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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第46話 『託された物の使い道』



「おら、ジョン! てめぇ役立たずなんだからさっさと掃除終わらせろよ!」

「視界に入ってきて鬱陶しいんだよ!」


「は、はい……す、す、すいません……」


 バケツの上で雑巾を絞るジョンは、ポーカーをやっている四人の指導者から注意される。

 注意の内容は、仕事の遅さについて。焦るジョンはそそくさと床掃除を再開。


「なー、さっき花火でもやってたのか? 誰かよぉ」

「そういうことだろ。気にしなくていいさ、前にも何か破裂音したことあったし」

「そん時はちょっとスケルトン集まっただけで、数人の指導者で解決できちまったんだよな」


「…………」


 作業場じゅうに響いた爆発の音は、この男たちもポーカーに熱中しつつも聞いていた。

 ただ、気に留めることはなかった。


 耳の良いジョンには到底『花火』の音には聞こえなかったのだが、先輩方が何食わぬ顔でポーカーを続けるものだから、余計なことは言わずにいた。


「うーい」


 必死で床を雑巾で水拭きしていると、外を見回ったポーカー参加者が戻ってくる。


「どうだ? スケルトン集まってきてたか?」

「まぁ二、三体な。もう騒動は終わっちまったぜ」

「やっぱりな」


 戻ってきた指導者は肩をすくめ、何事もなかったかのようにポーカーの席へ戻った。

 そんな中でジョンは、


「……何か、聞こえませんか?」


「はぁ?」

「何言ってんだお前」


 ジョンが持つ天賦の聴覚は、聞き取るべき重要な音をしっかりと拾っていた。

 問いかけに訝しむ指導者たちだが、


「な、何だか……たくさんの足音のようなものが聞こえます。音が小さいのは、き、きっと作業場の外から聞こえるからです」


「俺たちなーんも聞こえねぇぞ」

「てめぇ頭おかしくなったんじゃね?」

「そりゃいい、ぎゃはは!」


 訝しむ表情は、次第にジョンをバカにした爆笑の表情へと移り変わっていく。

 しかしジョンとしては胸騒ぎしか覚えず、メガネをくいと持ち上げて、


「本当ですって! も、もしかしたらスケルトンの群れかもしれません。音は小さいで、ですが、通過するだけにしては近すぎると思います」


「じゃあこっちに向かってきてるってか? 冗談よせ、爆発音したのどんだけ前だと思ってんだ」

「ってか俺たちは足音なんか聞こえてねぇんだって!」


 数人の指導者がもはやジョンの意見に興味を失い、


「スケルトンの群れが来るとかそういう緊急事態なら、見張り台の奴が報告すんじゃね? 知らんけど」

「そーそー」


 他の者たちも信じようとはしない。


 ――孤立するジョンが目を伏せようとした刹那、



「……ん? おい、今何か聞こえなかったか?」

「俺もそんな気がした」



 二人くらいの指導者が耳慣れない音を聞き取り、無意味に首を巡らせる。


「ぼ、僕も聞きましたよ、今のはたぶんフェンスの倒れる音だと思います!」


「おいおい……マジか」

「スケルトンか!? すぐ行かねぇと!」


 ジョンが少し良い気分で同調してやると、全員がカードを捨てて椅子から飛ぶように立ち上がり、ドアから飛び出す。

 彼らの行動に驚きながらジョンも外へ。


「どこだ!?」


 全員が辺りを見回すが倒れたフェンスは見つからず。そんな彼らを持ち前の聴力で導くのは、やはりジョンだった。

 ジョンは今いた小屋から出ると、すかさずその反対側へ回って問題の箇所を探す。


 そして、


「あっ! あ、あ、あそこのフェンスがやっぱり壊されて、スケルトンの群れが侵入しています! 誰か知りませんが、人が倒れてるような……?」


「反対側か!」

「クソ、行くぞお前ら!」


 他の指導者たちも、武器を構えつつ小屋の出口の反対側へ回ってくる。

 まだ動かぬジョンを追い越すように彼らは突撃していき、スケルトンたちの迎撃を始める。


「うらぁ!」


 一人の指導者の振るうスコップがスケルトンの頭蓋を破壊。


「死ねコラっ」


 今度は別の指導者が短剣を構え、スケルトンの顔面に突き刺す。


 ――ジョンが動いていなかったのは、次の行動の判断が間に合っていなかったから。

 壊れたフェンスも雪崩れ込んでくるスケルトンも問題だが、何より倒れている女性をどうにかしなくては。

 お人好しのジョンは、見ず知らずの女性のために駆け出した。


「ジョン、お前死にてぇのか!?」


 スケルトンの対応に追われる指導者たちの間を潜り抜け、すり抜け、倒れる女性のもとへ。

 フェンスから少し離れていた彼女の周りにはスケルトンがまだおらず、すぐに近づけた。

 彼女はどうやら頭を打ったらしく流血しており気を失っているが、それ以外の外傷は、脚に掠り傷があるくらい。

 と、


「ウォオ"オォォ」


「はっ……!」


 落ちていた手斧を拾い、彼女を脇に抱えて離脱しようとしたジョンの目の端に、大口を開けた狂人が映る。

 恐怖で体が固くなり身構えるだけのジョンだったが、


「だらぁっ! ――バカだなお前、さっさと逃げろよ!」


「は、はいぃ! すいませんんん!」


 見かねた指導者が横から割り込んでくる。ナイフで狂人のこめかみを突き刺し、殺した。


 必死で走って離脱するジョンが振り返ると、五人の指導者は未だにスケルトンたちを殺し続けている。

 なんとも勇ましい光景ではあるが、


「アァォ"」

「ラ"ァァァ」

「オオオオ"」


 向かってくるスケルトンの量は数え切れないくらいで、人間が五人迎え撃ったところで力の差は歴然。


「カ"ァッ」


「んぎぃぃい! い、いやだぁぁ――」


「オ"オオ"オ」

「ルアァ"ァ」


 ジョンを助けた男は腕を噛まれて取り乱し、もはや壁のようなスケルトンの物量に飲み込まれて消えていった。


「ひ、怯むな! 攻撃の手を休めちゃ――うがぁ!?」


「ク"オオォォ」


「あぁっ、はわ、離せぇ!」


 今度は他の指導者が後ろから首筋を噛まれるも、すぐに引き離した。

 だが、


「うあっうあぁっ、誰かっ助けろ、助けてくれぇぇぇ――」


「アアア"アァ」


 正面からやってくるスケルトンの雪崩をモロにくらい、彼もまた飲み込まれていった。

 迎撃にあたっている指導者は、これで残り三人。


「オォ"」


 気絶中の女性を抱えて走るジョンも、またしてもスケルトンたちに囲まれてしまう。


「アアァアァ"ア」

「キ"ァァア」


「数が多すぎますって……!」


 しかも女性とはいえ人間を一人抱えたまま走っている。

 そのため機動力が落ちているというのに、逃げ切れるわけがない。


 ――普通に真正面から戦ったって、一体か二体のスケルトンを殺すのがやっとだろう。


 ――普通に戦っても勝てない。


 ――今、ジョンは困っている。


『お前にその無線を託す。詳細は話せねぇがとにかく困ったら使え。お前に任せた』


 困っている時にこそ使える『何か』を、ジョンは持っている。

 早急な判断にめっぽう弱いジョンであるが、鈍く、遅く、固い頭をフル回転させて――ようやく思い出した。


「無線!」


 スケルトンが正面、つまり逃げたい方向を塞いでいる中、ジョンはすぐにポケットから無線機を取り出す――ボスのエドワードから託されたものだ。

 顔も名前も知らない通信相手へ、願いを叫ぶ。


「すいませんがそこのあなた、見える位置にいますかねぇ!? 北区にてスケルトンの大群が侵入してます! どっ、どなたかご存知ないですけども、助けてくれると、う、嬉しいんですがぁー!!」


 これまでの18年の人生では考えられないくらいの早口に、加えて大きな声量。

 ここまでやって助けてもらえなかったら……もうそれは諦めて終わるしかない。


「ウ"オオ"オォォォッ」


 ジョンを包囲するようにスケルトンたちが迫る。

 助かることをほぼほぼ諦めているジョンは、少しでも死期を遠ざけようと蹲る――


 『風を切る音』が響いたのは、そんな時だった。


「カ"ァッ――」

「ウオ"オッ――」


 するとジョンに覆い被さりかけていたスケルトンたちが、次々に倒れていくではないか。

 蹲るジョンが倒れたスケルトンに目を向けると、頭蓋骨が粉々に壊れていたり、綺麗に風穴が空いていたりした。


「コ"ァッ――」

「オ"ッ――」


 一発の『風を切る音』が聞こえるたび、ある直線上にいる数体のスケルトンの頭が吹き飛んでいく。

 その光景は、信じ難いが――


「銃……ですかね……?」


 それ以外には考えられなかった。まさか魔法を使える『魔導鬼』など、作業場内にいるわけもない。

 ――思い出すのは銃弾製作所にて、ホープと交わした会話であった。ちょうど銃声の話をしていた。


 またも『キュインッ』という鋭い音が聞こえてから、一番最初に動かなくなったスケルトン。その方向を見てみると、


「あれは……みっ見張り台……? やっぱりこの無線って、あそこにいる人と繋がってたんですね……」


 妙な納得を覚えるジョン。

 この作業場に来てからというもの、異様な雰囲気を醸し出すあの白い箱の中身が気になってしょうがなかったから。


「おいジョン、お前何かしたのかぁ!?」

「スケルトンがバンバン倒れてくぜ!」


「ど、どうやら僕らに味方してくれる、優秀なスナイパーさんがいるみたいです! 僕がこの女の人を連れてって、ついでに応援を呼んできます! それまで耐えてください!」


 指導者はもう一人殺されてしまったようで、まだ生き残っている二人がジョンに話しかけてきた。

 魔の手からの逃亡に成功したジョンの提案に、二人は渋々ながら「まぁ緊急事態だ」と頷き、引き続きスケルトンの迎撃へ。


 しかし、


「ありゃ、ジョン!? 狙撃が止まっちまったぞ!」


 困惑と悲痛を混ぜたような指導者の声を、しっかり聞いたジョンは「え!?」と同じく戸惑いながら振り返る。


「ちょ、待て……俺たち死んじまうぁぁぁぁ――!!」


 確かに、銃撃がぱったりと止まってしまった。

 援護射撃という大きなサポートを失くしてしまった二人の指導者は、為す術もなく大群に飲み込まれ、手足や内臓を引き千切られ、人肉パーティーと言わんばかりに貪り食われていった。


「え、えっ……そんなバカなぁ!?」


 自分だけ助かった形になってしまったジョンは、走りながら無線を取り出し、何度も何度も呼びかける。

 ――先程もそうであったが、やはり応答は無し。


「先輩方に……僕は、僕は悪いことを……裏切りましたねあなた! こ、こんなのっ!」


 その怒りは顔も知らぬスナイパーへのものか、それとも自分へ向けたものか。

 わからないが――いやわからないからこそ、ジョンは無線機をどこかへ放り投げる。

 地に落ちた無線機は、ジョンを追ってくる狂人によって踏み潰されてしまった。


 ――しばらく走り続け、建物の影に隠れたジョン。

 彼を執拗に追ってきていたスケルトンや狂人も動きは遅いため、割と簡単に撒けた。

 ふと、腕の中で気を失っている女性を見る。


 ジョンは一つの命を助けた。


 その代わりに五つの命を見捨てることになった。


 女性を助けたことと指導者たちが死んだことに直接の関連は無くても、ジョンが生きているのだから、どうしてもこういう議論は起こるだろう。

 あそこまでして、この女性を助けることに意義があったのだろうか、と。


「……でも改めて考えてみれば、僕を含めて『指導者』というのは……どんなに取り繕ったって『悪人』ですからね」


 ここは『閉ざされた地獄』である。


 ――スケルトンの脅威にさらされて疲弊した生存者たちを誘拐し、ろくに飲食もさせないのに死ぬ寸前まで働かせ、死にそうになれば時には鞭を打ったりリンチしたり。

 死んでしまえば『用済みだ』と、いとも簡単に、人間をまさにゴミのように捨てる。


「人の命をこんなに軽く扱っていいものですか……軽い気持ちで命を奪うなんて、絶対にいけないと思います……!」


 ジョンは拳を握りしめる。


 上記のようなことを平気な顔してやっている者たちを――それに混ざっている自分を含めて――助ける価値なんて、意義なんて、ひょっとすると無いのかもしれない。


 とはいえこの女性の性格もわかりようがないのだが、殺人に快楽さえ覚えるような指導者よりか、助ける価値はあるだろう。


 少し風が吹く。

 彼女の顔を隠していたパーカーのフードが、風に吹かれて外れる。


「あっ……!?」


 ジョンは驚く。だって彼女は、


「か、かわいい……!?」


 美少女。

 紫のメッシュが入ったショートの黒髪、雪のように白い肌、整った顔立ち。


「あっ、なんか柔らかいと思ったら……! そそそ、そんなつもりは……すいません、すいません!」


 バッと両手を上げ、ひたすら謝罪。

 彼女を抱えるジョンは今、彼女の大胆に露出された太腿に自然と触れていたことに気づいたから。


 ――これまで出会ったこともないような美少女に、雷を落とされたかのような心地のジョンは忘れてしまっていた。

 彼女を助けようと思ったキッカケが、今は生死不明の労働者であるホープの力になれなかったことであると。


 そして、狙撃が突然止まってしまった理由も――考えるのを忘れていた。



◇ ◇ ◇



「ブロッグは死んだ……ブロッグは死んじまったんだ……だったらオレは、残ったジルとナイト、ホープとレイとケビンを助けるぞ! へへ、よっしゃ、オレが全員助けたるぜ! このオレこそが救世主だ!」


 度重なる絶望によって冷静な思考回路がショートし、もはや壊れてしまったドラクは走っていた。

 腕をめちゃくちゃに振りながら、エドワーズ作業場のフェンス目指して一直線。


「こんな雑魚フェンスはオレの相手じゃねぇな! なはは、まるで暴れ牛を乗りこなすカウボーイのように越えてやんよ!」


 調子に乗りまくるドラクは一目散にフェンスに飛びつき、宣言とは裏腹に鈍重な動きでよじ登っていく。

 特に支障もなくフェンスのてっぺんまで登りつめたところで、


「っしゃあ! 半分越えたった! 来たぜ来たぜオレの時代来たぜ! さぁ忙しくなってきた! やることは山積みっ――」


 絶好調の舌が止まる。止まったのではなく、強制的に止められたと言った方が近い。

 彼はふっと全身の力が抜けたかのようにフェンスから落ち、作業場の乾いた砂に顔から突っ込む。











 ドラクは狙撃されたのだ。











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