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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第66話 『ノーコメント』



「……どこ?」


 心配だ。


 壮大すぎる自傷行為に及んだナイトの容態もそうだが。


 ニックに呼びつけられ、連れて行かれたドラクのことも心配である。


「…………」


 キョロキョロ、と見回しても無駄。

 完全に見失ってしまった。


「…………」


 ニックと、その後ろでとぼとぼ歩いていたドラクを追っていたはずの女――ジルは二人の姿を見失った。


 結果として、一人で森を彷徨っていることになる。


 ただ、キャンプ場へ戻る方向はだいたいわかっている。

 そう遠くはない。


 仕方なく踵を返そうとするジル。


 そんな彼女の耳朶を打ったのは、




「うおおぉああぁぁ――――っ!?」




 どこからか響く、男の野太い叫び声だった。


「…………」


 バーク大森林に人間の悲鳴が響く時――そういう時、ほとんどのケースで、ある人物が関わっている。


 グループ内では、そういう共通理解で通っているのだ。


「……ヴィクター?」


 あの狂った吸血鬼も、一応はグループのメンバー。

 つまりジルの仲間。


 探してみるべきだ、とジルは自分に言い聞かせた。



◇ ◇ ◇



 ――バーク大森林の中、ある男がロープのようなもので宙吊りにされていた。


「う……クソっ」


 しかも、逆さまで。

 頭に血が上りそうなため、さっさと外したい。


 腹筋を使って足に巻き付いたロープまで手を伸ばす。

 ロープに触れるが、固くて解けない。


「あんっのイカれ吸血鬼がぁ……!」


「誰がイカれてるって? ボクの頭は、キミたちよりよっぽど正常だと思うんだけどな」


 上――ではなく下の大地から、先程まで男を追いかけてきていた吸血鬼の声。

 人を殺そうとしているとは思えないくらい、軽く喋りかけてくる。


「なっ! やっぱもう追いつきやがったか!」


 吸血鬼は皆一様に走るスピードが速いのか知らないが、とにかくあの吸血鬼はとてつもなく速い。

 先程も一瞬で距離を詰められ、頬を刀で深く斬られた――元同僚たちも、そうやって斬り殺されたのだろう。


 地面を歩いてやってくる吸血鬼の目線と、ちょうど同じ目線の高さに男の顔がある。

 上下が逆のまま顔を合わせてきた吸血鬼は、


「それはボクの仕掛けた罠なんだからさ、すぐ辿り着くに決まってるじゃないか」


「おいおい、人間を殺すために罠まで仕掛けてんのかよ……!」


「当たり前だよ。バカな人間を殺すことが、ボクの唯一の暇潰しなんだからさ。まぁ……他と比べたらまだ面白い、ってレベルだけどね」


 吸血鬼から逃げていた男の踏み出した右足に、突然何かが絡まり、さんざん引きずられてから宙吊りの状態に。

 その際に驚き、エドワードの形見でもあるマチェテを落としてしまった。


 まさかこれが奴の罠であったとは。


「さっきキミ罠にかかって、大きな声で無様に叫んでたよね。その結果どうなるか、わかるかい? ここにスケルトンが集まってくるよ」


「……だろうな。で? 俺が食われる様子を、お前はそこで呑気に観察するつもりか?」


「うん、そうだよ? だって叫んだのはキミじゃないか。自業自得ってやつさ。ゆっくりと見せてもらうよ」


 藍色の髪にシルクハットを乗せるという、奇妙な趣味をした吸血鬼。

 彼は牙を見せながらニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ、腕を組んでこちらをじっと見ている。


 ふいに、彼が振り返る。


「アァ"ア」


「ほら、来たよ。満を持してスケルトンのお出まし――」


「アカ"ッ」


 吸血鬼の言う通り、一体のスケルトンと一体の狂人がやって来た――のは見えたが、次の瞬間どちらも倒れた。


 男も吸血鬼も困惑する中、茂みの中から現れるのは、



「ヴィクター、何をしてるの?」



 ダボダボのパーカーに身を包むが、胸の谷間と太腿から下を大胆に露出させている美少女。

 手斧を持つ彼女が、スケルトンと狂人を殺したらしい。


「……キミは」


 吸血鬼は、無表情の彼女を見て微かに動揺している。

 あのジト目の可愛い女は人間だろうが、どうやらあの二人は知り合いのようだ。



◇ ◇ ◇



 ジルがスケルトンと狂人を始末して茂みから出ると、そこにいたのはやはり彼。

 ――ナイトと同じ吸血鬼、ヴィクター・ガチェスである。


「何か、ボクに用があるのかな?」


「……ここに来るまで、いくつか、死体があった。人間の死体。それも、あなた?」


 ジルの目には、足をロープに取られて宙吊りになっている男がちゃんと見えている。

 その前に、死んでいた者たちの確認をしたい。


「近くにあったのかな。吸血の跡もあったのかな。それだったら、ボクだね。今日は大量に狩ってるんだよ」


「狩ってる……? 言い方、変」


 彼は見た目だけなら好青年なのだが、本当に狂っている。頭のネジが足りていない。

 人間を殺すこと、生命を踏みにじることは、きっと彼にとっては遊ぶことと同義なのだ。


「今更それを言うのかい? ボクはヴィクター・ガチェスだよ、吸血鬼なんだよ? 人間は食糧でしかないはずなんだからね?」


「でも、ナイトは、人間と何も――」


「あいつが変わってるのさ! あいつの方が、吸血鬼として頭がおかしくなってるんだ! これは本当の話だよ?」


 人間たちに協力するナイトのことを良く思っていないらしく、ヴィクターは珍しく声を荒げる。

 確かに、本来ならヴィクターの行動が正しい。


 吸血鬼は、好物である人間の血液を吸うからこそ『吸血鬼』と呼ばれ得る。

 種族の違うジルは、彼にダメ出しなどできなかった。


 言い訳なのか不明だが、ヴィクターは続ける。


「しかもこいつらはさ、エドワーズ……作業場とかいう場所から逃げてきた奴らなんだよ? キミも見なかった? こいつらは敵なんだよね?」


「え」


「ナイトを捕まえた奴らだよね? だったらキミらにとっても、このくらいの罰は受けて当然なんじゃないかな」


「敵、だけど……」


 ジルは作業場の中に入る前に気絶していたし、指導者たちの顔などは覚えていない。

 ただ服装的には、皆がこんな感じだった気がする。


「敵だけど、それとこれとは、話、違う」


「……意味がわからない。何だい? 敵なのに逃がせって言うつもりなのかな? 残党狩りは当然だと思うんだけどね」


 恐らくこの世界の大多数の人が、ヴィクターと同じ意見だとは思う。残党を狩ってこその『勝利』かもしれない。

 だがジルは、どうしても、それには同意しかねた。



「私たち、勝った。エドワードたち、負けた――戦いは、それで終わり……と思う」



 エドワーズ作業場の中では、どれだけの死闘が繰り広げられたことか。

 ジルは実際に見てはいないが、ドラクから耳にタコができるほど聞かされた。


 戦いに一区切りついたのならば、それ以上続ける必要は無いのではなかろうか。

 相手は敗北の時点で屈辱を味わっている。これ以上、相手の命を弄ぶような真似はしなくてもいいのではなかろうか。

 ジルはそう、いつも考えるのだ。


 聞いたヴィクターは首を振り、



「まったく、ひどい考え方だ。反吐が出そうだよ……死ぬほど面白くないね」



 吐き捨てるように、否定した。

 正直ジルは、誰に言ってもこういう返事が返ってくるのだろうと予測はしている。いつでも。


「おかしいな……キミが本当の仲間思いなら、こういう僅かなリスクも嫌がるはずだ。ということはキミの今までの優しげな態度は全部嘘っぱちってことで、キミは愚劣な偽善者ってことだよね」


 ヴィクターは片腕を広げて、ぶら下がる元指導者の男を『リスク』として示す。

 ジルに見せつけるように、強く示す。


「偽善……」


「もし偽善者(それ)を否定するなら、キミはただの大バカだ。いかにも戦いを知らないくせに声ばかり大きい愚かな一般人が言い出しそうな、頭の悪さの透けて見えるクソ理論だね」


「…………」


 ジルが口を挟む間も無い、猛烈なマシンガントーク。


 目立たないだけでヴィクターもドラクと良い舌戦を繰り広げられそうだな、とジルは認識。

 ――彼女がこんなにも余裕である理由は、


「ん。私、たぶん偽善者。たぶん、大バカ。たぶん、戦いを知らない愚かな一般人」


「……認めちゃうんだ。とことん面白くないね」


 無表情のジルを見て、彼もまた表情を変えはしないが、きっとジルに失望していることだろう。


 それでもジルは頷く。



「自分の弱さ、認めるべき。ダメなところは受け入れないと、前に進めない」



 ジルは、心の底からそう思っている。

 どれだけヴィクターにイチャモンをつけられても、この考えを変えることはできない。


「っ……」


 それを聞いたヴィクターは減らず口を叩くこともなく、目線を少し下へ。

 おもむろにシルクハットのツバを持ち、整えた。


 その間にジルは、手斧を投げる。


「うべっ! 何だよ急に!」


 元指導者の男を、ロープを切って解放してやったのだ。

 ジルは這いつくばっている男の前に屈み、


「あなたたち、負けた……わかる?」


「…………」


 だが男は、屈んだジルの下半身を見つめるだけ。口を開こうともしない。


「質問、してる。わかるの?」


「く……」


 男の顔を掴み、無理やり自分のジト目と視線を合わさせる。


「答えて。あと一応、名前も」


「……俺はイザイアス。あぁそうだよ、銀髪の吸血鬼とか青髪のガキとかに負けたらしいな! 逃がしてくれるか!?」


「逃がす、けど、その前に一つ、約束」


「あ?」


 歯噛みしながらも話は聞く、利口な元指導者の男――イザイアスは深く斬られた頬の傷をいじっている。

 そんな彼にジルがしたい約束は、単純明快。指を一本立てて、


「金輪際、私たちに、関わらないこと……いい?」


「……はいはい。わかりましたよ」


 面倒臭そうに答えるイザイアス。どうも信用ならない。


「おかしな、返事」


「……文句ばっかうるせぇなぁ!」


 ジルの手が離れた瞬間、イザイアスは飛ぶように立ち上がる。

 その場でジルに「しつけぇ!」と憤慨。


 ――ジルには、聞こえていた。

 後ろのヴィクターが、腰の刀に手をかける音が。


「待って、ヴィクター。大丈夫」


「どうなっても知らないよ? 今キミがそいつに殺されたら、それこそ本物の自業自得だ。ボクが責任を負うとは思わないでね」


「ん」


 彼のことだ、きっとジルが死んでも何とも思わないのだろう。ニックたちに報告さえ、してくれるのか疑問だ。

 ――ジルはヴィクターの刀を見て、次の言葉を思いつく。


「もし私たちに関わったら、この吸血鬼、飛んでくる。今度は、頬じゃ済まない」


「ああ! わかったよ!」


 半ば投げやりっぽい態度でイザイアスは条件を飲んだ。と思いきやジルに歩み寄ってくる。

 しかし敵意が感じられない。


 困惑するジルを彼は、


「ほらよ、これで信じるか!?」


「……あっ」


 まさかの、ハグ。

 イザイアスは、ジルを自分の胸の中に抱き入れたのだった。どういうつもりなのか、理解ができない。


「…………」


 ジルの中には何の気持ちも湧いてこず、自分より一回り大きなイザイアスの体に包まれ、ただただ時が過ぎるのを待つ。

 時々、彼に頭の匂いを嗅がれている気がする。それは正直なところ不快でしかない。


 数秒、抱きしめ続けたイザイアスはジルを離す。


 そのまま無言で、バーク大森林の木々を分け入り消えていった。



「……何だい、これは。何の茶番なのかな? あの男、ただ欲情にかられただけじゃないか」


「ノー、コメント」



 呆れてしまって、刀を抜く気にもならなかったヴィクターの一言。

 ジルは、一言すら発したくなかった。


「キミの方も変なリアクションだよね。普通の女の子だったらさ、知らない男に突然抱きしめられたらもっと喚くと思うよ?」


「…………」


 今の反応を見て、誰もが気になるだろうことだ。

 しかしそんな的を得た質問にも、ノーコメントを貫くジル。


「んー、キミにも面白くなる素質はあるんだけどな……あ、そうだ」


 軽く流されたヴィクターも追及はせず、代わりに何かを思い出して手をポンと叩いた。


「忘れてたことがあった。キミに聞きたいんだけどさ、ナイトはどうしてる?」


「知らない? ああいうの、好きそう……なのに。珍しいね」


「『ああいうの』って? あれ、もしかしてもうリーゼント野郎と喧嘩しちゃったかな?」


「とっくに。それで、自分のお腹、刺した。気を失ってる」


「……へぇ、面白そうじゃないか。エドワードだっけ? そいつの部下がボクに()()()()()かけてこなきゃ、見に行ったのにね」


「…………」


 ナイトとヴィクターは、どんな関係なのだろう。


 エドワーズ作業場にナイトが囚われた時は、ドラクが『同じ吸血鬼だし』と真っ先にヴィクターに協力を要請した。

 が、ヴィクターは速攻で断り、楽しそうに刀を抜いてドラクを追いかけ回したのだ。


 ――同じ吸血鬼であること以外にも、彼らには何か大きな繋がりがありそうなものだが。

 ジルには見当もつかないことだ。


「それにしてもさ」


「ん、なに?」


「キミの血……すごく美味しそうだよね。吸ってもいいかい?」


「…………」


 こちらを見て舌なめずりをするヴィクター。何度も言うが彼は、本当に、狂っているのだ。

 ――さすがにジルは身の危険を感じ、手斧を拾ってすぐにキャンプ場へと戻ることにした。



◇ ◇ ◇



「……はぁ、面白くないな。ちょっとからかっただけなのに」


 森の中、誰も引っ掛かっていないロープがぶらぶら揺れているその下。

 一人残されたヴィクターがいた。


「あの女も、やっぱりバカだな」


 彼は、ただ呟く。意味もなく、呟き続ける。



「イザイアスとかいう奴、立ち去る時にマチェテを拾っていったよなぁ……武器が無きゃこの世界が厳しいっていうんだろうけど、あんな甘ったれた約束を結んだ直後にそんなことするかい? 普通」



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