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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第41話 『反撃の時間』



「んに、逃がすかよ……反逆者のクソガキども……チクショウ、体が動かねぇ……!」


 先程ホープに殴られた指導者の男は、反逆者とみなしたホープとレイが走っていくのを見ていた。

 その方向。微かに聞こえた『ナイト』という固有名詞。奴らが向かうのは間違いなく、


「地下の特別監房……あの化け物のとこだな……!?」


 もし予想が当たっているならば、これはとんでもない事態だ。


 ――エドワーズ作業場が、()()()()()で『閉ざされた地獄』になってしまう。



◇ ◇ ◇



「早く、早くホープ!」


「はぁっ……はぁっ……ちょ、キツい。レイ、ちょ、待ってって……キツい。はぁ……っ……」


 土煙の舞う作業場。

 口を手で押さえて走る、若者二人。


 レイは前へどんどん走っていくのに対し、ホープは肺活量が足りずにどんどんペースが落ちている。

 心臓の鼓動はうるさいくらいだし、息をするたび喉が焼けるようだし、肺や横腹がキリキリ痛くてしょうがない。


 だが目的地はもう近かった。


「ホープあれ、怪しくない?」


 レイが指差したのは路地の中、地面と垂直でも平行でもなく、斜めに取り付けられているドア。南京錠が付いている。

 地下に続いているタイプのものだろう。

 ホープはすかさず見取り図を開くと、


「見取り図だと……あそこっぽいね」


 ホープの明るい言葉にレイは頷き、二人してドアの前へ走り寄ろうとするが、


「げほっ、ごほっ、何なんだこの砂埃! 何も見えねぇじゃねぇかよ!」


 ホープとレイからも砂埃で見え難かったが、ドアの前では見張りの指導者が咳き込んでいた。


「げぇほっ、げほぁっ!」


 指導者が一際大きな咳をして前屈みになったその時。猛然と駆け寄ったレイが、



「せやぁっ!!」


「ぶ」



 大きく振りかぶった木の杖を、指導者の後頭部に遠慮なく叩き込む。

 短く苦鳴を発した指導者は一撃で地面にのびてしまった――今落とした鍵は、きっと地下への扉のものだ。


「やったわね! この人も死んでないと思うから、早く入ってナイトさんを助けましょ!」


 多少の罪悪感はあれど、ホープに向かってガッツポーズを決めるレイ。

 ホープは苦笑し、


「レイ……君って、弱そうなフリしてけっこう武闘派だよね……」


「む。だからそういうの女の子は喜ばないわよ、って前にも話さなかったっけ?」


「聞いたしわかるけど、だってさぁ……だって、どう考えてもおれより強いじゃん……」


 今あっさり人間を倒したレイだが、彼女ができるのは『他人の』支援のみ。自分に魔法はかけていないのだ。

 つまり魔法無しの生身の戦闘力を比較すると、ホープはレイにすら勝てる気がしなくて困惑してしまった。


 そんな冗談はさておき、二人は指導者が落とした鍵を拾ってドアを開けにかかる。

 南京錠は外れた。が、それは予想以上に重かった。


「んー!」

「ぬー!」


 ただの木の扉にしか見えないが、細身な二人のか細い腕では持ち上げるのに相当苦労しそうだ。

 と思いきや、


「ダメね。だったら作戦その二へ移行しましょ。ホープ、持ち上げてて!」


「あ、うん」


「いくわよ……それっ!」


「うおおお!?」


 レイが杖を振るとホープの両腕が白く輝く。

 溢れるパワーのままに、重かった扉をちゃぶ台返しのごとき勢いでこじ開けた。


 その先に広がるのは埃っぽい下り階段。

 中に入るとホープはすぐに、拾っておいた木の板を使って扉を開かないように細工しておく。


 階段は20段も数が無く、意外と短かった。


「きゃっ」


 地面へ降り立った瞬間に二人を歓迎したのは、泥っぽい水たまり。

 暗くはないが不気味な地下の空間、パチャンと響く音に驚いたレイがホープの腕を抱き寄せる。


「あっ、ごめんなさい」


「別にいいよ……それより人の気配を感じないけど、ここにナイトが?」


 申し訳無さそうにホープの腕から離れて、レイは辺りを見回す。


「あんまり広くないわね。中には見張りというか、看守? の人もいないみたい」


「エドワード一味はボスも三下も、揃って適当だからね……」


 適当でなくとも、こんな埃っぽい地下室など見張りたいと思う者はいなさそうであるが。


 向こう側の壁まで見渡せるが看守は一人もおらず。

 二人にとって、これは好都合。今の内にナイトを探し出せばいいのだから。


 ホープはさすがにじれったくなり、


「ナイト!! ナイトって人はいる!? おれたちは君を助けに来たんだ! ドラクって人と協力して、ここに来たんだ! 急いでるから、いるなら返事してくれぇーっ!」


 牢獄の並ぶ狭い地下空間いっぱいに響く声で、探し人への近道を切り開こうとする。

 するとすぐに、



「はァ? ――――ドラクだァ!?」



 返事が聞こえたのでホープもレイも安堵、焦りながらその方向へ走っていると、


「おいてめェっ、そんなわけねェだろ! 変な冗談抜かしてんじゃねェぞこの野郎!」


「口悪いなあ……!?」


 毎日のように咆哮を上げている――という時点で大方の察しはついていたが、ナイトは気性が荒いらしい。

 しかもドラクの言う通り、まだこんなに叫ぶ気力が残っているほど彼は強いようだ。


 ――待て。ドラクのことを『変な冗談』とは何だ?


 疑問を抱えながらホープとレイは、目的の人物が閉じ込められる檻の前へと立つ。

 そして、唖然。


「え……あたし普通に人間かと思ってた! どうして言ってくれなかったのよ!?」


「いや……おれも知らなかったよ……君が、ナイトでいい?」


 鉄格子の中。監房内でも一番奥――壁から伸びる手枷に動きを封じられている、険しい顔つきの20歳くらいの男。


「あァ、そうだが……」


 髪型は、まるで獅子の鬣のよう。そのワイルドさとは裏腹に、髪の色は美しさや儚ささえ覚える銀色一色。

 頬の傷、鋭い目つき、漆黒の双眸からは『平穏』とはかけ離れた百戦錬磨の闘志が感じ取れる。


 しかし何よりも――彼の口元を見れば、鋭利な二本の牙が見えるではないか。


「なァんだよ、てめェら感じ悪ィのな……俺が『吸血鬼』だと、何か困ることでも?」


 『吸血鬼』のナイトに、ホープは返答できないでいる。


 困るというか、単純に『解放したら血を吸われて殺されるのでは?』という予測が立ってしまうだけのこと。

 ――幾分ファンタジックな死に方だが、苦しそうだ。ホープも体験したくはならなかった。


 何も言わない二人に、ナイトは吸血鬼らしい色白な顔を怒りで歪めて、


「さっきの話だけどなァ、ドラクには……あのバカには『助けに来るな』と伝えてある。どこでその情報拾ったんだか知らねェが、俺を騙そうったってそうはいかねェ」


 どうやら人間のドラクと仲間であるのは事実だという。ならばナイトを解放しても、実は安全なのか?


「見ず知らずのてめェらなんかに、助けてもらわなくて大いに結構だ」


 ナイトは自嘲っぽく笑うこともなく、ただ険しい顔つきで目を逸らすのみ。

 見た目に反さずプライドの高そうな男であるが、


「――バカはあんたの方よ、ナイト」


「あァ?」


 いきなり彼を罵る誰か。ナイトは眉間に皺を寄せ、もともと鋭い目つきをさらに獣じみた鋭さへ変貌させる。

 ホープは後方から聞こえた声に振り返る。


「レイ……」


 いつの間にかレイは後ろの壁に掛けられていた鍵の束を回収していた。

 解放してからというもの、有能さを次々と発揮するレイ。

 そんな彼女にホープが圧倒される中、


「バカとはいい度胸だ女ァ、てめェに何がわかる!?」


 手枷を揺らし、喉を潰しかねない勢いで怒鳴るナイト。

 小便を漏らしても責められないくらいには恐ろしい光景だが、レイは少しも怯むことなく、


「ええ、あんたたちの事情なんか知らないし、そもそもドラクって人に会ったこともないわ。でも」


「でも、何だよォ!?」


「ドラクでも誰でも関係ない。せっかく差し伸べてもらった手を、考え無しに払うなんて――バカにしかできないわよ」


「ッ……うめェ屁理屈だな……!」


 仮面を付けていても、レイが臆していないと一目でわかるのだからすごい。

 逆にナイトが返答の際に少し目を逸らしている始末だ。


 バカなどと彼を呼びつつも、レイは淡々と鉄格子の鍵を開ける。


「なっ、てめェ……」


「あたしは知らないけど、ホープはドラクと会ったはずよ。彼に何でも質問してみたらどう? ――こっちにだって助けたい人がいるの。あんたたちを助けるんだから、協力してよね!」


「んな勝手なこと……!」


 まだ何か言いたげなナイトを完全に無視して、レイは続けて両腕の手枷を外そうと近づく。

 が、


「危ないよレイ、止まって!」


 ホープは思わず口を出してしまった。


「な、何でよ? ホープ、あんたドラクにこれ頼まれたんじゃなかったの!?」


「頼まれたさ。頼まれたけど……ちょっと彼を刺激しすぎたじゃないか! 今近づいたら殺されるっ……かもしれない!」


 それがホープの本能が告げた危機だった。


 本当に当たっているかわからないが、可能性は十分ある。今、彼に無闇に近づくのは安全とは言えない。


「急にどうしたよてめェら……?」


 突然始まった知らない奴らの内輪揉めを、ナイトは首を傾げて不思議そうな目で見ている。


「そうよ、どうしたのよホープ! さっさとこの人助けて、ケビンと一緒にここを逃げ出さなきゃ!」


「わかってるし最終的にはそうするよ……でも今の雰囲気じゃ上手くいかない、殺し合いが始まりそうだ。お互いに頭を冷やして――」


「そんな時間あるわけないじゃない! もうあたし早くこの作業場出て行きたいのよ!」


「おれだって出たいよ! だから少ない時間を大切にするんだ! ドラクもジルも、ブロッグさんも、あんなに頑張ってくれてたんだから!」


 囚われた男そっちのけ。開いた檻の中のレイ、檻の外のホープは本格的な口論に。

 ――実はこの場で唯一冷静なのはナイトで、


「なァ、そこの通路に俺の刀があるんだ。てめェらがもしこの鬱陶しい手枷を外すつもりなら、そいつを俺に寄越して――」


「うっさいわね! 黙ってて!」


「おい俺を助けに来たんじゃねェのかよ。真面目に、てめェら殺しちまうぞ?」


 ホープは思う――ナイトから見ると自分ら二人のやり取りは、滑稽でしょうがないだろう、と。

 レイとナイトが喧嘩するのはまだいい。初対面であり、性格の相性があるだろうから。


 しかしホープとレイは、何だかんだで長いこと一緒にいる。それでもまだ喧嘩は絶えない。

 もともと頼れる者の少ないこの世界なのに、それでも仲間同士で口論になってしまう。意見が食い違ってしまう。


 つくづく甘くない、理不尽な世界である。


 ――と、そんな時。



「お、砂埃晴れてきたぞ」

「倒れてた奴の言ってた通りだ! 誰かが地下に侵入しやがったな!」

「見張り番やられてるもんな、確定だ!」



 外、つまり地上から複数の指導者の声がして、湿った地下室の空気を震わせる。

 レイは焦り、


「え、敵!? どうするの、ドアの鍵は!?」


「閉めといたよ。いつまで保つか……わからないけど」


 問うてくるレイだが、ホープだって扉に施錠しないとどうなるか、洋館にて苦い思い出がある。

 混乱する二人を見たナイトは険しい顔つきのままだが、どこか二人を嘲るかのような声質で、


「俺ァもういいぜ。このまま捕まってても面白くねェ、解放してくれりゃァあの三下どもを斬り刻んでやる。てめェらの処分を考えんのを、その後に回してな――どうする? 解放するのか?」


「何だか立場が逆転してるみたいね……」


「実際そうだろ? 二人して弱そうな振る舞いばっかりしやがって、あの三下どもに勝てるたァ思えねェ」


「…………」


 無理だろう。いくらレイがホープより強いとは言っても、所詮はその程度でしかない。

 魔法で強化してもらって殴り倒すのもできるだろうが、敵の数を考えるとジリ貧は免れない。


「俺を解放するもしねェもそっちの自由だが、同じように俺もてめェらを殺すか殺さねェか勝手に決めるぞ」


 ホープもレイも、真剣そうなナイトの恐ろしい言葉に戦慄する。刀なんて渡した日には、二人して一瞬であの世行きかもしれない。

 だがもっと背筋が凍りそうなのは、



「オラぁ、観念しやがれ!」

「お前ら皆殺しだぁ!」



 指導者たちが、とうとう斧で扉を破壊し始めたこと。ただの木製の扉だ、耐久性に期待はできない。

 ――もう時間が無い。


「ホープ……今でもあたしのこと、信じてくれてる?」


「……うん。さっきは余計なこと言ってごめん。君に任せるよ、レイ。気にせずどっちか選んで」


 信じることも、愛するものも、自分で決めてほしい――レイの仮面の下の眼差しは、何を信じる?

 ホープはその答えを見たくなった。だから、レイを信じた。



◇ ◇ ◇



 ドアが破壊される――階段を駆け下り、水たまりを駆け抜け、一人の指導者が特別監房のある地下室へ踏み込む。


「いるのはわかってんだぜ? 出ておいでー、ヒョロヒョロのクソガキどもー」


 短剣の刃を舌で舐めながら、反逆者たちの姿を求めて指導者は見回す。

 奥の檻から誰かが出て来る。険しい顔つきのその人物は抜刀し、




「てめェは良い選択をしたぜ、女」




 ――それが誰なのか判った次の瞬間には、指導者の首から上は宙を舞っていた。




「始めようじゃねェか……反撃の時間を」




 勇ましく地面を蹴りつけた白銀の吸血鬼――ナイトは通路を駆け抜け、階段を駆け上がり、



「まさかアイツ……がぁぁ――!」

「ぐわぁぁぁ――!」

「ぎゃぁぁぁ――!」



 階段を下りてきていた五人ほどの指導者たちを地上へと押し戻し、そのまま空へ突き上げた――



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