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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第53話 『ドラク・スクラム』



 ――『大都市アネーロ』と呼ばれる街に、ドラク・スクラムという男がいた。


「は? 万引きだって? おいおい、いくら金が無いからって犯罪に手を染めるのはマズイだろ、アッシュ」


「大丈夫だって。防犯カメラまだ付けてないってのに、店員がボケーッとしてる店なんだから。安い給料だけ貰ってさぁ、アホなのさ! あいつら!」


 ――彼には、アッシュという親友がいて。


「オレに犯罪をさせるってかよ?」


「お前にはさせないけど……あれ、言ってなかった? お前は見張ってくれればいいんだよ。あそこのスーパーは客少ないけど、割と目立つ立地だ。俺らが物色してる間、店の外で人が来ないか見ててくれ」


「マジか。気が乗らねぇなぁ……まさか、アッシュお前知ってて言ってんのか? 集団での犯罪において、実のところ一番悪いのは見張り役なんだってこと」


「は? そんなの知らないよ。とにかくあいつらに見張り役を連れてこいって頼まれたんだ、もっと気に入られるためにはしょうがないだろ。頼むぞ!」


 ――そしてアッシュは、どうしようもない不良グループに所属してしまっていた。何年か前から、いつの間にか。

 彼に誘われても断固としてグループに入らなかったドラクは、友人としてアッシュが心配であった。


「すぐ戻るから!」


 密談を終えたアッシュは走り、グループのメンバーたちに合流。普通の客を装って薄暗いスーパーマーケットへ入る。

 店の外のドラクはガラス越しに、コソコソと動くアッシュたちの姿を見ていた。


「なんだかなぁ……」


 後頭部を掻きむしる。


 スーパーマーケットとは言っても、大きな店舗ではない。むしろ小さい。名前はスーパーだが、商店のような規模と雰囲気。


 レジカウンターで新聞を読んでいる中年の店員は、万引きどころか入店した彼らの存在にすら気づいていない始末。

 絶対にバレないだろうな、と予測が立つ。


「これ喜んでいいのかな……いいわけねぇな。オレも含めてみんな捕まっちまって、二度とこんなことしませんって頭下げて更生する方が、社会のためには絶対良いよな」


 どこか他人事で、ドラクは呟く。


 周りを見れば――どこもかしこもビルディングが立ち並ぶ。

 太陽の光を殺すかのように高く、大富豪も貧乏人も閉じ込める鳥カゴのように連なり、見る者をブルーな気持ちにさせたいかのように殺風景。


 ドラクは日々、生き地獄に生きている気分だった。学校にも行く気にならずこうしてよくサボっていた。


「でもまぁ、こんなしみったれた所で毎日暮らしてたら、そりゃあんな粋がったグループだって生まれてくるわな……ありゃ? オレってば達観してね? 何だかあいつらより、いち早く大人になった気分!」


 所詮16歳のドラクがくるくる踊りながら誰よりもイキっていると、通り過ぎる車の排気ガスが容赦なく襲いかかる。


 不意打ちのようなそれにドラクは咳き込み、


「ヴォエ! ありがとうよ、ここがどんだけ冷たい街なのか再認識させてくれてよ! ゲッホ、ゲホ!」


 喉と肺をやられながらも、中指をおっ立てて、得意の皮肉を口から発射する。

 だが鉄の箱を悠々と運転していたスーツ姿の男には、バックミラー越しにも中指など見えるはずはない……目が死んでいるから。どこを見ているんだかわからない目線だったから。


 ――見張りを放っぽり出して一人遊んでいたドラクが振り向くと、スーパーマーケットの様子がおかしい。



「は? あ、あれ……あれって……血……?」



 ガラスに、粘着質の何かが混じったような、赤黒い液体が張り付いている。

 血を見るなど、いつぶりだろう。ドラクは冷や汗を流した。


「うああ――!!」

「いでぇよおお――!!」


 薄暗くてわかり難いが……どうやらアッシュの仲間、そして先程まで新聞を読んでいた店員が、助けを求めるように叫んでいる。

 すると、


「はぁっ、はぁっ……ドラク!」


「アッシュ……!?」


 スーパーの自動ドアから外へ飛び出したのはアッシュ。

 彼は恐ろしいものを見たような面持ちで必死に走り、ドラクと合流して、


「とっ、突然……なんつーか、骨の化け物みたいなのが床から出てきて……それで……みんな噛まれて……」


「ほ、骨ぇ!?」


「どんどん出てきた化け物に……みんな……食われてる……」


「嘘だろそんなの……!」


 ドラクはもちろん、そんなもの信じようとしなかった。

 アッシュは混乱したような顔だが、どうせ彼の仲間たちが仕組んだドッキリか何かだ。


 ドラクが次の言葉に迷っていると、おもむろに自動ドアが開く。


「アア"……」


 一応アッシュの言う通り。立って歩く骨の化け物だ。

 だが、


「バーカ、オレは騙されねぇよ! 仮装パーティーなんかやるにゃあ、この街の雰囲気は暗すぎるぞ。そう思わねぇとは頭ん中お花畑だな、この着ぐるみファンタジー野郎め!」


「ドラク、ダメだって近づくな!」


 アッシュの静止も振り切って『歩く骨』に近づくドラク。

 しかし至近で見てみると、確かに着ぐるみとかタイツとかには見えなく――


「ウオォ"ッ」


「ドラクっ離れろ早く!」


「おわ」


 骨の化け物が大口を開けて迫ってくるが、アッシュに背中を引っ張られたドラクは噛みつきを回避する。

 目前の異形の存在が何となく『危険』だと理解したドラクは、目を離さないまま距離を取る。


 その際スーパーマーケットの入口も見えているのだが、


「は……?」


「えっ、えっ?」


 太ももの肉を噛み千切られたらしいアッシュの仲間の不良が、逃げるように這い出てくる。

 それを追い、そして追いつくとそのまま彼の腰の辺りの肉を貪っているのは、


「店員……?」


 両目と全ての歯を紫色に発光させた、中年の店員。


「あ、あのおっさん食人族だったのかよ……?」


「そんなわけ、そんなわけないだろドラク! 意味わかんないけどとにかくここは危険だ、早く逃げよう……いやその前に!」


 何か思いついたらしいアッシュは、食われる仲間と食う店員のもとへ駆け寄る。

 不良グループの仲間は、痛みに泣き叫びながらアッシュに助けを求める。服の裾を引っ張る。


 アッシュは無表情でその手を振り払い、仲間のポケットからトンカチを抜き取る。

 横で店員は食事に夢中であるが、それをいいことにアッシュはドラクの方へ戻ってくる。


「ほらドラク、俺はあいつらから貰ったナイフがあるけど、お前にも武器は必要かと思って」


「あっ、あ……ああ……そう、だよな……」


 手渡されたトンカチは、今食われているあの若者が万引きしようとした品である。

 ――そんなこと、どうでもいい。


「アッシュ……?」


 ドラクは、目を疑った。現実だと思えなかった。信じられなかった。信じたくなかった。

 ――アッシュもドラクと同様この街に順応できない男ではあった。小さな犯罪に手を染めることもあったかもしれない。


 だが、彼は今、無表情で仲間の手を振り払った。あの店員を攻撃することもなく。

 アッシュは友人に対して、ここまで心無い男であっただろうか?


「ここから離れようドラク!」


「お、おう……」


 アッシュはもはやスーパーマーケットに目もくれず、真っ直ぐドラクだけを見つめて言った。



◇ ◇ ◇



 面白いくらいに栄えていた街――『大都市アネーロ』は、突如として大パニックに。


 ビルの影、路地裏、暗ければ建物の中でさえ、骨の化け物たちは地面を這い出てくる。這い出る時のパワーは異常で、アスファルトでも関係無しに突き破る。

 動きに規則性は無く、ただ本能で人間を襲い、食らう。


 どうやら噛まれた者は、骨の化け物と同じような人食いに転化してしまうらしく騒ぎは広がっていく一方。


 自然と車も玉突き事故を頻発させ、余計な死者も増えていく。


 領域アルファ防衛軍の本部が全戦力を総動員させて対応に当たるが、不死身の怪物には弱点も見つからずじまいで、どうにかなるわけがない。軍人も次々と餌食になっていく。

 特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』の姿も見かけたが、話しかけて何になるのか。


 ――ドラクとアッシュはあちこちで惨劇を目にしながらも逃げて、逃げて、逃げた。

 最終的には、街の外へ出るしかなかった。


 が、


「森の中も怪物だらけ……!」


「クソ、逃げ場ねぇじゃんかよ!」


 昼でも薄暗いバーク大森林の木陰。それは骨の化け物たちにとっては、よく整った環境であった。

 ――噛まれるだけで一発アウト、どう立ち向かったらいいのかわからない存在。もう逃げるしかない。


 だから一週間、ドラクとアッシュの二人は逃げ続けた。

 不気味で薄暗い森の中、無限に湧き続ける骨の化け物たちをかいくぐる、出口の見えない日々だ。



 ――逃げていた一週間の内の、これは三日目の昼の出来事だった。



 逃げ疲れた二人は、大木の下に地面の削れたスペースがあるのを見つけ、化け物に注意しながら仮眠を取っていた。

 途中で雨が降ったが、木の根は良い屋根になってくれた。


「腹、減ったな……ドラク」


「まさかこんなことになるとは思わなかったが、不幸を呪いてぇな。お前らがスーパーで食い物を万引きしてりゃあ良かったんじゃねぇか……って話もあるからな」


「たられば、だな」


「そうだな……あ、街があんなにメッチャクチャのグッチャグチャになったんだし、あれくらいの万引きじゃこれからは犯罪扱いされねぇかな」


 空腹によりアッシュは完全に気力を無くしている。

 だが同じく空腹のドラクは、逆に舌がよく回る。追い詰められるほどに言葉が口をついて出てくるのだ。


 ドラクは神妙な面持ちで天を仰ぎ、


「オレ、あの崩壊しちまった(アネーロ)見て、ちょっとせいせいしたんだ。不謹慎だけどよ、この気持ちわかるか?」


「……わかる」


「やっぱりアッシュもあれか。汚れた金と腐った人間と排気ガスの臭いが充満した街なんか、ぶっ壊れても構わねぇクチか?」


「まぁね」


「――じゃあ、一年か二年くらい付き合ってきて仲が良かった友達が、得体の知れねぇ化け物にボリボリ貪り食われるのも、気にしねぇクチか?」


「……っ!! 何だお前どういう意味だ!?」


 瞬時に血相を変えたアッシュは、ドラクに掴みかかる。直後に冷静さを取り戻し、座り直す。

 当然ドラクが言ったのは、スーパーマーケットで見捨てた不良グループの奴らの話だ。


「……ごめん、俺、もう頭がこんがらがって……」


「や、今のはオレが言い過ぎた。さすがに言い過ぎたよ、悪ぃ。オレも疲れが溜まってきたらしい」


 互いに目を逸らす。

 こんな状況で唯一の味方を失えば、どうなってしまうか。何より二人は親友である。


 雨が降ってきた。二人は口を開け舌を出し、必死に雨を口に入れる。喉の渇きに、染み渡らせるように。

 しかし、これから体温も奪われることになるだろう。幸先の悪いことだ。


 今度はアッシュが、雨粒のようにぽつぽつと語る。


「……あの時の、気にかかってたんだなドラク」


「まぁ」


「だよな……気にならないわけ、ないよな……あ、あいつらはさ。あいつらとは別に……そんなに仲良かったわけじゃないんだ。傍目には……どう見えてたんだか、知らないけど」


「そうか」


 半目で頷くドラク。しかしドラクは言い辛いことも、この際言ってしまおうと考えた。


「正直怖いんだ。オレも……アッシュに見捨てられるんじゃねぇかなって。10年以上の付き合いだがよ……それでも」


「バカ言うな! あいつらを見捨てたのだって……ドラクと俺自身のためにやったことなんだ!」


「どっちにしてもだぜ。オレのために、お前が悪人にならねぇでほしいな」


「うぐ……っ!」


 核心を突かれたアッシュは苦しげに胸を押さえる。

 ドラクの方だって、アッシュとともに生き残りたいと考えている。だがそのために、どちらかが進んで汚れ役になるのは違う気がしてしまうのだ。


「アッシュ。オレと約束しねぇ? 約束する気あるか?」


「約束……?」


「そう。内容は至ってシンプル。シンプルイズベストだからな――他人でもなるべく大切にしよう。そんな約束だ。お互い含めて、不必要に他人を見捨てたり傷つけたりするのは、絶対にしないようにするってこと。どんなにオレらが辛くなってもな……どうだ?」


「大切に……」


「まぁ当たり前のことではあるけどな。あと、手を差し伸べれば助けられるって人を、オレは進んで助けられる人間になってみてぇなぁ。それも約束してみるか?」


「……やろう、約束」


 意外とすぐ乗り気になるアッシュ――不良グループのことを後悔しているからだろう。彼らへの贖罪のためか、そこまでは判別不能であるが。

 二人は小指を結ぶ。どしゃ降りの中、木の根の下の、泥まみれの小さなスペースで。環境が劣悪すぎた。



 ――約束をして、そして、運命の最終日。二人で逃げていた日々の終着点。



「ド……ラク……」


「この森、こんなに広かったんだな……ろくに入ってみたことも無かったから、こりゃキツい……マジでキツい……」


 ただ森の中を駆ける。どうすればいいのかわからないまま。


 もう(アネーロ)への帰り方もわからない。他の村や町もたくさんあると聞いていたのに、どこにもぶち当たらない。

 食料はとっくに尽きていて飢餓状態は続いているし、そろそろ骨の化け物にも見飽きたと言いたいくらい、襲われる頻度が高い。


 所詮は都会生まれ都会育ち、都会から一歩も出たことのないドラクとアッシュには、あまりにも厳しすぎる旅だ。


 そんな時、アッシュが何かに気づき茂みに隠れる。

 手招きを受けたドラクも茂みに潜ると、


「……人じゃん」


「ひ、人だ。なぁドラク、匂い感じる? 美味そうな食い物の匂いだ。あの人のリュックに入ってるんだきっと」


「なるほどな……でもあいつの顔、おっかねぇな」


 獅子の鬣のようにした銀髪、腰の刀。茂みからでもわかる、獣のように鋭い眼光。

 だが横のアッシュを見ると、


「あ、アッシュ……?」


 銀髪の男よりも断然、恐ろしい眼光をしていた。


 驚くほどに充血した目をひん剥き、銀髪の男のリュックを睨みつける。口は狂笑の形に歪む。


「奪おう。今あいつは後ろを向いてる……今がチャンスだと思わないのかよ、ドラク……!?」


「おい冗談だろ、ほんの何日か前にその約束をしたばっかりだろうが! もしあいつから食料をいただくんなら、まずは平身低頭するまではいかなくとも対等な立場で交渉をしてみて――」


「やっぱあの約束無しだ! 俺とドラクは生きるんだ、生きるためにはしょうがないこともある……っ!」


「待て、待てってアッシュ!! アッシュ!!」


 茂みから飛び出し、臆することなくナイフを取り出して走るアッシュ。

 葉の揺れる音に気づいた銀髪男が振り向き、腰の刀に手をやる。



「……う!?」



 だが、


「や……やっ……ちまった……」


 アッシュに一撃を入れてその足を止めたのは、決して銀髪男などではなく、


「オレが……今オレが……」


 親友のドラクであった。

 アッシュの後頭部に正確にトンカチを叩きつけ、流血してしまうほどのダメージを与えた。

 なぜなら、


「そんなに……そんなに簡単に約束、破らないでくれよ……オレ、お前を信じたかったんだぜ? アッシュ……!」


 血の滴るトンカチを、ドラクは喋りながら地面に落とす――持っていられるわけがない。力を入れられるわけがない。

 滴る血が誰のものか考えれば、落とすのも当然だ。


「――何だ、てめェらは」


「っ!」


 頭を抱えて荒い呼吸でのたうち回る親友と、その親友をただ見下ろすだけのドラク。

 近づいてきたのは、襲おうとしていた銀髪の男。


「どうしてそいつを殴った。仲間じゃねェのか? まさか俺を助けようとしたのか?」


「……仲間だ。でも、でも別にオレはこいつを傷つけたかったわけじゃなくて……」


「うるせェ、二つ目にも答えろ。ナイフを持ってるこいつは俺を殺そうとしたんだな?」


 こくん、とドラクは頷くしかない。

 妙な気迫を感じる。得意ではあるが、今は嘘をつく気になれなかった。


「……悪ィな」


 銀髪の男は鞘から刀を抜く。

 ――何を考えているのかは、よくわからない。


 ドラクは止めようか止めまいか迷った。迷った末、沈黙を選ぶ。

 アッシュは友との約束以前に、他人を傷つけることが癖になってしまっている。

 もしアッシュが助かったとしても、ドラクは彼と友人を続けられる気がしなかった。


「……はっ、はぁっ……ドラク、やべて、痛い、俺、俺死にたくないよぉ……俺、お前と一緒に……」


「ぐぅ……クソ、お前が悪いんだぞアッシュ! 不必要に他人を傷つけないって、助けるって、約束したじゃんか!」


「ドラクぅ……」


 這いずってドラクに泣きつこうとした哀れな男は、首を刀で一突きにされ、静かに生命を断った。


 一方のドラクは、ただずっと黙っていた。


 血に濡れた刀を持つ銀髪の男に、ドラクも斬られるかもしれない。それでも文句は言えない立場なのだから。

 銀髪の男が悪人なのかどうかわからない。だが彼を襲おうとしたアッシュは悪人ということになってしまうし、ドラクも悪人の仲間となるのだ。


 しかし。

 銀髪の男は焦るようにすぐさま刃を拭き、すぐさま鞘にしまう。


 そして――少し申し訳なさそうに――ドラクに手を差し伸べる。



「てめェのおかげで命を拾った。ありがとう」



 険しい表情には、およそ似つかわしくない言葉を発して。

 ドラクはその手を掴み、



「ごめん……ごめん、オレは……ぅ、ごめん……!!」



 泣きじゃくる。

 実は、謝罪は銀髪の彼にではなく、今は亡き親友へ贈りたい言葉。自分の力不足だったと。救えなくて申し訳ない、と伝えたかった。


「俺の名はナイト。良ければてめェには、ウチのグループに入ってほしい……どうだ?」



◇ ◇ ◇



 ――――それが、始まりだった。

 グループ内での生活もさることながら、『ドラク・スクラム』という人格の形成も。

 あの日が、本当に運命の分岐点だった。


「オレ……は……あの日から決めたんだ……友達も仲間も……絶対に見捨てねぇ……っ!!」


 ホープの目の前で立ち上がったドラクは、眼前に広がるスケルトンたちと対峙。



「見捨てないためなら……何でもする!! たとえ約束を踏みにじって……オレが悪役になっても、構わねぇ!! その……くらいの……覚悟だ……!」



 ――過去に縛られている、と表現されても仕方がない。

 ドラクの恐ろしいほどの仲間への執着心は、しつこさは、言うなれば親友アッシュへの贖罪である。

 贖罪でしか、ない。


 親友の頭を、今手に持っているこのトンカチで殴りつけたあの瞬間。

 あの瞬間のことを、思い出さなかった夜は無い。


 また、友を、仲間を死なせたくない。約束を破っても守る。何があっても見捨てたくない。

 ――アッシュが約束を破ってでも人を傷つけるならば、オレは約束を破ってでも人を助ける。


 だからナイトとの『助けに来るな』という約束など、守れるはずもなかったのだ。

 そして今も、


「ホープ……立てるか? 立てるならよ……どうにかジルと一緒にフェンスの、向こう側に逃げて……くれねぇか」


 この状況の中に置いておきたくないのはジルだった。

 気絶している彼女の、何もわかっていない柔らかな表情。それを見たドラクは胸が締めつけられるような気分に。


「ジルはさ……無愛想だろ? でも優しいんだ」


 自然と涙が、頬を流れる。


「グループの中には……『うるさい』『ウザい』って、オレのこと嫌う奴もごまんといる……なのに、ジルは文句を言いつつも……オレの相手をしてくれる。いつもオレと話してくれんだ……!」


 守りたいものは、もはや一つでは済まない。

 最初はナイトだけだったのが、あれよあれよと増えていき……今でも増えている。


「ホープ、お前もだ。お前もジルも……オレが巻き込んだ……無関係の奴らだ。死ぬ必要がねぇ。だから……逃げてくれ……」


 意識があるのかどうかもわからないホープに話しかける。

 彼のおかげでナイトは助かった、レイもケビンも解放できた。


 ――どうしてここまでやってくれた協力者(ホープ)が、うるさい奴にも優しくしてくれる(ジル)が、ドラクの招いたスケルトンのせいで死なねばならない?

 理不尽ではないか。不条理ではないか。


「オレがここを請け負うぜ……どんだけ奴らを足止めできんのか……知らねぇけど。その間にお前らは」


 と、


「無理……だよ、ドラク」


「ホープ?」


「おれ……一応立てるけど、フェンスなんか登れない……ジルを抱えることも、もう厳しい……」


「……そうか」


 路地の奥のフェンスを見る。

 先に確認しておいたのだが、ジルは何故か愛用の手斧を持っていなかった。これではフェンスを切れない。


 ホープが短剣を取り出すが、


「……あぁそんなに期待されてもダメだ、ドラク。これ切れ味が悪くてほとんど鈍器だ」


 短剣に期待の眼差しを向けたドラクは、ホープに可能性を潰されて弱々しい舌打ち。


「なーんだ、じゃあ……三人ともここで終わりかもな。本当は何が何でも……お前らを死なせたくねぇが、せめてお前が死ぬのはオレの後……で、ジルが死ぬのはお前の後ってことで――なぁ、ホープ?」


「え?」


「お前、諦めんのは……やめたのかよ?」


 ――ホープは内心焦る。どうやら全く動けないフリをしていたのが、ドラクにはお見通しだったようだから。

 だが、質問は本当にその通りで、


「うん……もうちょっと抵抗してみるよ」


「すっかり……成長しちまったなぁお前……数日前が嘘みたいな変わりようだぜ」


 成長したのは誰のおかげだ。

 こうして今ホープが立ち上がれたのも――何度でも立ち上がるドラクの『身近な強さ』を、目の当たりにしたからだというのに。


「あ、そうだ」


 するとドラクは何やら思いついたような反応。


「コ"ォァァ」

「アァ"ァァ」

「ゥォオ、オオ"」

「ハァアッア"ァ」


 大量のスケルトンが迫っているにも関わらず、彼は不思議な遊びを始める。


 絶望的な状況だから頭がおかしいのか、絶望的な状況だからこそおちゃらけて勇気を振り絞るべきなのか。

 わからないが、ホープも乗ることにした。


「あー、あー、繋がってるかぁ?」


 その遊びとは『空気椅子』ならぬ『空気無線機』。



「よぉ――こちらドラク・スクラム。オレら生き残れそうか? どうぞ」


「あぁ――こちらホープ・トーレス。悪いけど考えたくないよ。通信終了」



 改めての自己紹介も兼ねた、一瞬の遊び。

 ――二人の勇気ある少年は通信機を捨てる演技をして、スケルトンを睨みつける。


 短剣とトンカチを構え、それぞれの初撃。

 一体ずつスケルトンを仕留めた。



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