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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第69話 『眠れない!』



「トカゲ野郎の作ったシチュー……想像してみるとキモいが、なかなか良い味してやがるぜオラ」


 キャンプ場から離れた場所で、ティボルトは一人でシチューを貪っていた。

 わざと大きくさせた炎が、ごうごうと音を立てている。


「美味ぇのが逆にムカつくぞコラ。そう思わねぇか、兄弟?」


 ティボルトが喋りながら振り返ると、そこには木の根元に立て掛けておいた木製のバットが。

 自分のバットは、自分のすぐ隣に置いてある。つまりもう一本あるのだ。


「……だよな、そうだよな。さすがは俺様の弟だコラ」


「ア"ァウ」


「あ?」


 そうやってバットに笑いかけていると、木の幹の裏から一体のスケルトンが。炎の煌めきに釣られたのだろうか。

 ティボルトは自分のバットを持って立ち上がり、


「邪魔すんなコラっ!」


「エ"ゥッ」


 大きく横に振り、スケルトンの頭蓋骨を粉砕。

 くるりとバットを回し、


「一丁上がりだコノヤ――」


「オォオ"ォ"オ」


「あっ!?」


 余裕をかましていたところ、同じ木の反対側から突如現れたスケルトンに肩を掴まれた。

 振り返る暇もなく、



「アホンダラがあっ!!」


「コ"ッ――」



 怒号とともに高速で飛んできたコンバットナイフがスケルトンの側頭部を打ち抜き、そのまま木の幹に突き刺さる。

 スケルトンごと木の幹に固定されたのだ。


「何だこの火は」


 声を発することもできないティボルトにかかる声は、大きな火の方向から聞こえる。


「火を小さくしねえから、こうなる!」


 リーゼントにサングラスが特徴の、グループのリーダーであるニックは、火がついたままの薪を蹴り飛ばした。

 山火事のようになることもなく、一瞬で鎮火。


「ティボルト。今、俺がこのナイフを投げなかったとしたら、てめえはどうなってたと思う? そのぐらいはわかってもらわなきゃ困るんだよ」


「……し、死んでた……」


 答えを聞いたニックは歩いてきて、刃渡り15センチは超えているコンバットナイフを抜き取る。

 それを鞘に納め、


「そうだよなあ」


「はっ……ぁ!? ぐが……ぁ……っ!」


 すぐそこにいたティボルトの首を鷲掴みにし、片腕のみで軽々と宙へ持ち上げる。

 突然の暴力にティボルトは混乱、喉の痛みと息苦しさに手足をじたばたと振る。だが、無意味。


「じゃあ火を大きくしちゃいけねえ理由、わかるよな? そんな不思議なルールがある理由をよ」


「おぐぅ……強い光で、スケルトンが集まって来んだろ、コラ!? んなことは、げほっ、わかってんだよコノヤロー……! だが俺様は、他の奴らが、ぐぅっ、どうなろうと知ったこっちゃねぇし、ルールなんか破るための……ものだろうがコラ――」


「てめえの命が惜しくねえのなら、破るがいい。仮に命が惜しくねえならば、たった今、抵抗してることの説明がつかねえがな」


「……っ!」


 グループの他の者たちの前に、まずは自分を守るために存在するルールなのだ。

 実際ティボルトは今、これまで出したことのないパワーでニックの腕を掴んでいた。死が恐ろしいから。


「爪が刺さって痛えんだよ……こなクソ!」


「うおっ――!?」


 ニックは相変わらず片腕のみで、掴んだティボルトを野球のボールか何かのように振りかぶる。


 文字通りボールのように投げられたティボルトの体が、ふわりと宙に浮く。

 彼は一般的な成人男性と同じか、あるいはそれを上回る体格だ。

 つまり――そんな彼が投げられて宙に浮くなど、そうそう見れる光景ではない。


 直後ティボルトは背中から着地し、無様にもゴロゴロと地面を転がり、ようやく勢いが止まる。

 口の中に入った土を吐き出そうとすると、


「手伝ってやろうか? どらあっ!」


「ぉぶっ!?」


 声が聞こえたかと思いきや、四つん這い状態のティボルトの腹に、横から強烈な蹴りが突き刺さる。

 水面に波紋が広がるように、ティボルトの胴を衝撃が駆け抜ける。


 ――この暴虐リーゼントの一撃一撃は、どうしてこんなにも重く、深いのか。


 ニックの『手伝おうか』という言葉通り、とんでもない刺激を横っ腹にぶち込まれたティボルトは、口腔内の土どころか胃液までその場に吐き散らすことに。


「ごほっ、ごほっ……! この、この外道が。ごほっ、てめぇ覚えてろやボケコラ……!!」


「だいたい、この俺含めた大人たちに逆らう時点でてめえは大バカだ。何もわかっちゃいねえ……知識でも武力でも、例えば倫理観でも、てめえはさしずめヒヨッコなのさ」


「……何だと、コラ!?」


 ニックは度々こんなことを言ってくる。

 歳をとった大人は正しく、経験の少ない若者は正しくない、と言っているかのようだ。


 ティボルトは、納得がいかなかった。


「そんなに大人が正しいって言うならよ……大人げないことすんじゃねぇよオラ! あの吸血鬼に落とし前を強いるてめぇの……どこが大人だったんだボケ!? ガキにしか見えなかったぜコラぁ!」


「どこまでいってもてめえはアホンダラだ」


「あぁ!?」


 四つん這いから動けないティボルトを見下ろすニックは、腕を組み、威圧するように首を傾け、


「――大人げねえのと、過ちを叱るのは別だ。やっちゃいけねえことは、やっちゃいけねえんだよ」


「…………」


 極論のようにも聞こえるが、ティボルトはニックの言葉に反論を返すことができなかった。

 ということはニックのターンは止まらないということで、


「てめえ、いくつだ?」


「……あ? 21だよ」


「じゃあ弟はいくつだった?」


「……17だった」


 悔しいが、悲しげな顔を隠せないティボルト。

 それをニックは鼻で笑う。


「見ろよ。もしもてめえが今すぐに、弟の生きてた年数を背負えたとしても、今の俺に歳が届かねえ。わかるか? 経験値も段違いに決まってんだろうが」


 ニックはリチャードソンやブロッグと同じく、45歳なのだ。


「ちっ。何の話だよコラ……」


「てめえはガキなんだよ、俺の言うことは基本聞いとけ。それだけの話だ」


 話を切り上げたニックは踵を返し、舌打ちし歯噛みするティボルトを一瞥もせず歩き出した。


 ――木々を、茂みを掻き分けて、辿り着く。

 そこにいるのは、


「終ワッタ?」


「ああ、御苦労」


 巨大で豪快な両刃斧を、プルプル震える太い両腕で構えるリザードマン、ダリルであった。

 彼には見張りを命令しておいた。


「すけるとんハ来ナカッタケド、ク、暗イシ怖カッタヨォ! おいらハモウてんとニ戻ッテ寝ルカラネ!」


「好きにしろ」


 逃げるように去って――というか逃げていったダリルを、ニックはやはり一瞥もせず。

 彼の見る方向は一つだけ。それは地面に寝転がっていて、


「明日にゃ、叩き起すぞ……『最強』なんだろ?」


 自分で刀を刺した腹の激痛に、悶えながらも何とか眠っている吸血鬼、ナイトだった。



◇ ◇ ◇



 ドラクとフーゼスのテントに向かうため、彼らとホープとジョンの四人は道を歩いていた。


「ふぅ、どっと疲れたなぁ」


「おいホープ、お前は何もしてねぇだろ……オレなんかニックに殴られるわナイトに泣かされるわ、めくるめく踏んだり蹴ったりの一日だったってのによ」


「い、いやナイトさんからは感謝されただけでしょうに……」


 ミニサイズの火を囲んでの『宴めいたもの』が終わると、ホープの体には重い疲弊がのしかかってくる。

 シチューは美味しかったし、シリアスな会話も特には無かった。


 だが、たくさんの人と接しているだけでホープはどうしても疲れてしまう。


「まぁまぁドラク! 『みんな違って、みんな良い』と言う! 誰しも君のように会話が楽しくてしょうがないわけではないぞ!」


「楽しくてしょうがないって、どっか悪意のある表現じゃねぇかフーゼス? オレ一人で楽しんでる的な……」


「あっはっは! 細かいことは気にしない気にしない! あっはっはっは!」


「笑って誤魔化してねぇかお前!? ってか夜遅いんだ、も少し声抑えろよやかましい!」


「おっと、声が大きかったか!!? すまないっ!!」


「うるせぇって!」


 笑いの止まらないフーゼスのうるさい口を、ドラクが慌てて塞ぎにかかる。

 実力行使しないと、深夜テンションのフーゼスは止まらないのだろうか。


「ウゥオ"ォ」


「あー、ほら来ちまった……」


 やっぱりフラフラと現れたスケルトンに、ドラクはため息。


 ――きっと、ドラクだって思う存分大きな声で喋りたいことだろう。フーゼスにも元気でいてほしいことだろう。


 ――しかしこの世界では『綺麗な光』も、『楽しい笑い声』も禁物である。

 明るい事柄は、ほとんどが許されない世界なのだ。


「本当にやり過ぎたよな……! すまない……! オレが処理するから勘弁してくれないかっ!!」


「お前もう口開けんなよ大音量ドッグ! 朝の目覚まし時計として扱き使ってやっからさぁ! ……他にもスケルトン来てるかもしんねぇ、オレも援護するよ」


「では僕も、か、加勢しますね」


 ナイフを逆手で握って突撃するフーゼスが、スケルトンの額を斬りつけた。

 ドラクとジョンも、彼の後を追った。


 一人、残されたホープ。みんなはすぐに戻ってくるのだろうか。

 さっさと寝たいとも思うが、いかんせん自分の寝るテントの場所がわからない。どうやって時間を潰そう。


 と物思いに耽っていると、


「ホープ」


「え!?」


 自身のすぐ横から、モゾモゾという音と自分を呼ぶ声が聞こえ、ホープの体がビクリと震えた。

 そちらへ向き直ってみると、一つのテントがあった。ここはキャンプ場内、グループのメンバーたちがたくさんのテントの中で眠っているのだ。


 その内の一つから顔を――いや仮面を出したのは、


「レイ、ここで寝てたんだ。どうかした?」


「耳貸して……!」


「え」


「ね、眠れないの……!」


 レイの震える声が、ホープの耳を撫でた。

 気になるのは理由だ。


「どうしてさ?」


「不安で……なんといいますか、漠然とした不安というか……ほんと、ごめんなさい……」


「えぇ?」


 仮面越しにも困り眉が見えてくるかのようだった。

 ホープには、少し意味がわからない。なぜかと言うと、


「おれが寝てた五日間、君は眠れてたんじゃ?」


「それは地べたに寝てるあんたの、隣で寝れたからよ……それでも嫌な夢ばっかり見るし……! これから先は、男と女でテント分かれるじゃない?」


「あっ、なるほど……」


 事情は把握できた気がする。

 ならば、


「じゃあおれ、どうしたらいい?」


 何か体の温まるような飲み物でも持ってこようか。そんな方法を考えていたホープだが、


「このテントで一緒に寝て……お願い……!」


 両手を合わせたレイは「このとーり!」と本気っぽくお願いしてくる。

 ホープからしてみれば、冗談じゃない。



「いやいやちょっと待ってよ……ジルがいるの、普通に見えてるんだけどなあ……!?」



 このテントは当然のことながら、レイだけのために用意されたものではない。

 実際すぐそこに、普段にも増して無防備な寝間着のジルが、寝息を立てている。

 見えないがきっとカトリーナとシャノシェの姉妹も奥の方にいるのだろう。


「だ、大丈夫よ。みんな寝てるもの」


「そういう問題じゃなくない……!? おれ変態扱いになっちゃうから……さよなら。おやすみ。いい夢を。また明日」


「まっ、待ってよホープぅ……!」


 テントからさっさと退散しようとするホープの服の袖を、レイは必死に引っ張ってテントに引きずり込もうとする。


 ――弱った。


 レイはこういう時、かなり頑固だったりする。

 このお願いを聞かない限り、レイは眠ろうとする努力すら怠るだろう。


 ホープとレイ二人きりで外で寝る、というのも危険すぎる。


 二人が外で寝ていた五日間も、ドラクやナイトが毎晩見張りをしてくれていたからこそのものだから。

 打つ手なし。どうしたものか。


 そこへ、


「群れを呼び寄せなくて本当に良かった……! よくよく反省するとしよう……!」


「フーゼスお前、もはや小声でもうるせぇんだけど」


「すまない……!」


「あ、謝りすぎですって。ふ、フーゼスさん」


「謝りすぎで、すまない……!」


 スケルトンを無事に片付けた三人が戻ってくる。


 ――ホープは何事も無かったかのように三人を見つめる。

 が、背後ではこっそりとレイに腕を掴まれており、逃げることは許されそうもない。


「ホープどうした? そんな引きつった笑顔で。もしかして笑うの苦手なお前の、本気の笑顔なのかそれは?」


 ドラクが首を傾げて目を細め、何かを疑っているようないないような視線を向けてくる。


「そうかもね……」


 無難な答えを返す。


「テントへ行きましょう。ぼ、僕も何だかんだ疲れました。みんなで寝ましょうよ」


 時折あくびを混ぜながら、ジョンが勧誘してくる。

 ぜひともそうしたいところだが、


「あ、あぁもちろん……でもちょっと用事があってさ……先に行っててよ……寝ちゃっていいからさ……」


「そうか……! 夜は危険だ……! 物音を立てないようにな……! それから、外には長居しないように……!」


 声を抑えるのが大変そうなフーゼスも、目をこすってはいるが、彼の溢れる正義感はホープへの忠告を忘れなかった。

 彼の茶色い尻尾が垂れ下がっていることから、かなり反省していることもわかる。


 三人は雑談をしながら、自分たちのテントへ向かって行った。


 そしてホープは自分のではない禁断のテントへ、とうとう引きずり込まれた。


「やっちゃった……」


 頭を抱えながらも、テント内を見渡すホープ。

 仕方ない。今回ばかりは諦めよう。変態呼ばわりされても、嫌われるのは慣れている。レイの睡眠の方が大事だ。


 まず最初に目に入ったのは、外からも少し見えていたジルであった。


 すーすーと柔らかな寝息を立てるジル。白い脚はいつも通りに艶やかで、さらにいつもと違うのは肩や腕なんかの露出も多い薄着であること。

 ダメだ。彼女を見てはいけない。


 そしてカトリーナ、シャノシェ。姉妹は微笑ましくも手を握り合って眠っている。


 ――本来この世界ではあり得ないのだが、いい匂いに満ちているような気がする。緊張で鼻が麻痺したか。

 ふんわり、はんなりとしたテント内の雰囲気。


 ホープが男という性を背負っていなければ、どれだけ居心地のいい空間だったことだろう。


「いいわね、手を繋ぐの」


「あの姉妹の……?」


「ええ。あたしたちもアレやらない? とっても安心できそうな気がするの」


「あ、うん……」


 横になるレイに合わせて、ホープも横になる。一人分の布の上に二人で向かい合わせに。

 そして二人の真ん中で、手が繋がれる。


「お……」


 ホープは驚く。

 手袋の感触をイメージしていたのに、握られたレイの手はすべすべで、指の一本一本をしっかり感じられた。


 寝ている間も仮面を取らず、肌の露出をゼロにしているはずのレイは、今この瞬間、片手だけ手袋を外しているのだ。


「手袋越しに握手はしたけど、素手では初めてよね……ホープの手はもっと冷たいかと思ってたわ」


 白骨死体のあった小屋での初対面、自己紹介後に握手を交わした。あの時は確かに手袋越しだった。


「へぇ、おれの手って温かいんだ」


 誰かの手を素手でまともに握ったこともないホープは、まるで他人事のように呟く。

 お返しの感想を考えついた。


「レイのはちょっと冷たい」


「そう」


 今のは言う必要が無かったかもしれない。

 それはさて置き、変態呼ばわりを甘んじて受けることにしたホープが心配するのは、


「……ジルとかに見られたらどうするのさ、君の手」


「こうすればいいのよ」


「うぉ……!?」


 レイは自分の上着の中に、ホープの手もろとも自分の手を突っ込んだ。

 ――彼女の胸の起伏と思しきものに、少しホープの指が当たってしまっているのは黙っておくことに。


「これで温かいでしょ? 見られないし」


「まぁ、そうだね……」


 上着とシャツの間に差し込まれている形のホープの手は、確かにレイの体から放たれる熱をひしひしと感じていた。


「ねぇホープ、何か話してよ」


「何かって、何を?」


「えーとね……あ、そうだ。昼間にしてた、あんたの短剣の話が途中だったわね。『ある人』から貰ったっていう……どういう経緯があったの?」


 エドワーズ作業場にてスケルトンに噛み砕かれ、捨て、今はもう無いあの短剣。

 ドルドの持ち物だったもの。


「……君になら、話そうかな。面白い話じゃないよ。どっちかというと辛い話かも」


「それでもいいから話してほしい。あんたの声を聞いていたいし、あんたのことを、もっと知りたいの」


 自分の過去には色々あったが、その中のどれも、誰かに打ち明けることはなかった。

 それでも、ホープはレイに語り始めるのだった。



「おれの育った村はスケルトンパニックで滅んで、その時に一緒に逃げ出したのが『ある人』……村の代表者だったドルドさん」



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