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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第44話 『どっちが弱虫』



 ――廃村での物資調達を終えたドラクは、満杯のリュックを背負ってバーク大森林を歩いていた。

 リュックが重くて速く歩けないので、同行していた仲間は先に行かせた。


「いやぁ、鼻の利くフーゼスのおかげもあるけど、今日は物資調達としては大成功だったな。評価として自分に花丸を贈りてぇな! ジルとフーゼスは……まぁ普通の丸で良いだろ」


 今日のところはほとんど()()()()でしかなかったドラクだが、わざと自分を過大評価してやることで、この厳しい世界で生きるモチベーションアップを図る。


 そんな子供っぽい彼は、


「おぉ、いいねぇパンパンのリュックサック!」

「そういうの俺ら大好物だぜ!」


「……は? だ、誰だよお前らは?」


 薄暗い森の中、気づけば数人の男たちに囲まれていた。

 男たちは物騒な台詞で、剣やナイフを取り出して、そして何より善人とは思えない悪い顔で、全員ドラクへ視線を向ける。


「へへ、こいつ狙ったのは正解だなエドワードさん!」

「どうします? もうやっちまいます?」

「こいつも労働者ってことにしましょうか?」


「まぁまぁまぁまぁまぁまぁお前ら待てって。こういう時は俺に任せておけよぉ」


 男らの間から現れたのは、ニタニタと笑う大男。

 ドラクも17歳としては平均レベルの身長だと思うが、エドワードとかいう男は見上げるほどに背が高かった。


「……マジでお前ら何なんだ……何が目的なんだよ!? ナイフとかおっかねぇから早くしまってくんね!?」


「そうギャーギャー騒ぐなよぉガキ。自分で当ててみろ、俺たちの目的な〜〜〜んだ?」


 ニタニタ顔を崩さないまま、エドワードは体を大きく横に傾けながらクイズを出題。

 ドラクは怖いから意味不明なタップダンスをしつつ、顎に手を当てて、


「こ、このリュックの中身ってとこかな? だったら申し訳ねぇんだけどもここは一つ、勘弁してもらえねぇかなと思ってよ。腹を空かせたたった一人のオレの妹がさぁ、オレのこの古ぼけたリュックを唯一の希望として待ってるわけでさぁ……健気だろ? 可哀相だろ?」


 虚言で騙し、軽めに土下座して、許しを請う。


 しかしエドワードは、


「あぁ可哀相だなぁ――だが! それとこれとは話が違ぇんだよって、わからねぇかなぁ!」


「ぶぅへっ!?」


 ふと笑顔を消すや否や、突然ドラクに右ストレートをぶちかました。


 殴られたのは久々であるし、あまりにも唐突すぎるし、何よりも痛くて、ドラクは視界をチカチカ明滅させながら地面に転げる。

 太い木の根に背中を打つと、周りの落ち葉がブワッと風に舞い始める。


 ――ドラクは見ることになる。

 舞い散る落ち葉の中を歩いてくる長身の男の双眸に宿る、確かな『殺気』を。


「もちろんお前のリュックの中身も欲しいぜ。だが、お前自身も必要なんだよぉ」


 ずいぶん高い位置から見下ろすエドワードの言葉に、ドラクはわざと恥じらうようなポーズをして、


「は……はぁ!? お、オレの体なんてジロジロ見たって、面白くもなんともないんだからねっ!」


「そのフザケた根性叩き直したらぁ、よ!!」


「ごぁ……!」


 少しキレたエドワードの靴裏が、ドラクのどてっ腹にめり込む。

 足をドラクから離したエドワードは「ブチのめしながら説明してやるよ」と次の攻撃をしようとするが、



「ぶぇぁぁぁぁぁっ――!!」



 エドワードは背後からの悲鳴に振り向く。そこには腹を後ろから刀で貫かれた部下がいて、



「ドラクが戻らねェらしいから来てみたら――てめェら、何してやがんだ? あァ?」



 その後ろで刀を持つは、銀色の髪をした若い男。


「な、ナイト……っ!」


 ドラクは一瞬の内に安堵したが、同時にナイトに対して申し訳ない気持ちにもなった。


 ナイトはすぐさま刀を抜いて他の敵も斬ろうとするが、


「おいおいおいそこのガキ、こいつぁお友達だろ? 死んじまってもいいのかよぉぉ!?」


「う……!」


 ドラクを引き寄せたエドワードは、その首にマチェテを突きつける。ナイトに見せつけるように。

 恐怖で声も出ないドラク。そしてナイトも、


「ちィ……」


 舌打ちしてから動かない。どうしてもそれ以外の選択肢が頭に浮かばないから。


「んん? ……ぎゃーっはっはっは! そんな悪人面で、お友達が殺されそうだと何もできやしねぇか……お前どう見ても吸血鬼だよなぁ!? その牙や刀は飾りかよぉ! ぎゃっははは!」


 好き放題に煽られ、ナイトは奥歯を噛みしめる。それを見ていたドラクは辛抱たまらなくなり、


「ナイト、いいよ! オレのこと気にしねぇでやっちまえ! 斬って斬って斬りまくっちまえよ!」


「てめェは黙ってろ……!」


 ドラクの自分の命を捨てたような発言に、当然ナイトは耳を貸そうとしない。

 ――つくづく仲間思いな男だ。


「一歩も動くんじゃねぇぜ吸血鬼ぃ! 俺の部下をこれ以上斬ろうもんなら、このガキの喉切り開くかんなぁ!?」


「斬らねェからやめろ。てめェはドラクを……そいつをどうする気だ?」


「決まってる。ウチの作業場に連れて行って、奴隷のように倒れ果てるまで働かせてやんのさ。ぎゃーっはははっ!」


 エドワードの発言にドラクはもちろん、ナイトすら戦慄している。

 何が目的の作業場なのかわからないが、劣悪な環境に放り込まれるのが目に見える語り口であった。


 だから、ナイトは。


「……そのドラクって男ァ、クソ雑魚の役立たずだ。俺を連れてった方がだいぶ有用だと思わねェか?」


「あ?」


「嘘だろナイト……!?」


 ドラクの代わりにナイトが労働者となる。だから、ドラクを解放してくれと頼む。

 そしてその後――エドワードは意外にもその条件を飲んだ。ナイトに刀を捨てさせ、リュックもろとも没収。


「え……な、ナイト……ちょ、オレどうしたら……」


「バカ野郎、どうもするな。いいな? 絶対に助けに来るんじゃねェぞ!」


「い……いや、そんな……でもお前が……」


「助けに! 来るなァ!! ――てめェを守れなかった、これは俺の責任だ。わかったな!?」


「……わかっ……た……」


 ナイトはドラクに、ほぼ一方的だが約束をさせた。

 放心状態のドラクをあの場に置き去りにし、手錠をかけられたナイトは作業場へと連行される。


 道中にエドワードは、


「おいお前、ナイトとか言ったっけ……お前さぁ、従う気ねぇだろ? おい」


「よォくわかってんじゃねェか……」


 そう。ナイトは手錠を破壊してエドワードたちを皆殺しにしようと画策していたのだ。


 平然と見破ったエドワードに感嘆しながらも、ナイトは両腕を大きく開いて手錠を破壊する。


 エドワードの部下たちが一様に恐れおののく。反射的に武器を抜いた者もいる。

 ナイトは真剣な顔ながらも舌なめずりをして、戦闘態勢へ。


 だが、その瞬間にエドワードが口を開いた。


「待て待て待てよぉ。んなことしたら、お前のお友達がどうなっちまうか考えた方が良いぜぇ」


「……あァ?」


 ぴくりと体を震わせたっきり、ナイトはもう何も動けなくなってしまう。


「おいおいおいおい、ナメられたもんだぜぇぎゃーっははは! さっきのドラクとかいうガキに、俺らが何もしてないとでも?」


「おい、どういうことだァ!?」


「俺の部下がいつでもあのガキを監視してるぜぇ……お前が死ぬその日まで……い・つ・で・も・なっ!」


「……ッ!」


 腹を抱えて豪快に笑うエドワードが憎たらしくて斬り殺してやりたいが、ナイトはただただ睨みつけた。

 ――自分が暴れるとドラクが捕まるか、あるいは殺されてしまうから。


「さっきも聞いたがお前、吸血鬼だろ? 答えろよ、ドラクくぅんが死んじまっても良いのか?」


「……吸血鬼だ」


「あー、んじゃやめようか! 俺が血ぃ吸われんのも嫌だし、部下や労働者が吸われると俺の仕事が増えちまって大変だ。お前は地下で弱らせて、そんでブチ殺すことにするぜ」


「……話が、違ェぞ」


「ん? んんんん? 何だ、口答えか? こっから先ずっと、お前は口答えも反逆も許されねぇぞ。ま、お友達がどうなっても良いってんなら、話は別だが」


 エドワードは長身をくねらせて愉快に喋る。おちゃらけた男に見えがちだが、ナイトにはわかる。

 ――こいつは息をするような感覚で人を殺せるだろう、と。



「……わかった。もう何もしねェ」



 ナイトにはわかるから、どんなにそれが耐え難いことだとしても、言いなりになるしかなかった。


 ――ドラクは大切な仲間なのだから。


 ――だから、何もかもが自分の責任なのだ。


 ――罪深き自分は、誰の手も借りてはならない。誰からの施しも受けてはならないのだ。



◇ ◇ ◇



 ――ましてや自分のせいで仲間が死ぬなど、言語道断もいいところというものだ。


「……おい。何をボサッとしてやがる青髪」


 とりあえず何も知らない部外者に一発殴ってもらい、ある程度の断罪をしてもらおう。

 ――こんな激動の経緯にも、そんなナイトの暗い思惑にも、ホープが気づくはずはなかった。


「え、い、今なんて? 『殴れ』って言ったの……? おれが……君を……?」


「ったりめェだろ。俺とてめェ以外に、ここに誰がいるってんだよォ!」


 突然すぎる謎の命令に、ホープは今された質問をナイトに問い返してしまう。

 やはり逆上したナイトにまた胸ぐらを掴まれ、またホープの足が地面から浮き上がる。


「おぅ……そ、そうだけ、ど……」


 今ここにいるのは確かにホープとナイトだけ。レイはどこか別の所に逃げたし、エドワード一味も近くにはいない。


「殴る気になったか? 殴る気になったんなら、すぐにでもこの手ェ離してやる」


「いや……そんな急に……言われても……っ」


「まァだ心の準備できねェのかよ。だったら地面を踏みしめるのはしばらくお預けだなァ」


「ぐぇ……だから、くるじいって……」


 彼に胸ぐらを掴まれるのは、そして宙に浮かせられるのは、もうこれで何度目だろう。

 だが何度同じ経験をしても、息が苦しいことに変わりはない。


 すると、


「お、本当に吸血鬼が抜け出してやがる!」

「報告の通り青髪の労働者もいるぜ!」


 また追加の指導者たちがやって来る。

 見つかってしまったナイトは怒りを込めた舌打ちをしてからホープを睨み、


「面倒くせェがどうやらタイムアップらしい――てめェみたいな弱虫に、頼んだ俺がバカだった」


「く……うわっ!!」


 そんな心無い言葉を吐き捨てて、ホープを乱暴にぶん投げる。ホープは何も感じる暇が無いまま、壁に背中を強く打つ。


「弱虫……弱さ……あァ忌々しくてしょうがねェ!!」


 打たれた壁から落ちて転げるホープを視界から外し、ナイトは地面を蹴りつけながら叫ぶ。

 そして俯いて小声で、



「――ブロッグが死んだのも俺の責任だ」



 呟いてから、顔を上げて口を大きく開き、


「ウチの特殊部隊員を殺しやがって……スケルトンの群れがどうした、逃げるだなんてとんでもねェ! 皆殺しにしてやるよ、エドワードんとこの三下どもがァ!!」


「ひいっ!」

「や、やっちまえ!」


 ナイトは刀を抜き、指導者たちへ向かっていった。


 勇猛果敢なナイトのその背中を見るホープ。

 『弱虫』が何を呟いたって、どうせ『強者』には届かないから、



「君は……ナイトは強いくせに。何をそんなに、苦しんでるんだよ……?」



 二人の指導者をいとも簡単に斬り捨てて、返り血を浴びるその背中に――妙な悲哀を感じてならなかった。



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