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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
44/239

第40話 『最終手段』

1話目の後書きでは感想についてしか触れませんでしたが、ブックマークもやはり嬉しいものですね。

ありがとうございます。マイペースに続けていこうと思います。













 ――夢なら、覚めてくれ。


 ナイトが捕まった時も、ホープが本部に侵入したと聞いた時も、ドラクはそんな下らないことを考えないように注意していた。

 だが、今回ばかりはどうしても考えてしまう。


「なぁジル、オレは確かに言ったよな? この口から発したよな? 『ブロッグが逐一連絡を入れてくれる』ってよ……」


《ん、言ってた》


 先程、ドラクはブロッグからの通信を受け、話したのだ。

 彼はそのとき作業場じゅうに地雷を仕掛けて回っていたらしく、荒い息ながらも小声で通信していた。


 彼は言っていたのだ。


『この先、どう転ぼうと事態は分刻みで動いていくぞ。何か進展があったらその都度、私は君に連絡を入れよう……もし連絡が一つも来なかった場合は――』


 ――私が死に、作戦が失敗した時だ。


 そんなことを、ブロッグは言い残したのだった。


「マジで……どうすんだよこれ……!?」


 ――ブロッグがそんな言葉を残してから、かれこれ30分は経っているではないか。

 同様にホープからも連絡は無し。

 こちらから話しかけてみても、二人して音沙汰無しなのだ。


「どうする、どうする……ブロッグの話を深堀りすると『自分が死んだら作戦は失敗』って意味になる。ってことはホープとレイだけじゃ作戦の遂行は無理だってブロッグは考えてるわけで……今となっちゃホープたちさえどうなってるかわかりゃしねぇ……」


《……ドラク》


「くっ、ブロッグの奴、作戦が失敗したらオレらどう動けばいいか言ってくんなかったじゃねぇかそういえば……でもよく考えてみろよ? スケルトンの群れを集めといて非常時には突撃させる……ってのはブロッグの意見であって……」


《……ドラク?》


「あいつは『事態は分刻み』とか言っといて30分もオレらにダンマリだ! 要するに今オレの独断でスケルトンどもを行かせたって恨まれる筋合いはねぇと」


《ドラク!!》


 今の通信相手――ジルが、まさか大声を出せるとは思わずドラクは大きく体を震わせた。そのくらい驚いたのだ。


《喋っても、解決しない。あなたに判断、任せる。私はその通りに動く》


 『最終手段』、つまり森に集めたスケルトンの群れを誘導してエドワーズ作業場へ突撃させ、それに乗じてこちらも忍び込むという荒業。

 ジルはドラクに、それを実行するかどうかを聞いている。


「わかってんだよ、そんなことはぁっ!」


《……!》


 猛スピードで回転して熱くなってきているドラクの思考は、ジルの冷めた声に割り込まれると、どうにも沸騰してしまった。


「……悪ぃ」


 何も悪くないジルを怒鳴ってしまったこと、ドラクはただひたすら後悔する。



「わかっ、てんだ……早く決断しなきゃって。わかってんだけどさ……怖ぇよ。何もかも、怖くてしょうがねぇ……」



 震えが止まらず、自分の肩を抱くドラク。

 ドラクは今、森の中で通信機の親機の前に居座っている。


 そしてジルは群れのすぐ近くにいる。もしスケルトンの群れを突撃させるなら、群れと一緒に突入するのはジル一人で、ドラクは後から入る形となるだろう。


 ――ジルが奴らを誘導している間に一度でも躓いたりすれば、彼女は為す術もなく死に絶える。

 ――もしも作業場内でブロッグが、ホープが、レイが生きていたら、彼らは突然スケルトンの群れに襲われるわけで、事態が最悪のレールに乗ることは避けられない。


《私だって、怖い。でも、もしここで死んでも――ドラクを恨んだりしない》


「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!! オレの責任になるのなんて怖かねぇ! ただ単純に、お前とか仲間が死んじまうことが嫌だっつってんだ! 複雑にすんな!」


 頭をガシガシ掻きむしり、ドラクはまた通信機に向かって怒鳴る。

 反省したばかりなのにまた繰り返しているところに、彼の焦り具合が如実に現れている。


「あークソ! あーーークソっ! オレが何でもかんでもすぐ決められると思うなよ!? ブロッグやホープが死んじまってるかもしれねぇんだぞ! しかも生きてたとしても、オレの決断があいつらを殺すことになるかもしれねぇんだぞ!」


 半泣きのドラクは、恥も外聞も無しだと子供のように騒ぎ立てている。


 ――もし『血みどろの花火大会』の音がドラクやジルやスケルトンに聞こえていたなら、話は違った。

 だが誰の耳にも届かなかった。


 ドラクは通信を待つ間は激しい緊張状態に苛まれて、耳が周囲の音など拾ってくれなかった。

 ジルはすぐ近くにスケルトンの群れがいるため、その唸り声で周囲の音が掻き消される。

 スケルトンの群れは目覚まし時計の音に誘導されっぱなしで、聞こえるはずもない。


「これってオレが決めなきゃダメかなぁ……どうしても、オレが決めなきゃいけねぇかなぁ……」


 ブロッグとの最後の通信が切断されてからの、孤独と静寂に満ちた30分間。

 それはドラクの心をじわじわと打ちのめし、ドラクをすっかり弱気にさせてしまったのだ。


《……決定、あなたに任せるけど……私は『最終手段』、使った方が、いいと思う》


「そう思うか?」


《ブロッグ、ホープが死んだ、とは思いたくない……けど、通信が来ないって、考えられない》


 他人に甘いジルは、普段ではあり得ないほど追い詰められているドラクの内心を慮って助言。

 ドラクは何も考えられていなかった。どうするのが最善なのか、いつものように頭が回せないのだ。


「じ、じゃあ……」


 それが良いことか悪いことか、考えずにジルの言葉を鵜呑みにすることにした。

 ――実際のところ、考えても答えなど出やしないのだが。


「やろう。やっちまおう……ジル、頼む。オレはもうしばらく連絡を待ってみる。そしたら必ずお前に合流するからよ」


《わかった》


「絶対死ぬなよ、マジで足元注意しろ!」


《ん》


 ドラクの忠告を聞き届けてから相変わらず短く返事をして、ジルは通信を切断。


 ――冷静なように見えて、ジルだって何も感じていないわけではあるまい。

 ブロッグとは時々喋っていたようだし、ホープのことも気に入っていた。彼らが死んだのならばきっと、ひどく悲しいはずだ。


 頭を抱えるドラクは、また今のがジルとの最後の通信になったりしないことを願うばかりだった。



◇ ◇ ◇



 バーク大森林の、とある木。

 割と高い位置にある枝の上に、フードを外したジルは立っていた。


「…………」


 一つのため息を吐く。下は向かず、上を向いて。


 なぜなら下を向くとそこには、


「ア"ァァオ"ァァ」

「ウゥ"ァァァ"アァ」

「オアァァ"ァ」

「ウゥ"オォォウ"」

「ラ"ァァァァ"ァァ」

「アカ"ァッアウ"ァ」


 数を数えるのも嫌になるくらいの大量のスケルトンや狂人たちが、少し広いスペースに密集しているから。


 見るも恐ろしい光景。

 だが群れの中の一体たりともジルに気づかないのは、中央にけたたましく鳴り響く目覚まし時計があるためだ。


 最初は、もともと出来上がっていた大きな群れを時計の音で引き寄せただけだった。

 しかし森じゅうのスケルトンたちが、あの時計のうるさい音に次から次へ引き寄せられ、群れの規模は自然と超巨大になっていってしまった。


「ブロッグ、ホープ……もし生きてたら、ごめん」


 少し風が吹くと、ジルの柔らかな黒髪が、パーカーの裾が、ふわりと揺れる。

 ジルは覚悟を決めてフードを被り、下の方を向く。


 枝の上で慎重に膝を折り、ポケットから取り出したのはいくつかの石ころ。それらを下へ投げていく。


 四つ目の石を投げると目覚まし時計に命中し、破壊とともに、やかましい音が止んだ。


 ジルは素早く木から滑り降り、取り出した手斧で木の幹を強く叩く――わざと大きな音を出したのだ。


「カ"ァァアアッ」

「オオオァア"ァァ」


 すると群れの中でも一番近いスケルトンたちが振り向き、ジルをターゲットとして認識。ふらふらと追いかけてくる。

 他のスケルトンたちも振り返り、先頭集団に続いてジルの追尾に加わる。


「…………」


 走るジルは通り過ぎる木の幹を几帳面に全て、手斧の刃ではない方で叩いていく。


 音に釣られたスケルトンの群れは、金魚のフンのように執拗にジルを追いかけ回す。

 ジルの肉を貪り食いたい、ただそれだけの欲求を満たすため。


 ――こうして途轍もなく巨大なスケルトンの大群は、意気揚々とエドワーズ作業場へ向かうのだった。



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