第45話 『死の雪崩』
「ブロッグが、死んだ……ブロッグが……! オレが引き止めりゃ良かったんだ……オレが、行かせないようにすりゃ……」
無事だったナイトとの怒鳴り合いを終えたドラクは、ジルに通信を試みつつ、頭を抱えて一人寂しく嘆いていた。
ブロッグが死んだことへの後悔。罪悪感。
だが後悔しても遅い。それにもし彼が潜入してくれなかったら、ナイト救出に挑戦すら叶わなかったかもしれない。
彼が命を賭して戦ってくれたからこその、ホープやレイやナイトの命なのだと、そうポジティブに捉えるしかないかもしれない。
なのに。
「クソ、クソ、クソ――っ!!」
そのポジティブシンキングの前提であるナイトたちの命は、ドラクが下した決断によって終焉が近いかもしれないというのだ。
冷静で、いられるわけがなかった。
《……ドラク? 何かあった?》
「何かあったもクソも、やべぇよジル! ナイトとホープ、あとたぶんレイは生きてる! ブロッグは死んだらしいが、とにかくスケルトンの群れは行かせるな! 撤収、撤収だー!」
《え……》
100単位の数がいるスケルトンの群れを、先導しているだろうジル。
通信機越しの彼女の反応は、どうにも穏当ではなかった。
◇ ◇ ◇
ドラクから『撤収せよ』とだけ告げられたジルは、とにかく混乱していた。
ナイトがどうの、ブロッグがどうのという話は、余裕が無くて聞けなかった。
なぜなら眼前にそびえているのが、
「今、撤収……ちょっと難しい。フェンス、すぐそこ」
《そりゃ大変だろうけど、何とかしてくれよ! そのまま突入したらもっと大変なことになるぞ!》
「わかってる、けど……」
エドワーズ作業場を囲むフェンスの目の前まで、既にジルは辿り着いてしまっている。
今、ドラクからの通信で足を止めたため――夥しい量のスケルトンが一気に距離を詰めてきた。
《ジル、おいジル……何とかなるだろ!?》
「ごめん、できない……」
これ以上この場に留まれば、大量のスケルトンたちに噛み千切られ押し潰されて即死だ。
「ウァァオ"ォオ」
「カ"ァウウゥ」
「コ"ォオオオオ」
群れが迫る。
撤収は無理だ、と首を振ったジルは間一髪でフェンスに飛びつき、必死に登る――やはり命が惜しい。
が、
「ア"ァッ」
「……!?」
フェンスに詰め寄った大量のスケルトン。
その群衆の中から一本伸びたスケルトンの腕が、ジルの左のふくらはぎを掴む。
「オァア"」
足が引っ張られる。
下にはスケルトンたちが涎を垂らして待ち構えており、落ちれば命は無い。
ジルは両手と右足をしっかりフェンスに固定し、スケルトンの手を払おうと左足を振る。
しかしスケルトンは手を離さないどころか力を込めてきて、
「カ"ァァッ」
「うっ!」
――激痛が走る。
ビキ、という音はスケルトンの尖った指先が、ジルのふくらはぎの皮膚を突き破った音。
雪のように白い肌を染色するかのごとく、五本の赤い鮮血が細く流れた。
痛みをこらえて目を瞑るジルだが、耳はまだ機能していた。
《ジル!? ジル、おい!? 悪かった、無理言ったオレが悪かったよ! なぁこの音もしかしてお前、通信機落とし――》
彼の察した通り。フェンスに飛びついた際に落としてしまったジルの通信機は、スケルトンに踏み潰された。
「……ドラク」
左脚にスケルトンの指先が食い込んだままだ。
苦しむジルは、今のところ唯一心を開ける男の顔を想像した。ここまで来て、現実逃避だろうか。
――逃避する暇など、世界が与えてくれるはずもなく。
「ク"ゥオオオォ"ォ」
「ァァアア"」
「アア"アァァアァ」
フェンスが揺れる、揺れる、揺れる。
スケルトンや狂人たちの重圧に耐えかねたフェンスの柱は、ついに地面から引っこ抜けてしまう。
それはつまり、
「……!!」
ぶら下がっているジルもろともフェンスが倒壊し、群れがエドワーズ作業場へ雪崩れ込むことを意味する。
◇ ◇ ◇
「あー終わりだ……ジルの様子おかしかったし、通信は意味不明なタイミングで切れるし、あーダメだ終わりだどうしようもねぇ、オレにはもうどうしようもできねぇ……!!」
両手で抱えた自らの頭を、ドラクは通信機の親機に何度も何度も打ちつける。
仲間との会話を何度も何度も途中で切れさせるこの通信機が、何よりもバカな自分が、憎くて仕方なかった。
――仲間がどんどん手の届かないところへ消えていくのが、恐ろしくて仕方なかった。
「く……ぅ……でも……っ!」
ドラクはわかっている、理解している。自分の弱さを。
「助けに来るなって言ったナイトとの約束を破り捨てて、ジルもブロッグも巻き込んで、この騒動を始めた『主犯』は誰だよ……オレだろうがっ」
泣きながらも自分の胸を拳槌で打つ。打つ。震える両膝にそれぞれパンチを入れていく。
もとを正せば――いや正さなくたって自明の理。何もかもを始めたのは、ドラクなのだ。
「根本……根拠……理屈……原理……原因……考えろ。考えろドラク! 考えたくねぇけどっ……オレは……オレは……!」
自分には何か、思い出さなくてはいけない言葉がある。今の自分にとっては一番重い台詞を――
『自分で動かなきゃ、地獄からは這い上がれねぇぞ――腰抜け』
そう。自分が発した言葉だ。
決して、ホープが自分より下だからと優越感を感じながら言った言葉ではない。
本気で自分が考えていたことだ。
「恐ぇ……恐ぇな……数日前のオレすごすぎだろ……じゃあ、その何日か前の自分から……勇気を貰うとしますかぁ……!?」
心など折っている場合ではない。ブロッグは死んだと聞かされたが、ジルの安否は不明だ。
「しゃーねぇなぁ! オレが全部救ってやんよ……こん畜生めぇぇぇ!」
もはやヤケクソ。それでも『動いて』やる。
ドラクは心の燃料を無理やり継ぎ足して燃やして、エドワーズ作業場へ突っ走った。




