第71話 『隠れた被害者』
レイもホープも眠り、いよいよ静寂に包まれる女子テント内。
「…………」
が、一人だけ眠れていない人物が。
「…………」
それは、ジルだった。
レイがホープをテントに引きずり込んだ辺りから、うるさくて騒々しくて、起きてしまった。
それから全く寝れなくなってしまったのだ。
「……ホープ」
つまり彼女は、ホープの語った過去を全て聞いてしまった。
彼がどんな人と関わり、どんな人生を送ったのか。
ジルは少し興味が出てきていたから、今のはとてもタメになる話だったと思う。
ただ、ホープは『相手がレイだから』話したのだ。
それをまさか部外者が最初から最後まで聞いてしまっただなんて、ホープは予想だにしていないことだろう。
その点には、一抹の罪悪感を覚えていた。
すると、
「……!?」
ふいに、ジルの肩に手が置かれる。
体じゅうの毛穴から、驚くほど汗が噴き出す。血の気が引いていく。
ジルは、図らずもホープと背中合わせのような形で寝ている。
そのジルの肩に後ろから手を置くなど、誰も移動していないならば、ホープしかあり得ない。
起きているのがバレたか?
「ご……ごめっ……」
素直に謝ろう。そう決意したジルが寝返りを打つように振り返ると、
「くーぅ……くかー……」
「…………」
心配して損した。
ホープは、見たこともないくらい安心した顔で、一筋の涎を垂らして寝ていた。
といっても、まだジルの肩に彼の手は置かれている。
ただでさえ女子テント内で眠っていて変態のような扱いをされるのが目に見えているのに、女体に触れていたなんて誰かに知られれば、処刑されかねない。
「それは、大げさ……かな」
小さく呟きながら、暗がりの中、ホープの腕をレイ側へ戻そうとするジル。
その際、もちろんホープを挟んで向こう側が見える。
微笑ましいことに、レイとホープはお互いに手を繋いで――
「え?」
どうやらレイは、ホープと繋いだ手を自分の上着の中に隠していたようだ。
が、寝ている間にズレてしまったのか、その手は丸見えだ。
赤いような気がした。
「そんなわけ……」
ない、と思いながらも、ジルはもう一度レイの手を見てみる。
普段はずっと手袋をしているレイの、ホープと繋がれたその手を――
「……っ」
何度見ても、レイの手は赤い。
深夜なので当然暗いわけだが、何度見てもやはり赤いのだ。見間違いとは思えなかった。
ジルはその夜けっきょく一睡もできず、そのまま朝を迎えることとなった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
「んん……こんなに寝たのは、いつぶりだろう……」
ホープは呟く。
――五日間寝ていた件はあったが、あれは実のところ寝ていたのではなく、ダメージの限界を迎えて気絶していただけ。
自分自身で眠ろうとして、スッと眠れたのが相当久しぶりなのだ。
そんなホープはあくびをしたり体を伸ばしたりしながら、テントを出て清々しい朝日を浴びる。
だが浴びるのは朝日だけではなかった。
「ホープ……お、まえ……!? マジか……! マジなのかよ……!? 純粋そうなフリしてお前……すげぇな! ケダモノだな!」
女子テントの前で待っていたらしいドラクは、戦慄している。
「そ、そうだったんですか……ホープさんのイメージ、が、がらりと変わっちゃいました、僕」
ため息をつくジョンは、落胆しているのか。
「昨夜言っていた用事というのはこれか! あっはっは! いい度胸をしてるなホープ! どんな罰を与えよう!? あーっはっは!」
腹を抱えて笑っている獣人フーゼスだが、どうやら少し怒っているようでもある。
ホープは犯罪レベルのことをしたのだから当たり前だ。
「隅に置けないッスね、ホープ・トーレスとやら……俺もご一緒したかったなぁ」
迷彩服を着た、くすんだ金髪の美青年という感じの彼は確か『ハント』とリチャードソンに呼ばれていたはずの男。
まだ彼とは会話の一つもしていないのだが、第一印象はこれになってしまっただろうか。
男四人組の横には、カトリーナとシャノシェの姉妹。二人揃って腰に手を当て、頬を膨らませている。
「最低!」
「変態!」
ストレートな罵倒が次から次へと降り注ぎ、ホープの心に突き刺さる。鋭すぎて抉り殺されそうだ。
ホープは、そんな六人のさらに後ろに注目。
そこにはレイがいる。
「レイ……この状況、とりあえず何とかしてくれないかなあ……?」
彼女に向かって小声で呟く。ホープの口と表情から何を言ったのか読み取ったらしいレイは、
「添い寝ありがと。てへぺろ」
こっそり仮面を下半分だけ外し、可愛く舌を出してみせた。
「レイ……君って奴は……どうすんのさこれ……!」
――どうしようもない。
ここ最近ただの日常回みたいなのが続いてますが、一章からの休憩的な目的で書いてました。
次回から動き始めます。
(すみません…このグループ全員キャラが濃すぎて、ちょっとした話でもどんどん広がってしまうのです…ペースは遅めですが、これからが二章の本番なのでお許しください…)




