第4話 『洋館へ』
ホープは、『魔法』など使えない。
おかしな質問をしてきたレイに正直に応答すると、
「えー!? じゃあ、あの爆発は何だったの!?」
質問は積み重なるばかりだ。
「ごめん嘘ついた。さっきは爆弾じゃないみたいな反応したけど、あれは超小型の爆弾だったんだ。おれの隠し球だからさ、あんまり教えたくなくて」
当然ながらホープは爆弾など持ち合わせてはいない。今の話こそが嘘であるのだが、レイは気づかない。
「むー……」
木彫りの仮面で顔は見えないが、声の調子や後ろで両手を組む仕草からして、たぶんレイは今拗ねている。
嘘をつかれたこと……に拗ねているのだろうか。それとも『魔法』であって欲しかったのか。同い年の女の子の気持ちなど、ホープにわかるわけがない。
「そもそも魔法なんて『魔導鬼』しか使えないんじゃないの? おれ、人間が使えるなんて聞いたことないんだけど」
眉根を寄せ、不信感を吐き出す。
山奥の村で暮らしていたために世界についての知識が薄いホープだが、さすがにこの世界に存在する種族については、本などである程度の知識を蓄えているつもりだ。
数なら人間が圧倒的に多い領域アルファだが、人間以外の種族もそれぞれひっそりと、しかし逞しく生きているという。
スケルトンの世界へ変貌した後は、まぁ知る由もないのだが。
『魔導鬼』……それは『吸血鬼』と同様に『鬼』という種族の一つ。体内に持つ魔力というエネルギーを、魔法という技に変換して、戦ったり作業をしたり色々なことができるという。
しかし人間との仲の悪さは一級品。魔導鬼は、吸血鬼よりも断然嫌われている。
理由は二つある。『魔法を使えるのが怖いこと』、そして単に『見た目』である。
吸血鬼の肌は人間より少し白いだけ。吸血用の牙や黒い翼、さらには達人の如き剣術を持つという噂もあるため恐れられてはいるが、やはり肌の色というのは一番大切なのかもしれない。
――魔導鬼の肌は赤く、血のような色だという。そして頭部には角を有している。
その恐ろしい姿こそ差別の対象になる最大の要因らしい。
ホープはもちろん実際に見たことはないが、肌の色やら角の有無だけで差別をするなんておかしい、と、そう思っている。
まぁ、ただの人間であるはずのホープ自身もまた、差別の的にされていたという経験がここに活きている――
「あ、あたしも魔力の仕組みとかよく知らないけど、人間にだってそういうことを研究して、魔法を使えるようになった例もあるかもしれないじゃない!」
「確かに、無いとは言えないか……とにかくおれは魔法なんて使ってないからね」
「わかったわよ!」
なぜかまた怒っているようなレイは少し情緒不安定気味のようだ。
というか、隠し事が多そうな女の子だ。
ホープと同じように。
◇ ◇ ◇
「ず、随分大きいのを見つけたなあ……」
驚き、思わず呟いてしまう。
ケビンとエリックが見つけた建物とは、森の中にそびえ立つ巨大な洋館であった。
「すごーい! いっそのこと、ここに住んじゃいましょうよ!」
「もちろんアイデアとしてはありだな。でも中を見てからにしようぜ」
両手を合わせて喜ぶレイ。それを微笑んでたしなめるオースティン。
彼女の言う通りこの洋館の外観としては、ところどころ蔦などに侵食されているくらいで目立つような穴や傷みはなく、住処として問題はなさそうに思える。また、装飾なども洒落ている。
館内を早く確認したいらしいオースティンはさっさと近づいていく。
「正面の扉……お、開いてるな。まだ日の光があるからいいが、中はちょっと暗めだ。みんな足元注意な」
オースティンは常に場を仕切っており、やはり気配りのできるいい男である。ホープは別に明るい男に憧れがあるわけではないが、そういう人物に存在されてしまうと、どうしても無能な自分と比べてしまう。
彼に続いてケビンとエリック、レイ、ホープの順で館内へ足を踏み入れていく。
薄暗いホール。とにかくだだっ広い。天井から吊り下がるシャンデリアらしき物は機能していない。
多少荒らされたような形跡が見られ、生存者の気配はどこにも感じられないが、
「スケルトンとか肉食動物が潜んでるかもしれないな。食料や武器もあったら集めたいし……とにかく片っ端から部屋を確認してこうぜ、みんな」
オースティンの話に合わせ、一応ホープも館内を見回してみる。
まず一階の両サイドに扉があり、正面の階段を上がった二階にもいくつか扉が見える。探索は骨が折れそうだ。
――骨といえば、そうだ、スケルトン。
普段もし他の生存者と出会ったりしても、提案や相談は自分からしないという消極的なスタイルを貫くホープであるが、本能というものだろうか。その時だけは違った。
階段を上がろうとするオースティンの肩を掴み、問う。
「オースティン、入り口の扉の鍵は?」
「鍵なぁ、壊れてたんだよ。とりあえず扉だけ閉めといたけど」
「だったらバリケードみたいなの作らなきゃじゃ――」
ホープの言葉にハッと目を見開いたオースティンは、直後に後ろを振り向く。少し遅れてホープも同じ方を見る。
現在最も扉に近いのはレイ。
オースティンの嫌な予感は当たったようだ。彼女は背後から迫る脅威に、全くもって気づいていないのだから。
「レ……」
「レイっ!!!」
あまりの衝撃に手も足も、口までも硬直してしまう情けないホープ。
逆にオースティンは瞬時に体の全てを動かして、最愛の人を守るため走る。
「何してんだっ!!」
「え……きゃっ!?」
脅威に何もかも奪われるすんでのところでレイのもとへ辿り着けたオースティンは、彼女を思いきり横方向に突き飛ばした。
そして――
「ア"ァッ」
「ぐ、うぁぁぁぁ――――!!」
脅威、つまりスケルトンがオースティンの腕を掴み、容赦なく噛みついた。
響き渡る悲鳴とともに、五人の生存者たちの悪夢が始まる――