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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第67話 『挨拶回り』

※ポールというキャラクターの髪色を、ピンクからレインボー(七色)に変更しました。

男のピンク色もこの世界では珍しくないな…と思って。













 事あるごとにホープが『ある人』とレイに話しているのは、もちろんドルドのこと。

 神の声を聞けるという『神官』であり、ホープが育った村の実質的な代表者。


 ホープが所持し、使用していたあの短剣は元々ドルドの持ち物だったのだ。


 ただ、スケルトンの強靭な顎に刃を噛み砕かれ、使い物にならなくなってしまい捨ててきた。

 折れた短剣は、今もきっとエドワーズ作業場でスケルトンたちに踏まれ続けていることだろう。


「『ある人』のこと、気になるわね。前から思ってたんだけど」


 ――話を誤魔化すと、レイはその『誤魔化しに利用されただけの話』に興味津々に。

 前から彼女は、ホープの過去が気になっているような様子を見せていた気もしたが。


「話したこと無かったもんね。じゃあ、どこから話そうかな……まずは」


 ホープが珍しく語り始めようとした、その時。


「……ン?」


「え」


 がさり、とホープの真横の茂みが動く。

 ホープがそちらに目をやると、何だか人間離れした声が聞こえてきて、


「……あ」


 茂みから出てきたのは、体長が三メートルほどもある、濃い緑色をした、人間というよりか蜥蜴(トカゲ)に見える異形の生物で――



「うわああっ!」


「ワアアアアアアアアア――――ッ!!!」



 尻餅をついたホープの叫び声、そして目を見開く怪物の咆哮が交わり、重なる。

 そして怪物が襲いかかってくると思いきや、


「ダ、誰ダ! 誰ナンダヨ! 侵入者ナラ、ユルッ、許サナイカラナァ――イヤイヤ無理無理無理、怖イ怖イ怖イィィィ!!」


「……え?」

「……嘘よね?」


 体長三メートルの緑色の蜥蜴は、あろうことかホープとレイに背を向け、膝を抱えて座り込んでしまった。

 硬そうな鱗のような物でびっしりと覆われた強そうな背中なのに、その怖がり方で全てが台無しである。


「怖イヨォ、怖イヨォ、おいらモウ動ケナイッテ……誰カ早ク来テクレヨォ……!」


「ちょ、あんた大丈夫?」


 とうとう蜥蜴の彼は頭を抱え、泣き出してしまった。動きたくても体が動かないようだ。

 わんわん泣き喚いているが……彼の聞き取りづらい野太すぎる声には、巨大な口に並ぶ肉食獣のような牙には、筋肉質な腕には、長く太く逞しい尻尾には、どうしても似合わない。


 怖がりなのか子供っぽいのか、定かでない。そもそも彼は、


「君ってもしかして、『リザードマン』……?」


「ウン……」


 人型をした二足歩行の蜥蜴、といえば思いつくのはリザードマンと呼ばれる種族。

 姿形はホープの見ていた・聞いていた通り――性格は別だ。


 リザードマンは特に人間と仲が悪かったりはしないらしいが、それはともかく、どうして当たり前のようにここにいるのか。

 気になったレイは彼の肩を叩き、


「あんた、ニックのグループの関係者?」


「ウン……一応ソウダヨ……アッ、おいらヲ珍獣トシテ売ロウトシテルナラ、サッサトスレバ良イヨ……」


「売らないわよ! 敵じゃないし!」


「怒ッタ! おいらヲ怒ッタネ、ウワァァァン怖イィィ」


「面倒くさいわね……」


 被害妄想が激しくて、会話一つまともにできない蜥蜴の彼。

 レイは呆れたように自身の額に手をやった。


 とにかく彼がニックのグループに属しているのなら、敵ではないが無関係でもないことを伝えねば。


「驚かせたんなら謝るよ、おれも驚いたけど」


「ゴメン……本当ニ、ゴメン……」


「い、いや、そんな気にしないでいいよ……おれたちもドラクとかナイトとかと知り合って、とりあえず今はこのグループに置いてもらってる感じで」


「ソ、ソウナノ? 入ルノ?」


「それはまだ……決まってない」


 グループの人々からしてもホープたちの処遇は決まっていないようだし、加えてホープやレイも『入れてください』とも『さようなら』とも言わない、考えれば考えるほど変な状況だ。


 彼に対して自己紹介しようかホープが逡巡していると、


「ダリル、そこか! 今度は何の騒ぎだ!?」


 茂みを掻き分けてやってくるのは、ハキハキとした声が特徴的な犬の獣人フーゼス。

 フーゼスはリザードマン――ダリルの姿を見つけると駆け寄り、


「その様子だと、ホープと鉢合わせて驚いたらしいな! 声が大きいのは良いことだ! 怖がりなのも性格として悪くない! だが! スケルトンの群れでもやって来たら大変だ、以後も気をつけろダリル!」


「ウン、ゴメン……」


「オレが少し巡回してきたが、今回は大丈夫そうだ! 近づいてくる臭いも感じない! 良かったじゃないか!」


「ウン……おいら、モウ行クヨ……木ノ実ヲ取ッテクルンダ」


「おおそうか! じゃあ頼もう!」


 泣き疲れたのかフーゼスに見られたのが恥ずかしかったのか、とぼとぼと巨漢を揺らしながらダリルは歩き出す。

 一瞬ホープは『ダリルは木の実集めが趣味なのか』と思いかけたが、フーゼスの言葉を聞くに違うようだ。


 そして、


「あっはっは! 君たちもただキャンプ場へ行くだけなのに、彼に出会うなんて大変だな! 大丈夫、ダリルはいつもあんな感じだ! 気にせず進むといい!」


「地味に悪口言ってないかなあ……?」


 ディスられたリザードマンのダリルを可哀相に思いながらも、ホープとレイはその場を後にする。

 ぶんぶんと手を振るフーゼスに見送られながら。



◇ ◇ ◇



 色々あったが、それは無かったことにした。


 そうしてホープとレイは無事、トラブルなど皆無でキャンプ場へと到着する。


「う……うぅっ……」


 まず二人の目に入ったのは、切り株に座って自らの肩を抱き、体を小刻みに震わせている20代の女性だった。

 彼女の隣には、それを慰めているらしき一人の男も。


 とりあえず、近づいてみる。


「ひっ! ……な、何よ! 近づかないで!」


「あ……ごめんなさい」


 ボサボサとした、お世辞にも綺麗とは言えない長い黒髪。

 そんな女性に接近を拒まれ、咄嗟に謝ったレイとホープは後ずさり。


「悪い悪い、ちょっとこっちで話そう」


 すると、黒髪の女性の隣にいた男が走り寄ってきた。

 ホープと同じ青髪を持つ20代の男は、ホープとレイを少し離れた場所まで誘導して、


「彼女はライラ。最近ここに来たばっかりなんだけど、どうにも神経質らしくてさ」


「ライラ……ね」


「ああ。さっき、あの吸血鬼が自分を刺したろ? その時に叫んだのもライラだ。トラウマにならなきゃいいけど」


「あれは衝撃的だったわよね……そうだ、あたしはレイ。こっちはホープっていうの。あなたは?」


 黒髪の女性――ライラの名前を覚えようと口に出したレイは、自然に男の名も聞いてみる。


「俺はオズワルド。もともと一緒に行動してた二人の仲間と、このグループの中で生活させてもらってる」


「へぇ、そうなの。二人もここに?」


「あそこにいるよ、二人とも」


 青髪の男――オズワルドは、ホープとレイの後方を指で示す。

 確かにそこには二人の男がいる。オズワルドと同年代だろう外見だ。


「右にいる黒髪のロン毛男がエディ。ロングコートの襟立てて、顔の下半分隠してる奴」


「あの人ね」


「左のはポールだ、髪が見事な()()()()()の奴」


「見えたわ……男の髪色として黒は一番普通だけど、虹色ってなかなか奇抜じゃない?」


「ははは、そうなんだよ。あいつも黒髪だったんだけど、スケルトンパニックの直前にふざけて髪を七色レインボーに染めてさ。そしたら一年間あのままなんだ! はは、笑えるだろ?」


「ふふっ、そうね! 変に長持ちしちゃうのも大変ね」


「だよな! ……あ、忘れてたけど向こうにはカトリーナ、それからシャノシェって女もいるな。姉妹らしい。俺たちより前にグループに入ってて……」


 何だかんだ、オズワルドと楽しそうに会話をしているレイ。


 ――今目の前で展開されているような、会ったばかりの人との雑談というか世間話というか、『至って普通の会話』がホープは苦手だ。

 恩がある人、関係のある人との『義理』だったり『事後報告』などの話はスラスラできるのだが。


 レイもそれをわかっていて、率先して雑談してくれているのかもしれない。


 というか、ホープは混乱しつつあった。

 ――覚える名前が多すぎる。これは多い内に入るのかわからないが、ホープにとっては大量なのだ。


 ライラとかエディとかポールとかカトリーナとか、もう誰が誰か判別できなくなってしまっている状態。

 すると目の前の、目の前の男……目の前の男がホープの方を向いてくる。


「ホープ名前覚えてる? オズワルドよ」


「あ、ごめん」


 小声で素早くレイが教えてくれた。

 と同時に、目の前の優しそうな顔立ちをした男――オズワルドがにっこり笑って口を開く。


「髪色の話で思ったけど、ホープと俺の髪、同じ色だな。はは、なんか親近感湧いちゃうなぁ」


「そうだね……確かに」


「二人は、グループに入るのか?」


「それがわからなくてさ。もし入った時のためってことで、自己紹介して回ってるんだ」


「なるほど、大変だな。あの恐いリーダーのニックが何を言ってくるかわからないけど、頑張れよホープ」


「ありがとう……オズワルドさん」


 オズワルドとホープは、固い握手を交わした。



◇ ◇ ◇



 通信機を製作した人物は、何やら『きゃんぴんぐかー』なるものに乗っているらしい。

 オズワルドに聞いてみたら、すぐに教えてくれた。


 ホープが一番最初、つまりナイトが腹を指す前にここを訪れた時『馬車のようで違う四角い箱』を見かけた。

 それが『きゃんぴんぐかー』だという。


 近づいてみたホープとレイ。だが、近づくだけでは反応が無い。


 短い階段があったのでそれを二、三段上り、ドアらしきものをノックする。

 返事が無いので、何度かノック。


 すると、



「んあーぁ……ん? ……お客?」



 女性っぽい声質の、大あくびが聞こえた。

 足音がこちらへ近づいてきて、声がドアのすぐ向こうから響く。


「鍵なら開いてるぞー? 入りたいんなら、どーぞ」


「無用心だなあ……? しかももうドアの目の前でしょ、開けてくれたっていいじゃん……」


 レイには聞こえるが、ドアの向こうには聞こえないくらいの音量でボヤく。


 覗き窓らしきものがあるので、恐らく女性は中からホープとレイの顔――ではなく、後ろで普通そうにしているライラやオズワルドたちを見て『異常なし』と判断したのだろう。


「お、お邪魔します……」


 仕方なく、ホープはゆっくりとドアを開ける。

 背中に密着してくるレイと共に、『きゃんぴんぐかー』へと足を踏み入れる。

 床にはふかふかの絨毯が敷かれていて、


「アタシらに何か用あんのー? ふあーぁ……ちょい眠いからさー、早めに済ましてくんねー?」


「あ……ありがとう、ございます?」


 あくびをしながら裸足で歩いてくるお姉さんが、二人分の飲み物をコップに入れて持ってきてくれた。


 ――女性の容姿は、なぜかサラサラの美しい白い髪。鋭い三白眼、控えめな八重歯。20代だろうか。

 目つきが悪いだけで普通に美人なのだが、雰囲気としては、ジルよりもっとアンニュイで気怠げ。


 ちなみにコップの中に入ってるのは、


「紅茶……?」


「あれ、知らんー? これコーヒー。アンタら子供っぽいからさ、砂糖は多めに入れといたー」


「よくわからないけど……」


 ズズ、とホープは少しだけ飲んでみる。

 砂糖は多め、と言っていた割には苦い。見たことも聞いたこともないが、苦い飲み物のようだ。

 だが香りは素敵だ。


「あたしはレイ。こっちはホープよ。あなたが、通信機を作った人なの?」


「んー?」


 エドワーズ作業場にて、活躍したり壊されたりした通信機。

 それとは何の関係も無いレイだが、コーヒーをどうにか美味しく味わおうとしているホープを見かねて質問。


「あー、その件ね。ドラクから話は聞いてるよー。アンタらも通信機壊して、けっきょく全部壊れたってことっしょー?」


 女性の逆質問にホープは頷き、


「……うん、そうなんだ。あなたが製作者?」


「ふへへっ、さっきから面白いこと言うじゃんアンタらー! アタシにはそんなのムリムリー!」


「え? じゃあ……」


「作った奴は、そこのカーテンの向こうにいるよー。カーラって名前の女なんだけどー」


 女性に言われるがまま後ろを振り返ってみると、確かに黄色いカーテンがあって、その向こうに座っている人のシルエットが見える。

 耳を澄ますと、ガチャガチャと何かの作業音も聞こえてくる。


 というか、


「あれ作ったの女の人なんだ……すごいな」


 ホープはそこに少しだけ驚いた。

 偏見でしかないのだろうが、ああいう複雑そうな機械を作った人と聞くと、どうしても最初に男の顔が浮かんでしまうから。


「そー。あいつマジ天才っぽくてー。アタシも時々話すんだけどさー、何言ってんだかサッパリよー」


 肩をすくめる女性の言葉に、少し引っかかる点が。


「……時々って、仲間じゃないの? おれも、カーラって人と手短に話がしたいけど」


「あいつ、話すの好きじゃないらしーわ。用件ならアタシに伝えてくれればいーよー」


「……じゃあ伝えてほしい。『通信機を一つ残らず壊しちゃって本当にすみませんでした』、あと『助けてくれてありがとう』……って」


「なーんか義理堅いねー。おけおけー、言っとくー」


 女性は微笑みながら手で『OK』を表現し、踵を返して歩いていく。

 ガラスの張られた壁の前には椅子があり、彼女はそこにどっかり座って寝ようとしている。


 するとレイが、


「いい家ね、ここ」


 と唐突に言った。

 椅子の背もたれによって頭頂部しか見えなくなった女性は、


「家? ここは『家』っつーより、『車』って言ったほうがいいんじゃないかなー」


「……『くるま』? ああ、これが『車』ってやつか……」


「ありゃりゃー、アンタら車も知らないか。キャンピングカーは特別大きくて家っぽくなってる車で、一般的なのは思ってるより小さいだろねー。あと、これも車だからちゃんと走るよー」


「「はあ……」」


 適当そうに話しながらも、田舎者たちにとっては的確でわかりやすい説明。

 案外いい人そうだな、と思えたホープは、


「……そうだ、カーラって名前は聞いたけど、あなたの名前を聞いてなかった。聞いてもいい?」


「あそっかー、忘れてたわ。アタシはコールってんだー。ちな25歳ねー。アンタらが何なのかはよく知らんけど、とりまよろしくー」


 何もかも気怠げな女性――コールは、椅子から動かないまま手だけ上から出してきて、握手を求めているようだ。


 まずはホープ。


「さっきも言ったけど、おれはホープ」


「ういー」


 コールの冷たく滑らかな手と、雑に握手を交わす。短い間だが素手で手を握るなんて、緊張する。


 レイも続いて、


「あ、あたしももう一回言うべき?」


「レイっしょー? ういうい、よろしくー」


 しっかりと名前を覚えていたコールが、レイとも雑に握手を交わした。

 そして彼女はとっても眠そうに目をこすり、


「ごめーん、実はアタシ不眠症なんだわー。夜に全っ然寝れなくてさー、昼間にいつもここで寝てるわけー。手厚く歓迎できなくて悪いねー」


「いやいや、十分に手厚いわよ!」

「おれたちにとってはね。じゃ、お邪魔しました。おやすみ、コールさん」


「あんがとー。カーラによろしく伝えとくー」


 ホープとレイは、入ってきたドアから揃ってキャンピングカーを出る。

 ――けっきょく通信機の製作者カーラとは直接話せなかったが、コールの様子を見るに、伝言だけでどうにかなりそうだ。


 それはいいが、


「やっ、やっぱり覚える名前……多すぎるなあ……?」


 もはや最初に会ったリザードマンのダリル、最後に会ったコールの名前くらいしか覚えていない、そんなホープであった。



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