第39話 『奮闘』
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領域アルファ防衛軍・特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』。
隊員ブロッグ・レパント、45歳。
『潜入』を得意とし、彼が内部に潜り込んで壊滅させた反社会的組織は数知れず。
20年以上の歳月を軍に捧げ、日夜戦ってきた生粋のベテラン。
――エドワーズ作業場にて射殺され、その軍人人生に散る。
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――夢なら、覚めてくれ。
このような下らないことを、ホープはエドワーズ作業場に閉じ込められてから何度考えただろう。
なのに、
「あぁ……嘘だ……嘘だって……」
目の前に横倒れるブロッグには、もはやそんなことすら思えなかった。
ただ頭を抱え、逃避の言葉を口から垂れ流すのみ。
「なに……何なの、何がどうなってそうなったの……ちょっとホープ、これ……ど、どうすれば……!?」
「そんなの、聞かれたって……」
わかるわけがない。
ブロッグに会ったばかりのレイは『頼りになる人が死んだ』という薄い印象だろう。
だがホープには『ブロッグさんが死んだ』なのだ。強さ、優しさ、格好良さ、色々知った上で彼を『希望』だと思っていた。
だから、ホープの脳内はぐちゃぐちゃだ。
「……ダメだ! 動かないと……!」
だからといって、止まってはいけないのだ。
ブロッグの命が絶たれ、レイの精神状態の悪さは未だ計り知れない。
そんな時にホープまで思考を停止してしまっては、これまでやってきたことの全てを無に還すようなものだから。
「銃があるのか……作業場に……?」
まず――吐き気を必死で抑えて――ブロッグの死体を跨ぎ、彼を殺した者の確認をする。
そっと、建物の影から顔を出す――
「んっ!?」
風を切る音の直後。ホープの顔のすぐ上、建物の角に何かが当たったような音。
反射でホープは頭を引っ込めるが、全然間に合っていない。
「こ、これは……」
九死に一生を得たホープは、何か小さいものに削られたような壁を見る。
間違いない。今、銃で撃たれかけたのだ。
先程顔を出した一瞬の内、ホープが視線の先に捉えたのは、
「見張り台……あの白い箱……! 疑ってたんだった! もう、忘れてたなんて……」
下を向いて嘆き、思わず壁を拳槌で殴る。
――銃弾製作所で噂話を聞いた時、ホープは確かに『見張り台にはスナイパーが潜んでいるかも』と冗談半分で推測した。
――白い箱へ梯子を登っていったローブの人物は、横長のアタッシュケースを持ち運んでいた。
それでどうして、警戒を強めなかったのだ。
「ほ、ホープ大丈夫なの……?」
背後から心配の言葉をかけてくるレイに、ホープは振り向かないまま、
「大丈夫じゃないよ。本当に気をつけないといけない……見張り台の中には、銃を持った奴がいる」
「そ、そんな……! じゃあブロッグさんは、それにやられたのね……!」
もはやレイの返答を待つ余裕すら無くて、ホープは下向きのまま振り向き、通信機を取り出す。
「ドラクに、このことを話さないと……」
意味もなく歩いてレイの横を通り過ぎた、その瞬間。
「うわっ」
「おっ……と」
角を曲がってきた指導者とホープはぶつかり、通信機が手から滑り落ちてしまった。
――時刻的には、指導者が出てきたって何らおかしくない頃だ。
「あぁ? ……てめぇら、ここで何してやがる? 何だよこの怪しい機械はよぉっ!?」
「ああっ!?」
足元に転がったホープの通信機を、指導者は踏みつけて破壊した。一瞬の出来事。防ぐ術などなかった。
――これでドラクともジルとも連絡が取れなくなった形に。
「青髪もオレンジ髪も……俺には見覚えがあるぜぇ。てめぇら反逆者ってわけだな? よっしゃ待ってろ、今仲間たちを呼んでブチのめしてやっからよぉー!」
「……!」
ホープとレイが度重なる混乱と驚愕で動けないのをいいことに、指導者は語った。
続けて指導者は口の横に手で壁を作り、大声を出す態勢に入った。彼はこれ以上無いくらい深く息を吸って、
「ここにっ――」
「やめろっ!」
指導者が叫ぶ前からホープは既に地面を蹴り、めちゃくちゃな姿勢で右の拳を突き出していた。
気づいた時には動いていたような、そんな感覚だった。
頬に着弾する直前、ふいに拳が白く輝く。
溢れ出るようなエネルギーがそこに集約していくのを感じる。
ホープの右拳は――まとわりつく空気も、こびりつく弱気も、何もかもを取っ払って、
「ぐぁっ――」
指導者の頬に、ありったけの威力を込めた右ストレートをくらわせた。
――ホープは、初めて人を殴った。
ゴロゴロ、ゴロゴロと転がった指導者は別の建物の壁にぶつかり、動かなくなった。
「……あ? い、今のって……? あの人、死んでるのか……?」
殴り終わってからフッと我に返るホープは、今自分が何をしたのか、これから何をどうすればいいかわからなくなる。
それを――なぜか杖を構えて――見ていたレイは、
「何言ってんの、あんたがぶん殴ったのよ? あれは死んでるか死んでないかわからないわね、早く移動した方がいいわ」
「そ、そうだね……ってダメだよ! この建物の影から一歩でも出たら、頭を撃たれて終わりだ!」
踏み出すレイの肩を掴んで止める。
死んだか気絶中かの指導者がすぐ動かないにしても、こちらもどうせ動けないのだ。
この状況を打破するにはどうしたらいい。ホープは周囲を見回し、
「見取り図!」
ブロッグの死体のそばに落ちていた紙きれを見る。
それはブロッグが本部から盗み出した、エドワーズ作業場の大まかな全体を描いた見取り図。
走り寄り、手繰り寄せるように拾って広げる。
「『B』は地雷……あれ? じゃあこの『N』は……」
地雷を六、七か所に仕掛けたとは聞いていたが、別に書いてある『N』のマークの話は聞いていない。
ホープの持つ情報を統合すると、思いつくのは一つだけ。
「ナイトの居場所だ……!」
そういえばブロッグから、ナイトがどこに囚われているのかは一度も聞いていなかったではないか。
――見取り図のだいたいの感覚からして、ここからはそう遠くなさそうだ。
「どうしたのホープ?」
「ナイトだよ。今のおれたちだけでケビンを助けに行っても、三人まとめて殺されるだけだ。ナイトはとにかく強いって話だから、そっちを優先させる」
「それは良いけど、ちょっと待ってよ! ここから抜け出す方法を思いついたんじゃないの?」
「あ……」
ど忘れしてしまった。この見取り図を見つけた時、ホープは何か思いついていたはずだ。
思いつくとすれば関連するのは『地雷』以外には――
「おい、そこの二人は労働者か!?」
「サボってんじゃねぇぞコラ!」
そんな時、通りかかった二人の指導者に遠くから発見されてしまう。
指導者たちはナイフと鉄の棒を取り出し走り出す。
「やばい……! ホープ、リモコン出して!」
「り、リモコン!?」
「爆弾のよ! 押すのはあたしがやるから早く!」
ホープを急かすレイだが、彼女は見取り図を凝視しながら喋っている。
取り出されたリモコンをレイが受け取り、
「えっと、見取り図的には……このボタンね!」
ブロッグから受けた説明をしっかり記憶していたレイは見取り図の文字やマーク、リモコンのボタンを照らし合わせ、押すべきボタンをすぐさま決定。
理解力に乏しすぎて説明もよくわかっていなかったホープが感心しかけたのだが、
「……あっ!」
迫る指導者への恐怖を隠せず震えるレイの両手は、素っ頓狂な位置のボタンを力強く押し込んでしまった。
そこに書いてあったのは――『ALL』。
つまり押した瞬間、全ての地雷が爆破されるのだ。
「え? なんだ――」
目の前の二人の指導者が巨大なる破壊に巻き込まれ、その身は空へと舞い上がっていく。
あんまりにも軽そうだから、冗談でなく、ホープには人形が投げ捨てられたようにしか見えない光景であった。
破壊は目の前だけでは、当然済まない。
「ぎゃぁ――」
「わっ――」
「はあっ――」
作業場じゅうから轟音、轟音、轟音。
各所の地雷が同時に爆破するわけでなく少しの誤差があったため、まるで花火大会でも開催しているかのような騒々しさ。
「――おあぁぁあ! いてぇ! 熱ぃぃ!!」
「あぁ、足がぁ!?」
そして轟音の直後には悲鳴、悲鳴、断末魔。
運が良いのか悪いのか、体の一部が吹っ飛んだだけ、火傷をしただけの者たちが、混乱しながらも悲痛な叫びを発している。
ホープもレイも、リモコンのボタンを押した状態のまま動けなくなっていた。
まさかレイの押し間違いによって、血みどろの花火大会が始まるとは誰が予期しただろうか。
「ね……ホープ……今のにケビンとか混じってないわよね……?」
「さ、作業開始は7時だから……たぶん、まだ動いてるのは指導者だけだね……うん大丈夫」
決してレイには無責任な断定は押しつけられないものの、ホープには『ケビンは死んでないだろう』という何となくの確信があった。本当に何となくでしかないのだが。
とにもかくにも、
「……あっ、これはチャンスだ! さっきのおれが思いついてたのはたぶんこれだよレイ! ほら、すごい砂埃!」
「な、なるほど! この煙に紛れてナイトを助けに行けばいいのね!」
「そういうこと! 早く行こう!」
「ええ!」
ハプニングによって巻き上がる乾燥した砂。
煙となって作業場じゅうに立ち込めたそれは、見張り台からホープとレイを隠す厚い壁になってくれる。
――予想通りボタン一つで大量殺戮をしてしまった。
エドワード一味は敵であるが、それよりも『人を殺めた事実』が若者たちに深い傷を残す。
罪悪感を誤魔化すために若者二人はわざとテンションを上げ、虚無なる元気で走り出した。




