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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
序章 苦悩の少年少女
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第7話  『仮面の下』



「廊下にはスケルトンいたけど、この洋館ってまさかスケルトンだらけじゃないわよね!? もしかして外に逃げた方が良かったの?」


「それは、ダメだ。外だってリスクはほぼ同じ……だし、森じゃあ、()()()ケビンと合流するのが……厳しいだろ。これでいいんだ」


 不安をつい口に出してしまったレイは、疲れが声に出ている恋人オースティンにフォローされている自分を情けなく思う。

 同時に『お前が』という言葉、未来に自分を含めていないその言葉に、どうしようもない侘しさを感じてならない。


「エリックとホープ、遅いわね」


 洋館二階、廊下。ホールから入ってきて角を一回曲がったが、後ろから誰も追いついてこない。こちらは疲弊したオースティンと肩を貸すレイで、芋虫のような速度であるのに。

 オースティンが何か言おうとしたその時、



「おわぁあ――!!」



 男にしては高めの悲鳴。それが、木材が崩れるような音に重なって聞こえてきた。

 悲鳴はエリックのものではなさそうだ。

 声質的には、ホープに近かったような気がする――が、何があったのか見に行く余裕は無い。


「…………」


 悲鳴を聞いて黙り込むオースティンの顔が、彼とは思えないほど暗く染まったことに、レイは気づかぬままであった。



◇ ◇ ◇



 悲鳴とほぼ同時に二つ目の角を曲がる。

 そこに広がるのは、とてつもなく長い廊下。この洋館は横に長い。きっとその長さそのものを今見ているのだろう。

 扉がいくつも並ぶ長廊下の先にはやはり、


「スケルトン、やっぱ一体じゃないよな」


 四体ほどのスケルトンがふらふら歩き回っている――あの異形の体では、肉など食っても腹は満たされないだろうに。無駄に欲望に忠実な化け物どもの


「クソッ!!」


「……え?」


 突然叫んだオースティンに、唖然とするしかないレイ。

 当然、ふらふらしていたスケルトンたちがこちらに気づく。紫色に染まる禍々しい歯を、噛み鳴らしながら向かってくる。


「バレたか。どっか扉に入ろう、レイ。急がないとお前まで俺と同じになるぞ?」


「でもどうして……叫ばなければ……」


「急げ!」


 妙な威圧感を放つオースティンに気圧され、レイは疑問を押し殺して近くにあった扉を開く。すると、



「おーい! ちょっと遅れた、大丈夫だったか二人とも!?」



 先程の曲がり角からエリックの聞き慣れた声が響く。レイが首を振り向かせて答えようとすると、


「――きゃっ!?」


 なぜか強い力を背中に感じ、無理やりに部屋の中に押し込まれる。

 絨毯の上に倒れて転がり、扉がすごい勢いで閉じられたような轟音に顔を上げる。

 こちらに背を向けて扉を見つめているのは――オースティンだ。

 そう。レイを突き飛ばせる者も、扉を閉めれる者も、距離的にオースティン以外にはあり得ないのだ。


 ただ、動機が不明すぎるだけで。


「ちょ、オースティン!? まだ、まだエリックが廊下にいるじゃない! あのままじゃスケルトンと鉢合わせに……」


「あいつなら大丈夫だろ! ナイフも持ってるし、逃げ場ならここじゃなくてもいくらでもあるだろうが!」


 オースティンの言葉を、いつでも信頼していたいと思う。今だって彼の判断は正しいのかもしれない。

 レイは弱くて臆病であるから、状況判断などからっきしだ。

 だが、この状況で一つだけわかるのは、


「どうしちゃったの、オースティン……?」


 一瞬だけ振り返った彼の表情が、いつもと明らかに異なっていたこと。


 一年間オースティンとエリック、ケビンと苦楽を共にしてきたレイであるが、もちろん彼ら三人は信頼し合っていた。

 特にオースティンが仲間に絶対に見せない表情があった。それは『怒り』であった。


 ケビンやエリックはよく笑うが、その分怒ることも少なくなかった。しかし本来それが普通の人間というもの。

 怒ることが一度だって無いオースティンの笑顔の裏には、血の滲むような努力があったことだろう。

 その努力が今になって爆発したのだとしても、これはあまりにも――


「怖すぎるわよ……」


 初めて見る愛する人の『怒り』の表情は、震え上がり、鳥肌が立ってしまうほど、恐ろしかった。

 眉間に皺を寄せ、溢れるのは何かに対する嫌悪、憎悪。近づくことさえ許させないその怒気、殺気、プレッシャー。

 そこから『仲間を守りたい』という意思を感じ取るのが困難なほどに大きい、負の感情の羅列。


 レイはオースティンの気持ちを読めず、彼に賛成も反対もできずにいる。できずにいるままでも、時間は無情にも流れてしまうのだ。



「おい、おいオースティン! レイ! 何で閉めるんだよ、俺だよエリックだ! 気づいてないのかよ、おいこら開けろよ!!」



 オースティンは扉に鍵まで掛けている。扉の向こうのエリックは何度もドアノブを回し、苛ついて次第に語気も強まっていく。



「クソ、おい、すぐそこにスケルトンいるだろうが! 俺が死んでもいいのかよ!? じゃあ蹴破ってやるよ! 開けろ、開けろ、開けろぉぉ!!」



 遂には、扉を蹴り始めてしまった。それを必死で押さえるオースティンは憎悪の表情を崩さないままレイを見て、


「そこのソファー持ってこい! ここに置いてバリケードにする、早くするんだ!」


「えっ!? でもだって……でも……」


「だからこの部屋以外にも逃げ場はあるだろ!? 俺は間違ってるか!? 今あいつのために扉を開けたら、スケルトンまで雪崩れ込んでくるんだぞ!」


 もう頭がしっちゃかめっちゃかで何も考えられなくなってきたレイは、涙を流しながらオースティンの言葉に従った。それしかない。それしかない。

 大きな黒いソファーを押し、扉まで進み続ける。これしかない。これしかない。こうするしか、なかった。

 重量感のあるソファーが扉を固く閉ざす。エリックを固く閉め出す。


 ――レイは、一年間共に戦った仲間を、見捨てたのだ。


 何度蹴ってもびくともしないことにようやく気づいたエリック。スケルトンの声も、もうすぐそばに迫っている。

 扉の向こうの彼は焦り、どたどたと逃走を始める。しばらく走ると、



「ひぃっ! こ、こんなとこに……ああぁぁぁあぁぁあ――っ!!」



 扉がバタンと開く音。どこかに潜伏中のスケルトンが足音に反応して飛び出したのであろうか。

 直後の悲鳴から、エリックがそのスケルトンに何をされたのかは手に取るようにわかるのだが。



「やめ、くるな……あぁぁ!! ぎあああああああああああああああぁ、あああああぁぁ、あああああああああ――!!」



 座り込んで耳を塞ぐ。だが聞こえてしまう。レイは一切痛い思いをしていないのに、まるで拷問を受けているような気分だ。


 いつだったか、自分が醜くも必死で小屋の扉を叩いていたときは、不機嫌そうなホープが出てきて助けてくれたっけ。

 いつだったか、「命より大切なものなんてない」と格好付けて、助けてくれたホープに言ったような。

 それを激しく後悔する。どの口が言えるのだろう。何て無責任に言ってしまったのだろう。


 ――レイは、一年間共に戦った仲間を、たった今見殺しにしているというのに。


 終わらないかと思われた拷問は、突如手を握られて中断される。握ったのはオースティンだった。

 彼はレイが俯いている間にソファーをどかしたようで、


「今の内だ。行こう」


 今の内、と彼は言う。『今』とはエリックの断末魔が響き続けるこの状況を指して言っているのか。

 レイはエリックとの付き合いが一年であるが、オースティンはもっと長いはずなのに。スケルトンが発生するずっと前から、良き友であったはずなのに。


 オースティンに手を引かれ、二人で廊下に出る。


 彼は、振り返らない。

 だがレイは振り返った。


「ああぁ! ぅうああ……あああ――!!」


 五体のスケルトンに群がられ、右の眼球をくり抜かれ、鼻を食い千切られ、桃色の腸が引きずり出され――胴体のところどころに生々しい歯形がついた、まだ息があるエリックの体を。


「ごめんなさい……」


 歩き続ける中、無価値な謝罪が口からこぼれる。オースティンにもそれは聞かれ、


「これで、良かったんだ……あいつと一緒に生き残ったら、絶対お前が不幸になるからな。ここでこうするべきだったんだ」


「……え? 何、言ってんの……?」


 言い方が、おかしい。大切な仲間を失った者が、その直後に発する台詞ではない。レイは耳を疑った。


「わからなかったのかよ? ……エリックはホープを見捨てただろ。ホールでも、たぶん廊下でも……! ホープは殺されたんだよ。わかるだろ? エリックは、追い詰められるとそういうことをする人間ってことだ。あんな奴に、俺が死んだ後にレイを任せられない」


 ――もう、何も理解できない。どんな言葉で返答すればいいのか、自分は納得すべきなのか、オースティンでなく自分の頭がおかしいのか。

 廊下で叫んでスケルトンをおびき寄せたのも、レイをエリックと話させなかったのも、エリックがギリギリまで部屋に入れてもらおうとすると知りながら彼を閉め出したのも、全てそのためだったのか。


 何だろう? 追い詰められて性格が変わるというのは、今のオースティンにも当てはまるような気がしてならない。それともスケルトンに噛まれるとそういう副作用が働くのか。

 ただ、


「幻滅、しないでほしい。レイ、お前を思ってやったことなんだよ……」


 ――そうだ。この愛に溺れていればいい。考える必要はないんだ。


「あと、ごめん。俺そろそろ限界かも……」


 肩を貸していてわかっていた。オースティンは汗がひどく、体が異常に熱い。死の時が――死んで蘇る時が、近づいている。

 足を止め、一番近い扉を開く。


 バスルームのようだ。洗面所兼風呂場といった感じか。

 浴槽の縁にオースティンが座るが、力が入らないようで空っぽの浴槽の中に滑り落ちる。

 扉を閉めたレイが心配になって覗き込むと、彼は自身の短剣を差し出してきた。


「俺が死んだら、これでさ、トドメ刺してくれよ……あ、でもその前に、別の頼みがあるんだけどさ……レイ、いいか?」


 短剣を受け取る。

 質問には頷いて、快く了承をした。


「俺らが出会ったのってさ、一年ちょっと前、だったろ? お、お前、初めて会った時からずっと()()付けてるよな。初めは変な奴だと思っててさ……はは、懐かしいよな」


 力なく笑うオースティンが指さしたのは、レイの顔。つまり、顔を完全に隠している木彫りの仮面である。

 レイはどきりと驚くのだが、


「もう俺……ダメだからさ。最後に仮面の下、見せてくれよ」


 そう、最後なのだ。

 目を開けているのも辛そうなオースティン。彼が眠ったら、レイはすぐに彼の頭に刃を入れなければならない。嫌でもやらなければならない。狂人に転化した姿など見たくないから。

 トドメを刺したら、それでどうせ終わりなのだ。だから、


「わかった。いいわ」


 後頭部に回る紐をずらし、慎重に仮面を外す。


 彼の言う通り、この一年間でほとんどこれを外していなかった。絶対に人目につかない所でしか外せなかった。指さされ、笑われ、差別されるのが怖くて怖くて外したくなかった。もう、そんな経験は懲り懲りだった。

 ――でももう大丈夫。オースティンとレイの間には、本物の愛がある。目に見えなくとも、愛は確かに二人を結んでいるのだ。それに最後なのだ。辛い思いなど、今さらするはずがない。


「……え、お……おまえ……おまえって」


「あはは、驚いた? そうなの、ずーっと隠してたの……あんたに嫌われるのが怖くって言い出せなくて。実はあたし『魔導鬼』で……」


「何だそれ、おい!! ――お前ずっと、俺を騙してやがったのかよ!?」


「……え?」


 美しく終わるはずだったニセモノの愛は、音を立てて崩れた。


 『魔導鬼』は、人間から最も嫌われる種族。

 レイの真っ赤な肌を、白い瞳を見たオースティンは不快感も嫌悪感も超越したような何かで喉を震わせ、レイの心をたった一撃で砕き割ったのだから。


 だが、しかめっ面の男による破壊行為はまだ終わらなかった。


「何だよ魔導鬼って……何だよその赤い肌っ!! ふざけんなよマジで、ずっと仮面付けてたのってそういう意味だったのかよ! あー、クソ、マジ最悪だこれ……何だよめちゃくちゃ顔が良いから恥ずかしくて隠してるんじゃないのかよ、寒がりだから肌出さなかったってことじゃないのかよ! はぁ!? 魔導鬼!? きもちわりーな、そんな肌見たくもなかったぜ!! おいわかってんのかよ、俺もう死ぬんだぞ!? お前を庇ってやったんだぞ、それで腕噛まれたんだぞ!? 鬼であるお前を庇ってな! 何てバカなんだろうな俺、お前みたいな詐欺師を信じるなんてよお……あー不快だ不愉快だ、今までの一年間ってマジ何だったんだよ? ずっと騙してて罪悪感とか無かったってことだもんなぁ……はぁ、お前が鬼だって、しかも気色悪い赤い肌の魔導鬼だって知ってたら、俺がお前となんか付き合ってたと思ってるのか?? マジありえねーわ。お前実はものすごい顔が良いのかとずーーーっと俺は期待してたんだよ、一年間だぞ一年間! 萎えたってどころの話じゃねーわ……良いの声だけじゃんお前。俺の期待を見事に踏みにじってくれたよな! いい趣味してるわホント……ツインテールにはキモい角が隠れてんのか? そのデカいだけでクソショボい杖もただの武器じゃなくてあれか、魔法とやらを出すための道具ってわけか? じゃあお前魔法も使えたのに一年もの間、俺らを魔法で助けるようなことすらしてくれなかったんだな。ま、お前みたいなクソ鬼女に助けてもらったとこで、何の感謝もしてやんねーけどな! ああそういえば、お前なんかのためにエリック殺すような努力してやったんだったな! あの頑張りもどうしてくれんだお前、恩を仇で返してるってことにちゃんと気づけよ? 何が『嫌われるの怖かった』だよ腹立たしい! お前の臆病さにはほとほと呆れるな! だいたいお前って奴は――――――――――」



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