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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第43話 『怒れる獣』



「そっちを選んだか……おいそこの青髪、ドラクに会ったんだってな。あいつァここにいんのか? どっか安全な場所か?」


 レイがナイトの手枷を外すと、ナイトは感触を確かめるように手を開閉させながら、そんなことを聞いてきた。

 よくわからなかったが、ホープは「森の中じゃないかな」と推測して答えた。ドラクとジルは森から出てきて、話が終わると森へ入っていったから。


「森の中って時点で安全ではないと思うけど、まぁ元気そうだったよ」


「…………」


 するとナイトは少々の沈黙の後、無表情の無言でホープから刀をぶん取って檻の外へ。

 ――彼の大暴れが始まったのだった。



◇ ◇ ◇



 人が惨殺される光景というのは本来、気持ちの良いものではないはず。

 ――しかし自分を殴って蹴って鞭でシバいた指導者どもが、虫けらのように無様に吹っ飛ばされる姿に、ホープは見ていて妙な高揚感と優越感を覚えてしまった。


「あ! 左、左の……建物に入ってくれ……!」


 戦い終わって荒い呼吸のナイトへ、ホープはすぐさまジェスチャー。別に大声を出しても今さら良かったのだが、もともとホープは大きな声を出すのが好きではない。


 それでも必死でジェスチャーをした理由は、もちろん見張り台のスナイパーを警戒しているから。

 レイの頭はあらかじめ地下へ引っ込めさせておいた。しかしナイトには報告するのを忘れてしまっていたのだ。


 ナイトは強い。

 だがいくら強くても、脳や心臓なんか銃で撃たれてしまえば、一発であの世行きのはず。


 彼が戦っている間も、彼が撃たれないかホープはヒヤヒヤしていた。

 ――結果として撃たれなかったのは、きっとナイトが常に指導者たちに囲まれていたからだろう。

 ブロッグの側頭部を正確に撃ち抜いた凄腕スナイパーも、さすがに味方を撃ってしまうリスクを恐れたのだろう。


「あー、何だかスカッとしちゃった……ちゃんと死角に入ってくれたのね、彼」


 レイがひょこっと一瞬外の状況を見てから、また頭を引っ込めて話しかけてくる。


「そうだね。案外物分かりは良いみたいだし、血も吸わなそう――だからナイトにケビンのことお願いしてくるよ」


「え……あんたが撃たれない?」


「たぶんだけど……今、スナイパーはナイトの方に注意を向けてると思うんだよね。速く動けば何とかなる……かも」


「……まぁ……どの道動かなきゃいけないし……仕方ないわね」


 ホープの身を案じたレイだが、数瞬の後に自分もその状況に放り込まれていたのだと思い出したようだ。


「うん。スナイパーがナイトとおれに注意を向けたら、君も君の好きな所に移動するんだ」


「……そうね、わかった」


 わざわざ『君の好きな所』と表現したのは、『臨機応変に対応してくれ』と伝えたかったのに言葉が出てこなかったから。

 今、三人で固まっていても、バラバラに動いても、危険度に大差は無い。どちらかというと固まっていた方が危険かもしれない。

 だからホープはその判断を、隠れ有能(?)のレイ自身に委ねることにしたのだ。


「じゃあおれは行くよ……!」


「気をつけてね」


 心配するレイがホープの背中を軽くタッチ。

 それと同時にホープは地下から飛び出し、ナイトのいる方向へ一直線に走る。

 短距離走なら、ホープも人並みには速くて――


「ぶげぇ!?」


 転倒。

 最悪だ。ホープは特に何も落ちていない広場にて、自分の足に自分で躓いて転んだらしい。

 すぐに立ち上がろうとするも、極度の緊張で足がもつれて上手く立てない。

 やばい。撃たれる。死んでもいいけど、ここで死ぬと色々とマズいことに――



「なァに遊んでんだよ、てめェはよ」



 気づくとホープの体は宙に浮いている。

 いや声に顔を上げてみると、どうやらナイトが飛んできてホープを抱え、また跳んだらしかった。


 建物の影に戻ってきたタイミングでホープは口を開き、


「あ、遊んでるわけじゃ……」


「俺に何か話があったんだろ? さっさと言え、てめェとの会話時間はなるべく少なくしてェ」


 ひどい言われようだな、とは思ったがホープは嫌われることには慣れている。

 だからそこには触れず、


「二つ話があって、まずあそこの白い見張り台が見える? あそこにはスナイパーがいるんだ。だから君に隠れてもらった」


「……ヘェ」


 ホープを睨みながら話を聞いていたナイトは、眉をピクリと動かしてから、少し顔を出して見張り台を拝もうとして、


「ぬあァ!?」


 銃撃をギリギリで躱す。

 飛んできた銃弾は壁にめり込み、小さく狼煙が上がる。


「……本当らしいな」


「だっておれ、ブロッグさんが撃たれたのをこの目で見たから……さ。それからもう一つの話は、ケビンっていう」


「おい! ちょっと待てよ」


 ナイトが突然、ホープの話を遮る。

 掌をホープにぶつけそうな勢いで向けた彼は下を向き、もう片方の手で目元を覆った。


「おい……おい……待てよ。待て」


「いや、待ってるけど……」


「そうじゃねェよ。てめェ今、何て言ったんだよ」


「『待ってる』って」


「ふざけんな、もっと前だバカ野郎!! 『ブロッグ』っつったよなてめェ!? あの女との内輪揉めの時も聞こえた気ァしてたが……聞き違いじゃねェと!?」


 顔を上げたナイトはホープの胸ぐらを掴んで、唾が飛ぶのも気にせず怒鳴り散らす。


「い、言ったけど……あっ!」


 ここでホープは、ようやく気づいたことがあった。


 ――ブロッグの静かさ、ドラクのうるささ、ナイトの怒りっぽさをほとんど別々に一人ずつ見てきたホープ。

 そんなホープの脳内にて、三人+ジルが仲間であることが、何となく繋がっていない節があったのだ。


 彼らが仲間なのだと『理解』はしているが、あまりにもそれぞれキャラが濃すぎて『納得』はしていない。

 そんな感じの、ごちゃついた脳内になっていたのだ。


「ブロッグが……撃たれただァ!? それでこの場にいねェってことは……ってことはァ……!!」


 彼のホープの胸ぐらを掴む手は――震えている。


 しかも彼の額には汗まで浮かんでいる。


「――ッ!!」


 周囲を見回したナイトは、とうとう見つけてしまった。

 こことは別の建物の影にて……時間に置いていかれたかのように動かないモノを。


「あァ……あり得ねェ、クソ、こんなの……ふざけんじゃ……ねェぞ……」


 ブロッグの遺体。

 ここから反対側の建物の付近に転がるそれを、ナイトは凝視しつつ、小刻みに首を横に振っている。


「……お、報告を受けて来たが、お前らが反逆者か! とっ捕まえてやるぜ!」


 偶然、そのナイトの視線を遮るように、走ってきた指導者が止まる。

 おかげでナイトは我に返り、


「ダメだ。もっと近くで見るまで信じねェ。てめェも来い」


「うわっ」


 ホープの胸ぐらを掴んだままのナイトは左足で地面を蹴ってその指導者に向かい、かっ飛ぶ。

 勢いに乗せて右足を前に出し、


「何を――ぐべっ!?」


 出した右足が指導者の顔面に突き刺さる。

 ナイトはその右足に全体重をかけ、指導者の顔面を踏み台にしてさらに跳躍。

 件の建物の影へ転がり込みつつ、ホープを適当に放る。


 ナイトは、もうブロッグの遺体を見下ろす位置だ。



「ブロッグ……あァ、どうしてあんたが……どうして……死ぬ必要があるんだよ……?」



 泣いてはいない。

 泣きはしないが膝をついたナイトは、何もかもを拒絶するかのように強く目を閉じている。


 ホープが驚くほどには珍妙な瞬間だった。

 ――出会ったばかりのナイトを、ただの脳筋野郎と思っていた。荒くれ者のチンピラもどきかと思っていた。


 そんな彼は、今、どう見ても、仲間の死にひどく落ち込んでいる。悲しんでいる。

 心の底から厳しそうな表情をしている。そう見える。


 すると、


《ぶ、ブロッグさーん……聞こえておりますでしょーか……? って、やっぱダメだわな。お前が無事であることをオレは祈ってるぜマジで……無事でいてくれ……頼むからさぁ……》


 間違いなく通信機からの声だ――誰の声かも、だいたい察しがついてしまう。

 ホープが見回すと、破壊された自分の通信機が落ちているのを発見する。完全に壊れているから、音源はここではない。


 ナイトはおもむろにブロッグの体へ手を伸ばし、


「これか……」


 ブロッグの上着のポケットから黒い通信機を見つけ出す。何を考えているのかわからない、複雑な表情のナイト。


 それを見たホープは、


「あっ……うーわ……!」


 おれはバカだ、と自らの顔を叩く。

 ホープはドラクとジルへの連絡手段が絶たれたと思っていたが、よく考えるとブロッグの通信機を使えばいくらでも連絡できたではないか。


 ホープの反省をよそに、ナイトは『通話』ボタンを押し込む。



「ドラクゥゥゥゥゥ!!! てんめェ、なんてことしてくれやがったこの野郎ォォォ!!!」


《ふぁっ!?》



 ホープがまだナイトと出会っていない時に聞いた、ナイトの鬼気迫る雄叫び。

 アレと同じような声量を、ナイトは小さな通信機にぶち込んだ。


 通信相手のドラクはさぞ驚いたろう。声量はもちろん――ナイトが話し相手だという点に。


《おま、お前ナイトか!? 無事で良かったが……なんだ、お前いつの間に解放されてんだよ……ってことは通信機の不具合か何かで一時的に連絡取れなかっただけで、ブロッグは――》


「バカ野郎ォ! ブロッグはここで死んでんだよ、死人に口はねェだろ!! だァから俺が代わりに喋ってんじゃねェか!!」


《……は?》


 通信機越しのドラクは、何がなんだか、状況がわからず混乱しているようだった。

 苛立って肩を上下させているようなナイトでは冷静に説明できないだろうと思い、ホープが口を出す。


「ドラクごめん! 実はブロッグさんが撃ち殺されて、おれの通信機が壊れて、レイもナイトも助けられたはいいけど、おれがブロッグさんの通信機使えばいいってこと忘れて――」


「てめェは黙ってろォ!!」


「ぐ……!?」


 もはや見境の無いナイトはホープの長台詞がじれったくなり、再び胸ぐらを左手で掴んでくる。


「あ……が……オエッ……」


 しかし今度は先程と違い、立ち上がったナイトは左腕を大きく掲げる。ホープは宙に浮くことになり、多少息が苦しい。

 ナイトは残った右手の通信機を、自分の口元に限界まで近づける。


「ドラク、おい! なぜだ! なぜ俺との約束を守らなかったんだよォ!?」


《待て待て、待ってくれ。一旦落ち着けよナイト。そこにいんのはブロッ――》


「ブロッグは死んだっつってんだろうが! ここにいんのは気の弱そうな顔した青髪の男だけだァ!」


《あ、そ、そっか。ブロッグ……ブロッグ死んだのか……やっ、やっぱりな……予想は、してたんだが……》


「質問に答えろてめェ、なぜ俺との約束を破った!? しかもブロッグまで派遣して……見ろよ! 死んじまったぞ!?」


《じゃ、じゃあそこにいんのはホープだな。とりあえず、ホープに乱暴しないでやってくれ――あ、マズい。マズい、マズい、マズい! お前ら早く逃げろ! 早く……》


「てめェ、このまんまシラ切り通すつもりか!? いい加減ぶっ殺すぞドラク!」


 急におかしな動揺を始めたドラクに気づいているのか否か、ナイトは一層のこと苛立ちを強める。


《わかってる、マジでわかってるって! お前は納得いかねぇだろうなって、オレも理解してやったことなんだよ! これだけは信じてくれ――オレはお前を最高の仲間だと思ってる!》


「うるせェ詐欺師! 出任せの言葉で、俺を騙くらかそうとすんじゃねェよ!!」


《騙してねぇって、今のがお前を助ける理由なんだ! 薄っぺらいと思うだろうけども、これ以上に真実を言えってお願いされてもどうしようもねぇよ!》


「じゃあブロッグはどうして来させた!?」


《そりゃブロッグから協力するって言ってくれたからだよ、オレが強制するわけねぇだろ! まさか死んじまうなんて、オレにも予想外なんだからオレに当たるんじゃねぇ!》


「おい、『当たる』とか他人事みてェに言ってんのはどういう理屈だァ!?」


《理屈もクソも、ここで喧嘩してる暇なんかねぇからだよ――ジルがそっちにスケルトンの群れを連れて行ってんだ! お前ら早く逃げろ! オレはジルに止めるよう言ってみるから、切るぞ!》


「あァ!? ドラクてめェ待ちやがっ――」


 ――ブツリ。

 肝を冷やしっぱなしの怒号ラッシュは、焦るドラクが強制的に切断させて幕を下ろす。


 当然、怒りのやり場を失ったナイトは、


「クソがァァァ!!」


 後先も考えずに右手の通信機をぶん投げ、唯一の通信機は建物の壁に当たって砕け散る。

 さらに左手に掴んだホープの胸ぐらもパッと離した。


「いっ……」


 尻餅。

 シンプルに痛いのだが今気になるのはそれよりも、


「二人に、何が……?」


 ドラクとナイトのやり取りは、部外者(ホープ)からはただの罵り合いにしか見えなかった。

 事情を知っていればもっと深く理解ができただろうが、いかんせん情報が少ない。


「ハァ、ハァ……何がどうなると、ここまでひでェ状況になんだよ……おォ!?」


 ナイトは相変わらずの険しい表情で、建物の壁を全力で殴った。石でできた壁が少し凹むほどの威力。

 彼は拳からボタボタ血を垂らしながらホープへ近づいてくる。


 まるで暗い森の中で得体の知れない猛獣に遭遇したような、そんな生々しい恐怖にホープは駆られる。


 ――下を向き気味のナイトだが、開いた口の中では二本の牙が高らかに輝いていた。


「てめェ、青髪」


「へ?」


 彼は何やら閃いたような表情をして、ホープの方へ顔を上げて目線を合わせる。



「――俺を殴れ」


「へ??」



 ホープは、それを冗談かと思った。変な夢でも見てしまっているのかと思った――そう思いたかった。



「――殴れ」



 だが、真剣な顔でもう一度同じことを言ってくるナイトの迫力は、紛れもなく現実であった。

 その時のホープはきっと、呼吸を忘れていたことだろう。



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