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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第30話 『おいかけっこ』



 これは、ホープが悪魔と呼ばれるようになってからすぐの、神官ドルドとエリン・グレースの二人きりの会話。


「お、落ち着いてくれ、エリン……」


「誰が落ち着いていられるの!? あのクソ男が置いてった子供は、それだけで憎たらしいのに、右目に悪魔が宿っているですって!?」


「だ、だからエリン……」


「本当に信じられない、そんな悪魔を私に育てろと!? ふざけないでちょうだい!」


 ヒステリーを起こしているといっても過言ではないエリンに、あたふたするドルド。

 エリンは何か閃いたような顔で、


「じゃあ、あいつをバーク大森林のどこかに捨てればいいじゃない! 名案だと思わない?」


 その美しい顔立ちを、久々ににこりと笑わせるエリン。

 だがドルドは首を振り、


「それはいかん。逆にダメだ。あの子が生き延びることができたとしても、あの『破壊の魔眼』を野放しにしては……森や、他の村や町が危険だ」


「……何なのよ、ならどうしたらいいのよ! そんなに危険ならあなたが殺せば!? 神官は神のお告げを聞けるんじゃなくって!?」


「あんな子供を殺すだなんて! 確かにお告げは聞けるが、そんなに万能なものではなくてだな――」


「言い訳は結構です! あのクソ男が村を出て行く直前、あなたに何か話してたって噂があるわよ!? ()()()()だったんじゃないの? 何とかしてよ!」


 怒鳴り散らすエリンに、ドルドは頭を抱えたくなる。

 確かにドルドはホープの父親から、ホープを見守るように頼まれた。


 ――だが『捨て子』であり、もともと村人たちから良く思われていなかったホープにあまり深入りしてしまうと、村の代表者としての信用を失いかねなかった。


 その逆の可能性を、ドルドは考えなかった。


 そんなプライドは今も絶賛継続中であり、しかもホープは『捨て子』に加えて『悪魔』とも呼ばれ始めている。

 弱いドルドは間違っても『自分が預かろう』とは言えない。


 しかしホープの父親からの言葉を簡単に裏切れるほど、やはり彼は強くないのだ。

 どっちつかずの半端者、それがドルドという男。


 だから、


「仕方がない。ホープは危険だ、この村に居させるしかないだろう。エリン、悪いが寝泊まりだけは今まで通りさせてやってくれ。食事とか、あの子と接する時間は、君の思うまま減らせばいいから」


「……何よそれ!」


「従わなければ、君に罰を与えるぞ」


「くっ……わかったわよ……!」


 これを『無難』と呼んでいいのかわからないが、ドルドはそんな中途半端な対策を考え、エリンに丸投げした。

 民家の影で行われた、暗い会談であった。



◇ ◇ ◇



「朝食は食べ終わったわね、悪魔――今日もよ。日が落ちるまで家には入ってこないように。ソニにも近づかないで」


「……うん」


「村からも出ないようにして。絶対に」


「……うん」


 エリンは罰を受けないため、ドルドに言われた通りにした。

 ホープに毎日寝泊まりさせてやる。量の少ない朝食と、夕食を作ってやる。

 ただし、それだけ。


 こうしてホープの冷たい日々は始まる。

 『破壊の魔眼』は誰にとっても怖いから、誰もホープに近づこうとしない。



「あいつに近づくな……子供たちが殺されかけたらしい」



「ほら。やっぱあいつ、あの変な冒険家の男が捨てた子だ……ああ、ダメだよ見ちゃ……」



「大きな牛を一撃で殺しちまったガキだって……イカレてる。どうして生かしてんだ?」



「やーね、そんな危険な子がこの辺うろついてるなんて……追放しちゃえばいいのにねぇ……」



「あんな危ねぇの、誰だって捨てるわな……俺? 言わせんなよ、関わりたくねぇ!」



「エリンさんや、小さなソニちゃんが可哀相だと思わんのか……あの『悪魔』は……」



 今までホープと話したことのある人も、そうでない人も。

 誰もがコソコソと囁き合いながら、ホープの横を素通りしていく。そんな日々。


 誰かが雇ってくれるわけもない。ドルドに話しかけようとしても、全くホープには関心を示さなくなってしまった。

 まるで突然、自分が透明人間になったような気分だった。



◇ ◇ ◇



 そんな凍てつく日々の中、さらに5年という月日が経つ。

 ホープは10歳、ソニは7歳となった。


 ――発覚してからの5年間、時間の有り余るホープは時々『破壊の魔眼』の実験を行ったりした。

 わかったことは多くないが、決して無意味ではなかった。


 まず、練習を重ねるにつれホープは自身の『眼』をまあまあ制御できるようになってきていた。発動したいときに使い、していけないときは引っ込める。

 サパカスさんの牛のように、もう二度と動物や人を無意識に殺してしまわないためだった。


 当然ながら生物には行使しない。その辺の石ころや空いた酒瓶なんかを的として、ひたすら破壊を繰り返した。


 練習を重ねていてさらにわかったことは、


「がわぁぁぁ!! なん、これ、あぁっ、いてぁぁぁ!!」


 短期間に何度も連続して使うと、右目をナイフで刺されたかのような鋭い痛みが走り、流血してしまうことだった。

 二度ほどこの状況に陥った。最初は溢れる血にどうしようかと思った。が、二回ともホープが何かすることなく数分で収束したのだ。


 これは、相当特殊な能力だ。

 自分は人間と人間との間に生まれた純粋な人間であると勝手に思っていたが、父親はいったい、どんな大怪獣と子作りをしたのだろう?


 心の中限定でそんな軽口を叩けるようになった……つまり5年間、孤独に耐えつつ特訓に特訓を重ねた、ホープが10歳の頃だった。



「ホープおにいちゃーん!」


「懲りないね……あと、『お兄ちゃん』って呼ばない方がいいよ……」



 7歳になった義妹のソニと、ホープはようやくまともな会話ができるようになった。


 ――言うまでもないかもしれないが、これまでのホープは5年間、近寄ってくるソニをはねのけて、追い払っていた。

 話したかった。抱きしめたかった。あの柔らかな金髪を撫でてあげたかった。この子の天使のような笑顔を、もっと見たかった。

 だが、『悪魔』のホープがソニなんか見たら大変なことになってしまう。『天使』の顔を、吹き飛ばしてグチャグチャにしてしまうのだから。


「でも私たち、家族でしょー。だったら私が『いもうと』で、ホープが『おにいちゃん』にきまってるよね?」


「ピュアすぎないかなあ……? 『あの悪魔に近づくな、お兄ちゃんって呼ぶな』ってエリンさんにも言われてない?」


「いわれてる、けど……じゃあ、おにいちゃんじゃないの?」


 何も事情を知らないソニは、あからさまに悲しそうな顔をしてくる。見ているホープも悲しくなってくるようだ。

 自分が、この子の兄であるのか。


「…………」


 そうだ、と言ってあげたい。

 でもそうはいかない。

 ソニのことが好きだからこそ、自分のような悪魔が兄だとは名乗りたくない。


 ソニは、エリンの娘だ。だがホープはそうではなく、いわゆる異母兄妹。


 ホープの父親は髪が青かった、青髪のホープはしっかりクズな父親からの遺伝子を貰っており、クズである。

 一方ソニはそうならなかった。クズな父親の遺伝子には負けず、エリンの美しい金髪をしっかり受け継いでいる。


 そんな義妹に、こんな兄など相応しくない。


 もし本当の兄妹だったとしても、髪はどうせ青色と金色で綺麗に分かれているのだ。

 ホープがどんなに事実を歪めても、今さらソニにはバレないことだろう。


「おれと君は家族みたいなものだけど、正確に言うと違うんだ。おれは――『天使』なソニの『守護悪魔』だ、遠くから君を見守ってるだけでいい。君は、君のお母さんの言う通りにすればいい。わかったかな」


「――なにいってんの、あたま打った? ぜんぜん意味わかんない」


「雰囲気ぶち壊しだよ……?」


 バレないというかそれ以前に、言うことを理解してもらえないとは考えていなかったパターンである。


「だってホープおにいちゃ――」


「ホープだけでいいよ。おれたちは家族みたいな友達なんだから」


「じゃ、じゃあホープ……は、私が小さいころからお家にいたよね! おなじお家でうまれたからじゃないの?」


「うん、確かに小さい頃から君といるよ。でも血の繋がりがちょっと少ない。わかる?」


「血……? それがどうしたの?」


「うーん……」


 ソニはこの話をするには幼すぎるのだろうか。それとも性格が真っ直ぐすぎるのだろうか。

 どちらにせよ、その後に何度説明をしても理解してもらえなかった。


 でも、それでいいのかもしれない。

 ホープはそう思い始めていた。


 その日が終わって、次の日も、


「ホープ! 今日ね今日ね、むかいのお家の子と仲よくなったんだよ! その子すごくオシャレでね……」


 また次の日も、


「そうだ、今日はおかあさんが出かける前ね、私のおでこにチューしてくれたの! あったかくてね、それで……」


 さらに次の日も、


「ホープっ! 今日はむかいのお家の子が、私のことみんなに紹介してくれて、お友達がたくさんできたんだよ! 一人がボールもってたから、みんなでそれを蹴ってね……」


 来る日も来る日もソニは、一人で外にいるホープに色々な話をしてくれるのだ。

 彼女から声がかけられる度にホープは、


「あんまり、おれに近づきすぎない方がいいよ? 君のお母さんに気づかれちゃうよ」


 そう言うのだが、ソニはホープがこの話をする時のみ、聞く耳を持たない。持とうとしない。

 実はソニが聞く耳を持ってくれないことが、ホープにとっては嬉しい。嬉しさを顔に出さないのが難しいほどに。


 そんな日々でもいいんじゃないか。


 エリンは鋭い。普通に気づかれているだろうと思うが、今のところ指摘される気配も無い。


 ならば『守護悪魔』のホープは『天使』のソニという守護対象に、少しくらい甘えても大丈夫だろう。

 本当はソニに近づきたいから、ソニと触れ合いたいから、ホープは『眼』を飼いならしたのだ。その努力くらい、報われたって悪くないはずだ。


 6年後に、甘えていたことを激しく後悔する日が来るだなんて――ホープは知らないから。



◇ ◇ ◇



 6年後。


 ホープの変わり映えのしない毎日は、やはり変わることなく続いていた。

 その日を、除いて。


 ――今日もいつも通り家から閉め出された16歳のホープ。

 日が暮れるまでの時間を潰すために草原に寝っ転がって、流れる雲を見ていた。

 そこへ、


「ホープっ」


「……え?」


 突然呼ばれた。

 誰かは察しがつく。いや、候補は一人しかいないのだが。


「……ソニ」


「えへへー、また雲みてるの? 私もみるー」


 視線を向けずに名前を言ってみると、図星。一択クイズのようなものである。

 13歳になったソニはホープの隣に並ぶように寝転んだ。天使のように無邪気な笑顔を、こちらに向けながら。


「――毎回言ってる気がするけどさ、もうおれに近づくのやめた方がいいよ? 君のお母さんにも絶対気づかれてるし……」


「『気がする』じゃなくてホントに毎回だよ、もう聞きあきたー! あと『君の』じゃなくて、『おれたちの』お母さんでしょ?」


 本当に、優しい子だ。

 しかしダメだ。やはりこの子は成長しても真っ直ぐすぎて、ホープの置かれている状況をいつまで経っても理解できない。または理解しようとしていない? それとも理解していてこの態度を――


「ねぇ、今日はさ、おいかけっこしない? 二人しかいないけど、それっていつもどおりだし」


「おいか……何?」


「『おいかけっこ』だよ! え? ホントにしらないの?」


 何かの遊びの名称だろうとは思うのだが、無論、人との付き合いはソニ以外には皆無だ。

 珍しい。いつもはソニが一方的に話すだけのはずが、今回は積極的すぎる。そういう気分なのだろうか。

 とりあえず知っているか知らないかの答えとしては、


「だって、やったことないし……友達がいる君とは違うんだよ、おれは」


 素直に白状。本当に知らないから仕方がない。

 ソニはにこにこ笑って得意げな様子。これはいつものことで、無知なホープに何か教えてあげるとき、この子は心底嬉しそうな顔をするのだ。


「どんな遊びか説明するとー、とにかくユーウツな気分がふっとんでっちゃうような遊びだよ!」


「『説明』って言葉の意味は知ってる……?」


「やってみたほうが早くわかるよ!」


 どう聞いても説明には聞こえない説明を受け、ホープは狐につままれたような思い。

 だがまぁ名称的に、追いかけ追いかけられるような、そんなような遊びなのだろう。

 ソニと楽しく遊べるせっかくの機会であるし、


「はぁ……じゃあ、やってみようか……」


 ホープは、ソニの提案に乗った。

 それはつまり、地獄への片道切符を受け取ったということだ。



◇ ◇ ◇



「おーい……はぁ、はぁ……ソニ! おれ、村の外には出ちゃダメって言われてるんだけど……森の中か!? はぁ……ど、どこだ!?」


 数十秒で走り疲れた運動不足のホープは、見事に元気なソニを見失っていた。

 村はバーク大森林の木々に囲まれているが、森に入ると命令違反なのだろうか。

 わからないが仕方なく森へ入り、キョロキョロと辺りを見回す。あの金髪がどこにも見えない――



「こっちだよ――!」



 ソニの声だ。声しか聞こえない。

 木々に反響して、正確な位置が特定できていないような気がする。それでもホープは適当な方向に走り出す。



「こっちこっちぃ! きゃははは――!」



 何となく声が近そうだ。ホープが適当に走った方向は、偶然にも正解の道だったらしい。

 とっても楽しそうなソニの声を追いかけるのは、ホープとしても中々楽しいもので――



「え、なに……いやぁぁぁ――っ!!」



 悲鳴、だった。



「な、なっ、何だ? そ、ソニ? ソニ??」



 尋常ならぬ悲鳴。迫真の叫び声は、どう考えてもソニのものだった。

 バーク大森林の無数の鳥をも飛び立たせたその声量は、きっと森を超えて村の方にまで届いていることだろう。



 だが、ホープはそんなことを心配している場合ではない。



「ソニ……どうしたんだよ!」



 相も変わらず薄暗くて不気味な森の中を、必死で探す。ひたすら探す。



 心臓の鼓動が高まる、前へ踏み出す両足がビリビリと痛む、息が荒くなっていく。

 ホープは、自分が運動不足であることを呪いたい気持ちになる。



 熊、だろうか? 狼か? 豹でも出たか?



 ソニを救うためならば、例えどんな苦痛に苛まれようとも、ホープは右目を酷使したことだろう。



 だが、そうすることさえできない。

 ホープは遅すぎた。何もかもが手遅れだったのだ。



「あ」



 大切なソニを、見つけた。






「なに、やだっ……きゃあああああ――っ!!!」






 見つけた瞬間。

 得体の知れない()()()()()が……掴んでいたソニの足に噛みついたのだった。

 泣きながら叫ぶソニ。

 思わずその場に膝をついたホープの脳内は、一瞬で漂白されたかのような虚無となった。


 ――これは『現在』から一年前の時間軸。


 つまり『スケルトンパニック』が発生した頃だった。



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