第74話 『出発の準備』
ホープとジョンは、今、誰よりも顔を合わせたくない者に会っている。
「あ、あの、リチャードソンさんに……その、あなたから武器を貸してもらえと……め、命令されて来たんですが! ぼ、僕は小さなナイフしか持ってなくて」
うわずった声でジョンが話す。
「……あぁ?」
二人の前に立ち、不快そうに眉間に皺を寄せる男。それは、
「何だてめぇらコラ。グループに甘えてる立場だってのに、武器くらい自分でどうにかしろよボケ。乞食かよコラ」
黄色い髪の曲者チンピラ――ティボルトである。
やっぱりジョンの言葉に噛みついてくるティボルトだが、
「で、では良いんですね?」
「あ? 意味わかんねぇよ、何がだよオラ」
「あなたが僕を、僕のお腹をバットで突いたこと……リチャードソンさんやホープさんも襲ったことを、にっ、ニックさんに報告しても良いんですね?」
「な」
命令してきたリチャードソンは、それを見越して次の言葉まで用意してくれたのだ。
――ティボルトが昨日大暴れしたことは、居合わせた誰もが秘密としている。ジョンも腹を突かれたが、気にしないようにしている。
そんなティボルトを脅すのは簡単。
リーダーにバラしてやる、の一言だ。
「……あぁわかったよコラ。このバット持ってけや、ガリ勉コノヤロー!」
「おっと、とと」
こちらに従ったティボルトは、近くからもう一本の木製バットを持ってきて、ジョンに投げ渡した。
「二本持っていらっしゃったんですね……あ、あなたに貸してもらえと言われるわけだ」
「それは、俺のだコラ。いつも使ってんのはそれで、今持ってるこれは死んだ弟のだオラ……」
「えっ」
ティボルトの言葉を受け、彼が持っている弟のバットを見ながら、ジョンは口を開く。
「弟さん、な、亡くなられたんですか?」
「……少し前にな。『死んだ』というか『殺された』。お前らと同じような歳だったぜコラ……あ?」
やけに悲しそうに答えたティボルトは、とあることに気づく。
「ごめん。おれのも……くれないかな?」
ジョンの横ではホープも、武器を恵んでもらおうと待ち構えているのだ。
ホープは本当に何の武器も持っていない。もう一本のバット――つまり弟さんのバットを貰わねばマズいのだが、
「言っただろうがオラ……これは、弟のだ!! 誰にもやらねぇよバカヤローが!!」
「「わああ! すいませんすいません!」」
一本のバットを握りしめるジョンと、何も貰えなかったホープは慌てて逃げ去った。
◇ ◇ ◇
ホープとジョンはキャンプに戻る。
するとそこにはドラクとジル、フーゼスがいる。少し離れた所には、落ち込んでいるレイの姿も。
その中から駆け寄ってくるのはドラクで、
「おおお勇者たちよ……あぁ可哀想な腐れ勇者たちよ……あんな街に行くなんてな……お悔やみ申し上げておくぜ」
「ちょっとドラクさん、は、離れた所から好き勝手言わないでくださいよぉ! そ、そうやって余裕ぶれるのはジルさんのおかげなんですからね」
「んなことはわかってっけどさ。お前らがあんまりにも可哀想だからイジってやんねぇとじゃん?」
「じゃん? じゃないですよ!」
ジルに庇われた恥ずかしさを消したいのか、シリアスな空気を変えたいのか、ドラクはいつも以上にハイテンション。
彼がそういう人物だとわかっているから、とりあえず険悪にはならないのだが。
今の話でホープが気になったのは、
「ドラクは、その『大都市アネーロ』っていう街のことは知ってるの?」
という部分。
確かドラクは都会っ子とかいう話だったが、
「そりゃそうだろ。まずもってオレの故郷なんだからな」
「やっぱり」
別に大都市アネーロでなくても街なら色々あるが、ドラクの出身は偶然にもそこのようだ。
「まぁ一年前、街の崩壊の様子は見たぜ。その後は一度も見に行ったりしてねぇけど、物資調達に行った奴の話を聞けばわかる。ゾッとするような地獄だぜあそこ」
「す、スケルトンだらけってことですか?」
「そうだな。スケルトンだらけで、やっぱあそこまでデカい街だと生存者も集まってくるらしい……頭のおかしい奴も」
「……! 行きたくないですね……ひ、非常に」
ドラクの話を聞いてジョンが肩を落としている後ろで、会話をしている声がする。
ホープが振り返ってみると、犬の獣人フーゼスのハキハキとした声だった。
「ジル、君の勇気には感服する! 前々から思っていたけど! あのニックと対等以上に話すとは、君は男よりも男気があるよ! あっはっはっは!」
「……そう?」
「そうさ!」
会話相手はジルのようだ――声が大きいフーゼスと、口数の少ないジル。
馬が合うとは思えないが、
「私、普通にしてるだけ、なのに」
「そこだよ! 男は見栄を張ってカッコつけたりするものさ! でも君のカッコ良さは自然だ、そこに憧れる!」
「嬉しい。私も、フーゼスの明るいとこ、好き……ぁ」
「照れるなぁ! あっはっは! ……そうだ、オレはちょっとパトロールに行ってくる!」
当然のように成り立つ二人の会話。
ホープは初対面の時、ジルのことを人見知りかと思っていたが、彼女のことを知るほどに誤解の可能性が高まってくる。
少し気になるのは、後頭部に手をやって喜びながら去っていくフーゼスに対しての、ジルの様子。
――どこでもない方向を向いて、目を見開き、自分の口を手で押さえている。
――まるで、何かを後悔したかのような表情だ。
そんなジルの様子にも気づくことなく、街の説明を聞き終えたジョンは歩み寄っていく。
「じ、ジルさん、こんにちは!」
「……こんにちは」
彼の方を見ずに、いつもより控えめに挨拶を返すジル。
興奮するジョンはその様子にやはり何も感じないようで、
「こっこの度、僕も一緒に街へ行かせていただくようなので、よ、よろしくお願いします!」
「……ん」
ゆっくり振り返ったジルの両手を、顔を赤くしたジョンが素早く両手で握った。
――それを鬱陶しそうに横目で見るドラクがホープに近づいてきて、
「ジョンの奴、ジルに対してスキンシップ率エグいよな?」
呆れたように言う。共感を求める彼にホープは、
「……君も本当はやりたいってこと?」
「それはないわ! マジでないわぁ!」
珍しく、額面通りでない答え方をしてみた。
するとドラクは首と手をブンブン横に振りまくって、ものすごく嫌そうな顔。
ドラクを嫌そうな顔にしたところで、
「……どうかしたの?」
ホープは、落ち込むレイのもとへ。
「どうしたもこうしたも、ないわよ……」
「何で? 大都市アネーロは地獄のようだって話だよ、行かない方が良いんじゃないの?」
「そりゃ行かない方が安全でしょうけど……あたしにとっては違うの! あんたと……一緒にいたいだけ……」
レイが行きたがった理由は、ホープの思った通りだった。
「ここでたくさん一緒にいたじゃん」
「そ、そうだけど……ドルドさんとの過去も聞いたけど……もっと、もっと一緒に……」
ホープは、いつの間にか寝ていたレイが昔話をちゃんと聞いていた事実に驚きながらも、
「大丈夫だよ。ここにはドラクも、怪我してるけどナイトもいる。ニックさんだってあんな感じだけど強そうだしさ」
「そういうことじゃなくてっ……もう! あたし、ここで待ってるからねホープ!」
「うん」
腕を組んでぷりぷりと怒っている感じのレイ。相変わらず仮面で顔は見えないのだが。
――リチャードソンが見守る中、ホープやジョンはもちろん、他の人たちも着々と準備が進んできている。
そんな時、
「……ねぇねぇ……占ってあげようか……?」
ホープでも、レイでも、ジョンでも、ジルでも、ドラクでもない声が辺りに響く。
一番早くに誰の声か気づいたのはドラクで、
「うぉう! ベドベいつの間に!?」
「……いや……ずっといるよぉ……」
ドラクと同じ方向を見てみるとそこには、あぐらをかいた男が確かに存在している。
長く伸ばした灰色の髪は彼の目元を隠し、腰よりももっと下まで伸びていそうで――まるで幽霊のような見た目。
というか、
「ずっと、いた? ごめん、気づかなかった」
「……ジルぅ……気づかなくてもいいよ……俺が影薄いのはいつものことだし……俺は勝手に……君を目の保養にするから……」
「ん、別にいいけど」
ジルとのやり取りでわかったのは、どうやら彼は自他共に認める影の薄さらしいことと、普通に仲間であること。
――目の保養の件はどう考えても、影の薄さを利用してジルのことをいやらしい目で見ている、ということだろうに。
『良くないよ!?』とジルに言いたくはなるが、あくまで彼女の問題だ。ホープは首を突っ込まなかった。
「……俺はベドベ……君たち……ホープとジョンとレイを……歓迎する側の人間さぁ……大都市アネーロへ行くなんて大変だ……君ら二人の運勢を占うよぉ……」
「ぼ、僕らを……?」
「占う……?」
ジョンとホープは自分を指差し、混乱。
髪で目を隠している幽霊のような男――ベドベは座ったまま、自分の背後に置いていた『何か』を拾う。
「……これで占う……ちょっと待ってて……」
綺麗な球体。
彼が自身の膝の上に置いたその球体は、半透明の、水晶玉のような物だった。
ベドベはその水晶玉に対して何か念じている……のかは定かでないが、とにかくホープとジョンには何の変化も見えない。
反応を見るに、ドラクやジル、レイも何も感じていないようだ。
――だが、なぜだか『胡散臭い』とは思えない。
数秒後、ベドベは少しだけ顔を上げた。
「……見えたよ……まずはジョンだけど……うん……」
「ぼ、僕がどうかしましたか?」
ベドベは水晶玉に顔を向けたり、ジョンの顔に顔を向けたりしながら、考え込み、ようやく口を開く。
「……君はね……ちょっと危ないね……気をつけてね……ちょっと気をつければ……大丈夫……」
「いや何ですかそれぇ!? こ、怖いんですけど!」
「……それでホープ……なんだけど……」
「無視しないでくださいよぉ!」
運勢と一口に言っても、いったいジョンとホープの何を占ってくれたのか、わからずじまいだ。
ジョンの訴えに興味を無くしたように、ベドベはホープの顔を見てくる。
「……君は……何だろう……見えないんだ……」
「え?」
ジョンの時とは、また違った反応。ベドベは言葉を慎重に選んでいるかのように喋ってくる。
「……君の心には……真っ黒な闇がかかってて……黒すぎて……運勢が見えないよぉ……こんな黒いのは見たことない……ホープ……とんでもないものを心に抱えてるね……」
よく、わからない。
よくわからない結果だが、その『闇』とは何のことなのか、ホープにはすぐにわかった。
十中八九『自殺願望』のことだろう。
そんなベドベの言葉を、ホープの占いの結果を聞いた者たちの反応は様々。
――ドラクはホープに背を向け、後頭部を掻きむしっている。
――ジルは下を向き、目を閉じている。
この二人は、フェンス越しのあの会話でも思い出したのかもしれない。
ジョンは聞いておらず、「何が危なくて何が大丈夫?」と自分の占い結果に戸惑っている。
そしてレイは、
「ホープの心は黒色……? へぇ、意外ね。髪が青いから、心も青いのかと思ってたわ」
という薄味の反応だった。
やがて謎の占い師ベドベは、余韻に浸ることも無くどこかに去っていって。
――大都市アネーロへ物資調達に行く面々の、準備が完了した。




