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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第48話 『自分勝手の権化』



「はぁ……はぁ……!」


 ホープは一人になっていた。

 一人になったホープは、ただ走っていた。


「本当に大丈夫だ」


 建物の無く、見張り台からも丸見えの場所を、ホープが堂々と走っている理由は『確かめる』ため。

 ――狙撃されない。


「さ、さっきからずっと走ってるのに……」


 ――ホープを『弱虫』だと見捨てたナイトは指導者を斬ってから、何か疑問を浮かべたようだった。

 しばらく広場で棒立ちだった彼は「撃たれねェ」と呟き、さっさと走り出してしまったのだ。

 走りながらも指導者を斬りまくるナイトの背中に追いつこうとはしたのだが、スピードもスタミナも桁違いでついていけなかった。


 それでホープは一人になった。ただそれだけのことだ。


「ドラクはスケルトンの群れが来てるとか言ってたし……おれ、これからどうすれば……? ケビンを助けるためには監獄に……」


 スナイパーがいなくなったのはいいが、ナイトに何も頼めないのではホープにはできることが無さげだ。

 今の目標はケビンを助けること、そして作業場を脱出すること。


 ――だったはずなのに、味方は散らばっていくばかりだ。


「どうしよう……」


「どうすりゃいいかぁ、この俺が教えてやろうか? 新人くぅ〜〜〜〜〜ん」


「は……!」


 ホープの独り言に反応したのは、聞き覚えのありすぎる声。ねちねちと人をおちょくるような喋り方。

 近くの路地の奥から、その長身の男は現れる。


「エドワード……!」


「おいおいおいおい面と向かって俺を呼び捨てかぁ……? 随分と態度がデッカくなっちゃったのな、新人くんのクセにぃ」


 ニタニタと笑っているが、双眸に殺意を宿す大男。部下さえ平然とぶち殺す、作業場の冷酷なるボス。

 エドワードだ。


「新人くん、お前だろぉ? 狙撃手の音沙汰がねぇのは置いといて――吸血鬼の脱走に、スケルトンの群れに、採掘場の労働者たちまで脱走しつつある。この全部の原因……お前だろ?」


「そうなるかな」


 ニタニタ顔から次第に柔らかみが消えていって、いつしか静かな怒りしか顔に出さなくなっているエドワード。

 そんな彼と目を合わせるホープは、膝の震えを止めようと必死。手の震えも力を込めて止めようとする。少なくとも表情だけは、毅然とさせておかねば。


「……見えてるぜ? 新人くんの体じゅぅぅぅぅうが震えちまってるのはな。気持ちはわかる」


「きっ、君に……お前に、何がわかるの?」


「死ぬのが恐ぇってことだ」


 壁に寄りかかるエドワードは下を向いてそう話す――ホープとしては、彼が弱気なことを言うのは予想外であった。


「誰しも、俺だって、死ぬのは恐ぇんだよ。だってよぉ考えてもみろ……あぁ俺は深く考えるのが好きなんだがなぁ?」


「…………」


「死んじまったらどうなるんだ、永遠の真っ暗闇か。そんなのは嫌だなぁ……転生して次の体に魂が入るんだってのを信じてる奴もいるが、もし仮にそうだとして、()()()()ではどうなる?」


「…………」


「転生するとしてよぉ、この世界に『次の体』ってもんがあるのかねぇ? 魂が入るための器ってのか? 人類も人外も動物も死にまくってんだし、スケルトンも狂人も死んでるようなもんだ、器がいつか無くなる」


「…………」


「そうなったらどうだ? どうせ真っ暗闇なんじゃねぇのか? 俺は、そんなのごめんだねぇ。考えるのも嫌になる。死なねぇのが最善策だ。そう思わねぇ?」


「…………」


「だから俺は安全な場所へ行くために、ある男と契約をした。フェンスで囲まれたここを拠点にしてな? 自分で働くのは嫌だったから、あちこちから人を攫って労働させた。契約のためにはやむを得んって、こういう訳だ――まぁ自分が助かるためには、これくらいはしょうがねぇよな? お前もそう思うだろ?」


「くだらない」


「――あぁ? ああぁあぁん!?!?」


 長々とした演説を最後の最後で折られたような形のエドワードは、鬼神の形相をホープに向ける。

 恐ろしい怒りの顔だが、その表情の中にはどこか『無理解』が混じっている。


「お前っ、お前は今、何て言いやがった!? くだらないだぁ!? 死ぬことの何がくだらねぇってんだ!?」


「死ぬことはくだらなくない……くだらないのはお前の考え方だ。死ぬことが恐いからって、他人を見境なく殺したり、死ぬまで働かせたりするのは……間違ってる!」


 ホープはこの作業場で得た『勇気』をありったけ振り絞り、自分の考えを何とか言い切った。


「な、何だその態度!? 一つも共感できねぇってか!? 『死』が恐くねぇのかよぉ!?」


「ひとっつも共感できない。おれは『死』が恐くないから」


「じゃあ何で震えてる!? 死が恐くねぇだなんて冗談キツいぜ、臆病者が調子乗んなよぉ!?」


「これは……」


 確かに手も膝も、今だって震えている。エドワードにはそれを見られていたのだ。

 だがホープは深呼吸をして、



「これは、武者震いだ!」



 死は本当に恐くない――だが、痛みが恐い。苦しみが恐い。

 これからエドワードと戦って、殴られたり蹴られたりするのが恐いのだ。


「うぉぉぉぉ!」


 でも、奴を殴らない訳にはいかない。


 ホープもレイもケビンも誘拐して閉じ込めた。何十人もの生存者を同じように働かせてる。

 部下と一緒になってホープとレイをさんざん殴る蹴るして、罵った。

 ナイトを閉じ込め、何やらドラクとの軋轢を生ませた。

 奴の部下がブロッグを撃ち殺した。


 ――ブチ切れて、苦痛への怒りが我慢の限界まで達したホープは突っ込んでいく。

 様々な悲劇を生んだ『自分勝手の権化(エドワード)』に、報いを受けさせるために。


 右の拳を振りかぶって、


「だからよぉ調子乗んなっつってんだ、ろぉ!」


 エドワードに顔面を殴られる。


「がっ……」


 いつものホープならば、ここで気力が折れ、地面に転げて咳でもしている頃だったろう。



『自分で動かなきゃ、地獄からは這い上がれねぇぞ――腰抜け』



 今は違った。

 ホープは『動いて』、ここを出ていく――!


「こんのぉぉぉ!!」


「なっ、てめ――ごはぁッ!!」


 殴られても踏みとどまり、攻撃を続行。

 準備していた右ストレートを、敵の鳩尾に叩き込む。


「ち、ちょっとしか、労働はしてないんだけど……ツルハシ振ったおかげで、少しは力もついたよ……」


 右手をヒラヒラ振りながら、腫れた顔で笑うホープは「ありがとう」と皮肉をかます。

 鳩尾を押さえて苦鳴を漏らすエドワードは眉根を寄せ、恨めしそうな視線で、


「とうとう……とうとう俺に手を出しちまったなぁクソガキ……生きて出られると思うなよ、この作業場を!」


「あとケビンさえ助ければ、おれは別に死んだっていいけど」


「ナメてんじゃねぇぞガキが!」


 もはや巨人のような大男が、豪快に走って突っ込んでくる。飛んでくるパンチをホープは躱そうとするが、


「いっ!」


 顔に当たらない代わりに、肩にクリーンヒット。脱臼しそうな威力のパンチに、流石のブチ切れホープも足を止めてしまう。


「うらぁ!」


 それをチャンスと見たエドワードがハイキックを放つが、


「っ……」


 ホープは――反射で――身をかがめて突進。結果として一瞬でエドワードの懐に踏み込み、


「ふっ」


「あぁぁっ!?」


 おれを殺す前にこれを喰らえ、と言わんばかりにエドワードの体に飛びつき、密着。


「おぉぉぉ」


 頭を後ろに引いてから、『動く』。



「おぉぉ――っ!!!」


「ぶ」



 エドワードの額に自分の額を打ちつけた。いわゆる頭突きである。

 仕掛けた本人でもこれは痛く、ホープは目の前に火花が見えた気がした。


 まさかの攻撃方法というのも相まって、白目を剥くエドワードは立ち上がったままでショック状態に。

 全く動けない敵を見て調子に乗ったホープはまた頭を引き『動く』――!



「だぁ――っ!」


「……ッ!」



 ホープは『動いて』、状況を『動かす』――!



「うぁ――っ!」


「……ッ!!」



 追加で二度、額に額を打ち当てた。

 お互いに額がぱっくりと割れて湧き出る血が、汗を巻き込みながら顔を滑っていく。

 ――熱い、熱い、額が痛い。丈夫な体でもないのに頭突きなんてやりたくなかったのだが、つい勢いでやってしまった。


 三度の頭突きをくらわせたわけだが、それでもエドワードは倒れない。

 変わらず白目を剥いているのに、立ち上がったまま動かないのだ。


 ――ただ長身なだけで、エドワードだって普通の人間。

 ホープはこれくらいで勝てるだろうとタカをくくっていたものだが、


「だ……がら……言っでんだろぉ?? ナメんずぁ、この、ナメてんじゃあねぇよガキがぁぁぁ!」


「ぐぇっ……!」


 ただエドワードの体にくっついているだけで、ほぼ満身創痍であったホープ。

 怒ったエドワードはホープを少し引き離し、渾身のパンチをホープの喉に突き刺すように放った。


 そのおかげで一時的に呼吸困難になったホープは真下の地面に転げ落ち、ジタバタともがくしかできない。


「そぉいぃ!」


 そんな哀れな少年の腹を、エドワードは蹴りつけて吹き飛ばす。


「ご……ふっ……おぁ……」


 何の抵抗力もなく路地の奥へ転がるホープ。

 エドワードはホープに近づく――懐から、自慢げにマチェテを取り出しながら。


「本当ならよぉ、甚振って甚振って嬲り殺しにしてやりてぇとこなんだが……新人くぅん、お前の思想は危険すぎた」


「…………」


「さっさと終わらせちまおう」


 エドワードはマチェテの先端をホープに向ける。恐らく首辺りに狙いをつけたのだろう。

 そして振り上げる。あまり綺麗ではない刃が、太陽の光を強く反射して、


「おぉら死ねぇガキぃ!!」


 振り下ろされて――ああ、死ねる。


 痛みも苦しみも無く、一撃で。誰か味方に見られることもなく。静かに安らかに、ホープは逝ける。

 まさかあのエドワードがそれを叶えてくれるとは、誰が予想しただろう。


 ――だが、何となく予感はしていた。


 ――自分は、またしても死ねないような気がしていた。


「――うっっっそだろオイ。何だ、何なんだお前はぁ!? いきなり誰なんだよぉぉ!?!?」


 一向に刃が飛んでこないと思いきや、嫌な予感がまたしても現実となっていた。


 振り下ろされるマチェテは、割り込んできたある人物によって勢いを殺されていた。

 その人物は脇に女性を抱えており、


「オレの顔を忘れたとは言わせねぇぞエドワード……! オレだってお前にでーっかいでーっかい、言ってみればゾウさんみたいに大きい借りがあるんだからな」


 大きく開いた両足を地面にめり込ますほどに踏ん張り、額のゴーグルで刃を受け止めていた。


「はっ! まさか、お、お前はあの時の……吸血鬼の仲間の!?」


 狼狽えるエドワードがすぐにマチェテをゴーグルから引き離し、後退する。



「ご存知、ドラクでごぜーます」



 片方レンズが割れてしまったゴーグルの持ち主――ドラクはパラパラと落ちる破片を気にせず、歯を見せて笑った。



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