第37話 『撫でて!』
まぁまぁ、突っ込みどころはありますが、時にはこういうのを挟んでも良いかと…
「……あ!」
レイがいる部屋の扉の鍵を解錠してもらい、ブロッグが別行動を取り始めた後、ホープはようやく気づいた。
「この部屋の前で待ち合わせじゃ……レイの顔がブロッグさんにバレちゃうじゃん。部屋の中に仮面あったかな……?」
しかも、
「あぁっ! いくらケビンがレイが救われることを望んでるにしても、あの時は監獄にいたんだから普通はケビン優先だったか……!?」
この後悔はドラクに「助けたい人はいないか?」と問われた時に間違えた、というもの。
問われた場所は監獄内、ならば一番近いのはケビンだ。彼の監房の場所はわからないが、探せば必ず見つかったはずなのに。
「優先順位の組み立てができないな……ホントおれって、伝統的な無能人間だ……」
独り言で『伝統的な無能』というパワーワードを打ち出したホープだが、
「――ちょっとぉ! ブツブツ何言ってんの!? ホープなんでしょ、早く助けてちょうだいよバカっ!」
まさかの部屋の中から元気なレイの声。
声が大きくて焦ったが、たぶん大丈夫だろう。
ホープは中へ踏み込み、すぐに拘束されたレイのもとへ駆け寄った。
「この鍵どうかな」
カチャ、カチャ。緊張で指が動かない。鍵穴に鍵の先端が入らない。
チャリン。
「あ、ああっ」
「なに落としてんのよ……!」
穴に落ちてしまった、とかいう展開もなく。ホープは拾い上げた小さな鍵を鍵穴へ押し込む。
――回った。
「あっ……きた」
「え、取れた……手錠取れたぁ! やった、やった、やったー!」
「声が大きいよ……!」
ホープは人差し指を立てた『静かに』のジェスチャーを、飛び跳ねるレイの顔に何度も押し付ける。
落ち着いたレイは深呼吸し、
「ホープありがとう」
「……うん、無事で良かった」
ホープとレイは抱き合う。洋館の時とは違い、二人して心も体も限界が間近。
だから、遠慮もせずに力強く抱き合えた。
また、うるうると揺れるレイのパールホワイトの瞳がホープをじっと見て、
「あたしがここまで元気でいられたのって、完全にホープのおかげよね。本当に……あの言葉には救われたわ……」
「あぁ、あれね……」
「ホープやケビンのこと信じるって決めたら……思えたの。エドワードの下っ端なんかに負けないんだ、って! 殴られても、嫌なこと言われても、ずっと笑っててやる、ってね!」
「それは良かったよ……」
ニコニコと笑っているレイ。あの時の台詞がこっ恥ずかしくなってきたホープは、少し目を逸らし気味。
自分があんな言葉を言えるなんて自分でも思っていなかったから、どこか夢の話を聞いているかのようだ。
「あっ、レイ。ところで君の仮面と……あと杖は?」
「あるわよ。そこの大きな机の上」
「あー、良かった……助かった……」
深いため息を吐き、ホープは机の上の仮面と杖を取り、レイに渡す。
「まぁおれも色々あったんだけど……協力してくれる人たちがいるんだ、とりあえず仮面付けて、角も隠しとこう」
ホープの指示通りレイが仮面を付けようとしたが、なぜか彼女はその手を止め、その場に突然ぺたんと座り込み、
「撫でて」
とだけ言った。
もちろん、ニコニコと笑って。
「……えっ。撫でてって、おれが? 君を?」
「ええ、撫でて!」
もしレイに尻尾が生えていたら、今は千切れそうなほどに振っていることだろう。
それくらい、女の子座りのレイは期待しているように見える。ホープに撫でてもらうことを。
「あたし、頑張ったもん……捕まった日から今日まで……ずっと頑張ってきたもん……」
今度は下を向いて体をもじもじさせるレイ。
何事にも興味が湧きにくいホープですら『ちょっと可愛い』と思った。やはり種族など関係ないのだ。
一見すると『男勝り』で『強気』に思えるレイだが、その裏に隠した本性は『傷つきやすく』『依存しがち』で『弱気』なのだ。
仮面の下に魔導鬼の顔を隠しているのと同じ。心を開いた相手にだけは、本音をさらけ出す。それがレイという女の子。
ようやくホープはそれがわかってきたから、今の彼女の態度に驚きは無かった。
だが今となると、
「おれたち急ぐべき立場だと思うけどなあ……!?」
「撫でないとあたし、ここを動かない!」
「撫でないと……?」
「そうよ!」
「じゃあ……撫でるよ……?」
「はい、どーぞっ」
ホープが弱々しく手を出すと、レイが喜々として頭を差し出してくる。
手の震えをどうにか鎮めながら、
「よく、耐えたね……レイ。よく頑張ったね。君は立派だ、断然おれより立派だ。というか世界で一番立派だ……」
「えへへ……」
なるべく柔らかく、できるだけ優しく。やはり慣れない手つきでレイの頭を撫でる。
時々、橙色の髪を梳くように指を通したりもした。
実際、レイに対しホープは本気で『よく耐えた』と思っている。
人外の魔導鬼といっても、精神力の基準値は人間とさして変わらないだろう。
彼女以外の魔導鬼を見たことないにしろ、レイが強い心を持っているのは間違いない。めちゃくちゃ褒めてやるべきだ。
「嬉しい……もう、幸せ……」
レイはホープの手に自分からもすり寄ったりして、気持ち良さそうなとろけ顔。
「本当? まぁそれなら良かったよ……」
傷だらけの顔に、折られた左の角。
――今の『なでなで』に、そんな苦痛を吹っ飛ばせるほどの力があるのか。
ホープには信じられないが、レイが嘘をついてるようには見えないのもまた事実。
しばらく撫でていると、レイの方から立ち上がり、
「協力してくれる人たちが現れたのね……ケビンはどうしたの? もう助けたの?」
「いや、それがまだなんだ……ブロッグさんってとても強い人と合流したら、そのことを話すつもりだよ」
撫でられて突然元に戻ったレイは――前のような巨大なツインテールを作って角を隠し、木製の仮面を付けて顔を隠した。
部屋内で見つけた適当な指導者の上着、手袋やマフラーを利用して赤い肌を完全に隠す。
すると、
《ホープ、聞こえるかな?》
「あっ……聞こえる! レイを助けられたよ」
急いで通信機を取り出す。チャンネルは『3』、ブロッグからの通信だ。
《そうか。何よりの報告だ――それから、すまない。私は訳あって外から戻ってきたところでね、今エントランスにいる。まだ朝早くて安全だから、君とレイでここまで来てもらえないだろうか》
「……わかった」
ホープの返事を聞いてすぐ、ブロッグは通信を切断した。
「外で何かしたのかな。ブロッグさん……」
「エントランスってこの建物のよね? 早く行きましょ、ホープ。ケビンを助けなきゃ」
「う、うん」
二人は部屋を出て、音を立てないよう慎重にエントランスを目指した。




