表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
42/239

第38話 『命の消える音』



 ――特に何の支障もなく、ホープとレイは階段を降り、一階のエントランスへ辿り着くことができた。

 そこには銃を構えるブロッグの姿があった。


「おや、仮面を付けた……君がレイか。私はブロッグ・レパントという。以後よろしくな」


 ブロッグは一瞬レイの仮面に驚いたようだったが、すぐに笑顔になり自己紹介。手を差し出す。


「え、ええ。レイ・シャーロットよ……あ、あのぅ……」


 その手を、レイは腰を引きながらも握った。

 この数日間、『人間』から暴行を受けてきたから恐れているのだろう。ホープは特例である。


 彼女はケビンのことを話そうとするのだが、


「すまない後にしてくれ。まずはホープ、ほら君の服と短剣だ。本部内で見つけたが、これで合ってるか?」


「あぁ、うん……」


 早口で話を進めるブロッグ。レイだけでなくホープも、もう何も口出しができない。

 ホープは受け取った自分の上着に着替え、短剣を腰に差す。


 ここでホープは自分が愛用してきたリュックサックのことを、ブロッグに言うのを忘れたと気づく。

 食料なども入っていた――無事に作業場を抜け出せたら、その後が怖いものだ。


 だが今はそんな状況ではないことくらい、ホープはわかっていた。リュックのことには触れず、


「ぶ、ブロッグさん。外で何してたの?」


「その説明をこれからするつもりだよ。ケビンという者のこともこれから話す。さぁ二人ともこの布を被ってくれ。とにかく本部から脱出だ」


 さすがは有能ブロッグ。ケビンの件も忘れてはいなかったようで、若者二人は安心したと吐息。


「でも……また布かぁ……」


 ――時刻としてはほとんど朝。さすがに明るくなってきたが、また匍匐前進で見張り台の前を通らなくてはならないようだ。



◇ ◇ ◇



「ふ、ふぅ……何ともなくて良かった……」


「今のは怖かったわ……ホープあんた、よく本部まで来れたわね……あんたって弱そうなフリして実はけっこう勇敢よね……」


「弱さと勇敢さ……って別物じゃないかなあ……?」


 ホープは正真正銘弱い。

 が、今は実はブチ切れているので、普段の倍以上には勇敢かもしれない。話が別だ。

 そういえば『弱さ』と『優しさ』も別物だったっけ。


 三人が這いずって無事にやって来た、ここは見張り台から死角となる建物の影。

 ――ブロッグと出会ってから、全ての行動がとんとん拍子に進む。


 ホープとレイより先に着いていたブロッグは懐から紙きれを取り出し、


「これも本部内で得たんだが……これはエドワーズ作業場の見取り図だ」


「見取り図!?」


「ああ、見つけられたのはラッキーだった。君たちも見てくれ――ところどころに『B』という字があるだろう」


「うん……」

「ええ」


 見取り図を開きブロッグの指差していく場所は、作業場内の各所に書かれた『B』の文字。六か所ほどで、誰かの手書きだ。

 文字があるのはどこも建物ではなく道の真ん中で、


「この『B』の字は私が書いた――これは『ボム(BOMB)』の『B』だ。つい先程、私がリモコン式の地雷を埋め込んできた場所を指している」


「じ、地雷って、何者なのあんた!?」

「しかも仕掛けるの早すぎないかなあ……!?」


 有能なるブロッグは本部でホープの持ち物と見取り図を得て、しかもそのまま外へ出て、作業場のあちこちに地雷を仕掛けて回っていたというのだ。


 だいぶ年上のブロッグに、ついいつもの調子で『あんた』呼ばわりでツッコんでしまったレイは口を押さえる。

 彼女はブロッグが軍人であり特殊部隊だと知らないから、真っ当な反応ではあるのだが。


 反省するレイに、ブロッグは掌を向けて陽気に笑い、


「ふふ、君が気にせずとも良い。なにせ私が気にしていないんだからな。今さら歳など重視しない――地雷の話だが、これが起爆するためのリモコンだ」


 ホープやブロッグの持つ通信機と同じような大きさの、黒いリモコンを見せるブロッグ。

 ブロッグは素人二人に操作方法を簡単に教えてから、


「君たちに起爆のタイミングを任せることもあるかもしれない。敵を引きつけ、自分は十分に距離を取り、このボタンを押す――それで良い。一応ドラクにも地雷の話はしてある」


 簡単そうに言い放つブロッグ。彼の判断は正しい。若者たちを励ます時間とか、今はあるわけがないのだから。


 ――ごくり、とホープもレイも息を呑む。


 生身の人間を殺したことのない二人。そんな汚れ無き手というのは、本来この世界では長続きさせる方が難しいのだ。


 ボタン一つで、上手くいけば敵は死んでしまうだろう。

 すぐに覚悟はできない。

 けれど理解だけはしているから、二人は気を引き締めた。


 ブロッグはそんな二人への優しい眼差しを逸らし、建物の影から顔だけを外に出して周囲を見回す。


「とりあえずリモコンは私が持っておくとして、さてケビンかナイトどちらから救おうか……6時になる、もうすぐ指導者も労働者も動き始めるぞ」


「…………」


 本格的に明るくなってきた。そろそろ忍んではいられなくなってくる頃だろうか。

 悩んでいる様子のブロッグに、ホープはまだ何も言えない。


 レイの理解者であるケビンか、戦闘力のあるらしいナイトか。


 どちらを救っても、きっともう片方の救出に助っ人してくれるとは思う。

 しかし問題は、どちらも捕まっている時間が長く、まともに走れたり戦えたりするかだ。

 ドラクの言い方的に、ナイトは相当強そうであったが――



「あ、そういえば……ブロッグさん?」


「どうした、ホープ」



 レイがブロッグと反対側から顔を出して警戒している中、二人の真ん中にいるようなホープ。

 そんなホープに降って湧いた疑問。それは、


「作業場には銃が無いはずなんだけど、夜中にサイレンサー付きっぽい銃声が聞こえたって話があって……」


「ほう」


「それって、ブロッグさんのことだったんだよね?」


 ――それは銃弾製作所にてホープの盗み聞きした、労働者二人が話していた噂話。

 ブロッグが四日前か五日前から潜入していたならば、その噂の犯人が彼である可能性も無くはない。


 だから聞いてみたのだが、



「……いや? 私がこの銃を使ったのは、()()()()()()が初めての筈だ」



 サイレンサーを付けた自動式拳銃を取り出すブロッグ。

 建物の影から出たままのブロッグと、ホープが二人して銃を眺める、沈黙の時間。


 ホープが唐突に何かに気づき、謎の質問をするのはこれが初めてではない。

 ――洋館にてオースティンの肩を掴み「扉の鍵は?」と聞いた時があった。あの時は確か、聞いた直後に何か起きた。



「えっ……えっ、えっ!?」



 後方から、驚いたようなレイの声がした。


 何だか今、レイの声の直前、『風を切る音』が聞こえたような気がしたのだが。



「――――あ、ブロッグさん。落ちたよ」



 ホープの見ていた自動式拳銃が地面に落ち――そして、銃より大きな何かが、その場に倒れた。


 倒れたのは、



「あ……! あっ、あ、えぁ、え……ブロ……ッグ……さん……?」



 側頭部から血を流すブロッグの姿。


 命を失い、本当の意味で変わり果てたブロッグの姿。


 その傷はどう見ても、銃のような兵器で綺麗に撃ち抜かれた、そんな傷であった。

 作業場に銃は無いはずなのに。



「…………? …………? ……! …………? ……! …………? …………?」



 目を見開くホープも、思わず仮面の上から口を押さえるレイも、次の言葉がもう出てこない。

 状況に思考が追いつかない。感情の始末がつかない。


 しばし呆然と、そこに居るだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ