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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第68話 『料理の作り手』



 ホープとレイが軽い挨拶回りを終えてだらだら喋ったりしていると、時間はあっという間に経過していった。

 気づけば、キャンプ場には夜の帳が下りている。


「火をつけろ」


 そんな声かけと、薪からの火柱が、あちこちに。


 鬱蒼としたバーク大森林の夜は暗い。

 特に大きな火でなくてもなかなか明るく、目立つ。


 陽炎を見てぼーっとしていたホープとレイに、挨拶回りには同行しなかったジョンが近づいてくる。


「……ホープさん、レイさん。は、話したいことは話せましたか?」


「あぁ、まぁ話せたと思うよ」


 本来話したかったのは通信機の製作者カーラ。

 しかしキャンピングカーの中で話したのは、不眠症の女性コール。

 といってもコールは伝言を頼まれてくれたので、問題は無いのだ。


 ところで、


「火をつけても、スケルトンは大丈夫なのかしら……?」


 ホープも薄々思っていた疑問を、実際に口に出したのはレイであった。

 スケルトンが反応するのは強い音、そして強い光。つまり炎の煌めきにも近寄ってくるはずなのだ。


 質問に答えようということか、ジョンが得意げに指を立てる。


「あ、それ僕、フーゼスさんから聞きました。ひ、火は小さくするのがルールだそうです。通りすがりのスケルトンに気づかれるような大きな火じゃなければ、だっ大丈夫ってことでしょうねぇ」


「そうなのね……」


 納得した様子のレイだが、ホープも少しだけ違う形で納得した。実体験に基づく形だ。

 実体験――それはエドワーズ作業場の光源であった。あれも場内に点在するライトの光を大きくしすぎないことで、対策をしていたから。


 そんな他愛もない話をしていると、


「ようお前ら! レイっちは可愛いけど、相も変わらず男二人はフヌケた顔してんなぁオイ!」


「……うるさい。あとドラク、人のこと言えない」


 もはや聞き慣れてしまったが、よく回る舌でうるさく登場してきたのはドラク。

 横のジルが注意すると、


「はいはい知ってますよーだ。ジル子ちゃんは超絶可愛い女の子だから、他人様に何でもかんでも言えちゃうご身分――」


「ばか」


「いでぇっ!?」


 茶化されてとうとう怒ったジルは、無表情のまま爪先で彼の脚を蹴った。

 けっこう強く蹴りつけたらしく、涙目のドラクはしゃがみ込んで自らの脚をさすっている。


「ジルさん! ど、ど、どうしてここに!?」


「……? どうしても何も、今日は、豪華なディナーがあるって、聞いて来た。よく、わからないけど」


「ご、豪華な……ディナー? 何ですかねそれ」


 この場に集まった五人は、とりあえず座ろうという流れになっていき、一番近くの火へと向かう。

 その火を起こしていたのは、


「マシュマロ無いけど食いてーわー。マシュマロ火で焼いてさー。わかるー? この気持ちー」


「オレにはあまりわからない! 甘いものは好きじゃないからね! あっはっは!」


「犬なのに嫌いなのかぁー。あー、どっちにしろ犬に甘いもん食わせちゃダメだったけー」


「マシュマロはアウトだったような……ってそれ獣人にも関係あるのかな?」


 不眠症お姉さんのコールと、ハキハキした獣人フーゼス、そして青髪のオズワルドであった。

 火の周りに椅子のように設置された岩や丸太なんかに、人によっては地べたに、ホープたちが座る。


 なかなかの人数だ。ホープは苦笑して、


「人酔いしそうだよ」


「やっぱりホープもこういうの苦手? そうよね、自己紹介とか嫌いって言ってたもんね」


「まぁね……」


「大丈夫、あたしがついてるわ!」


 レイは自分の胸を叩いてみせる。

 すっかり元気になっちゃったな、とホープは考えたが、逆にそれで安心できたようだった。


 周囲を見渡せば、ホープたちを温める火を除くと、三か所くらいに火が起こされている。

 隣の火の周りには、


「酒がねぇとは残念だな。こんな夜だ、あったらまたお前と飲み比べがしたかったぜぃ? ハント」


「ちょっとリチャードソン先輩……あれはもう二度とやりたくないッスよ」


「きゃははは! あったあった!」

「ハントくん吐きまくってさぁ!」


「蒸し返さないでほしいんスけどね……チキショー、あれはスケルトンの世界じゃ不謹慎すぎたッスわ……」


 だいぶ聞き慣れたリチャードソンの声、高い笑い声を響かせるのは確かカトリーナとシャノシェとかいう姉妹。

 ハント――と呼ばれた、くすんだ金髪の美青年は、ホープとはまだ言葉を交わしていない人物だ。


 ひと通り見回した。

 どこにも見当たらない人物はリーダーのニック、チンピラのティボルト、重傷のナイト(当然)くらいだろうか。


 あとは、


「ダリル……もいないような……」


「は? 何か言ったかよホープ? お前独り言クッソ多いよな」


「あぁ何でもない。独り言のことはごめんだけど」


「『ごめんで済んだら領域アルファ防衛軍はいらねぇ』ってことわざ知ってっか?」


「普通に知らないなあ……?」


 ドラクがなぜか真剣な表情で聞いてくるものだから対応に困るホープだが、


「いで!」


「そんなことわざ、無い。あと、もう言い飽きたけど、ドラクも独り言うるさい」


 ぽかり、とドラクの頭に拳骨を繰り出すジル。


「マジで怒んなよ! 独り言の話もことわざの話も冗談に決まってんだろ! そうカッカしてるとなぁ、人生がカッカしたまんま終わってくぞ? ……悪ぃ、今のは自分でも何言ってんだかわからんくなってたぜ」


「いつでも、わからない……から、安心して」


「安心できるかぁ!!」


 ドラクの軽口に、決してジルはまともに対応しない。まるで彼の反応を楽しんでいるかのようだ。

 実際そうなのだろう。


 どうやら彼らの方の話は終わったようなので、


「ねぇドラク」


「ん? どうしたよ」


 ホープは気になったことを――なんとなく察しがついていることをドラクにぶつける。

 他の人に、特にレイには聞こえないように。


「君は会合の後にニックに呼ばれてどこかに行ってたけど、何の話をしてたの?」


「おう、それか。それはな」


「――レイのこと?」


「お前、鋭いとこあんだな……そうだよ。レイっちの仮面の下について聞かれたのと、まぁ他にもナイトの容態とか色々とな」


 これは『なんとなく』の予想でしかなかったのだが、本当にその通りだったとは。

 会合中、ティボルトも『あの女人間じゃねぇだろ』とほざいていたし、ニックも気になることだろう。


 ニックが公の場ではそんなやり取りを避け、秘密裏にドラクに聞いた点は、リチャードソンの言う通りということか。



「まぁもちろん知らねぇからその通りに答えたが……オレだって気になってんだぜ。オレ的には人外なんじゃねぇかと勝手に思ってんだけどよ、ホープお前、レイっちの正体知ってるよな?」



 どう答えようか迷ったが、ホープは信じた。

 ドラクは問い詰めるような男ではないはずだと。



「……知ってる」



 素直に頷くことにしたのだ。

 ドラクも目を瞑ってこくこくと頷き、


「だよなぁ。ナイトも、瀕死のケビンから何か聞いて理解してた臭ぇしな」


「たぶんナイトも知ってると思――」


「なーんか、どうにも仲間外れにされた気分だぜ」


「……っ!」


 怒った様子も悲しんでる様子もないドラクだが、彼は頭の後ろで手を組んで退屈そうに唇を尖らせている。

 この件に関しては、これ以上ホープがとやかく言うことはできない。


「ごめん。君を信用してないわけじゃ……」


「ま、いいけどよ。これからどうなるかもわからねぇしな」


 どうしようもないし、宙ぶらりんだというホープの立場を考えてか、ドラクはあっさりと会話を終わらせ、


「そういやジョン、お前ジルのこと好きなの?」


「ぶぅ――っ!!」


 唐突にジョンに問いを投げると、彼はちょうど口に含んで飲み込もうとしていた水を、霧吹き状にして前へ発射した。

 ジョンは慌てて口を拭いながら、


「そっ、そそそ、そんなわけないじゃないでふか! ありえませんよ! 下心なんか感じないでしょう、ねぇジルさん?」


「……近い」


「あれ!? すいません!」


 ジルとジョンは、ほぼゼロ距離でくっついている。

 ジルとドラクの間には隙間があることから、ジョンの下心の大きさが窺える。


 今更ながら状況を説明すると……端にオズワルドとコール、その右隣にレイ、その右にホープ、右にドラク、ジル、ジョン、フーゼスと丸く座っている感じだ。


 耳まで赤くしたジョンが慌ててジルから離れると、フーゼスが立ち上がって森の中へ。

 少し経つと鍋のような物を持って戻ってきて、


「シチューだ! 美味そうだな!」


 鍋から次々と皿に分けられていく、


「し、シチュー?」


 ホープは驚いた。

 まだスケルトンパニックが起きていない頃は、シチューは食べたことがある。エリンが気まぐれで作ってくれたことがあったから。


 しかしスケルトンの世界になってから、シチューなんか作る余裕も食べる余裕も無いというもの。


 いったいこれは、誰が作ったのだろう。


「すげぇ! こんなに豪華なのは久々だな。材料が質素なのはご愛嬌って感じかね」


「充分……ん、おいしい」


 ドラクの呟きによると、このグループの中でも久しい豪華な料理だという。

 シチューなんて本来は豪華ではないかもしれないが、この残酷なサバイバル世界では貴重すぎる。超豪華だろう。


 そしてジルの言うように、


「うわ、美味しいなこれ」


「ほんとね……」


 ホープとレイも食べてみる。口に入れた瞬間とろけて、広がる旨味。とても美味しい。

 料理について無知な二人でも、きっと一工夫も二工夫もされているのだろうなぁとわかるくらいだ。


 本当に、誰が作ったのだろう――



「今日は新顔が多いからと、()()()が久々に腕を振るってくれたそうだ! 彼も意外に粋なことをするな! 材料も偶然揃っていたようで良かった! あっはっはっ!」


「「え!?」」



 ホープとレイは、またしても驚いた。いやもしかすると記憶違いかもしれない。

 今日は様々な人に会った。ホープの考えるダリルと、実際のダリルは別人かもしれない――


「あれ? 後ろから誰か――うわぁ!?」


 必死に押し殺したようではあるが、多少響き渡る悲鳴。

 それは物音に反応して後ろを振り返ったジョンが尻餅をつきながら発したもので、



「……ア、マタ驚カセチャッタカナ……ゴメン。おいらノ本気料理、ミンナガ気ニ入ッテクレタカ知リタクテ」



 後ろにいたのは――やはり緑色の巨漢のくせに、怯えるように両方の人差し指をつんつんと合わせている、


「ダ……リル……」


 リザードマンにして、実はグループの食事面を担う者、ダリルであった。



◇ ◇ ◇



 ダリルは少しばかりフーゼスと話をすると、そそくさと森の木々の中へ逃げるように消えていった。


 その後はシチューを食べながら、ドラクやフーゼス、時々ジョンを中心として、明るく会話をした。


 ホープとレイとジョンは宙ぶらりんの立場のはずだが、その場には、彼らを否定する者はいなかったのだ。


 他の火を囲むメンバーとも会話が飛び交ったりしつつ、色々と話は続いていき、



「へぇ、そうなのか! ちなみにオレにも夢があるんだ!」



 テンションの上がった様子のフーゼスが立ち上がり、指を一本、天に突きつけた。



「『この世界の果て』を見ることさ!」



 満面の笑顔で、心の底から楽しげに言い放つ。


 領域アルファの果てというのは、きっとこのグループの誰も――というか世界中の人が、見たことのないものだろう。



「おいおい、くだらねぇぞ」


「くだらないとは何だリチャードソン! ロマンがあるじゃないか! 暗い世界だからこそ、オレは! オレ一人だけでもいいから夢を叫びたいんだ!」


「ま、勝手にやれや」



 どこか呆れた様子のリチャードソンが、うなだれて苦笑して、フーゼスに忠告。

 少し怒ったフーゼスが反論すると、リチャードソンはひらひらと手を振っていた。


 そんな風に、楽しい時間は、終わっていく――



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