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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第42話 『――教えてやるよ』



 ――ドサドサッ。


 空へと突き上げられた五人の指導者は、何がなんだかわからないまま地面へ墜落。

 全員が混乱していても、全員わかっていた。


 どこから現れる、何を恐れればいいのか。

 それだけは全員理解していたのだ。


 顔を起こす指導者たちは、一様に地下特別監獄の入口へ振り向く。


「あァ……日の光ィ浴びんのは、何日ぶりだ……」


 埃を被った銀髪はまるで喜んでいるかのように、太陽の光を反射して煌めく。

 険しい顔つきながらも多少気持ち良さげに天を仰ぐ吸血鬼――ナイトに、疑問を呈する指導者が一人。


「はぁ……はぁ……おいおい、吸血鬼ってのは日の光に弱いって噂を聞いてたんだけどよぉ……!?」


 それを聞いたナイトは不愉快そうに、


「つまらねェ噂だな。それを信じ込むようなてめェらは、もっとつまらねェ」


 ――ナイト個人としては夜の方が好きではあるが、日の光に弱い吸血鬼などこの世界にはいない。


 よろよろと立ち上がってきつつある指導者たちを見たナイトは両足に力を込め、


「いくぞ」


 大地を邪魔臭そうに蹴り、実質たった一歩で指導者たちの眼前へ飛び込む。


「うあぁっ!?」


 臆した一人の指導者に狙いをつけ、自分の右下段後方に構えていた刀で力強く斬り上げる。

 腹や胸からの鮮血が、昇り龍のごとく噴き上がる。


「てめぇ!」


 横から鉄の棒を振り上げる指導者が突撃してくるが、ナイトは返す刀で指導者のガラ空きの体を袈裟斬りにする。

 刀を振り抜いた方向へ、びしゃりと血が飛んで地面に一本のラインを引く。


「やめろや!」

「この!」


 同僚を二人も殺されたため憤慨しているのか、他の二人の指導者がナイトを挟むように両側から迫る。

 一人は素手の握り拳、一人はナイフ二刀流。


 だがナイトにとってそんなことはどうでも良くて、


「しィっ……!!」


「!?」


 ナイトはその場でしゃがんで攻撃を躱し、右脚を伸ばしてぐるりと回転。突っ込んできた二人の足を横に払った。

 直後すぐにもう一回転し、払った内の一人の顔を刀で両断。


 倒れたもう一人へトドメを刺そうと近づくと、後ろから気配を感じた。

 ナイトは前で構えていた刀をくるりと回し、振り向かずに後方へ突き出す。

 すると、


「ぐ……っ?」


 見もせず(カン)で突き出した刃は、不意打ちを狙った指導者の腹に突き刺さる。まさに神業、逆不意打ち。

 やはりナイトは振り返らないままその刃を抜き取ると、背後からは膝から崩れ落ちる音がする。


 足を払われて倒れていた指導者は、腰でも抜かしたのかまだ立てていないが、


「……そぉら!」


 こいつも不意打ちのナイフ投擲。

 その男はナイフ二刀流の方。投げられた一本をナイトは刀で払いのけ、さらにもう一本を構えて突っ込んでくる指導者の、


「げっ」


 喉をかっ捌き、その勢いでナイトは後ろへ振り返る。


「――おォおォ、飽きもせず次々出てきやがる」


 五人が今片付いたというのに、さらに四人ほどの指導者が追加でやって来た。

 その中の一人、やけに傷だらけの指導者が口を開く。


「俺をぶん殴ったあの青髪のクソガキ、絶対ぶっ殺してやる。あいつをゆっくり殺すためには、まずてめぇから始末だ」


 青髪――といえば、ナイトを助けに来たあの少年だろうか。

 どこかナヨナヨしていたり、助けるのが目的のはずだったナイトを恐がっていたりと妙な男だ。


 ――あんなヒョロヒョロが指導者を殴ったとは驚きだ。

 あのヘタレで弱そうな青髪の男は、ナイトにとっては守る価値もなく気に入らない奴なのだが、


「てめェ今、俺のことを青髪の『ついで』みたいに言ったよなァ……そっちの方がもっと気に入らねェ」


 もっと気に入らない奴が目の前に現れたので、斬り殺すまで。


 気に入らない指導者は他に二人を伴って、ナイトの方へ突撃してくる。

 バカみたいに武器を振り上げて、アホみたいな走り方で迫る三人を、


「ゥるるァァァァァ!!!」


「ぶふ……っ」


 雷のように踏み込んだナイトは指導者たちを刀で薙ぎ払い、振るわれた刃は死神の鎌のようにその命を刈り取る。

 胸や腹が抉り斬られ、腕が吹き飛び、三人それぞれ血肉が踊るように舞い上がる。


「……雑魚どもが」


 倒れる三人に吐き捨てるように言い、ナイトは前を見る。そこには鞭を構えた指導者が立っていた。

 使い古された鞭には、赤黒いシミが当たり前のように付着している。

 今まであれで、何人の人間を殺し、傷付けてきたのだろう。考えたくはなかった。


「まぁお前は労働しちゃいないだろうが……捕まってたんだから、この鞭の餌食になったって文句は言えねぇよな……?」


「俺にその鞭ィ、当てられる気でいんのか」


「もちろんだぜ……俺が、俺たちが、今まで何人の労働者の背中をこいつでぶっ叩いてきたのか、お前知らねぇだろ!?」


「知らねェな」


 その言葉を皮切りにナイトは駆け出す。

 右から左からしなるように飛んでくる鉄の硬度の鞭を、刀で受け流す。ぶつかる度に迸る火花が、視界の端にいちいち入ってくる。


 走るナイトは、もうすぐ敵を斬れる間合いに入れる。そんな時、


「――へっ。捕まえたぜ」


 さしものナイトも少し驚く。

 指導者はこれを狙っていたのか、いつの間にか鞭がナイトの刀に巻きついている。

 動かそうとしても、びくともしない。


「ちィ、面倒くせェことを――」


「この野郎……!」


 愚痴るナイトの背後から声が。少しだけ振り返ってみると、隻腕でナイフを振りかぶる男。

 奴は先程斬ったはずの気に入らない指導者だった。片腕が吹っ飛んだだけで、息はあった模様。


「絶対絶命だろ、吸血鬼?」


「…………」


 後方からナイフを持った男が走ってくる中、鞭を持つ男がナイトに話しかける。


「もともとエドワードさんは、お前を弱らせてから殺そうと考えて閉じ込めてたんだったな。つまりお前は俺らの作戦にまんまとハマり、ここで死ぬのさ!」


 確かに捕まったあの時、エドワードがそんなようなことを話していた気がした。


 ――いくら毎日叫ぶような元気があるとはいえ、この一週間近く何も腹に入れていない。

 今も常に空腹感で満たされているし、喉の渇き具合は砂漠の砂のようだ。


 戦っている最中でも時折、体に力が入らなくなる。

 それくらい疲弊がピークに来ている。


 しかし、


「教えてやるよ」


「あ?」


 だからといって、負けるわけにはいかない。


 ナイトは『戦士』だ――戦士たる者、そりゃあ戦いに負ける時もある。

 決して負けてはいけないのは、戦いではない。()()()()で、だ。


「まだ喋る元気があるとは、本当に吸血鬼ってのは呆れた頑丈さで……っ!? ぐっ!? おい!?」


 ガクン、と強く引っ張られて焦る指導者が、顔を上げてナイトと目を合わせる。

 ナイトの鋭い眼光にようやく恐怖を覚えたらしい指導者だが、



「てめェらの唯一の失敗を、教えてやるってんだ」


「うおっ!? まさかお前!!」



 ガクン、ガクン。強すぎる力に引っ張られて、指導者にはもう抗うことすら許されない。

 ――ドンッと地面が揺れるほど右足を踏み込ませ、ナイトは鞭の巻きついたままの刀を渾身の力で左へ振るう。


「あああァァ……」


「ぐぅおぉ!?」


 鞭から手を離そうとしない指導者も、振られる刀と鞭に合わせて宙を舞う。


「ぎゃあ」


 ナイトの後ろから迫っていた隻腕の指導者にぶつかって巻き込み、



「あああああァァァァァァ――――!!!」



 咆哮、そして轟音。


 ナイトの右後方にあった建物の角に、めり込むくらいの勢いで指導者二人が叩きつけられた。

 その爆発的な威力に、耐えられる人間などいないはずだ。


「ゼェ、ゼェ……んん? あいつァ……」


 今までずっと見ていたのか。もはや遠くにある地下への扉から、顔だけ出している青い髪の少年が『左へ、左へ』と必死でジェスチャーしている。

 恐らく『建物の影へ』という意味だろう。理由はわからないがナイトはその通りに影へ入っておいた。


 その場所から見上げれば、真上にある。

 刀から離れた鞭の先でグチャグチャになっている二人の男の死体を見届け、ナイトは呟く。



「てめェらの唯一の失敗は――この俺を、『閉ざされた地獄』に閉じ込めちまったことだ」



 言いながら血の付いた刀を軽く拭き、鞘へ戻す。


 ナイトは、比喩である『地獄』を、本当の『地獄』へと変えられる男。

 ――『閉ざされた地獄』の意味をひっくり返す男なのだ。



「エドワードの野郎は……ブチ殺さなきゃだなァ……」



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