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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
序章 苦悩の少年少女
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第3話  『すれ違い』



「はい、君のだよ」


 ホープが――というよりオースティンが取り戻したと言ったほうが近いだろう大きな杖を、ホープはレイに返す。

 相変わらず顔を隠したままのレイだが、彼女は不機嫌なのが伝わってくるくらいに俯き、不機嫌そうな声で、


「ありがとう」


 と言うものだからホープも、


「……何か怒ってる?」


 と、真顔で率直に聞いてしまう。こんな質問をすると『ホープったら鈍感ね!』などと怒られそうな気はするのだが、人付き合いの経験が薄いホープに『察しろ』なんて高度な要求をされても困るのだ。

 実際、レイの次の言葉はもう少し理性的なものだが、


「怒ってなんかいないわよ。赤の他人のあたしのために色々してもらって、本当に感謝してる。ただ、さっきのあんたの行動が理解できなかったってだけ」


「おれの、さっきの?」


「そうよ! あんたが弱いのはいいけど、スケルトンに噛まれそうになっても抵抗すらしないとは思わなくってさ!」


「ああ……」


 どう聞いても怒っているレイから皮肉のような嫌味のような言い方をされて、ようやく理解するホープ。

 彼女は怒っているように見えるが、どちらかというとホープを心配している面が強い。


 ――それは当然のことだ。スケルトンにわざと足を噛ませようとしていたあの行為は傍から見ると、思考停止あるいはパニックに陥った人にしか見えない。

 実際は、あの時のホープは冷静だった。ここで死んじゃおうかな、やっぱりやめようかな、なんてことをゆっくり考えていられるほどに。本気を出せば右手の短剣でスケルトンを叩くことも、左手に掴んでいた杖で突くことだってできたはず。


 つまるところ、勝手に死のうとするようなホープを、心配するだけ無駄なのだ。

 ホープ自身は『どうせ無駄さ』と無意識に自覚しているが自殺願望を打ち明ける気がない、しかしレイは打ち明けてもらわない限りは何も気づけず心配するだけ。

 偶然か必然か、すれ違いが生じてしまった。あの時スケルトンに噛まれていれば、ホープはただの良い人として死ねただろうに。


「あたしも全然間に合わなかったから、オースティンが来なかったらあんた死んでたってことなのよ?」


「あー、まぁね……」


「気の抜けた返事ね……もうっ! 責めてるみたいになっちゃってるけど絶対に、頼んだあたしが悪いんだからね!? あれであんたが死んでたら、あたしが殺したようなものよ! 誰か死んじゃうくらいなら杖なんか捨てるのに……命より大事なものなんて、あるわけないんだからね」


 ――ズキ。

 最後の言葉に、心臓を抉られるかのような感覚をおぼえる。理由はわからない。だからホープは間違いを否定された子供のように苛ついた。反論をしたいという衝動に駆られた。

 何とか小声で抑えたが、


「それ、どんなクズにでも当てはまんの?」


 呟いてしまった。

 橙色の髪で完全に隠れて見えない耳を、こちらへ近づけてきて「なに?」と聞き返してきた彼女には幸いにも聞こえなかったようだ。


 何となく『自殺願望持ち』という真実を話せばレイがある程度納得するだろうとはわかっている。『命を大事に』と言う人だから多少の言い争いが予感されるだけ。

 だがそうでなくとも、そもそもホープは自殺願望について他者に話したくない。理由は恐らく二つだろう。


 第一に、普通の人に打ち明ければ面倒事になるのが見え透いているから。相手から異常者扱いされる……のは別にいいが、自分のせいで相手の心を動かしてしまうという事実が嫌だ。もし相手が無責任だった場合は『バカなの? じゃあスケルトンに食ってもらえば?』とか当然のように言われそうで、それも嫌だ。

 第二に、もう話したところでどうにもならないから。ホープは呪縛を背負って一年間も死に場所を探し続けている。ここまで強くこびりついたホープの自殺願望は他人――特に、知り合って間もない人――に話しても軽くなったりしない。何の効果もない。それを知っている。


 心の歪んだホープと、割とまっすぐな性格のレイ。こんな二人が出会ってしまえば、いくらでもすれ違いは生じる。必然なのだ。


 そんな二人――というよりレイは、少し今の距離感に気まずさを感じ始める。

 すれ違っていることに気づきはしないまでも、『何かに引っかかっている』感覚がするから――例えるなら霧の立ち込める迷宮を手探りで進んでいるような気分だろうか。出口がどこかにあるが、見つかることはない。

 妙な気まずさに耐えられなくなったレイが仮面に包まれた口を開け、


「そういえばずっと気になってたんだけどさ、あんたって――」


「おーいレイ、ホープ、向こうに建物があったそうだ。お喋りならそこの中でしよう!」


 質問がオースティンの呼びかけに遮られた。

 これにより二人はさらに気まずくなるのだが、二人ともそれを払拭するかのように金髪男のもとへ駆け寄った。


「建物って本当なの? オースティン」


「たぶんな。ケビンとエリックが嘘つくはずねぇけど」


 嘘をつかないと言い切れるなんて、どうやらその二人とはかなり長い付き合いらしい。


 レイ、そしてオースティンとは自己紹介をし合ったホープだが、他の二人の男とは一言も話していない。名前も今初めて聞いた。だがそっちが普通の反応だろう。

 こんなに暗い雰囲気を放っているホープに、話しかけようとする人の方が異端である。カップルらしきレイとオースティンはその代表例だ。明るすぎる。


 ――山奥の村でいわゆる『ぼっち』であったホープにとって、つくづく苦手なタイプ。


「ていうかさ、今普通に名前呼んでたけど、おれも行くの?」


 純粋に気になり、オースティンに率直な疑問を投げかけてみる。すると彼は爽快に笑って、


「はは、何だよそれ! 面白い奴だなお前――レイから聞いたんだ、優しい命の恩人だって。だから一緒に行動できたらいいなと思ってさ。こんな世界だから、仲間は多い方が良いに決まってるだろ? 嫌ならもちろん引き止めたりしないが……」


「おれが優しい……?」


「ちょっとオースティン! ホープの前だとあたしのイメージが変になっちゃうから、そういう恥ずかしいこと言いふらさないで!」


「イメージとかわけわかんねーこと言ってんなよレイ! 恥ずかしくないだろこんなの」


 キャラが崩壊したようには感じないが、まさか、レイはあれでクールなお姉さんみたいに振舞っているつもりだったのだろうか――そっちよりホープのことを優しいと思う方がレイにとって問題な気がするところだが。

 とにかくオースティンへの回答は、


「嫌ではないからさ、その建物に行ってから決めよう」


 という、ふわふわしたもので無難に済ませた。オースティンは笑顔で快く頷いてくれる。何という好青年だろう、ホープと対極にあるような存在だ。

 ――まぁ、本心を言ってしまうと、彼らと一緒に行動したいとは微塵も思っていない。良い人たちだとは思うが、思うだけにとどまる。

 自分と一緒にいたって、彼らが不幸になるだけだと考えている。それがホープという()()()()


 そんなホープに、オースティンはしれっと近寄ってきて、


「……でもちょっとレイと話しすぎ。他のどんな物資を分けても、レイだけは俺のものな?」


「……はは」


 小声で警告してくるオースティンの口調は冗談めいている。明るくて、ユーモアに溢れていて、彼女思い。その上ホープのことも受け入れる。つくづく苦手だ。

 オースティンがケビン(?)とエリック(?)と合流して早足で進む中、やる気なく歩くホープにレイが歩調を合わせてきて、


「話、途中だったわね。聞きたかったのはあんたの武器のことよ」


「途中だった?」


「あーもう調子狂うわね、途中だったの! あんた、あの銃が武器じゃなかったの?」


 そうか。レイはあの銃をホープの持ち物だと思っていたらしい。拾う瞬間を見ていないのだから当然だ。


「あれは拾い物だよ、弾も一発だけだった。だから小屋に置いてきた。おれの武器はこの短剣だけさ」


「拾い物……でも銃を扱ったことはあるんでしょ?」


 首を横に振って答えると、レイはすごく驚いている。

 まさか、あの一発でホープを凄腕のガンマンだとでも思い込んだのか。あれは偶然にもスケルトンの顔が良い位置に寄ってきてくれたから、偶然にも当たっただけであるのに。普通に銃器の扱いにおいては初心者であるのに。


 今のを聞いて、ホープもレイの杖について聞きたくなる。一メートル近くある木の杖は、持ってみたとき重量感はなかなかあった。レイは普通に細身な女性なのに、あんなのを振り回して武器としているなんて非効率的な気がした。

 しかし質問文を頭の中で構成してる時間を、お喋り上手なレイが待ってくれるわけもなく、


「そうなの……じゃあ、あの()()は?」


「へ? 爆弾って?」


「ほら、スケルトンの頭を吹っ飛ばしてたじゃない。しかも三体同時に! え、あれ、爆弾じゃなかったの? だったらもしかして……」


 レイは少し間を空けた。何かを、期待しているかのように。

 そして浮ついたような声で、


「……も、もしかして……『魔法』とか使える!?」



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