに噛みつこうとするが、ハントは素早く躱してヘッドロックをかます。

 二、三発パンチを入れ、蹴飛ばして他の狂人にぶつける。


 そんなハントの肘に、別の狂人が噛みつく。

 彼は痛がる素振りも見せず、狂人の頭を自分の肘ごとデスクに叩きつける。


「……ジ、ル……ホープ……何か、思いついたなら……俺が時間を稼ぐッス……早く……逃げろ……!」


 そう言うハントの頭皮に、また狂人が噛みついてくる。

 彼のくすんだ金髪が、いよいよ血に染まる。


 右腕に噛みつかれる。


 左足に噛みつかれる。


「こんくらい……屁でも……ないッス……」


「……くっ!」


 迫る狂人を一手に引き受けるハントを見て、ジルは歯を食いしばりつつも手斧を投げた。

 投げられた手斧は窓を突き破り、外へ――



◇ ◇ ◇



 銃声、銃声……銃声が聞こえる。

 恐らくリチャードソンが、拳銃でスケルトンや狂人を射撃しているのだろう。


 『恐らく』という表現になるのは、ジョンが今、ゴミ箱に隠れて蓋を閉めているからである。

 長方形でキャスターが付いた、大きなゴミ箱。


「奴らが……もう来るのかしら……!?」


「いえ。も、もし限界まで近づいてきたら、リチャードソンさんは僕らを呼ぶと、お、思います」


「うう……」


 そんなゴミ箱に、ジョンとライラは二人で隠れている。

 大きな音を出してしまい、スケルトンや狂人の群れがやって来ることが恐ろしくてしょうがなかったライラが、ゴミ箱の中にジョンを呼びつけたのだ。


「不安なの……私、とても不安で……」


「わかりますよ、らっ、ライラさん。む、群れがここへ着くのも時間の問題ですからね」


「呼ばれるまで……ここにいてちょうだいね?」


「ふ、ふぁい!」


 不意にライラに手を握られ、ジョンの声は1オクターブ高くなる。

 そして、『はい』という言葉を噛むという謎の事態に。


「こ……怖い……怖いわ……」


「……っ!?」


 ジョンの胸に、ライラが頭を埋めてくる。

 二人とも膝を抱えて座っている体勢でこうなると、必然的にジョンの顔はライラの髪に埋もれる。


 ――傷んだ見た目の黒髪だし、こんな世界で当然いい匂いなどもしないが、悪い心地はしなかった。


 ライラは23歳らしい。

 まさかジルよりも年上の女性とこんなに密着するとは、ジョンも予想外だった。

 モテ期到来、というやつなのかもしれない。


 が、ジョンの耳に『ガラスの割れる音』が聞こえた直後に、



「――おい、眼鏡の坊主! ちょっと手伝え!!」



 この魅力的な状況から、脱却しなければならない時が来た。

 ジョンはもう片方の手で優しく、握ってくるライラの手を解く。


「……行ってしまうの……?」


「そ、そうなりますかね。でもまだ、ぼ、僕だけで大丈夫だと思います。ライラさんはここにいてください」


「わかったわ……一人じゃ寂しいけど……必要なときは助けに来てね?」


「当たり前です! だ、誰も置いていったりしませんから!」


 肩を抱くライラをゴミ箱の中に残し、ジョンは一人でオフィスビルのエントランス前道路へ向かった。

 ――どうやら、まだスケルトンの群れは到着には至っていないようだが。



◇ ◇ ◇



「えっ、ちょっ!? 何で斧を捨てたのジル!?」


「仕方なかった」


「……くっそ!」


 ホープは初めて、ジルを怒鳴った。

 だって目の前には狂人の群れが広がっているのだ。作戦だろうと計画だろうと、順序と説明と同意をすっぽかして武器を捨てるのは感心できなかったから。



「はぁ……はぁ……!」



 だが、本来これは怒鳴っている状況でもない。


 ほとんど瀕死のはずのハントは、デスクとデスクの間にてこちらへ向かおうとする狂人の群れを止めている。

 両腕を広げ、五列も食い止めているのだ。


 もちろん両腕は、噛まれ放題。


 ハントは自分を、もはやホープとジルを守るためだけの肉の盾と決めつけたのだろう。

 が、



「もう……限界……ッス」



 とうとう彼は押し倒された。


「ハント……」


 彼の名を、ジルは弱々しく呼んだ。


 ――呼んでも無意味だとわかっていながら。


 肉を食おうと群がる狂人たちによって、その姿は見えなくなっていく。

 今は血溜まりが、かろうじて見えるだけ。


「ァカ"ァア"」

「ロォオ"ァ」

「ア"ァ"ァ」

「オオオ"オ"」


「……来る」


 とんでもない勢いで突っ込んでくる、スーツを着た狂人たち。


「ジル! ハントが死んだんだよ!? まだ何もしないの!?」


「ハントは、とっくに噛まれてた。悲しいけど、どうしても、助からなかった……あともう少し」


 本当に悲しそうな表情で、苦しそうに歯を食いしばる。それでも頑なに動こうとしないジル。

 そうなると、ホープは折り畳みナイフを取り出して構えるしかなくなってくる。


「ラ"アァァオ"」


 一番先頭の狂人がホープの首元を狙い、上下の歯を噛み鳴らしながら突進してくる。

 ホープが小さな小さなナイフの刃を振りかぶる。


 と、


「ホ"ェッ」


 狂人の口が開いたところにスノードームが投げ込まれ、すっぽりと納まる。

 するとその狂人は口の開閉機能が使えなくなり、



「こいつっ!!」



 グサリ、と簡単にホープのナイフでトドメを刺すことができるように。

 折り畳みナイフで目を突かれて殺された狂人は前かがみになって倒れ、『ジル』と書かれたスノードームは床に転がった。


「な、なんか、ありがとうジル……」


「スノードーム、ハントがくれた。お礼なら、ハントに――そろそろ行こう」


 狂人を一体殺すだけでもホープには貴重な出来事なのだが、余韻に浸る暇は無い。


「ウアォ"ォ」

「ワ"ァァア」


 一体殺したところで、後ろからは数え切れない量の狂人が迫ってきているのだから。

 棒立ちになってそれを見ていたホープは、ジルに腕を掴まれ、



「え……えっ、えっ!? う、うぅあぁぁ――!?」



 ジルは先程斧で割った窓から、ホープを連れてダイブしたのだ。

 ガラスの尖った部分に体が当たり、掠り傷が付いたなんて瑣末な問題である。


 ビルの四階から地面へと真っ逆さまに落ちているのに、そんなこと考えられるわけがない。


 ――ああ、ジルは頭がおかしくなったのだ。


 ――何はともあれ、これでようやくホープは死ぬことができる。

 まさかジルと一緒に死ぬことになるとは思わなかったが、彼女が選んだ道。ホープは悪くない。


 目は閉じている。

 だって、何の意味がある。


 どうせ目なんか開いたって、自分の体がこれから打ち付けられる、黒いアスファルトが広がっているだけなのに。


 ――もう、長いこと落下している。充分すぎるほどに風を感じた。


 そろそろ。


 そろそろ、



「ぶっ」



 ホープの予想通り、何かしらの上に落下した。ということはジルも同じだろう。


 覚悟していたような感覚は、無し。


 どんな高所から飛び降りて体を打ちつけても、ほんの一瞬は()()()()だ。

 今も多少は痛むが、アスファルトの硬さに打たれたとは思えなかった。


 空中で気絶できるなら楽だが、人生そう上手くいかないことはホープが誰より知っている。


 ……それにしても、


「ああ、死ぬってこんな感じなんだ」


 何だか柔らかい。何だか横たわる自分の下に、生き物でもいるかのようだ。

 そして、周りには布が敷き詰められているかのよう。包まれているようだ。


 ああ、どうにも、穏やかな気持ちだ。


「ホープ……」


 聞こえてくるのは、天使のように甘い声。

 まだ生と死を彷徨っているホープに、救いの手を差し伸べてくれる天使だろうか。


「ホープ、重い」


「へ?」


 ――いや、よく聞くとこれはジルの声だった。

 自分の下から聞こえてくる。


 それにここは何だか臭い。


「どいて、早く」


「あ……はい」


 目を開けてみると、ここはゴミ箱の中。ボロい布切れや服の中に、うつ伏せのホープは埋もれていた。

 うつ伏せのジルの上に重なるように。


 急かされるまま、ホープはゴミ箱から脱出。続いてジルが這い出す。

 直後、


「アァ"ァアァ"ァ!!」


 窓の割れる音が響いて、スーツを着た狂人が落ちてくる。四階からだ。

 まるで無機物のように、重力にも引力にも逆らわない無抵抗の姿勢。


 対応したのは、



「お前さんはお呼びじゃないぜぃ!」



 ゴミ箱のすぐ横に立っていたリチャードソンが、拳銃を上に構える。

 銃声が鳴ると、落下中の狂人の額が撃ち抜かれたのだった。


「すげ……」


 あらゆる物事に無関心なホープが、目を見張るほどの神業。

 ゴミ箱の中に落ちる狂人が動き出す可能性を排除するという、トンデモリスクマネジメントである。


「……ていうか、どうしてリチャードソンさんがここに? このゴミ箱最初からあったっけ……?」


 感心が終わると、ホープの頭に浮かび上がるのは疑問符だった。


「よぉ青髪の坊主――建物の中から銃声が聞こえたと思ったら、ジルの手斧が落ちてきたんでな」


「手斧か。なるほど」


「『こりゃ只事じゃねぇ』と、とりあえずゴミ箱を用意しといた。街じゅうにあるからな。このキャスター付きゴミ箱」


 ハントがアサルトライフルをぶっ放し、ジルは愛用の手斧を投げ捨てる。

 ここまでの異常事態はそう無い。


 逃げ場が確保できないのか――そんな可能性を考慮し、柔らかいゴミが入ったゴミ箱を持ってきて、ジョンと共に待ち構えていたそうだ。


「ジルさんが無事で良かったです! こ、この手斧返します」


「ん」


 手斧を拾っていたジョンが、いち早くジルに手渡す。

 ジルはリチャードソンの方を向き、


「リチャードソン。気づいて良かった。助かった」


「礼には及ばん――どうやら調査済みってのは嘘だったみたいだしな」


 次々と四階から降ってきて自滅する狂人を見やり、リチャードソンは額に手をやる。

 無責任なことを言ってしまった、と反省しているようだ。


 そして彼は、ふと顔を上げ、



「ちょっと待てよ。ハントはどこだ?」



 聞いてはいけない質問を、遂にしてしまった。



「……ハントは……やられた」


「は?」


「……あいつらに、食べられて……死んだ」


「おい、おい」



 重苦しく、辛そうで、しかし単刀直入。


 そんなふうに口を開くジルに対してリチャードソンは驚き、焦り、疑った。


「嘘だろ……? 嘘なんだろ!? おいジルっ!!」


 ジルの両肩を強く掴み、彼女の華奢な体を前後に揺らす。

 まるで、言葉の裏の真実を暴こうとするかのよう。


「……うっ! い、痛い……!」


 無駄骨。

 今リチャードソンが、どんなにジルの肩に握力を込めても、もし顔を殴りつけたとしても、何の意味も成果も無いのだ。


 肩を圧迫され、体を強く揺らされ、ジルは素直に痛みを訴える。

 リチャードソンは馬鹿ではない。苦しむ彼女の表情を見れば――いや本来見なくても――すぐに理解できる。


「あいつが……死んだ……よりによって……あの、ハント・アーチが……」


 信じるべき真実は、一つだけ。


 ハントは死んだ。ただそれだけ。


「あ、あの!?」


 両手で顔を覆うリチャードソンに、畳み掛けるかのようにジョンの声。

 眼鏡をカチャカチャ整える彼は焦ったように、


「今って僕ら、む、群れに()()()()()ってことをお忘れじゃないですよねぇ!?」


「……あ……あぇ? 何だっけかそりゃ……?」


 放心状態のリチャードソンは、完全にそのことを忘れているのだろう。

 が、ジルとホープにしてみれば冗談じゃない。


「今、仲間が殺されたばっかり、なのに……!」


「また群れから逃げるの!?」


 オフィスビル潜入前から危険視していた、霧の向こうから続々とスケルトンらが現れる。

 しかも、ホープたちがやって来た側――つまり街の入口がある方面からも群れが来る。


 どちらもとんでもない規模。

 加えて、ものすごく近い。あと数分で完全に挟まれるではないか。


 さらに厄介事は増えるばかりで、


「カ"ァッ」

「オア"アァゥ」


 オフィスビル四階から落ちてくる狂人たちも、頭さえ道路に打たなければ立ち上がってくるのだ。

 骨が折れても、四肢が取れても、お構いなしに。


「ハントさんが殺されてしまったのは辛いですが……と、とにかく走りましょう皆さん! ここにいては全滅です!」


 ジョンが両腕をバタバタと広げ、ホープとジルとリチャードソンに訴える。

 が、


「もういいだろ……皆でハントの後を追おうぜ」


「ダメですよ! り、リチャードソンさん、彼の死をキャンプに誰が伝えるんです!?」


「だから、伝える必要ねぇだろっての……」


「そ、そんなことは僕が許しません! 誰も置いていったりしませんっ!」


 戦意喪失のリチャードソンの背中を、ジョンは無理やり押して走らせる。

 ジルも手斧を振り回して近寄る狂人を倒しながら、その後ろに続いた。


 ホープも当然走り出すが、リチャードソンの姿が痛ましくてしょうがない。


 ――なんといっても、彼は相棒のような存在だったブロッグを失ったばかり。

 その傷も癒えないうちに、今度はハントである。


 どちらも、死に目にも会えずに失ったのだ。


 生きる気力を失ったリチャードソンを、誰が責められる。


「この大通りを走り抜けましょう。ど、どこかでチャンスがあれば、路地に!」


 オフィスビルから見て、そのまま正面の方向。

 左から群れ、右から群れ、オフィスビルからも群れが落ちてくるのなら、妥当な逃げ道。


 リチャードソンと共に先頭を走るジョンだが、


「あーーーっ!!!」


 何かに気づいて足を止め、振り返ってくる。

 彼が確認するのはホープでもジルでもオフィスビルでもなく、オフィスビル横の路地だった。


「ライラさんを置いてきてしまいました!!! ど、どうしようっ、どうしましょう!?」


「えっ」


 さすがにホープも驚いてしまった。

 ……どう見ても、呼び戻すには手遅れだから。


 狂人やスケルトンは、あの路地にもぎっしりと密集している。

 ゴミ箱の中にいるライラが、冷静さを保つことができればあるいは――



「……えっ、ジョン!? みんな!? ど、どこに行ってしまったの!?」



 いや、ダメだった。

 ここからでも、冷静さを欠いたライラが蓋を開けて飛び出したのが見えたのだ。



「どうして、どうしてどうしてどうして!? 何で私は一人なの!? 化け物たちに囲まれてるの!? 私は仲間外れ!? 仲間じゃないと、そう言うの……!?」



 喚き散らすライラに、スケルトンも狂人も容赦なく襲いかかる。

 鼠の死体と、群がる蟻を彷彿とさせる光景。



「ル"オォオ"!」

「ァア"!」


「ひっ、ひっ! ひぃっ!? キャアアアアアアァァァァ――――ッ!!」



 きっと錯乱中で状況もよく飲み込めていないだろうライラは、スケルトンたちを前に棒立ち。

 そのままゴミ箱の中へと押し倒された。



「あうっ、あぁ! イヤッ! あぁっあ! キャァァァァ!! やめてっ、いたぁぁぃいぃぃ!!」



 ゴミ箱の蓋は閉まったが、その隙間からは断末魔と血飛沫が止まらない。

 あの四角い箱の中ではどのような惨劇が繰り広げられているのか――想像したくないのに、想像に難くないのが難儀だ。


 すると、



「っふぅぅ!!」



 ガシャンッ――とゴミ箱から片手だけ飛び出してくる。至る所を噛み千切られ、原型を留めていない腕。

 続けて、血まみれのライラの顔が少しだけ覗く。


 彼女が恨めしそうな目で睨んでいるのは、どう見てもジョンだった。



「ふう……ふうっ……!! 『誰も置いていかない』と……あなたは言ったわね!! 私は!? 私はどうなのよ!? ……この嘘つき男! 呪ってやるから!! 呪って、呪っ……」



 好き放題言い連ねている途中、ライラは長い黒髪を引っ張られ、ゴミ箱の中に再度引きずり込まれたのだった。


「あ……あぁあ……」


 弱者が無責任なことを言うと、こうなってしまう世界――それを再認識したのか、ビビりまくったジョンは放心状態に陥る。


 結果、リチャードソンとジョンが二人して動けなくなってしまった。


「最悪の一日、だね……本当に」


 憔悴しきったジルが、その二人を押して前進させる。


「やっぱり似てる……」


 一方ホープは相変わらず、揺れては血が噴き出すゴミ箱を見ていた。


 ヒステリックな部分があるライラを見ていると――やはり思い出すのは、義母エリンで。

 前々から少し似てると思っていた。


 ……死の間際に他者を呪うところまでそっくりとは。


 予期しないタイミングでトラウマを掘り返され、ホープは一人で勝手にダメージを負うのだった。



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