第73話 『対象者』
ニックに言われた通りに行動し、知りたい情報を知ることのできたリチャードソンは、キャンプ場へ向かう。
鬱蒼としたバーク大森林。
スケルトンパニックが起きてすぐの頃は、木陰からも、わんさかスケルトンが湧いてきていたものだ。
今では出鱈目に地面から湧いてくることは少ないが、
「カ"ァァッ」
「うお」
図らずも茂みや木の裏に潜伏していたスケルトンがいきなり現れたりすれば、さすがに驚く。
リチャードソンは腰からリボルバー、つまり回転式拳銃を引き抜いて、
「ビビっちまうだろ」
銃身の部分を握りしめ、
「ホ"ァ――」
本来持つところをスケルトンの脳天に叩きつけ、一撃で沈める。そして満足げに腰にしまい直す。
顔を上げると、
「ん? おい、ジルじゃねぇか。こんな所で何してる」
正面、だいぶ離れた所にある木を背もたれにしてジルが座っているのを発見。どうやら本を読んでいるようだ。
返事が無いので彼女に近づき、
「おい、大丈夫か? お前さんの目は本の方に向いてはいるが、読めてるようには見えないぜぃ?」
「……あ。リチャードソン、おはよ」
目はずっと開けっ放しだが、ジルは今初めてリチャードソンを視界に捉えたらしかった。
「お早くないけどな。そんな根詰めて本読んでる奴、お前さんくらいしか見たことねぇ。ぶわっはっはっは!」
「別に、そんなこと……」
「それに、ここは危ないぞ。スケルトンがどっから出てきてもおかしくねぇんだ」
「大丈夫」
リチャードソンの真面目な忠告に、ジルはポケットから手斧を取り出してみせる。
思わずリチャードソンは笑ってしまう。
「ぶわっははは! チビのくせに、度胸だけはありやがる」
「身長、関係ない……ふぁ……」
ジルは控えめなあくびを一つすると、本を閉じて立ち上がる。
――途端、彼女のジト目は鋭く光る。
「ナイトと、何か、話してた?」
「……なぜわかる」
「……何となく」
ジルのジト目に射抜かれたリチャードソンは、お返しとばかりに彼女を軽く睨む。
さすがにジルは口を噤んだ。
リチャードソンは、彼女が気にしていそうな、いくつかの要素の内の一つを察していた。
「お前さんも予想はしてただろうが、新人の奴らは大都市アネーロへ行くぜ。たぶん俺も」
「まぁ……彼なら、そうする」
「そん時、エドワーズ作業場に関わった誰か一人も、責任を取らせるために行かせると思うぜぃ……ニックの執念深さには俺もゾッとするよ」
「ん」
「ニックは今のままだと、ドラクを……気分によっちゃナイトをアネーロへ行かせる気だろうな」
「……何で、そんなこと、私に?」
「さぁ。何だろうな」
あくまでも無表情を貫くジルの質問を軽く流し、リチャードソンは歩き出す。
ふと後ろに目を向けると、斜め後ろをジルがついてきていた。
どうしても険悪なムードばかりが生まれてしまう状況、というのは存在する。この世界は完全にそれであり、仕方のないことだ。
しかしどんな世界でも、恥を捨て、雰囲気を変えるのは大人の役目だ。
「――ところでジル、どんな本を読んでたんだ? 興味がある」
「ん……軽い小説。勇者たち、魔王、倒しに行く」
「おー、割と単純で王道なんだな。お前さんのことだから、てっきり難しいやつかと思った。もしくは血みどろなやつ」
「私、そんなイメージ……? 難しいの、無理……それに、辛いのは、現実で充分」
「言われてみりゃ確かに……主人公はどんなんだ? 女受けしそうな若きイケメン勇者様ってとこか?」
「ん、当たってる。でも、私は、それほど惹かれない」
「へぇ。じゃあどんな奴が好きなんだ」
「ここでは、脇役なんだけど……勇者一行の、荷物持ち」
「地味だなオイ! ぶわっはっはっは!」
明るい会話も、時には必要なのだ。
45歳のリチャードソンも、19歳のジルも、同じように痛感しながら喋っていた。
◇ ◇ ◇
――大都市、と呼ばれた場所。
ホープも聞いたことだけはあるその名を、目の前でニックが口にしたのだ。
空気が変わり、この場の皆が黙る。そんな中、
「『大都市アネーロ』……で、物資調達?」
ホープがおずおずとニックに聞く。
「正確に言やあ、『物資調達』及び『取り忘れた武器の回収』ってことになる」
「ど、どうしてそん――」
「能書きが多いんだよ。クソガキどもの分際で」
ホープの追及を許さないニックは、顔を限界まで近づけて威圧してくる。
その恐ろしさは、言葉では説明できないほど。ホープや見ていた他の者たちも、さすがに黙るしかなかった。
「じゃあ、その物資調達に行ってもらう対象者を発表するとしようか」
ニックは背を向けて数歩歩き、くるりと体をこちらに向けて、話を始めた。
よく通る野太い声で、
「まずはそいつらを指導・先導する役目を担う奴だ! それはリチャードソンに任せることにする」
「――任されたぜぃ」
ニックが名前を呼んだ瞬間、森の奥から茂みを掻き分けリチャードソンが現れて、返事した。
彼と一緒にジルも現れ、一同が安堵。
計算していたかのようなタイミングでのリチャードソン登場に、ニックは鷹揚に頷くと話を再開。
「一人目は、ライラって女だ!」
「えぇ!?」
ニックが『ライラ』という名を呼んだ直後、女性の声が響く。悲鳴じみた驚愕の叫びだ。
「ど、どうして私が! 急にどうして私の話になるの!? そんなの聞いてないわ!」
ニックに向かってヒステリックに叫ぶ、傷んだ長い黒髪の女性。
――無関係の者たちが、交錯する二人の視線から逃げるように離れていった。
「あ、ライラさんって」
20代くらいの女性の姿を見て、ホープは昨日の挨拶回りの時を思い出す。確か、彼女は切り株に座っていてオズワルドに慰められていた。
ナイトの自爆を見てトラウマとなり、ホープとレイの接近さえ許さなかった神経質な女性。
「無視しないでリーダーさん! どうして私――」
「金切り声でうるせえんだよ。てめえだってウチに来たばかりで、ここに居てえんだろ? だったらこの若僧どもと何が違うってんだ。言ってみろ」
「問題はそこじゃないでしょ!? その子供たちも、私も、どうして危ない場所に行ったりしなきゃいけないの! あなたが先に答えるべきよ!」
「ああ?」
――そういえば、ライラもこのグループにやって来たばかりだとオズワルドから聞いた気がする。
それはわかるが、ライラの言う通りこの『試練』の意味がわからない。
彼女の質問にニックは首を傾げるが、さらにホープとジョンとレイからの視線を受け、
「はあ……面倒だな」
ため息をついてリーゼントを掻きむしり、ニックは仕方なしと説明をすることに。
「このグループに『弱者』は置かん。つまり力が無えのなら、特別な技能が要る。それも持ち合わせてねえのなら、生き延びる才能が要る」
「何よそれ! あなたまだ軍人気分なのね、軍隊でも作る気!? 領域アルファ防衛軍は終わったし、このグループはただの民間人の寄せ集めじゃない!」
「てめえら如きに、最初から期待しちゃいねえよ! 街へ行って帰ってくることすらできねえ雑魚に、居場所など与えん。そういう意味だ。続けるぞ?」
「……もういいわ。勝手にどうぞ!」
食ってかかるライラをぴしゃりと叱りつけ、ニックは無駄な問答を強制終了させた。
メンバー発表はまだ続く。
「二人目以降は、わかってるだろうが青髪の若僧、黒髪に眼鏡の若僧、そして仮面の……待て。来いリチャードソン」
「おう」
次にニックが指名したのはホープとジョン。呼ばれることは二人ともわかっていたが、息を飲むのは仕方がないだろう。
そこに当然レイも続くのかと思いきや、ニックは突然リチャードソンを呼びつけた。
呼ばれるままリチャードソンは近づき、ニックに何やら耳打ちをする。
「――――」
「なるほどな。よし、仮面の女はここに残れ。大都市アネーロには行かなくていい」
謎の内緒話が終わったリチャードソンが離れると、ニックは誰も予想しなかった言葉を発する。
レイは、驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ――じゃなくて、待ってくださいニックさん! あたしの立場はホープとジョンくんと同じはずよね、不平等じゃない!?」
「小娘が。何だその態度は? てめえはスケルトンでもイカれた人間でも、何でもありな無法地帯に行きたかったのか? 喜ぶ場面だここは」
「行きたかったとは……!」
「なら良いじゃねえか、おめでとう。次に進むぞ」
どうにも納得がいっていない様子を見せるレイ。
ニックの言う通りに普通の人間ならば、回避できたことを喜ぶだろうから変な反応だ。
――だがホープにはわかる。
レイは無法地帯とかはどうでも良く、ただホープと一緒にいたいだけなのだ。
今の彼女にとっては、どんな場所に行くことになっても、ホープと共にいることが最優先になるだろうから。
相変わらずニックは反論の隙も与えず、淡々と話を進める。
「最後に、ドラクだ!」
「はぁ!? いやいや待て待てニック・スタムフォードさんよ! 何で作業場で必死に戦ったオレがあんな所行かなきゃならねぇのか納得がいかねぇ! っていうか実はオレ、激戦の末に右肩に負った傷が疼いちまって、ひょっとしたら盾としても使い物にならねぇくらいの――」
「黙れアホンダラ! 行け! ……話は以上だ、出発の準備をしろ!」
「横暴っ!」
抵抗虚しく話は終わらせられ、諦めて出発の準備を始めようかと肩を落としたドラク。
――それを見て、黙っていられない人物が一人。
「ニック」
「……ああ? 何だ、てめえまで邪魔を?」
それはリチャードソンの横に立っていた、ジルだった。
周りの野次馬たちの目が、視線が、一挙にジルの方へと集まっていく。
「別に、邪魔したいわけじゃ……ドラクの代わりに、私、行きたい」
「なぜてめえが?」
「ドラク、よく頑張った。色々、勝手なこと、したけど……作業場の責任のため、行かせるんでしょ? だったら、私でもいい……はず」
「何だと!?」
ドラクも丸二日寝ていたとかいう話だが、その前にジルは、ドラクがエドワーズ作業場周辺でどんな苦労をしていたのかを知っている。
睡眠時間とかは関係なく、とにかく彼を助けてやりたいのだろう。
「ふざけるな! てめえとドラクとじゃ、罪の重さが比較にならん。てめえはただ、義理で付き合っただけだろうが。もしドラクに行かせねえなら、敵にあっさり捕まりやがったナイトか、わざわざ通信機を渡しやがったカーラとかいう発明家だろう……てめえはその更に下なんだよ」
「でも、作業場には、いた。ドラクを手伝った。それ、事実」
「気は確かか? てめえは」
「ん」
質問に力強く頷くジル。あんなに華奢な少女なのに、大男ニックの態度に怯える様子も見当たらない。
ジルのことをよく知らないホープ含めた観衆たちは、素直に驚いていた。
「頭の傷も、もう痛まない。大丈夫」
一点の曇りも無い、ジルの決意に満ちた視線に、
「……ああそうかよ。なら、ドラクの代わりにてめえが行け、ジル。後悔してももう遅えぞ」
ニックは折れた。
「ん。ありがとう」
ジルは相変わらずの無表情のジト目なのだが、今の彼女は、ある意味でニックに勝った。
そういう傾向はあったが――あんなに芯の強い女の子だったのか、とホープは目を丸くした。
「おいおいジル。女に庇われるとか、これじゃオレちょっとカッコ悪すぎねぇか!? ここは男として黙ってられ――」
「ドラク、疲れてる。今回は気にしないで、任せて」
「あ、はい。ぜひお願いしまする」
ドラクが声を震わせて反対しようとしたが、その決意はジルの甘やかしによって一瞬で溶かされた。
仲の良い二人だ。
「よし、これで話は終わりだな……各自、出発の」
「ちょっと待ったぁぁぁ!」
またしても邪魔が入り、ニックは話を終わらせる機会を失ってしまった。
大声を上げたのは、
「隊長、まだ話は終わってないッスよね!? 『物資調達』が新人さんらの義務なら、『武器の回収』は俺の義務ッス!」
くすんだ金髪に迷彩服という服装で、未だ正体は謎めいている美青年、ハントだった。
「二流の分際で勝手なことを言うんじゃねえよ、ハント! てめえの件はリチャードソンが背負って――」
「それじゃ納得いかねッス!! 隊の銃器全般の整備を任されてたのは俺ッス、忘れて置いてきちまったのも俺ッス!」
ハントは自分の胸に手を当て、必死で後悔を訴える――どうやらハントは大都市アネーロに銃器を忘れてきてしまい、ニックはその回収をホープたちに丸投げする予定だったようだ。
しかし、話を聞かないハント。ニックは走り出して、
「自分勝手も程々にしろ若僧があ!!」
「ぐぁ!」
走る勢いを殺さず、岩のような右ストレートをハントの顔面に叩き込む。
ハントは受け身を取りつつ地面を軽く転がり、すぐに立ち上がってみせた。鼻血が一筋流れている。
「いいか。てめえは『P.I.G.E.O.N.S.』の中でも新人だったんだ。なのに組織が生存者グループに変わると、突然てめえは大ベテランにでも昇格しちまうのか? 調子に乗るなよ」
――迷彩服などからホープも予測はしていたが、やはりというべきか、ハントは例の特殊部隊の隊員だったことが明らかに。
きっと同じ隊員のブロッグの死も、彼の何かに影響を与えていることだろう。
「ちょ、調子になんか……」
「ハント・アーチ。てめえは黙ってリチャードソンに全て託せ。これは隊長命令だ!」
「さーせん隊長、今回ばっかりは聞けねぇッス!」
鼻血を雑に拭ったハントは、近くに落ちていた上着――防弾ベストのようなものを着用。
背中には『P.I.G.E.O.N.S.』のロゴ。
「新人だろうが何だろうが、俺だってこの文字を背負った鳩ッスから! 自分の信念だけは曲げません!」
「このアホンダラが……!」
ニックはため息をついて、下を向き、自身の額に手をやって考え込んでいる。
ホープは、ここまで狼狽える彼を初めて見た。
「呆れたぜ。勝手にしろ! ……リチャードソン、仕切れ。一通り準備が済んだらもう一度俺の所に来い」
「……了解だ」
ハントから顔を背けたままのニックは考えるのをやめて、リチャードソンに全てを任せた。
――何だか、妙に辛そうな表情のニックだった。
「っしゃあ!」
ハントは控えめな笑顔でガッツポーズをし、何か探すように周囲の観衆を見回す。
そして、
「……へへ。やったッスよ」
ジルを見つけて頬を赤く染めているハントは――嬉しそうに――、指で鼻の下を擦った。
「……ふぁ」
当のジルは、無表情であくびをしていた。
実は今後忙しくなり、もしかすると、もっと投稿間隔が広がるかもしれません…申し訳ありません。
しかし自分は、現在4人のブックマークしてくれた読者様と、自分のために書き続けるつもりです。
ブクマ外しは勿論読者様の自由ですが、本当にエタってしまう可能性は低いと思うんですよねぇ…恐らく時間が掛かるだけかと…思うんです。そんなに自信はありませんが。
それだけ伝えたかったんです。




