第67話 『挨拶回り』
※ポールというキャラクターの髪色を、ピンクからレインボー(七色)に変更しました。
男のピンク色もこの世界では珍しくないな…と思って。
事あるごとにホープが『ある人』とレイに話しているのは、もちろんドルドのこと。
神の声を聞けるという『神官』であり、ホープが育った村の実質的な代表者。
ホープが所持し、使用していたあの短剣は元々ドルドの持ち物だったのだ。
ただ、スケルトンの強靭な顎に刃を噛み砕かれ、使い物にならなくなってしまい捨ててきた。
折れた短剣は、今もきっとエドワーズ作業場でスケルトンたちに踏まれ続けていることだろう。
「『ある人』のこと、気になるわね。前から思ってたんだけど」
――話を誤魔化すと、レイはその『誤魔化しに利用されただけの話』に興味津々に。
前から彼女は、ホープの過去が気になっているような様子を見せていた気もしたが。
「話したこと無かったもんね。じゃあ、どこから話そうかな……まずは」
ホープが珍しく語り始めようとした、その時。
「……ン?」
「え」
がさり、とホープの真横の茂みが動く。
ホープがそちらに目をやると、何だか人間離れした声が聞こえてきて、
「……あ」
茂みから出てきたのは、体長が三メートルほどもある、濃い緑色をした、人間というよりか蜥蜴に見える異形の生物で――
「うわああっ!」
「ワアアアアアアアアア――――ッ!!!」
尻餅をついたホープの叫び声、そして目を見開く怪物の咆哮が交わり、重なる。
そして怪物が襲いかかってくると思いきや、
「ダ、誰ダ! 誰ナンダヨ! 侵入者ナラ、ユルッ、許サナイカラナァ――イヤイヤ無理無理無理、怖イ怖イ怖イィィィ!!」
「……え?」
「……嘘よね?」
体長三メートルの緑色の蜥蜴は、あろうことかホープとレイに背を向け、膝を抱えて座り込んでしまった。
硬そうな鱗のような物でびっしりと覆われた強そうな背中なのに、その怖がり方で全てが台無しである。
「怖イヨォ、怖イヨォ、おいらモウ動ケナイッテ……誰カ早ク来テクレヨォ……!」
「ちょ、あんた大丈夫?」
とうとう蜥蜴の彼は頭を抱え、泣き出してしまった。動きたくても体が動かないようだ。
わんわん泣き喚いているが……彼の聞き取りづらい野太すぎる声には、巨大な口に並ぶ肉食獣のような牙には、筋肉質な腕には、長く太く逞しい尻尾には、どうしても似合わない。
怖がりなのか子供っぽいのか、定かでない。そもそも彼は、
「君ってもしかして、『リザードマン』……?」
「ウン……」
人型をした二足歩行の蜥蜴、といえば思いつくのはリザードマンと呼ばれる種族。
姿形はホープの見ていた・聞いていた通り――性格は別だ。
リザードマンは特に人間と仲が悪かったりはしないらしいが、それはともかく、どうして当たり前のようにここにいるのか。
気になったレイは彼の肩を叩き、
「あんた、ニックのグループの関係者?」
「ウン……一応ソウダヨ……アッ、おいらヲ珍獣トシテ売ロウトシテルナラ、サッサトスレバ良イヨ……」
「売らないわよ! 敵じゃないし!」
「怒ッタ! おいらヲ怒ッタネ、ウワァァァン怖イィィ」
「面倒くさいわね……」
被害妄想が激しくて、会話一つまともにできない蜥蜴の彼。
レイは呆れたように自身の額に手をやった。
とにかく彼がニックのグループに属しているのなら、敵ではないが無関係でもないことを伝えねば。
「驚かせたんなら謝るよ、おれも驚いたけど」
「ゴメン……本当ニ、ゴメン……」
「い、いや、そんな気にしないでいいよ……おれたちもドラクとかナイトとかと知り合って、とりあえず今はこのグループに置いてもらってる感じで」
「ソ、ソウナノ? 入ルノ?」
「それはまだ……決まってない」
グループの人々からしてもホープたちの処遇は決まっていないようだし、加えてホープやレイも『入れてください』とも『さようなら』とも言わない、考えれば考えるほど変な状況だ。
彼に対して自己紹介しようかホープが逡巡していると、
「ダリル、そこか! 今度は何の騒ぎだ!?」
茂みを掻き分けてやってくるのは、ハキハキとした声が特徴的な犬の獣人フーゼス。
フーゼスはリザードマン――ダリルの姿を見つけると駆け寄り、
「その様子だと、ホープと鉢合わせて驚いたらしいな! 声が大きいのは良いことだ! 怖がりなのも性格として悪くない! だが! スケルトンの群れでもやって来たら大変だ、以後も気をつけろダリル!」
「ウン、ゴメン……」
「オレが少し巡回してきたが、今回は大丈夫そうだ! 近づいてくる臭いも感じない! 良かったじゃないか!」
「ウン……おいら、モウ行クヨ……木ノ実ヲ取ッテクルンダ」
「おおそうか! じゃあ頼もう!」
泣き疲れたのかフーゼスに見られたのが恥ずかしかったのか、とぼとぼと巨漢を揺らしながらダリルは歩き出す。
一瞬ホープは『ダリルは木の実集めが趣味なのか』と思いかけたが、フーゼスの言葉を聞くに違うようだ。
そして、
「あっはっは! 君たちもただキャンプ場へ行くだけなのに、彼に出会うなんて大変だな! 大丈夫、ダリルはいつもあんな感じだ! 気にせず進むといい!」
「地味に悪口言ってないかなあ……?」
ディスられたリザードマンのダリルを可哀相に思いながらも、ホープとレイはその場を後にする。
ぶんぶんと手を振るフーゼスに見送られながら。
◇ ◇ ◇
色々あったが、それは無かったことにした。
そうしてホープとレイは無事、トラブルなど皆無でキャンプ場へと到着する。
「う……うぅっ……」
まず二人の目に入ったのは、切り株に座って自らの肩を抱き、体を小刻みに震わせている20代の女性だった。
彼女の隣には、それを慰めているらしき一人の男も。
とりあえず、近づいてみる。
「ひっ! ……な、何よ! 近づかないで!」
「あ……ごめんなさい」
ボサボサとした、お世辞にも綺麗とは言えない長い黒髪。
そんな女性に接近を拒まれ、咄嗟に謝ったレイとホープは後ずさり。
「悪い悪い、ちょっとこっちで話そう」
すると、黒髪の女性の隣にいた男が走り寄ってきた。
ホープと同じ青髪を持つ20代の男は、ホープとレイを少し離れた場所まで誘導して、
「彼女はライラ。最近ここに来たばっかりなんだけど、どうにも神経質らしくてさ」
「ライラ……ね」
「ああ。さっき、あの吸血鬼が自分を刺したろ? その時に叫んだのもライラだ。トラウマにならなきゃいいけど」
「あれは衝撃的だったわよね……そうだ、あたしはレイ。こっちはホープっていうの。あなたは?」
黒髪の女性――ライラの名前を覚えようと口に出したレイは、自然に男の名も聞いてみる。
「俺はオズワルド。もともと一緒に行動してた二人の仲間と、このグループの中で生活させてもらってる」
「へぇ、そうなの。二人もここに?」
「あそこにいるよ、二人とも」
青髪の男――オズワルドは、ホープとレイの後方を指で示す。
確かにそこには二人の男がいる。オズワルドと同年代だろう外見だ。
「右にいる黒髪のロン毛男がエディ。ロングコートの襟立てて、顔の下半分隠してる奴」
「あの人ね」
「左のはポールだ、髪が見事なレインボーの奴」
「見えたわ……男の髪色として黒は一番普通だけど、虹色ってなかなか奇抜じゃない?」
「ははは、そうなんだよ。あいつも黒髪だったんだけど、スケルトンパニックの直前にふざけて髪を七色レインボーに染めてさ。そしたら一年間あのままなんだ! はは、笑えるだろ?」
「ふふっ、そうね! 変に長持ちしちゃうのも大変ね」
「だよな! ……あ、忘れてたけど向こうにはカトリーナ、それからシャノシェって女もいるな。姉妹らしい。俺たちより前にグループに入ってて……」
何だかんだ、オズワルドと楽しそうに会話をしているレイ。
――今目の前で展開されているような、会ったばかりの人との雑談というか世間話というか、『至って普通の会話』がホープは苦手だ。
恩がある人、関係のある人との『義理』だったり『事後報告』などの話はスラスラできるのだが。
レイもそれをわかっていて、率先して雑談してくれているのかもしれない。
というか、ホープは混乱しつつあった。
――覚える名前が多すぎる。これは多い内に入るのかわからないが、ホープにとっては大量なのだ。
ライラとかエディとかポールとかカトリーナとか、もう誰が誰か判別できなくなってしまっている状態。
すると目の前の、目の前の男……目の前の男がホープの方を向いてくる。
「ホープ名前覚えてる? オズワルドよ」
「あ、ごめん」
小声で素早くレイが教えてくれた。
と同時に、目の前の優しそうな顔立ちをした男――オズワルドがにっこり笑って口を開く。
「髪色の話で思ったけど、ホープと俺の髪、同じ色だな。はは、なんか親近感湧いちゃうなぁ」
「そうだね……確かに」
「二人は、グループに入るのか?」
「それがわからなくてさ。もし入った時のためってことで、自己紹介して回ってるんだ」
「なるほど、大変だな。あの恐いリーダーのニックが何を言ってくるかわからないけど、頑張れよホープ」
「ありがとう……オズワルドさん」
オズワルドとホープは、固い握手を交わした。
◇ ◇ ◇
通信機を製作した人物は、何やら『きゃんぴんぐかー』なるものに乗っているらしい。
オズワルドに聞いてみたら、すぐに教えてくれた。
ホープが一番最初、つまりナイトが腹を指す前にここを訪れた時『馬車のようで違う四角い箱』を見かけた。
それが『きゃんぴんぐかー』だという。
近づいてみたホープとレイ。だが、近づくだけでは反応が無い。
短い階段があったのでそれを二、三段上り、ドアらしきものをノックする。
返事が無いので、何度かノック。
すると、
「んあーぁ……ん? ……お客?」
女性っぽい声質の、大あくびが聞こえた。
足音がこちらへ近づいてきて、声がドアのすぐ向こうから響く。
「鍵なら開いてるぞー? 入りたいんなら、どーぞ」
「無用心だなあ……? しかももうドアの目の前でしょ、開けてくれたっていいじゃん……」
レイには聞こえるが、ドアの向こうには聞こえないくらいの音量でボヤく。
覗き窓らしきものがあるので、恐らく女性は中からホープとレイの顔――ではなく、後ろで普通そうにしているライラやオズワルドたちを見て『異常なし』と判断したのだろう。
「お、お邪魔します……」
仕方なく、ホープはゆっくりとドアを開ける。
背中に密着してくるレイと共に、『きゃんぴんぐかー』へと足を踏み入れる。
床にはふかふかの絨毯が敷かれていて、
「アタシらに何か用あんのー? ふあーぁ……ちょい眠いからさー、早めに済ましてくんねー?」
「あ……ありがとう、ございます?」
あくびをしながら裸足で歩いてくるお姉さんが、二人分の飲み物をコップに入れて持ってきてくれた。
――女性の容姿は、なぜかサラサラの美しい白い髪。鋭い三白眼、控えめな八重歯。20代だろうか。
目つきが悪いだけで普通に美人なのだが、雰囲気としては、ジルよりもっとアンニュイで気怠げ。
ちなみにコップの中に入ってるのは、
「紅茶……?」
「あれ、知らんー? これコーヒー。アンタら子供っぽいからさ、砂糖は多めに入れといたー」
「よくわからないけど……」
ズズ、とホープは少しだけ飲んでみる。
砂糖は多め、と言っていた割には苦い。見たことも聞いたこともないが、苦い飲み物のようだ。
だが香りは素敵だ。
「あたしはレイ。こっちはホープよ。あなたが、通信機を作った人なの?」
「んー?」
エドワーズ作業場にて、活躍したり壊されたりした通信機。
それとは何の関係も無いレイだが、コーヒーをどうにか美味しく味わおうとしているホープを見かねて質問。
「あー、その件ね。ドラクから話は聞いてるよー。アンタらも通信機壊して、けっきょく全部壊れたってことっしょー?」
女性の逆質問にホープは頷き、
「……うん、そうなんだ。あなたが製作者?」
「ふへへっ、さっきから面白いこと言うじゃんアンタらー! アタシにはそんなのムリムリー!」
「え? じゃあ……」
「作った奴は、そこのカーテンの向こうにいるよー。カーラって名前の女なんだけどー」
女性に言われるがまま後ろを振り返ってみると、確かに黄色いカーテンがあって、その向こうに座っている人のシルエットが見える。
耳を澄ますと、ガチャガチャと何かの作業音も聞こえてくる。
というか、
「あれ作ったの女の人なんだ……すごいな」
ホープはそこに少しだけ驚いた。
偏見でしかないのだろうが、ああいう複雑そうな機械を作った人と聞くと、どうしても最初に男の顔が浮かんでしまうから。
「そー。あいつマジ天才っぽくてー。アタシも時々話すんだけどさー、何言ってんだかサッパリよー」
肩をすくめる女性の言葉に、少し引っかかる点が。
「……時々って、仲間じゃないの? おれも、カーラって人と手短に話がしたいけど」
「あいつ、話すの好きじゃないらしーわ。用件ならアタシに伝えてくれればいーよー」
「……じゃあ伝えてほしい。『通信機を一つ残らず壊しちゃって本当にすみませんでした』、あと『助けてくれてありがとう』……って」
「なーんか義理堅いねー。おけおけー、言っとくー」
女性は微笑みながら手で『OK』を表現し、踵を返して歩いていく。
ガラスの張られた壁の前には椅子があり、彼女はそこにどっかり座って寝ようとしている。
するとレイが、
「いい家ね、ここ」
と唐突に言った。
椅子の背もたれによって頭頂部しか見えなくなった女性は、
「家? ここは『家』っつーより、『車』って言ったほうがいいんじゃないかなー」
「……『くるま』? ああ、これが『車』ってやつか……」
「ありゃりゃー、アンタら車も知らないか。キャンピングカーは特別大きくて家っぽくなってる車で、一般的なのは思ってるより小さいだろねー。あと、これも車だからちゃんと走るよー」
「「はあ……」」
適当そうに話しながらも、田舎者たちにとっては的確でわかりやすい説明。
案外いい人そうだな、と思えたホープは、
「……そうだ、カーラって名前は聞いたけど、あなたの名前を聞いてなかった。聞いてもいい?」
「あそっかー、忘れてたわ。アタシはコールってんだー。ちな25歳ねー。アンタらが何なのかはよく知らんけど、とりまよろしくー」
何もかも気怠げな女性――コールは、椅子から動かないまま手だけ上から出してきて、握手を求めているようだ。
まずはホープ。
「さっきも言ったけど、おれはホープ」
「ういー」
コールの冷たく滑らかな手と、雑に握手を交わす。短い間だが素手で手を握るなんて、緊張する。
レイも続いて、
「あ、あたしももう一回言うべき?」
「レイっしょー? ういうい、よろしくー」
しっかりと名前を覚えていたコールが、レイとも雑に握手を交わした。
そして彼女はとっても眠そうに目をこすり、
「ごめーん、実はアタシ不眠症なんだわー。夜に全っ然寝れなくてさー、昼間にいつもここで寝てるわけー。手厚く歓迎できなくて悪いねー」
「いやいや、十分に手厚いわよ!」
「おれたちにとってはね。じゃ、お邪魔しました。おやすみ、コールさん」
「あんがとー。カーラによろしく伝えとくー」
ホープとレイは、入ってきたドアから揃ってキャンピングカーを出る。
――けっきょく通信機の製作者カーラとは直接話せなかったが、コールの様子を見るに、伝言だけでどうにかなりそうだ。
それはいいが、
「やっ、やっぱり覚える名前……多すぎるなあ……?」
もはや最初に会ったリザードマンのダリル、最後に会ったコールの名前くらいしか覚えていない、そんなホープであった。




