第34話 『潜入の記録』
「やばし! 特殊部隊のおっさんにここまでお世話になっちまうと、さすがのオレも悪ぃ気がしてしょうがねぇよ……い、息が苦しくなってきたような、きてないような……」
「ドラク。悪い気するの、遅い」
苦しそうに片目を閉じて胸に手を当てるドラクを、横のジルが静かに一喝。
変わらないノリの二人を見るブロッグは、
「ふふ、気にするなよ若者たち。ナイトは私にとっても同胞。その上グループにとっても貴重な戦力だ。救出に向かわぬ理由が無いというものだよ、これは」
皺も気にせずににこりと笑い、ドラクとジルが背負いかけている罪悪感を払拭してやる。
だがドラクは後頭部を雑に掻きむしり、無理矢理っぽいガチガチに固まった笑顔で、
「まずもってオレが油断しなきゃこんなことにはならなかった……ってのは置いといて、マジ頼むわブロッグ。通信は絶対に取りこぼさねぇって誓うぜ」
「……助かるが、少し肩の力を抜けドラク。私に任せておけ。万事うまくいく。うまくいかせてみせる」
どんな苦境に立たされても陽気で能天気っぽく振る舞えるドラクにしては、今回の件によるストレスは尋常ではなさそうだ。
いつも忙しないと思うほど多いアクションも、今はだいぶ少ない。意識して抑えているようには見えない。無意識だろう。
ブロッグはドラクの肩を叩き、さするが、それだけでは不安が残る。
作戦決行のため、いそいそと荷物の整理を始めるドラク。
それを見るブロッグの不安な視線を読んだのか、ジルが近づいてきて耳打ちのような小声で、
「ありがとう。何か困ったら、遠慮なく、言ってほしい……ドラクは私が」
「そう言ってもらえると安心だ。ドラクは君のことが本当に大好きだからな、ジル。恐らく『異性』としてではなく『良き友人』として」
「それ、お互い様――でも辛そうなドラクより、楽しそうなドラクと、話したい」
「仲良しだな」
「……そうだといい。知らない間、よく観察してるね、ブロッグ」
「ふふふ……何と言っても私の得意分野は『潜入』だ。だがストーカーとは思わないでくれると嬉しい」
くすっ、と控えめに笑うジル。
直前までは相変わらずの無表情だったジルを、多少笑わせることができた。
歳を重ねたブロッグは、自分が自虐ネタを言うとウケるタイプだと最近気づいたのだ。
テントの中の荷物整理を終え、歩み寄るドラクがブロッグにある物を手渡す。
「一個しか無いのは痛ぇな……『スローイン・ザ・スタングレネードからのスケルトンこっちおいで&ハリケーン・サイクロン作戦』で良かったっけ?」
「何だそれは……」
「いやいや、作戦名に決まってんだろ!」
「作戦名なんて決めた覚えは無いが……」
ドラクの意味不明な軽口はさておき、ブロッグが受け取ったのは『音響閃光手榴弾』。
本来、音と光で相手をショック状態にする非致死性の小型兵器だが、今回は少し用途が違う。
ドラクの『スケルトンこっちおいで作戦』という言葉は間違っていない。
要するに大きな音でスケルトンを誘導し、作業場のフェンスに集めるのが目的だ。
「……来た。スケルトン、二体」
「じ、じゃあ行くのか? よし頼むぜブロッグ! オレがあの暴虐リーゼントに怒られないかどうかは、もはやお前に懸かってるようなもんだ!」
若者二人の表情を見るに、どちらもブロッグが死ぬことなど考えていないようだ。
自分は幸せ者だなとブロッグは思う。『成功』か『失敗』かのみを心配され、『死』の心配はされない。信頼されているのだ。
「行ってくる。安全な場所へ隠れておけ」
ジルとドラクに見送られながらブロッグは茂みに転がり込み、フェンス沿いをうろつく二体のスケルトンを視認。
スタングレネードのピンを抜き、フェンスのすぐ近くへ投げる。
強烈な破裂音が響き、激しい光が迸る。
「オォ"」
二体のスケルトンは音に反応し、閑静なはずの作業場のフェンスに張りつく。
森からスケルトンが音に釣られて続々と現れる中、ブロッグはそれを横目に茂みから脱出。
――エドワード一味が『見張り台』と呼んでいたあの白い箱の中の者も、今は恐らくスケルトンたちを見ているはずだから。
「ふっ……」
見張り台から一番遠いフェンスを選び、ブロッグはなるべく音を出さぬようによじ登る。
ブロッグの得意技は『息はもちろん、動くことにより自身から出る音をとにかく削減すること』である。
「おい今の音は何だ、誰か花火でもやったのか!」
「見ろよ、あんなにスケルトンとか狂人とか集まってやがるぞ!」
作戦通り、騒然となる作業場。
一方ブロッグは蜘蛛のような身のこなしで、ほぼ無音でフェンスを越える。
流れるように見張り台の死角となる建物の影へ転がり込むと、一人の男が見えた。
何日か続いたリサーチの中、あの男は毎日建物の影でタバコを吸い、仕事をサボっている。
ほとんど誰とも会わず、誰とも喋っていない貴重な人間。彼を利用しない手は無い。
都合良く後ろを向いているあの男へ、ブロッグは足音を完璧に殺して迫る。
男がタバコをポイ捨てしたところで、
「……っ!?」
「動くな」
右手を男の正面へ回し、ナイフの刃を首元に押しつける。
「な、何だ……誰だてめぇ」
「名乗るほどの者ではない。逆に、君から名乗ってはくれないかな? 崇高な君の名を知りたい」
「あぁ? てめぇ頭おかしいんじゃ……」
「言わねば殺す。大声を上げても殺す。言うんだ、早く」
少し脅すと、もう男の息は荒くなってきていた。死ぬことが怖いのだろう、それは当たり前のことだ。
「……ジュークだ」
「ほぉ、ジュークか。ところでジューク、この建物は何かな? あまり人が寄りつかないようだが」
「……ここはついこの間まで使ってた倉庫だ。ぼろっちくなって、もう誰も使わねぇんだけど」
「それは好都合」
「は――」
偽名を得たブロッグは即座にジュークを解放。直後に彼のうなじに手刀を入れ、気絶させた。
持参のテープで口を塞いで、手足をぐるぐる巻きに。誰も使わないという倉庫のロッカーに彼を押し込み、キャップや上着を奪って着替えた。
「ジュークか……ジューク……ジューク……」
ロッカーに鍵をかけ、その鍵を適当に捨てて振り返るブロッグ。
さすがの自分も偽名をど忘れするようなミスはしないと思いたいが、失敗だけは許されない。何度も復唱した。
◇ ◇ ◇
潜入してから、何日が経ってしまっただろう。時間の感覚が狂ってきたような気がする。
ドラクは「協力者ができた……たぶん」と微妙な自信満々さで言っていたが、どこまで信用できるのだろう。
ある程度のナイトの位置は突き止めたのに、地下への扉が重すぎて一人では持ち上がらない。
しかも『ジューク』がアクティブすぎると怪しまれてしまうのだ。
そんな間の抜けた理由で足踏みをするしかないブロッグが、とうとう漠然とした不安を感じ始めた頃だった。
《ブロッグぅぅぅ! 大変だ、ホープのアホが本部ってのに侵入したらしい! オレとの会話中にも敵に追いかけられてたんだマジで!》
「珍しい君からの連絡と思いきや……何てことだ」
《青い髪に青い目の労働者だ! 今助かったとしても後で殺されちまうかも……あいつ悪い奴じゃねぇんだ、助けてやってくれよブロッグ!》
「わかった。できる限りのことをしよう」
そうは言っても、ブロッグは未だホープに会ったことがない。
会ったこともなく、今の居場所もわからない協力者候補を守りきれるだろうか。
とりあえずドラクに「今日のところは誰とも無闇に連絡を取るなよ」と言い聞かせ、通信を終了した。
◇ ◇ ◇
――巡り合わせが悪いのだろうか。
アクティブに振る舞わないよう努力をしながら、ブロッグはホープを探す。
しかし手掛かりがなく、青髪青目の労働者を見かけることもない。
もう夜になってしまった。どうしたものか。もしホープが既に殺されてしまっていたら、ドラクに合わせる顔がない。
本部の廊下を内心焦りながら歩くブロッグだが、彼の正面、会議室の前にとある指導者が立っていた。
「おかしな物を託されたなぁ……ホープさん、無事でいてくれたらいいですが」
黒髪に眼鏡、気の弱そうな顔に、力も弱そうな細い体格。
どこかで見たような気はするが、少なくとも面識は皆無の指導者であった。
――だが彼は今『ホープ』と口にしていたのだ。
「どうも、こんばんは。何かお困り事かな?」
「あっ、こっ、こんばんは! えぇっと、あなたは……誰ですか? あぁ、すいません質問に質問を返しちゃって」
ふとした時の独り言を聞かれるのは恥ずかしいだろう。だからか、青年はあたふたしている。
「私はジューク。昼間によく建物の裏で休んでいる。話に聞いたことくらいはあるんじゃないか?」
「うーん……す、すいません僕はジョンというんですが、入ってきたばかりですから……」
「……まぁとにかく君も指導者だろう、仲良くしよう。落ち込んだように呟いていた君の困り事を解決してやりたい」
目前の会議室の中に人の気配を感じたブロッグは、さりげなくジョンの背中を押して歩きながら喋る。
彼はホープと知り合いなのだろうか。ホープはまだ殺されていないのだろうか。聞き出さなければならない。
「う、うーん……い、言っていいのかわからないんですけどねこれは……」
腕を組んで困惑する青年。ブロッグは何とか説得を続ける。
数分後にブロッグは、実はホープの処分に同意しかねていたジョンから情報を得ることができたのだった。
幹部指導者の三人組が、深夜に監獄の『隠し部屋』にてホープを殺すのだと――
◇ ◇ ◇
「幹部指導者を見つけ出し、尾行し、『隠し部屋』をノックする。こうして今に至るというわけだ」
「は、はぁ……」
ホープはブロッグの潜入記録を聞き、ポカーンとしていた。
作業場に入ってから殴られ蹴られのホープとあまりにも対照的すぎて、夢物語を聞いたような気分だから。
後ろ手を組んで仁王立ちになるブロッグは、話を切り替えるからか表情を真剣にして、
「単刀直入に聞こう。ホープ、君は我々に協力するか? 共にナイトを救出するか?」
「…………」
長身のブロッグの顔を見上げていたホープは、一転して床へと目を伏せる。
正直、ナイトのみを助けるという条件だと気が乗らない。この作業場にはレイもケビンもいる。
しかし、
「わかった。協力する」
「よし」
そんなことは後で自分でやればいい。
とりあえずブロッグたちの仲間を助ける直前でも、もしくは助けた後でも、不可能ではないかもしれない。
何より、
「もうおれは、我慢の限界だ……!」
両の拳を握りしめる。
精神が狂ってしまうほど痛めつけられ、苦しい思いをし、レイやケビンの辛い心境もさんざん思い知ってきた。
もう、いいだろう。
そろそろ反撃したって、仕返ししたって、誰かに文句を言われる筋合いはない。
――自殺をするとしても、どうせならブロッグの言ったように、エドワード一味に一泡吹かせてから死にたい。
それができるのなら、ブチ切れたホープは喜んで協力する。
ようやくホープと協力関係を結べたブロッグは通信機を取り出してチャンネルを合わせ、
「ドラク。たった今ホープを救出成功した。さらにナイト救出に彼も加わってくれるそうだ、どうぞ」
《お、おおおっ、マジか!! すげぇ、やっぱお前すげぇよブロッグ! ……あ、あと一ついいか?》
通信機の向こうのドラクは、申し訳なさそうな声でブロッグに話しかける。でも同時に、その声には決意が感じ取れる。
《ナイト一人を助ける予定だったけど、できれば方針を変えたい――レイとケビンってのを確実に、できたら他の労働者も解放してやりてぇんだ。レイとケビン以外はなるべくでいい。さすがにこれは無理……か?》
ホープは一瞬、呼吸をするのを忘れた。
彼は、ドラクは何を言っているのだろう。ここにホープがいることをわかっているのか。
「なるほどな……難しいとは思うが、悪くない。面白い提案だ。できるだけのことはしよう」
《おぉ……サンキュー、ブロッグ》
ブロッグの頼りがいのある返答に、ドラクは安心したような声で感謝を述べる。
さらにドラクは続けて、
《そこにいるよなホープ……話してた感じからして、きっとレイもケビンもお前の大切な人だろ? 仲間だろ? だったら大切にしろよ。自分がクズだろうが何だろうが……関係ねぇよ。守れるだけ守ろうぜ!》
まさかのホープへの言葉。
傷だらけで心も体も追い詰められていたはずのホープなのに、少し目頭が熱くなってくるようだった。
「ドラク、ブロッグさん、ありがとう。おれもやれるだけやってみるよ」
自殺願望は揺るがないのに、ホープはまた、らしくない台詞を吐いた。
傷ついたレイにかけた言葉もそうだった――作業場でのいくつかの経験をもとに、ホープはある仮説を思いつく。
自分を殺したい気持ちと、誰かを助けたい気持ちとは、同じ心でもどうやら別物なのかもしれない、と。




