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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
序章 苦悩の少年少女
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第5話  『悪夢の洋館』



「オースティン!」


 誰かが叫んだ。いったい、誰が叫んだのだろう。それを考える余裕など、今のホープにはない。

 ――レイを突き飛ばしたオースティンの左の二の腕に、スケルトンの紫色の歯が食い込んでいる。深く、深く。


「ぐ、うぅッ!!」


 どれほど痛いのかホープに表現できるはずがないが、オースティンは噛まれた時からずっと、必死に右腕を腰の短剣に伸ばそうとしている。しかし、それがままならないほどには激痛らしい。


 スケルトンは遂に噛んだ部分を引き千切る。オースティンがまた痛々しい悲鳴を上げると、どす黒い鮮血がホールじゅうに飛び散った。


「か、彼から離れてよ――っ!」


「オ"ォ」


 尻餅をついてからしばし呆然としていたレイが立ち上がって走り、恋人の腕を掴み続けているスケルトンを両手で突き飛ばす。

 スケルトンは床に倒れるのだが、無論すぐに起き上がってきた。

 そこへ、


「らぁ!!」


 ガタイのいい黒人の男が、スケルトンの腹の辺りに蹴りを入れて怯ませる。彼がケビンなのかエリックなのか、ホープは名前がわからない。


「……レイ、エリック! オースティンをどこか、ここじゃない場所まで連れてけ!」


「ケビン、あんたはどうするつもりなの!?」


「このクソ骨野郎をぶっ殺す……オースティンとは短くない付き合いだ、ここは俺に任せてくれ!」


「わ、わかったわ……絶対死なないでよ!」


 スキンヘッドの黒人男――ケビンは怒りの炎を燃やしつつ、レイの言葉に静かに頷いた。

 彼は体格は良いのだが、武器を持ち合わせていないように見える。しかし仲間の(かたき)を取るため残る、そんな男気溢れる覚悟には誰も文句を言えなかった。

 ましてや、オースティンが噛まれてしまったこの状況。言い争っている余裕など、誰の心にもありはしない。


 ――噛まれたら、狂人になる。

 あえて誰も口に出さないが、この場の全員が理解している。理解したくない……そう主張したところで、世界のルールは変わってくれやしないのだ。


「行け! レイ、行くんだ!!」


「ええ……!」


 一度もオースティンの方を振り返らず、ケビンは叫ぶ。彼はきっとオースティンとレイを二人きりにさせたいのだろう。最後の時間を、二人に自由に過ごさせてやりたいのだろう。

 きっと迷いながらもケビンを信じたレイは、痛みとショックで疲弊したオースティンに肩を貸す。


「大丈夫……大丈夫だからね……って、あ、止血! どうしよう!」


 二の腕から絶え間なく流れる血を放ったらかしにしていたことに、ようやく気づいたレイは軽くパニックに。

 そこへ駆け寄ったのは痩せぎすの男――エリックだ。


「ほら……よ、これでいいだろ!? 一階じゃあスケルトンや狼とかが侵入しててもおかしくないから、二階に上がろう! いけるかオースティン?」


 適当な布を負傷部分に適当に縛り付け、エリックが問う。オースティンが弱々しくも頷いたため、エリック先行で階段を上がり始める。


「……おれ、どうすれば」


 目まぐるしく変化する状況に置いてけぼりをくらうホープ。

 スケルトンはケビンが相手しているのだから、その横を通り過ぎて正面玄関から堂々と逃げ出してもいい。少なくともいつもならそうする。


 ――だが、今のホープは、なぜかそうはできなかった。


 レイもオースティンも、ホープを受け入れようとしてくれた。

 それが特に嬉しいわけではないのだが、さすがにそんな優しい人たちの行く末を、見守ることさえしないのは薄情すぎる気がしたのだ。


 無言で、ホープも三人に続いて階段を上る。

 ちょうど今、階段を上がりきってすぐ近くにある扉をエリックが開けようとしているところだった。

 のろのろと進むレイとオースティンも扉の近くまで辿り着く。

 ホープも追いついた。久々の全力疾走、しかも階段ダッシュであったから息が上がっている。だから腰を曲げ、膝に手をついて下を向いているような状態で呼吸を整える。だというのに、


「マジかよ、おい危ないぞ青髪!!」


 青髪はホープしかいない。エリックの言葉に顔を上げると、



「ウ"ァァァオ"!」


「うお――!?」



 開いた扉の先から飛び出してきたスケルトンの歯が、間近まで迫ってきていた。

 扉の左右に寄った三人よりも、普通に正面にいる無防備なホープを狙ったのだろう。ホープしか見えなかったのかもしれない。


「ぐっ」


 紫色の歯に顔を噛まれるギリギリで、スケルトンの両肩を押さえつけて難を逃れる。


 ――自殺願望により一度はスケルトンに自身を噛ませようかと思ったホープ。今回噛まれるのを避けるのは、オースティンの噛まれっぷりを見てようやく目を覚ましたからだ。

 久々に人が噛まれる光景を見た。改めて見るとやはりアレは恐ろしい。他人のでも見ているだけで痛くなってくるというのに、自分があんなに痛そうな目に遭うだなんて、無理だ。


 だというのに、


「カァア"! ハァア"ッ……カチ、カチ!」


「うわ、う!」


 どうにか前かがみになって上下の歯を噛み鳴らし、こちらの首元を狙ってくるスケルトンに、ホープは後退せざるを得ない。

 相手の肩を押さえつけながら後ずさり、木の柵のような物に背中がぶつかる。振り返ってみれば、


「そうか……ここはもう、二階……」


 そこは柵さえ越えてしまえば、あとは一階に落ちるだけという場所である。上がってきた階段の段数だけ、ここは高い。

 シャンデリアがすぐそこにぶら下がっていて、そして下で戦っているケビンは飴玉くらいの大きさに見える。落ちたら一溜まりもないことぐらい、ホープでもわかった。


「おいおい館の中にもスケルトンいるのかよ、聞いてないぞ! とにかく、その廊下にはたぶんもういないな! 行くぞオースティン、レイ!」


 一向に助けが来ないと思っていたら、エリックの発言はホープにとって無慈悲すぎるものだった。


「えっ! ホープは!?」


 それを聞いたレイは純粋に驚いたようだったが、


「知るか! あんな奴、勝手にしてればいい。俺たちはお人好しなんかやってないだろ? やってる場合じゃないだろ? こっちのことで手一杯だ!」


 先程スケルトンが現れた扉の先の廊下へ、エリックは他の二人を押し込み、またエリック自身も進む。

 そして他を拒絶するかのように、扉が勢いよく閉ざされる。


 ――ホープは彼の態度に本気で嫌悪感を感じた。

 自分も人のことは言えないとはわかっているが、それでも、嫌なものは嫌なのだから仕方がない。


「え、エリック……君って奴は、おれよりも、薄情者だっ」


「ア"ッ」


 偶然の産物。ホープが少し身をよじると、前へ前へ体を動かそうとするスケルトンのその推進力が逆手に取られ、スケルトンは柵を越えて一階まで落ちた。

 安堵に沈みたいところだったが、ここで別の問題を思い出す。一階にはケビンがいるのだと。急いで様子を見ると、


「何だ、落ちてきた!? うお、こいつ生きてる!? 動いてやがる!」


 直撃は避けられたらしいが、落ちたスケルトンは頭部が無事だ。

 背骨が砕けて上半身と下半身に分かたれているのだが、上半身は元気に這いずってケビンの足元を狙っている。

 無意識に彼に悪いことをしてしまったようだ。


「お、青髪……お前が落としたのか!」


 這いずるスケルトンを足で押さえつつ上を見てきたケビンに、バレてしまった。


「あ、ご、ごめん――」


「0,5体増えたくらい、どうってことない! 悪いがお前もあの三人を追ってくれないか!? 胸騒ぎがしてな……」


 怒ってはいないらしいケビンの言葉に、頷きもせずに踵を返して扉を開けるホープ。

 1,5体のスケルトンを徒手空拳で相手するケビンを放置することに罪悪感を感じなかったわけではないが、下に降りたところでホープにできることもないのだ。


「早く、早く!」


 廊下の先に、まだエリックの姿が見える。どうやらレイとオースティンを先に行かせたらしい。二人の影が曲がり角の奥へ消えていく。

 続いてエリックが駆け出そうとすると、


「のわっ!?」


 床が抜け、彼の片足が床下へ沈む。

 どうやら足が引っかかって抜けないらしく、静かに焦る彼が周囲を見回すとホープを見つけ、


「た、助けて! さっきはマジで悪かったよ、だから頼む抜いてくれ!」


 両手を組んで懇願してくる。

 何ということだ。エリックという男、自分が危機に陥った瞬間にこの手のひら返しである。

 しかしエリックはレイとオースティンの仲間だ。彼女らへの義理を通すと考えるなら、助けてやってもいいのではないか。


 そんな結論に勝手に至り、ホープは彼に手を差し伸べる。エリックはホープの手を取ると、


「だぁっ!」


 ホープの体勢が崩れるほど乱暴にその手を引っ張り、穴から抜け出したものの、今度は、



「おわぁあ――!!」



 ホープが膝をついた衝撃で、空いていた穴を中心にして大きく周囲の床が抜ける。

 ギリギリで床の端、木材の先端を掴めたホープ。下に広がっているのは一階の廊下か。けっこう高い。

 スケルトンとは違って筋肉も脂肪もあるから、落ちても骨折するほどではないかもしれないが――いや、一発で死ねない中途半端な高さだからこそ、できるなら落ちたくないものだ。


「え、エリック……あの……!」


 しかしエリック、彼はホープを犠牲にした結果、安全な場所に立っていた。試しに助けを求めてみるが、


「……チッ、知るかよ」


 こちらを見て心底嫌そうに眉間に皺を寄せ、舌打ちをし、エリックは曲がり角のその先へと消えていった。

 掴んでいた部分が折れる。見捨てられたホープは一階廊下の床までも突き破って――暗い地下室へと、落ちた。



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