幕間 『TOP SECRET』
――終わりゆくエドワーズ作業場の、その本部。
太陽の照りつける屋上にて。
白いスーツを着た男が、羽織っていた灰色のローブをマントのようになびかせて突っ立っていた。
右腕の捲っていた袖を元に戻し、アタッシュケースを床に置く。
「ふぅ……」
被っていたフードを両手で外し、あるものを見て――どこか疲れたように息を吐く。
こけた頬に、ため息が似合う中年の男だ。
彼の髪色はスーツとお揃いの真っ白。『染めた』ようには見えず『加齢からの白髪』にも見えず、『何もかもが抜け落ちた』ような感じのあまり綺麗ではない白色の髪だ。
「無様であるな。エドワード」
男が見ているのは首から上を失ったエドワードの亡骸、そのすぐ横に落ちている首から上だった。
それから少し退屈そうな顔をして、眼下に広がる作業場を見回す。
「だが、どうせこうなると思っていた。お主らでは、あまりにも力不足」
エドワードとその部下たちには、この世界を生き抜く力が足りない。『力』といっても筋力の話ではない。奴らは筋力だけなら割とある方だ。
問題は知識や、技術、人間性などに優れていない点だ。それが生き抜くために必要な『力』なのだ。
だから彼が、無知なエドワードに教えた――スケルトンを作業場に近づけないため場内はできるだけ閑静に。夜は光源にて明かりを確保。ただし群れを引きつけないよう光は弱く、と。
それなのに、今の作業場はスケルトンで埋め尽くされているではないか。何たる醜態だ。
しかし、彼はわかっている。
「……我輩が教授してやった生存方法に、穴は無かった。今回の件は、お主らが余計な人間を集め過ぎたことに起因する」
――抑圧された人間たちが反逆を起こし、こんな結果になったことをわかりきっていた。
男はエドワードの生首を軽く蹴り、転がす。男の白くボサボサした長髪が、僅かに揺れる。
さらに無線機を取り出し、
「まったく」
先程自分に訴えかけてきた青年の声を思い出し、機械の義手である右手で無線機を握り潰す。
あの青年の声は、か細く威圧感のない声であった。なのにひしひしと伝わってきた『正義感』に、妙に虫酸が走った。
一応はエドワード一味と契約しているわけだから、おまけ程度の援護射撃をしてやったが。
「さて」
右耳に装着していた超小型通信機の電源ボタンを、機械の義手で器用に押す。
すぐに繋がった。
「雛鳥よ、聞こえるか。こちら親鳥……我輩だ」
相手からの返事は無い。その代わり『トン、トン』と通信機を指で叩く音が帰ってくる。
あとはこちらが一方的に報告するのみ。いつものことである。
「エドワードという者と契約をした話の、続報だ」
――男は確かにエドワードと契約を結んだ。
作業場にて規定の量まで集めた物資を渡せば、安全な場所へ連れて行ってやると。そして『見張り台』から作業場を守ってやると。
だが、
「奴らは契約の履行まで、耐えることができなかった。スケルトンの群れと人間によって滅ぼされたのさ」
エドワードは死んだ。
部下の指導者たちもこの量のスケルトンに追い詰められ、食い殺されたか逃げ出したかでもう残っていないだろう。
まぁ、どうせ――
「条件を満たしたところで、奴らを連れて行くかどうかは――我輩の気まぐれで決まったのだが」
徐々に感情を抑えられなくなってきた『死の狙撃手』は、不気味に笑い始める。
「『安全な場所へ行ける』と適当なことを言ってやると、大喜びしていたエドワードの顔が忘れられん。あの様なチンピラを誰が好き好んで助けるか。くくく……!」
エドワードたちはとにかく頭が悪かった。元々契約が果たされることは無いと踏んでいた。
それに、彼と契約をした本当の目的は『物資』には無く、
「毎日のように入ってくる労働者と指導者から、『赤い目を持つ人間』を探したのだが……大した成果は得られず、だ」
見張り台を利用し、日夜、探している人物が現れないか目を凝らす。
それだけが遂行したい目的であり――エドワードたちの安否など、作業場の行く末など、興味の湧かない事柄だ。
彼は見張り台の中から人々を監視。ある人が探し人ではないとわかれば、その人を『ターゲット』とした。
『ターゲット』が妙な動きをしたら、構わず撃った。
「まぁ的を撃ち殺すのは相変わらず楽しかったよ……いくつか外してしまって、即死させられなかった的があったのが悔やまれるが」
沈む気分に合わせてその場に屈み、黒光りしているアタッシュケースを撫でる。中身は彼の最愛のモノだから。
そして口惜しそうに、
「平坦な日々に、腕が落ちてしまったようでな」
言い切り、またすぐに立ち上がる。
「――冗談はここまでとして」
男は咳払いをする。感情的な話から、重要な業務連絡へ移り変わることを示すために。
「大した成果は得られずとも皆無ではない……スケルトンの大群から妙な生き残り方をした五、六人の小僧どもが、森へ逃げて行ったのを見た。小僧どもの特徴までは、報告できるほど掴めなかったが」
通話先の『雛鳥』が、軽く息を呑んだ音を発する。
そのような反応をする理由が何かは『親鳥』もわかっており、今回の話の肝である。
「お主は大森林でキャンプ中の、生存者のグループに属しているという話だったろう? そっちに行った可能性は十分にある……もしグループに大きな動きがあったならば、細心の注意を払いつつ対応するように、な」
作業場のほぼ全てを監視していた『死の狙撃手』は一通りの報告を終え、仲間との密かな通信を切断した。
「――あの女は気が短い。託された我々は急いで任務を完了させねばな、雛鳥」
少しだけ焦燥感に駆られながら。
「そうだ、エドワード。これだけ貰ってゆくぞ」
男は思い出したように顔を上げ、懐から取り出した小さな袋を軽く掲げる。
「ネイビーギフト鉱石……少量でも、まぁ兵器の作製には役立つほどに貴重だからな」
袋を揺らしてカラカラと乾いた音を鳴らし、再び懐にしまう。
「――人間が人間に殺される、人間と人外が殺し合う。スケルトンの時代になったとて、世界は何一つ変わらぬな」
そして、冷たく踵を返すのだった。
第一章は、あともう一話と登場人物紹介で終わりです。
思ったより長くなってしまいましたね。




