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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第54話 『散り際に気づくこと』



 建物の壁と高すぎるフェンスに囲まれ、さらにスケルトンが侵入してきて逃げ場の無い路地にて。


「うおぉ!」


「カ"ッ」


 ドラクの振り下ろすトンカチが、向かってくるスケルトンの脳天をかち割る。

 先程からドラクはずっと、スケルトンたちを一撃で殺している。それはトンカチという武器の威力もあるだろうが、


「ふっ!」


「アァオ"」


「んん!」


「コ"ェ」


 最低でも二回は攻撃しないとスケルトンを倒せないホープと比べると、やはり腕力の違いがありそうだ。

 ホープの短剣は切れ味が悪くほとんど鈍器なのだが、それでも腕力に秀でていれば楽に戦えるはずなのだから。


「この……っ!」


「オオ"ゥ」


 それでもやるしかない。

 短剣を左から右へ振り、スケルトンの横っ面に入れる。体勢を崩したスケルトンは頭蓋を自ら壁に激突させ絶命。


 これだ。


「壁にぶつければ……!」


 気づいた後のホープはとにかく向かってくるスケルトンの頭を、振り子のように横に振らせるように努める。

 短剣に弾かれた頭蓋骨たちが、硬い壁の暴力に沈んでいく。


 そうやっている内、


「ハク"ッ」


「えっ!?」


 ぶん回した短剣が、偶然にもスケルトンに咥えられるような形に。そしてその強靭な顎と歯で、


「うわあっ!」


 バキン、と刃が折られる。


 ――以前、地下室でスケルトンの口に突っ込んでしまった時は、こんなことにはならなかったのに。あの時よりも使った回数が多いから、劣化が激しくなっていたらしい。


 ドルドの持ち物だったのに。


 ほぼ柄の部分しか残っていない短剣。ホープは仕方なく柄の先端で目の前のスケルトンを倒した。

 疲れにも少しずつ耐えられなくなり、後退。


「でぇい! りゃあ! はぁ……はぁ……」


 脳天、顎、首とトンカチで吹き飛ばし続けるドラクも、そろそろ限界が近いようで後退してくる。

 そして、


「もう無理だオレは……」


 ホープの横に並んだドラクは力尽き、地面に膝をつく。トンカチが手から滑り落ちた。


「マヌケだよな……このスケルトン入れたのは、オレたちなんだぜホープ……」


「もう……立てないのか、ドラク? ……おれももう、立ってるのがやっとだよ……?」


「キツいぜ……」


 今までは二人して「無理だ」「無理だ」と言いつつも気合いで立ち上がっていたが、今度こそ本当に限界。

 だから、


「く……そ……」


 膝をついたドラクは、滂沱と涙を流す。


「本当にやっちまった……取り返しのつかねぇことを……ブロッグを殺したのも、これからオレとお前とジルが食われるのも……全部オレのせいだ……!」


「…………」


「クソっ、クソっ……せめてジルは助かってほしかったなぁ……せめてさ、ジルだけでも……」


 オレはいくらでも食われて良いんだから、と心の折れてしまったドラクは涙を止められない。

 無数の水滴が彼の頬を伝い、エドワーズ作業場の地面を濡らす。


 乾いた砂が、湿っていった。


 このフェンスの内側で本来流れるはずのない、『良い感情』がギュッと詰まった涙が。

 心の渇ききったような作業場の砂に、染み込んでいくように。


「そっか」


 ――ホープは、当然ながら『秘策』を出さずにいた。出したくなかった。

 ついさっきエドワードに無意識に使って、痛い思いをしたばかりだったから。


「あのさ、ドラク」


「……何だ」


 そういえば、ホープの方からドラクに語りかけるのは、これが初めてかもしれない。

 スケルトンに追い詰められるという受動的な状況ではあるが、その中で能動的に動くだけホープは成長しているのかもしれない。


 肩をがっくり落としたドラクは、首を回してきた。

 ホープは躊躇わずに言う。


「今から無茶するから、おれはたぶん倒れる。そしたら、後は君に任せるよ」


「……は? バカよせ! 死ぬのはオレの方がお前より先だって、話したばっかりじゃんかよ!」


 スケルトンに突撃するとでも思ったのか、ドラクはホープの服を掴んで引っ張ってくる。

 そんなことしたって無駄なのに。


「やって、やる……!」


 いくら感情の死んだようなホープでも、『絆の涙』を見させられてなお黙っているのは、心が咎めた。

 彼らのために、少し無理をしてみたくなった。


 『友情』『絆』と聞いて思い出すのは、やはり、あの時助けられなかった男。共に戦えなかった男――ケビン。

 もしかしたらホープはまたしても無意識の内に、彼への贖罪をしようとしていたのかもしれない。


「アアァ"」

「コ"アアァ"ア」

「ロオ"ォ」

「ウカ"ァァウ」


 まるで巨大な城壁のように迫ってくるスケルトンの雪崩を、睨むホープの右目が赤く輝く。

 『破壊の魔眼』が、発動された。


「――――」


 ホープの睨むスケルトンたちの頭が、首が、まるで見えざる悪魔の手でこねくり回されているかのように歪む。

 次の瞬間には歪みが引き戻り、その反動で世界に衝撃波のようなものが生まれる。大気が揺れる。


 一撃にして五、六体のスケルトンが頭を失い崩れ落ちた。


「――――」


 ヤケクソで魔眼を発動させているホープだが、今度は何も考えていないわけではない。

 なぜなら、なるべく痛む回数を減らしたいから。つまりは魔眼を使う回数を減らしたいのだ。


 今度は七体ほどの頭を吹き飛ばせた。


「――――」


 発動させながらも何を考えているか――それは一度の攻撃で何体のスケルトンを倒せるかという問題。

 『破壊の魔眼』はどう考えても範囲攻撃なのだが、正直どのくらいの範囲なのかは判然としない。ホープにも未だわかっていない。

 もしかすると何回使ってもわからないのかもしれない。


 今度も七体ほどを殺害。先程と変わらないではないか。


「ぁ……は? 何が起きて……え? どうしてスケルトンがどんどん死んでって……!?」


「――――」


 途中でドラクの困惑の声が聞こえてきても、彼に優しい言葉をかける余裕などあるはずもなく。

 ましてや彼の顔を見ることなんてできるわけもない。


 今回は六体ほどしか殺せなかった。そろそろ、目の痛みが尋常ではなくなってきている。


「――――」


 息が、苦しくなってくる。


 しかし同時に、スケルトンの数もまばらになってくる。


 今は五体くらい仕留めたところだ。

 知っての通り『破壊の魔眼』は範囲攻撃。残りのスケルトンが少ないと逆にコストパフォーマンスが悪くなる。


 それでもやるしかない。


「――――っ!」


 針で刺されたような激痛が、ホープの右目を襲う。


 魔眼が発動すると右目のみ赤く輝き、青い左目とでオッドアイ状態になるホープ。

 だが今の右目は『魔眼発動の際の赤』の上から『単に右目に血が溜まった赤』に染まりつつある。

 本当に、そろそろやめないと取り返しがつかなく……


 取り返しがつかなくなる?


「――――っ!!」


 好都合、だ。

 これが最後の一撃。二体のスケルトンを葬って終了。



「あぁぇ!? おいホープ!?」



 ドラクが間の抜けた声で叫ぶのは、ホープの右目から噴水のように赤黒い鮮血が噴き出したからだろう。

 ――これまでに見たこともない出血量。あまりにも致命的。


 ドリルでガリガリと眼球を抉るような、そんな痛みとともに血が流れまくる。


 だからホープにとっては好都合。

 どうせここまでの苦痛を感じるほど右目を酷使したならば、いっそのこと限界を超えるくらい利用して、痛みでショック死でも出血多量でも何でもいい、死ねばいいのだ。


 ホープはとうとう崩れ落ちる。全身から力が抜けて、ふらつく。前へと倒れかける。

 今度こそ本当に死ねるかもしれない。



「…………」



 その前に、とホープは倒れる間際にドラクとジルを振り返る。

 呆然としたドラクと気絶したジルだが、二人はとにかく生きている。それだけ確認できればいい。


 そう思ったのに、ホープは二人のさらに後ろまで見てしまった。


 ――気づいてしまった。



「……ぁ」



 それは作業場を囲む、網目状のフェンス。


 あれに『破壊の魔眼』で穴を開ければ、静かに簡単に外へ逃げられた。今ホープが余計に傷ついたのはもちろん後悔している。


 だが――そもそも最初から、つまり作業場に放り込まれた初日からフェンスを壊していたら、音も出すことなく楽に逃げられたのでは?

 誰からも傷つけられず、誰かを傷つけることもなく、誰かが傷つく様子も見ず、ホープ一人でもさっさと逃げられたのでは?



 ――そんなことができたとしても、やってはいけなかった気がした。



 きっと、それではダメだった。

 何が『ダメ』なのかよくわからないが、わかる必要は無い気もした。


 ホープは苦笑しながら倒れ伏せる。

 ――意識が飛ぶほどのこの痛みで死ねなかったら、本気で世界を呪うだろう。そう考えながら。



◇ ◇ ◇



「すげー出血量だぞ!? 何だ、今スケルトン蹴散らしたのってまさかホープだってのか!? 嘘だろお前どう見ても人間なのに!」


 倒れて、右目から信じられないくらい血を流すホープを見たドラクはあたふたするばかり。

 しかしバケツ一杯にも匹敵しそうな量の血を見るなど初めてだし、突然なのだ。咎められる筋合いは無いというもの。


「後は任せる……って言ってたの、お前の死体の処理のことかよ!? 何てことオレに任せてくれて――あっ」


 違った。

 恐らくホープが言っていたのはこのことだろうな、とドラクは感じられた。


 スケルトンの残党がやってくるのだ。


「ア"ァ」


 たった一体、角を曲がって現れたスケルトンはホープの作った血溜まりに反応するが、そのままホープの肉を貪りにかかって――



「手ぇ出すんじゃねぇよ、オレの仲間に!!」


「ホ"ッ」



 トンカチを落としたドラクは最後の力を振り絞り、無手のままの右拳をスケルトンの顔面にぶち込む。

 後方へ吹き飛ぶ――ような勢いでよろけたスケルトンの後頭部が壁に激突。

 それで頭蓋が割れたらしく、倒れた。


「まぁ何だったのかよくわかんねぇが……お前、マジありがとうなホープ。オレとジルの、命の恩人だぜ」


 頭が痛む。くらくらする。

 足がふらつく。


 それでもドラクは、自分の我侭に付き合ってくれたジルとホープに報いなければならない。

 危機は脱した。だからドラクは何度でも、執念深く、しつこく、()()()()を振り絞る。


「後は、みんなでここから出るだけだ――!」


 二人を抱え、ドラクは走った。

 当然……足がもつれないように、ほとんど飛んでいる意識を引き戻すように、気を払い続けなければならないが。



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