第64話 『その共同体、問題あり』
「リチャードソンさん」って口に出してみるとクッソ語呂悪いんですよね(笑)
リチャードソンと顔を合わせてから、最初に会話を始めたのはレイだった。
「ナイトの様子はどうなのよ……あ、どうなんですか、リチャードソンさん? あの、ごめんなさい、正式な仲間にもまだなってないのに余計なこと……」
めちゃくちゃ畏まろうとするレイが、たどたどしく質問。
そういえば、とホープは思い出す。
ナイトはレイが魔導鬼であることを普通に知っていたようだった。同じ鬼だし差別する理由が無かったのか、それともナイトが特別優しかったのか。
どちらにせよ、きっと彼とはギクシャクしなかったのだ。
つまりナイトはホープと同じく、レイの理解者なのだ。ホープはその点を深く考えていなかった。
レイが心配をするのは必然と言っていい。
――質問を受けたリチャードソンは、
「ぶわっはっは! さっきのでビビっちまったか、仮面のお嬢ちゃん? そんなに肩の力入れなくたって、怒らねぇさ」
「そ、そう? それなら良か――」
「だって、お前さんらがブロッグを殺したわけじゃないんだろ?」
「えっ」
最初こそ笑っていたが、それに続いた剣呑な台詞は、まるでホープたちを疑っているような雰囲気を醸し出す。
リチャードソンのあまりの威圧感に怯えてしまったレイを見かねて、ホープが口出し。
「もちろんおれたちは殺してなんかないよ……ブロッグさんは命の恩人だった。でも目の前で見たんだ、ここを撃ち抜かれて死んでしまったところを」
自分のこめかみを指で示す。リチャードソンは少し驚いている。
「エドワーズ作業場には銃が無いって話だったのに、不意打ちを食らってブロッグさんは死んだ。スナイパーは正体不明で……」
――機械の右腕のことを、話すべきか?
黙っているようにとジェスチャーはされたが、作業場が崩壊し、スナイパーの生死さえわからない今、別に話してもいいのかもしれない。
そんな逡巡をしていると、
「……そうか」
逡巡が長すぎて、目を伏せるリチャードソンの返答が始まってしまった。
「じゃあ、ブロッグの野郎は苦しまずに死ねたのか――不幸中の幸いってやつだ。この世界じゃ、即死する方が難しいんだからな」
「スケルトンのせいで?」
「ご名答――それに弱者を救ってから死ねるなら、あいつだって本望だろうしな。お前さんらはあいつの形見も同然なのに、疑って悪かった」
リチャードソンは『悲しみ』と『諦め』の混じったような表情で、ホープたちに謝罪をする。
「謝らないで。ニックさんやあなたは、ブロッグさんと同じ『P.I.G.E.O.N.S.』のメンバーだったんだ……おれたちはもう、何も言えないよ」
絶対に、ニックやリチャードソンを責めることはできない。そんな権利は、自分たちには無いという事実。
ホープは、それを言うしかなかった。
こくこくと頷いたリチャードソンは、直後ハッとして、
「いかん、忘れてた。ナイトの容態だがな……とりあえず命に別状は無いと言っておく。普通の人間なら怪我じゃ済まねぇが、吸血鬼ってのは丈夫なもんだ」
「ほんと、呆れちゃうくらい丈夫な人ね……良かった」
ようやくナイトに関する問いの答えが返ってきて、しかもそれは悪くない報告で。
レイを始め、ホープやジョンも一安心することができた。
これで話は終わりかと思いきや、
「おいコラ! 見つけたぜオラぁ!」
「ティボルト!?」
木々の間から現れたやかましいチンピラ――ティボルトの登場に驚くリチャードソン。
ズカズカと近づいてくるティボルトの目線は、
「な、なに? 何なの?」
仮面でも恐怖心を隠せていない、レイのみを見ている。
何が目的なのかもわからないティボルトが、どんどんレイに近づいていって、
「おい……お前さん、これ以上は事を荒立てるな」
その前にリチャードソンが立ちはだかる。ティボルトよりも大きな体で、文字通り壁の如く。
ティボルトはそんな彼の顔を真っ直ぐに睨み、
「俺様が? 事を? 荒立てるだと? おぉコラ!? 眠てぇこと言ってんじゃねぇぞジジイコノヤロー!」
「そうとも。俺は45のジジイさ。だからそんなに声張り上げられると、疲れちまってかなわんぜぃ?」
「あぁ!? ジジイだったら耳遠いだろ――って、俺様をからかうんじゃねぇぞオラぁ!」
怒りもせず大人の余裕を見せたリチャードソンに、ティボルトは子供っぽく怒り心頭。
体を斜めに傾けたティボルトは、リチャードソンを避けるように指差した――レイを。
「さっきの会合の時も言ったがなぁ、あの女は絶対に人間なんかじゃねぇぞオラ。あの仮面の下にゃ、見られたくねぇ秘密があるに決まってんだよバカヤローが!」
――ホープとレイは、『曲者だ……』とティボルトに対して戦慄することになる。
なぜならドラクやジル、ジョンをはじめ、ニックやリチャードソンなども、レイの仮面に対してスルーを貫いているからだ。
その理由は心が広いからか、察しているから触れないのか不明ではあるが、まぁ今のところは平和に接することができる。
しかしティボルトは、会合中からずっとレイに敵意剥き出し。
発言内容からして『差別主義者』の可能性も否めない。
「ホープ……やっぱりあたし、ここにいるべきじゃ……」
「……!」
隣に座っているレイが、小声で不安を口に出し、ホープの腕を弱々しく掴んでくる。
――対してホープは、
「君が出ていくんなら、おれも出ていく。決めるのはまだ早いと思うよ」
「……!?」
このグループに留まることを望んでいそうなレイのため、小声でそんな発言をしてみせる。
ホープは別に、まだこのグループについて何とも思っていない。
出ていってもいかなくても良いのだが……『おれも出ていくよ』と言えば、レイはきっとホープの身を案じてこの場に留まろうとする。
彼女の望みを叶えさせてあげたいからこそ、彼女の優しさを利用するのだ。
小声での心理戦が展開される中、
「お前さんの事情なら、前に一度話してもらっただろう。わかってるよ……だからティボルト、お前さんもわかってくれ。今、このグループは混乱してる」
「だからその混乱が加速しちまう前に、俺様がその女の正体暴いて勝手に処理するっつってんだろうがコラぁ!」
リチャードソンの大局を見ての発言に、ティボルトは勢いを弱めることなく突っかかる。
すると、
「お前さんまだ気づかないのか? その『勝手に処理する』ってのが一番の問題なのさ」
「何だとコラ!?」
「共同体が混乱し荒れてるって状況で、さらに各々が感情のまま動いてみろ――待ってる未来は破滅だけだ」
「……!」
「私情に任せるんじゃない。どんな時でも、だがな」
ド正論を浴びせかけ、リチャードソンはティボルトを黙らせた――のはたったの一瞬で、
「さっきから俺様を止めてばっかりぃぃぃ……!!」
歯を食いしばりに食いしばったティボルトは、
「ナメてんじゃ……ねぇぞコノヤロー!」
どこからともなく木製のバットを取り出し、それを思いきり振り上げたのだった。




