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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第47話 『使命に燃えて』



 フェンスのてっぺんから真っ逆さまに落ち、顔面から砂の地面に突っ込んだ一人の男。


 男は、銃で撃たれたのだ。


 ぴくりとも動かない男の周りには彼自身の血が少しずつ流れ、乾いた砂を侵食していく。

 赤い血の上を、白い砂粒が流れていく。


 その流れの中に、手を差し込む者が。


「ぅぐ……く……そ……」


 血の川を遮るように置かれた手は、何かを掴もうと模索するように開閉。

 しかし掴めるのは血塗れた砂粒だけで。


「く……そ……がよぉ……」


 掌にくっついて離れない砂をそのままに、


「ここで死んでたまるかぁ――っ!」


 倒れていた男――ドラクは両手を地面につき、喉が嗄れるくらいに叫んで立ち上がる。

 血の止まらない()を押さえつつ、睨むのは正面のずっと遠く。


「見張り台じゃねぇかぁ……! クソ、痛ぇなお前! 撃ってくるなんて聞いてねぇよ!」


 白い箱に中指を立てながら、ドラクはすぐ近くにあった建物へ逃げる。とにかくあの見張り台の死角へ行かねば。

 影へ飛び込み、


「そういやホープの奴『ブロッグが撃ち殺された』とか言ってた気がしたな。こりゃやべぇ、マジで大変なことになってきやがった」


 布を肩に縛りつけ、撃たれたおかげで冷めた頭をフル回転させ始める。

 そして最悪の状況を思う。


 ブロッグと、恐らくジルが死亡。ケビンとやらは生死も居場所も不明だ。

 ホープとレイとナイトは一緒にいる可能性が高い。


 しかしスケルトンの大群が既に流れ込んでおり、ドラクのいる場所にも呻き声が聞こえてくる。

 近くにはいないが指導者たち、そしてボスのエドワードも健在だろう。

 作業場のほぼ全方向を見張れるあの白い箱の中には、腕が良いのか悪いのかよくわからないスナイパー。


「敵、多すぎだろ! まぁ一つはオレらが自分で連れ込んだんだけど……これからスケルトンを殺すたんびに、最悪のマッチポンプになるってわけだ……我ながらひでぇ」


 きっとブロッグは情報不足で殺された。


 ――そしてジルは、ドラクが殺した。



「でも止まってたってしょうがねぇ……オレが、オレが責任を全うする。死んじまった奴らの分まで。死ぬ気でやってやる、オレだって死ぬ気で……!」



 焼けるように熱い右肩を握りしめながら、そうやって覚悟を研ぎ澄ましていた折。

 ふと、逃げてきた側の反対側を振り返る。ドラクの目に飛び込んだのは『奇跡』だった。


「ジル!! と、誰だあいつ!?」


 黒髪に眼鏡の弱そうな青年が、相変わらずのダボダボパーカーを着たジルを抱えていたのだ。

 三体のスケルトンに追われて焦った顔をしている青年。


 彼の走る方向へ、ドラクは迷わずに駆け出す。


「肩の痛みなんて知るかい! どうにでも、なっちまえぇぇぇ――!」


 走る、走る、走る。

 その速度は間違いなく、アドレナリンが溢れるほど出てくれなければ叶わない超自然的な速さだった。


「ジルから離れろっ、お前ぇぇぇ!」


「うわはぁっ!?」


 追いついたと同時、ドラクに気づかない青年に横からショルダータックルをかます。

 ジルが青年の手から転げ落ち、横倒れた青年は落とした眼鏡を拾おうと手探り。


「ああ良かった……ジル、本当、お前が生きてて良かったぁ……! お前がいなくなったら、オレどうしようかと……」


 ドラクは泣きたい気持ちを堪え、気を失っているらしいジルを熱く抱き寄せる――こんなこと、起きている彼女にできるわけがない。

 ジルは怒るだろうし、何より自分が気恥ずかしい。


「あ、あなたは?」


 眼鏡をかけ直した青年がドラクを凝視して質問してくるが、そんなものに答えている暇は無い。


「まだ問題はたっくさんある……ここで止められるわけにゃ、いかねぇんだよ!」


 そしてスケルトンが迫ってきていた。


「ウオ"ォオ!!」


 ドラクはポケットから少し長めのトンカチを引き抜き、


「らぁ!」


「コ"ォッ」


 肩の痛みをねじ伏せて右腕を縦に振るい、スケルトンの頭を砕き割る。

 ジルを脇に抱え、


「カ"ァァ――アカ"ッ」


 さらにもう一体の頭蓋も、斜めに入るトンカチで粉々に。


「くたばれぇ!」


「オォ"ッ」


 最後の一体にも横振りをくらわせ、くらった頭蓋骨は爆発したように破壊される。

 ――ジルはもちろん、結果的に青年の命まで救ってしまったドラクだったが、振り返らずに走り出す。


「いくらナイトでも、敵が多すぎて上手く動けねぇだろ。やっぱケビンはオレがどうにかするべきだな」


 ジルが生きていたと知り、だいぶ余裕が出てきた。

 誰からも託されちゃいない任務を無理して自分に課したドラクは、走るスピードを上げていった。



◇ ◇ ◇



「――おっ、そうか! 灰色のツナギ!」


 走るドラクが次に見つけたのは、言った通り灰色のツナギを着た男が歩いている様子。

 それもただ歩いているだけでなく、


「あれは……?」


 手錠を付けた労働者の歩む先には、まるで洞窟の入口のような穴が存在していた。

 労働者は沈んだ表情で階段を下りていく。


「まぁいい、とにかく労働者が入っていった……つまりあの先にケビンもいるかもしれねぇってことだ!」


 ドラクはその可能性に縋るように、労働者の後を追って階段を駆け下りていった。


 下り切った先には、広くて蒸し暑い空間。


 労働者と思われる者の数は一人二人なんてものではなく、全員が汗を流してツルハシを振っている。

 ツルハシで壁を壊し、時々、落ちた岩クズの中から小さな何かを見つけ、麻袋に投げ込む。


 そのうちに一人。空腹でか疲弊でか、労働者が膝をついた。


 ――妙にガタイの良い黒人の労働者だが、呼吸が荒く、体力が足りていないようだ。

 彼に指導者らしき男が近寄る。指導者はその手に持っている鞭を構え、自らの頭上へ振り上げ、



「オレはドラクっ!! ホープって男の使いだぁ!! ……この中にぃっ、『ケビン』って名前の労働者は、いねぇか!? いたら出てこいっ、オレたちが助けてやるからぁ!」



 振り下ろされる寸前、嫌な予感のしたドラクが咆哮にも似た名乗りを上げたことで、阻止された。

 地下にいる全ての労働者から、ドラクは視線を浴びることに。


「ドラク!? 聞いたことねぇ名前だなぁ!」

「ってか助けてやるって、バカか!? 外に出たとこでどうするつもりだ!?」


「お前らは知らねぇだろうけど外は今、スケルトンの群れに、暴れん坊の吸血鬼に、大パニックだ! だがその吸血鬼とオレは仲間だ、一緒に行けば助かると約束する!」


「スケルトンに吸血鬼ぃ!?」

「おうおうじゃあ俺を助けてくれよ!」

「俺も俺もー」


「勘違いすんじゃねぇ! オレが今ここで特別助け出してぇのはケビンだけで、他の奴らはわからん話だ! これから助けるとしても、あくまで『ついで』だから安全は保証できねぇ!」


 そんなドラクの啖呵に、労働者たちは顔を見合わせ、


「おうマジか!? 俺俺、俺ケビンだぜ!」

「バカ言え俺がケビンだ!」

「おいドラク騙されんなよぉケビンは俺だろ!?」


「オレが知るかよ……!」


 これは困ったことになった。

 ドラクはケビンの顔など知らない。バカなことに特徴すら聞いていなかったのだ。


「何だよ、ケビンって奴は多重影分身の使い手だったってのかよ……?」


 そんな訳はない。

 この状況は――考えてみれば当然だ。作業場の存在理由は不明、飯もほとんど食えず、こんな劣悪な環境。

 ホープやケビンに限らず、誰だって逃げ出したくなる。


 しかし、


「おい俺だよケビンだよ! 何で信じねぇんだよドラク、お前どうなってもいいのかコラ!?」

「早く俺を助けろよぉ殺すぞ!」


 ここに集められた全員が善人とは限らない。実際ドラクに絡んでいる連中は、かなり柄が悪いのだ。

 下手に解放して回ると、いつか痛めつけられたり殺されたりしてしまうかもしれない。


「ケビンはオレが連れてって、そのままホープたちと合流ってのが理想だよな」


 つまり、誰がケビンか。

 嘘つきと本物を見比べなくては。


「そうだホープ――おいお前らっ! ケビンは今すぐ助けるけど、証明してもらわなきゃならん! ケビン! お前の友達のホープの特徴を、オレにわかるように言え!!」


「ホープ!?」


 ドラクが後付けしたその啖呵に、数人の労働者が首を捻る。しかしすぐに誰かが、


「あー思い出したぜぇホープ!」

「ホープなら確かに俺のダチだ!」


「御託はいいから、お前らさっさとホープの特徴言え! いいか、オレにもわかるようにだぞカモン!」


 その台詞を聞いた労働者たちは口々に話し始める。


「わかったぜ。眉毛がゲジゲジだ!」


「はいダメー」


 的外れもいいところだ、とドラクは両腕で(バツ)を作って掲げる。


「俺のは間違いねぇ。笑顔が素敵だよな!」


「あいつは滅多に笑わねー」


 少ししか会っていなくてもわかる嘘だ、とドラクはクロスした両腕をブンブン振る。


「八重歯がチャーミングだ!」


「やっぱお前ら適当だろ!?」


 クロスをやめて、叫びつつ飛び跳ねながら上下にバタバタと両腕を振る。

 無駄な茶番を繰り広げていると、


「ドラクとか言ったが誰だお前、いい加減にしろぉ! 労働者どもも静まらねぇか!」


 先程、鞭を振ろうとしていた指導者がこちらへ向かってくる。


 その途上にいた労働者たちは鞭を恐れ、蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 ジルを大事に抱えながら、ドラクは身構える。腰のトンカチに手をやる。


 が、


「おい指導者、こっち向け」


 ドラクと対面している指導者のさらに後方から何者かの声がかかり、指導者が「あぁん!?」と振り向けば、


「ぶぉおぇっ!?」


 その人物は、振り返った指導者の腹に膝蹴りをぶち込んだ。


「どらあっ!」


「ぐぁ!」


 怯む指導者の横っ面に、追撃の回し蹴りが綺麗にヒット。指導者は鞭を落として気絶した。

 今指導者を倒したのは――最初に鞭で叩かれそうになっていた黒人の労働者であった。

 彼は呆然とするドラクへ歩み寄る。



「――ホープは青い髪に青い目、細身。いつも暗い顔してて気が弱そうに見えるのに、時たま大胆な行動を取りやがる」



 途中で、ドラクが出した問題に答えながら。


「あ、お前……お前が」


 突然のご本人登場に狼狽えるドラクに、彼はそのゴツゴツした手を差し出してきて、


「でもってあいつは、俺の友人で仲間だ」


「お前がケビンだな!」


 ようやく会えたドラクとケビンは、熱い握手を交わした。


「……そうだ、この指導者は鍵を持ってるな」


 泡を吹いて気絶した指導者に目を向けたケビンは、その服の中を漁り鍵の束を見つける。

 駆け寄ったドラクがその束を受け取り、ケビンの手錠へ一つ一つ鍵を入れていく。

 ――いつしか、手錠は外れた。


「ふぅ、助かった。ドラク……だっけ? すまんな、やっとこさ自由みたいだ」


「いいんだよ、オレもホープには色々と迷惑かけて、世話になったんだ。このくらいは当然ってもんよ」


「あいつ……見かけないと思ってたら、そんなことしてたのか。殺されたのかとヒヤヒヤしちまった」


 疲れた表情ながらも、安心した笑顔のケビン。直後「ああ、そうだ」と何か思い出したように呟き、


「ほれお前ら、この鍵の束のどれかが当たるはずだ。俺は先に行かせてもらうけどな」


 先程までのドラクと同じく、倒された指導者を見て呆然と突っ立っていた労働者たち。

 ケビンが鍵の束をその辺に放ると、ボールに飛びつく犬のような勢いで労働者たちは群がっていった。


「どうせ全員解放するってことにはなんのか……ま、どうでもいいか今更」


 その様子を見て、ドラクは苦笑するばかりだった。



◇ ◇ ◇



 ジルを抱えたドラクと、ケビンは階段を上がって地上へ。

 すると大量のスケルトンが。


「うおおら!」


「ウァア"」


 迫ってきたスケルトンの頭を、ケビンはツルハシを振り下ろして叩き割る。

 まだまだ大挙してやってくるスケルトンを駆逐しながら彼は振り返り、


「ドラク! せっかく来てもらって悪いが、お前とか後続のクソ労働者どものためにも、俺がここで時間を稼ぐことにする」


「おいおい大丈夫なのかよそれ!?」


「心配すんな。わざわざお前を来させたホープの気持ちを裏切ったりしないさ。無理はしないと、すぐに合流すると誓う」


 さっきからスケルトンや狂人をツルハシで殺し続けるケビン。

 彼の実力は確かなようだし――見たところ、銃弾が飛んでくる気配も感じられない。


「うーむ……もしかするとスナイパー野郎も、大量のスケルトンにキョドり中なのかもしれねぇな……」


 顎に手を当て、そうやって自分の都合の良いように解釈。ドラクは踵を返して走った。


「よし! オレもホープその他に会えるように奔走してくっからな! お前も頑張れよケビン!」


「おう!」


 疲れていてもスケルトンに勇ましく蹴りを入れている、そんな強い男ケビンに見送られながら。



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