幕間 『作業場の終焉』
ここは『エドワーズ作業場』。
そのまんまエドワードという名の男が、安全な場所に行くために、バーク大森林に放棄されていた作業場を利用したもの。
稼働し始めたのは、スケルトンパニック発生から半年経った頃。つまり今から半年前である。
エドワードと特に付き合いの長かった者を『幹部指導者』、エドワードがある男と契約する前までに部下になっていた者を『指導者』とし、彼らも安全な場所へ連れていくという契約内容だった。
領域アルファの各地から拉致してきた生存者を強制的に労働させ『労働者』とし、契約通りにネイビーギフト鉱石、銃弾、農作物、獣肉などを来る日も来る日も収集し、貯蔵してきた。
契約した男に指定された量まで、あと僅かだった。
――そんな折、『幹部指導者』たちが特殊部隊員ブロッグ・レパントの手によって殺害される。
作業場の『ボス』であり契約者であったエドワードさえも、吸血鬼ナイトに首をはねられて呆気なく命を落とす。
残ったのは有象無象の指導者たちに、労働者たち。そしてフェンスを倒して雪崩れ込んだ夥しい数のスケルトンや狂人。
もう契約なんて知っている者などいない。誰も安全な場所の有無など知らない――夢も希望もどこにも無い、ただのスケルトンの巣窟。終焉の象徴。
ここは『閉ざされた地獄』。
◇ ◇ ◇
「ったく……空って、こんなに……綺麗だったのか……」
壁に寄りかかる形で地面に座り込んでいるのは、ガタイが良くてスキンヘッドの黒人――ケビン。
腹を銃で撃たれて血を流す彼は、無駄に美しい空を見上げていた。
「ガキの頃からずっと、キックボクシング……はぁ……やめたと思ったら……今度はスケルトン……」
思い返せば自分の人生、こうして空を見上げるような余裕など無かったかもしれない。
「死の間際になって……ようやく暇か。皮肉かよ……ま、皮肉にしては……悪くない、晴天だがな……」
後悔などはしない。
一つのことに打ち込んできた自分も、人食いの化け物と戦って必死に生き抜いてきた自分も、紛れもなく自分なのだから。
逆に、誇りだと思いたい。
「ああ」
ただ、少し後悔するものといえば、
「恋ってのは、するべきだったな……やらかした」
今は亡き友エリックなんかは、ふらふら遊び歩いて数多の女性を侍らせて、楽しんでいたような気がする。あまり良くないことだが。
同じく今は亡き友オースティンは、どこからかやってきたレイと恋に落ち、命を落とすまで共に時間を過ごしていた。
「……っ!」
オースティンは死ぬまでに、レイの正体を知っただろうか。
彼のことだ。きっとレイに素顔を見せるよう頼んだはず――人智を超えた美少女を期待しながら。
「…………」
――当然、普通の人間だと予想しながら。
「ホープなら……あいつなら知ってる……」
だが、オースティンを失ったはずのレイと洋館内で再開した時、彼女はどこか生き生きとしていたのだ。
隣には、ホープがいた。
「ナイトはあいつに……伝えてくれる、男だよな……」
ドラクやナイト、そしてホープは、これからどうするつもりなのだろう。レイと行動を共にしてくれるだろうか。
わからないが、とにもかくにも彼らは良い人たちだ。
彼らは去り際、随分ケビンの周りのスケルトンを排除してくれた。
これならばスケルトンに貪り食われる前に、安らかに逝くことができそうである。
建物の影に座り込み、ケビンは薄い呼吸を繰り返す。
徘徊するスケルトンたちにも気づかれないくらい薄く、息を吸っては吐く。
その命は、ゆっくりと、柔らかに、消えかかっていく――
◇ ◇ ◇
「鉱石、鉱石、鉱石はどこだ……団子、団子……」
「おい!? いつまで石ころなんか探してんだよ、ドラクだかケビンだか知らねぇがあいつらの話聞いてたのか!?」
目のピントがどこに合っているのかわからない労働者は、ツルハシを岩壁に向かって振るい続ける。
彼を止めようとする労働者もいるが、止まる気配は無し。
「団子、団子、団子がいる……水がいる……欲しい欲しい欲しい、よこせよこせよこせよこせ」
「危ねぇぞお前!? 大丈夫かよ、ここから出りゃ自由があるんだぜ!? スケルトンも来るらしいし、さっさと手錠外して逃げよう!」
「自由……自由、自由、自由、じゆう、じゆう、じゆう。ジユウ、ジユウ……ジユウ?」
狂った労働者は『自由』と呟くたびにツルハシを振る。
ふと欠け落ちてきた青黒い鉱石を、岩クズを掻き分けて探し、ニセンチにも満たない鉱石を拾う。袋に放り込む。
「俺は自由より、団子が欲しい! 団子、団子、団子を俺に食わせろぉぉぉ!」
「労働が日常になっちまってんのはわかるが、とりあえず正気に戻ってく――」
「俺はいつも正気だバカにすんなぁ!!!」
「ぎゃあああ――――!」
必死に連れ出そうとしてくれていた労働者を、こともあろうか狂った労働者はツルハシでぶち殺してしまった。
フルスウィングして喉を抉り、彼が倒れた後も、まるで岩の壁を崩すかのように何度も何度もツルハシの尖った部分を叩きつける。
「鉱石、鉱石、鉱石だぁぁ!」
殺した労働者の腸を、素手で引き千切って掲げ、狂気的な笑顔で「鉱石見つけたー!」と何度も叫ぶ。
そんな労働者に近寄っていくのは、褒めてくれる指導者なわけもなく。
「アァ"ア」
相手が死んでいようが生きていようが、腹を満たすためなら何でも食らう、骨の化け物たちだった。
「ぎああああ――――ッ」
――地下採掘場は、間もなくスケルトンによって埋め尽くされる。
◇ ◇ ◇
「おい、おい起きろイザイアス! スケルトンの大群が来やがる、お前も加勢しろ!」
「ん……んあ……?」
イザイアス、と呼ばれた指導者は気絶の状態から目を覚ました。頭を掻きながら体を起こす。
起こしてきた指導者の言うように、眼前に広がっていたのはスケルトンの大群であった。
「こ、こりゃいったい……そうか俺、吸血鬼野郎の見張り番を任されてて……?」
背後へ首を回してみると、すぐそこに地下特別監房への入口が鎮座している――破壊された扉付きで。
「思い出してきた……確かあっちこっちで爆発音がして……」
舞い上がる砂埃の暴挙に咳き込んでいたところ、
「殴られた、よな――オレンジ色の髪の奴が、何かを振り下ろしてきやがって」
オレンジ髪の者の姿が見えたのは、殴られる寸前の一瞬だけ。しかも近すぎて逆に印象に残っていない。
強く印象に残ってしまっているのは、
「その後ろに立ってた青髪の小僧だ……!」
「イザイアス、お前も青髪の労働者知ってんのか? ――あいつだぜ、魔導鬼や吸血鬼を解放しやがったのは。スケルトンの群れのことも、エドワードさんがいねぇことも、あのガキのせいだ」
「ちょっと待て、エドワードさんがいねぇだと?」
「ああ」
自分が何か硬いもので殴られて気を失っている内に、作業場はどうなってしまったのか。
エドワードがもし死んでしまったのならば、この場所は――
「死んだ、って噂がある。吸血鬼に追いかけ回されてたらしい……たぶんそういうことだ」
「エドワードさん……死んだのか……」
ならば、この場所に価値は無い。イザイアスは即座にそんな考えに頭を切り替えた。
「だが正確なところはわかんねぇぜイザイアス、とりあえずエドワードさん生きてた時のために作業場を再建する。まずはスケルトンを排除するからお前も――」
「誰が手伝うかよ」
イザイアスを誘う指導者の他にも、何人もの指導者たちがスケルトンと戦っていた。
なんと、くだらない光景。無駄な抵抗だ。
「エドワードさんいねぇなら、この作業場は終わりだ。お前らバカじゃねぇか? こんな量のスケルトンどうしようもねぇだろ」
「ちょ、待てイザイ――ぐあぁあッ!?」
いつの間にか交戦していたニ、三人の指導者が食い殺されていて、ついにイザイアス勧誘中の指導者も背後から複数のスケルトンに襲われる。
いち早く離脱を決めた『元』指導者イザイアスはさっさとその場から逃げ、
「あ」
地面に突き刺さっている、エドワードのマチェテを発見。
「指導者にとって、ここはパラダイスだった。許さねぇぞ青髪のクソガキ……!」
マチェテを抜き取ったイザイアスは、持ち主不在のその凶刃の、新たな持ち主となった。
復讐を誓いながら、彼は走る。
◇ ◇ ◇
「んー! んー!」
――あの侵入者、後ろからこの俺に襲いかかってきたと思ったら、名前だけ聞き出して服を奪い、ぐるぐる巻きにしてロッカーに閉じ込めやがった。
「んー!」
――見てろ侵入者め。俺はロッカーから出れたんだぜ。
「んー!」
――体当たりしてロッカーの扉をぶち壊し、その後も這いつくばりながら倉庫の扉を蹴ってぶち壊し、外へ出れたんだぜ。
「ん、んーんー!!」
――だが体じゅうの拘束が解けねぇ! 口に貼っついたガムテープも取れねぇ!
――何か足音がめちゃくちゃ聞こえんだがどうすりゃいい!?
「……あ!? お前は……いつも昼にサボってる、ジュークとかいう奴だっけ?」
「んおんんお(イザイアス)!?」
――き、来た! このジューク様はどうやら世界から祝福を受けた人間の一人のようだ!
――まぁイザイアスも名前を知ってるくらいの面識だが、こいつはまぁ人気者っちゃ人気者だ。
――性格は良いに決まってる。助けてくれるだろ……
「悪いが時間がねぇ。何とかしてくれやジューク」
「ん!? おーんんんお、んんおおんおおお! んんんんおおっ! んんんおおお(判別不能)」
「お前の分まで俺は生きる」
「んおんんんっ(ふざけんな)! おーんおんおん……んおおおんおおおおん(判別不能)」
――あの野郎が右手に持ってんの、エドワードさんのマチェテじゃねぇか! それで俺の拘束をどうにかしろよ!
――ちくしょう走って逃げやがった! てめぇのツラ絶対忘れねぇぞ、イザイアス!
「アカ"ァァ」
「ク"オオオ」
「んんんんんんんんん――――!!」
そして大挙して押し寄せてくるスケルトンたちに、耳を齧られ、肩の肉を引き千切られ、内蔵を引きずり出され。
割と綺麗な自分の腸を、これでもかと見せつけられながら、ジュークはゆっくりと命を落としていった。
――希望があれば、絶望もある。
ここは『エドワーズ作業場』。




