第35話 『今度こそ』
深夜4時頃の『隠し部屋』、転がる指導者の死体は三つ。
話している者も三人。
ホープとブロッグ、そして通信機越しにドラクだ。
「方針変更は良いが、それだと大事になってくるのは優先順位だろう。まず誰から助けるべきか。私は一番の戦闘力を持つナイトだと思うが……」
常に自分の言葉に自信を持っていそうなブロッグだが、今だけは控えめなコメント。
ホープに気を使ったのだろう。
《んー……どうなんだ……? なぁブロッグ、ナイトって今どういう状況で捕まってんだ? 殺されそうなのか》
ドラクも慎重に言葉を選んでいる雰囲気を醸し出しつつ、ブロッグに質問する。
「どうやら放置されているようだ。本当の意味で、な」
「本当の意味って……?」
「地下の扉は、指導者が見張っているだけで誰も開けようとしない。地下にある牢屋にナイトをぶち込んでからは、きっと食料も水も与えていないのだろう」
「え……! それ死ぬんじゃ……」
《それがよホープ、あのバカはその程度じゃ死なねぇんだわ。皮肉なことにな。どうせ毎日飽きもせず雄叫びでも上げてんじゃね?》
「あっ」
ドラクは冗談で言ったつもりかもしれないが、ホープは本当に思い当たってしまうのだから困る。
毎日のように叫んでいる男は、作業場に確かに存在しているのだ。
「ドラク。冗談でなく彼は本当に叫んでいるよ。私も、それにホープも聞いているようだ」
《は? やべぇ、オレあいつのこと知りすぎだろ。そのまんまイメージ通りとはビビるぜ……とにかくあいつはクソ強いから生きてる。そうなると聞きてぇのはホープのことだ》
「……!」
《早く助けねぇと殺されちまいそうな奴、お前の知り合いにゃいねぇのか?》
大切な仲間であるはずのナイトの件を軽く流して、ホープに聞いてくるドラク。
――いいや。きっと軽くはないはずだ。ホープに気を使って冷静に言っているだけで、苦渋の決断に決まっている。
そこまでドラクが頭を回して、せっかく質問してくれている。言わなければ。
ホープにとっても、そしてケビンにとっても、早く助け出さねばならない人がいるのだから。
まぁ『人』ではなく人外の『鬼』だが、姿形はほぼ人間だから『人』と表現してもいいだろう。
「……レイ。レイって女の子が本部に捕まってて、もうボロボロだ。いつ殺されるかわからないし、助けてあげたい」
《なるほど、それでお前は本部に……ナイトには悪ぃけどその子を優先させようぜブロッグ。協力してくれるホープへのお礼も兼ねてな!》
「あいわかった」
背中を押してくれるドラク、そして自分の提案を拒否された立場なのに快く頷いてくれるブロッグ。
もう、ホープは一人ではない。
今度こそ、君を助ける。
ホープは持てるだけの気合いを入れ直した。
◇ ◇ ◇
「えっと……ブロッグさん?」
「どうした」
指導者たちの死体はそのまま、『隠し部屋』から静かに出る二人。
夜でも明るい監獄の廊下、ホープは前を歩くブロッグに聞きたいことがあった。
「いや、気になることがあって……どうしておれの助けたい人を優先させてくれるのかなって。ドラクの後押しがあるにしても、おれはあなたにとっては他人なのに……」
こんなことを聞いたら喧嘩になってしまってもおかしくない。悪気のない無礼な質問はホープの悪い癖だ。
しかし、
「……なるほど。ジョンという指導者は知っているだろう?」
「うん」
「ドラクからの通信で知ってはいたが、彼から色々と聞かせてもらった――君が今日の昼、本部に潜入した件」
「あぁ、そんなことしたな……」
今日の昼に自分で起こしたことを、ほぼ忘れかけていた。
ホープの記憶力は元から良くないというのに、作業場で痛めつけられる日々で、さらに忘れっぽくなっているような。
パンチドランカーかよ、と自分にツッコミを入れたくなってくる。
「敵の本部に潜入するというだけでも、君をすごいと思った。なのにもっとすごいのは……本部に潜入した労働者というのは、君が初めてという事実だ」
「えっ、おれが初!?」
「怖いから誰も挑戦してこなかったのさ。友人のためにそれを成すなんて、とんでもない偉業だ。これは尊敬に値するよ。君の勇気と行動力を、私も尊敬する」
「お、おお……」
なんと、ホープが割と簡単にこなしてしまった本部潜入は、今まで誰もやろうとしなかったことだという。
尊敬してくれるというブロッグに何だか罪悪感を感じてしまうが、若干誇らしいのは事実だった。
「いくら力など強くたって、使い方を知らないのでは無意味だ。友人のために未知の世界へ飛び込める――弱くても、そんな君は素晴らしい」
――ブロッグがホープの言うことを聞いてくれるのには、そんな理由があったのか。
当分は静かに過ごしたいが、『動く』のも案外悪くないかもしれない。
まぁ、本当はドラクに説教されて逆ギレしただけなのだが、
「ありがとうブロッグさん。おれも、ここまで潜入したあなたを尊敬する」
「ふふ、好きにしろ――さてここからが勝負。もうすぐ明るくなる、油断は禁物だ」
喋っている内に、二人は監獄の出口に着いていた。
空を見ると、刻々と夜明けが近づいてきているようだ。
「あっという間だった……監獄内の指導者ってこんなに少なかったんだなぁ」
――呑気に呟くホープは気づかない。
前を歩くブロッグが常に指導者のいない道、かつ、その中の最短ルートを選び、しっかりとホープをナビゲートしていたことに。
◇ ◇ ◇
二人にとっての最大の『敵』は、不気味にそびえる白き見張り台だった。
うまく死角を通りながら、遂にある建物の影へ入る。
「……本部は目と鼻の先だ。後は見張り台を攻略するのみ」
ブロッグはそうやって冷静にホープに教え、二枚の布を取り出した。大きなサイズの布だ。
その色はまるで、
「わかるかな? 地面と同じ色の布を、潜入前に用意しておいたんだ。これを被って静かに匍匐前進する」
作業場に敷き詰められた白い砂。それと同じ色なのだ。
「意味はわかるけど、バレないかなあ……!?」
確かに上の見張り台から見たら、まだ周囲は暗いし、人間が動いてるようには見えないかもしれない。
でも、正直こんな布一枚に命を預けられるほどホープは勇敢ではない。
「大丈夫、前へ進むうちに道は開けるさ。己を信じろ」
「え……あ、ブロッグさん……!」
ホープを励ました直後、ブロッグは布を被って匍匐前進を始めてしまった。
――砂は乾いていて、足を踏み出すだけでジャリジャリと音が鳴るはず。
しかし割と素早く這いずるブロッグは、ほぼ無音ではないか。
「す、すごすぎないかなあ……?」
ホープが何よりも不得意なのは、自分を信じることなのだ。
見張り台の中のロボット男(?)に見つかれば、即刻捕まって今度こそ命は無いだろう。
「く……」
――別に、殺されてもいい。
だが死ぬわけにはいかない状況だ。
今ホープが死んだら、ドラクやブロッグが考えている様々な作戦が崩れてしまう。
レイやケビン、ナイトを助けられる確率も低くなるかもしれない。
「い……行くぞ……!」
バサッと布を被り、ゆっくり、亀のような速度で建物の影から這い出る。
恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
見張り台が横に見える。近くはないが見える。白い箱の中の男が、今ホープを見ているかもしれない。
上には布がある。見上げることはできない。
できるだけ、音を殺す。
汗が流れる。
ジャリ……ジャリ……嫌でも音は出る。
「ふぅ……っ!」
大きな布を少しだけ持ち上げ、遠く前にいるブロッグを見上げる。
彼は布を被ったまましゃがんだような体勢で、正面のドアに何かしている。
音が聞こえないが、ピッキングだろう。
あと……10メートルほど。
手足を動かすたび、音が出てしまう。
「はぁ……はぁ……」
心臓の鼓動がどんどん強まってきて、それに比例するように、流れる冷や汗が増えてくる。
あと……五メートルほど。
ジャリ……ジャリ……
……カチャン。
「う……!?」
今の音、間違いなくホープが出した音ではない。
目を見開いたホープは、その場で動きを止めてしまう。手足が凍りついたように固まった。
「はぁ……っ! はぁぁ……っ!」
絶対とは言い切れないが、見張り台の上から出た音だろう――いや絶対に見張り台だ。
布を動かしたら見つかる。布を動かしたら見つかる。布を動かしたら見つかる。
地面に腹ばいになったまま、ホープは下を向いているしかない。
殺すなら痛くしないで……殺すなら痛くしないで……殺すなら……苦しめないでくれ……
「ホープ? おい、ホープ」
「ふっ、ふぁ……っ!?」
「さっきから手招きしているのに、どうした。鍵を開けたぞ。もう少し進めば屋内だ。頑張れ」
ブロッグの小声がなぜかすぐ近くから聞こえた。
顔を上げると、少しだけ開いたドアもブロッグも、本当にすぐそこだった。
「あ、は、はぃい……」
ホープは残りの数センチを素早く這って、『本部』の中へ転がり込む。
先程の『カチャン』という音は、どうやらブロッグがピッキングに成功した音だったらしい。
「それで、そのレイという者の居場所はわかっているのかな? ホープ」
「だいたいわかってる……とにかく二階に行かないと」
「慎重に行くぞ。私が後方を見張るから……君は君のペースで安全確認をしながら、前へ進むんだ」
「うん……あ、安全確認?」
ただ進むだけではなく、何か特別なことをしなければならないのか?
よくわからなくてもやるしかない。
布をブロッグがしまう。
ホープとブロッグは、ところどころの光源により薄明るい『本部』の中を慎重に歩き始めた。




