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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第63話 『宙ぶらりん』



 ここはホープが五日間眠っていた、キャンプの外れの広場。


「もう! ナイトが自分刺したあの瞬間、頭から離れなくなっちゃったわよ……突然あんなことするなんて思わないじゃない……大丈夫かしら、彼」


「ぼ、僕も無事に、と、トラウマ確定です……」


 とんでもない瞬間を間近で目撃させられる羽目になったレイとジョンは、落ち込んだり怒ったりを繰り返す。

 トラウマになることのどこが『無事に』なのかはわからないが、ホープはさすがに指摘する気にはなれなかった。


「けっきょく、おれたちの扱いってどうなるんだ……?」


 ナイトが作業場関連の様々な事件について、立派に落とし前をつけたのはわかる。


 ――だがその後、倒れたナイトをリチャードソンともう一人が慌ててどこかへ運び、ニックがドラクを連れてどこかへ消え、残った集団は自然消滅。

 誰も、ホープたち()()()()()()の今後については触れようとしなかったのである。


 特にホープは立場だけでなく、心も宙ぶらりんなのだが。


 ――レイやジョンやドラクが自分のことをどう思っているのかわからないが、世話になった。

 もし皆が『入ってくれ』という流れになるのなら、別にグループに入ってもいい。逆もまた然り。


 そんなことを考えていると、ホープの呟いた言葉を自分なりに考えていたらしいジョンが口を開き、


「ホープさん、レイさん……いい機会です。ほ、ホープさんも起きたことだし、ジルさんも連れて四人でここを逃げ出しましょうよ」


「え? ジョンくんグループに入りたいんじゃなかったの?」


「あ、あくまで僕の目的はジルさんとお話することでした……彼女に気に入ってもらった今、こっ、こんな暴力の横行するグループに身を置きたくはないですよ!」


「でもホープもあたしも傷が癒えきってないわ。去るにしても、あと何日かは泊めさせてもらいましょ」


「寝てる間に殺されちゃいますよ! に、ニックさんとかティボルトさんとかに!」


 逃走、という提案をするジョン。

 確かにこのまま留まっていると、リーダーのニックやチンピラのティボルトといった過激派に、いつ寝首を搔かれるかわかったものではない。


 しかし、


「ジルを連れ出すのは、無理じゃないかな」


 ホープ――ではなくこの世界は、ジョンの願いなど聞き入れてはくれない。


「え!? 何でですか!」


「まず君もレイもおれも、そんなにジルと話してないじゃん……『気に入ってもらった』っていうのは気が早すぎでしょ」


「……ごめんなさい、実はあたしもそれ思ってたの」


「ひどいっ!?」


 他二人と比べたら割と話しているホープにもジルの心など読めないし、そもそも気に入られたいなどとも思っていないが、


「まぁその提案は聞いてもらえないよね」


 というのは自明の理。

 一応自覚していたのか、ジョンは歯噛みする。


「うぐぅ……で、ですが、せ、誠意が伝われば彼女だって……」


「もし伝わっても、ジルは動かないと思うなぁ」


「えぇ!? 今度は何でですか!」


「だって、このグループにはドラクがいる」


「はい?」


 目をぱちくりさせて呆気にとられた様子のジョン。

 傍観者ホープは誰かと会っても話すことは少ない代わりに、誰かと誰かの話している姿をずっと見ていたりするから、


「ドラクとジルは、おれたちが想像できるような安っぽい関係じゃなくて……心の友って感じ?」


「こ、こ、恋人なんですか!?」


「『友』って言ったんだけどなあ……!? 恋愛感情は無いと思うよ」


 恋人ではないというのはホープの推測の域を出ないのだが、それになぜか安心したらしく胸を撫で下ろしたジョンは、


「ドラクさんとも何回かお話はしました。ま、まぁ要するに彼も連れて行けば解決だということですよね――」


「いやドラクもたぶん、ナイトがここにいる限り動かないよ」


「そ、それならいっそナイトさんも――」


「いやナイトもたぶん、ニックと深い繋がりがあるから」


「とうとうリーダーまで出てきましたね!? これじゃもう誰も連れて行けないんですけど!?」


 両手で頭を抱えながらツッコむジョン。

 それを見かねたレイが、静かだった口を開く。仮面で口は見えないが。


「賛成するわけじゃないけど、ジョンくん一人だけか、あたしたち三人だけなら逃げられると思うわよ?」


 だがジョンは、


「い、いえ……ジルさんと……お話したいので……あ、諦めます……」


「すっごい嫌そうね……」


 がっくりと肩を落とし、だるそうに重そうに首を横に振るジョンの仕草に、レイは若干引いている。

 そしてジョンから逸れた彼女の視線は、流れるようにホープの方向へ。


「ホープあんた、ジルと仲良いの?」


「え?」


 質問の意味が理解できず、ホープは間の抜けた返事。


「だってあたしたちより長く寝てたのに、妙にこのグループについて詳しいじゃない? 作業場でジルとよく話したのかなーって」


「いやぁ……ジルとはそんなに話してないよ。でも、その分ドラクと話した。それが大きいんだよきっと」


 作業場での戦いの終盤では、もはやドラクとはそういうレベルの関係ではなくなっていた気がしなくもない。

 だがその前までは『ちょっと話すだけ』『話しているところを見るだけ』の関係だった。


 ホープがあまり接していないはずのナイトやジルのこと――無駄に複雑なグループメンバーたちの関係性は、ドラクと彼らの会話を見ると、ある程度の理解ができたように思う。


「あぁ、だからドラクはホープを――あたしたちを拾おうとするのね」


「うん。彼は良い人だよ。ここにいる間は信用していいと思う」


「……どこまで、かしら」


「……っ!」


 今のが、レイに対して失言でなかったことを祈る。


 ――オースティン、ホープ、そしてケビン。

 レイが人間に素顔を正体を晒して、全くギクシャクしなかったのはホープの一例のみだ。


 どのくらい、このグループの下で生活するのかわからない。

 レイはナイトやドラクのことを気に入っているようだから。


 もしずっとここで暮らすのなら、ドラクやジルに、『魔導鬼』を打ち明けるべきか?

 それがわからないのだ。


「えっと……」


 二の句が継げないホープ。

 レイの俯き加減はジョンよりも浅いが、内心を考えてみればどちらの方が深い悩みであるかは言うまでもない。


 そうやって三人が一様に俯いて黙っていると、



「――おお、やっと見つけた。こんな所にいたのか」



 木々の合間から現れたのは、


「り、リチャードソンさん」


 過激派のニックやティボルトなど不安要素の多いグループの中で、なかなか安心して話せる方の人物。

 しかし、



「若いのが揃ってシケた顔、ってところか――そんなに見つめても、地面にゃ金なんか落ちてないぜぃ? ぶわっはは……」



 ナイトを運ぶ際、衣服に付着した血をそのままにしたリチャードソンは、どこか力なく笑っている。


 死んだ魚のように虚ろな目で。



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