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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第29話 『魔眼の発覚』



「う……っ!」


「弱ぇー! お前みたいな弱いやつ、だいっきらいなんだよなー!」


 男四人、女一人の悪ガキの集団に、思うまま虐められるホープ。


 殴られ、蹴られ――ホープは彼らと話したこともない。この行為にも、きっとストレス解消以外の意味合いは無いのだろう。

 ホープの、空を見上げたり虫を見下ろしたりする時間潰しと何ら変わらないことなのだ。


「ここ……君たちの遊び場だったって、しらなかったんだよ……ごめん、もう行くから……ゆるしてよ」


「……どうする? ゆるす?」

「やーね! そんなのつまんなーい!」

「なんかさせよーぜ!」


 暴力を振るわれるのは、初めてではない――義母エリンから何度か味わわされているからだ。

 だからこそ、ホープは5歳という幼さにして、人一倍『痛み』というものが嫌いだ。


 遊び場なんかいらない。痛めつけられることになるくらいなら、何もいらない。

 けれど、


「じゃーあー、そこに()()()()()()()ぇ、私の靴をなめなさい!」


 あからさまに性格の悪そうな少女は、ホープにそんな要求をしてくる。

 この少女、変な本の読みすぎだ。


「……そんなの、やりたくないよ……」


「やれ! やらなきゃゆるしてやーらない!」

「そーだそーだ! なめろー」


 拒否しようとするホープだが、阿呆そうな顔をした少年たちが囃し立てる。

 一人が拳を振りかぶった。


「わかったよ! やるから、もう殴らないで」


 屈辱など、痛めつけられるより大いにマシだ。

 当然そう考えたホープは少女に近寄り、掲げられた足を両手に持ってみるが、


「やだぁ! 私、本気じゃなかったのに!」

「うわっホントにやろうとしてるー! マジキモい!」

「しね!」


「ぶぁ!」


 爆笑する少年少女にバカにされ、しかも横っ面を蹴り飛ばされるホープ。

 唇が切れて流血。転がる柔らかな緑の草原に、赤いラインが一本引かれていく。


 ――幼さ故、ホープの怒りの沸点はかなり低い。


「やれって言ったの、そっちだろう!」


 四つん這い状態から顔だけ上げている、そんなホープが高い声で叫ぶ。

 子犬がキャンキャン吠えているのより迫力が無いその光景に、悪ガキたちがもう一度爆笑しようとした、刹那。



「――――」



 近くの民家の屋根からぶら下がっていたランプが、何の予兆もなく割れ砕けた。


「……えっ!?」

「なに今の!」


 そんなことが起きたら、誰だって『ホープが何かしたのか』と関連付けることだろう。

 6歳か7歳の子どもたちならば特に。


「ねぇ、今あの子の目、赤くひからなかった!?」

「そんなの見てねーよ!」

「こわいよ! こわいよぉ!」


「……? なんでアレが割れたの?」


 ギャーギャーと騒ぐ悪ガキたちを、呆然と見るホープ。

 そう。今の状況を一番理解していないのは、紛れもなくホープであった。


「あいつ、おばけだー!」

「バケモノだ! やっつけろー!」


「バケモノ……? なんでおれが……いてっ!?」


 無理解極まりないホープの額に、尖った石ころが投げつけられる。

 小規模ではあるがぱっくりと皮膚が割れ、サラサラと流れる血が左目に入ってくる。


 ――焼けるような痛みに、もちろんホープは怒る。


「お前らぁ……!」


「やばい、やばいよどうする!?」

「たたかうぞ!」

「逃げよーよ!」


 逃げ惑う悪ガキ、ファイティングポーズを取ろうとする悪ガキ。彼らは三者三様な反応を見せる。

 そんな中、ホープの右目は無意識にも再度赤く輝こうとするのだが、



「ダメだ! 人に使ってはならん!」



 そんな折、後頭部を掴まれたような感覚を覚えるホープは、そのままの勢いで草原に顔を叩き伏せられる。


「ホープよ、偶然だが今のを見ていたぞ……あれは、洒落にならん威力だな……」


「え……なに? 見えないよ、誰……?」


 ホープを押さえつけ、耳元で囁く男。彼の声は中年よりも少し歳のいったようなものだった。

 草に顔を埋めた形のホープは何も見えないが、悪ガキたちには彼が見えている。


「あっ……神官さま……」

「神官さまにげて! そいつバケモノ!」


「化け物でも人外でもない。この子は歴とした人間だ……君たちは家へ帰りなさい」


「ええ!?」

「でも神官さま!」


「このことを誰にも言わないように! それから、弱い者イジメなど二度とするな! ……いいな!?」


「う、うわー!!」


 『神官様』と呼ばれた男の問いに頷くこともせず、悪ガキたちは一心不乱に逃げていく。

 しばらくして、ホープを解放してくれた男は自罰的に笑いながら、


「痛かったか? 少し焦ったな……手荒になってしまったこと、許してほしい」


「神官様……今のはなんだったの? ……なんでここに?」


 ホープがいくら幼いとはいえ、今の状況下で聞きたいことならいっぱいある。


「ひとまず私の家へ来なさい。全ては私も知らないが、話せることは話す」


「うん」


 白髪混じりの黒髪を携え、黒い法衣のようなものを着ている、その男の名は『ドルド』という。

 この村では実質の代表者的な存在であり、神のお告げを聞くことができるとされる『神官』である。



◇ ◇ ◇



「よし、こんなものか」


 ホープの額を消毒し、ある程度の処置をしたドルドは安心したような顔をする。

 ここはドルドの家。ホープの目には、使われている木材とかが他の民家よりも古臭く見える。

 狭い室内には本棚がたくさん置いてあり、神聖で難しそうな本ばかり収納されている。


「ありがとう、神官様」


「なに、礼には及ばんよ。さて……どこから話すとしようか……そうだ、少し帰りが遅くなってもエリンには怒られんか?」


「遅くなったほうがおこられない」


「……そうか。まぁいい。まず、さっき君たちのイザコザを見ていたのは偶然だ。『たかが子供の喧嘩』と傍観していたのだが……」


「……なんで飛びこんできたの?」


 彼はあまり子供を叱ったり躾けたりするのを好まない。そういうのは親に任せる主義であるという。

 だから先程の冷静さを失ったような横槍や、その勢いで言ったような『弱い者イジメを二度とするなよ』という叫びには、違和感を感じざるを得ない。

 聞かれたドルドは目を伏せ、


「まさか君が、本当に『不思議な能力』を持っているとは思わなかった……あのまま私が何もしなければ、大変なことになっていただろう」


「ど、どういう、こと?」


 ドルドの口振りはどう聞いても、元からホープの『不思議な能力』を知っていた者のそれだ。


 優しく、村の人々からの信頼も厚い彼。

 だがホープとドルドに、どれほどの繋がりがあるだろうか。今まで何度か喋ったことがあるか無いか――そのくらいだと思っていたが、



「実を言うと、私は君のお父さんと面識があってね……彼が、それだけ教えてくれたんだ」


「おとう……さん……?」



 まさか、父のことが話に出てくるとは。

 ホープは首を横に振った。


「お父さんが……そんな、おかしいよ……だって、その、あの、エリンさん……は、『来てすぐにあなたを捨てたのよ』って……」


 ホープ・トーレスの義母エリン・グレースは、ホープの実の父親を憎んでいる。


 ――どこかからこの村へ行き着いた0歳のホープと、その父親。

 父親はエリンと結婚。

 村に住んでいたエリンと三人で暮らしていたが、三年が経ってエリンがソニを産むと、数日後に父親は何も言わず家を飛び出してしまった。


 父親は、それきり二度と帰ってこなかった。


 エリンは、『幼いホープを押し付けられた』と考えた。

 だから彼女は今でもホープの父親が嫌いだし、好きでもないのに世話をするハメになったホープが大嫌いなのだ。


 エリンはホープに『あなたの父親は何もかも捨てて逃げたクズだ』と何度も何度も、洗脳するように教えてきた。

 だが、


「ソニが産まれて何日か経ったある日、君のお父さんは私の所へやってきた。『不思議で危険な能力を持つあの子らの目を、見守ってくれ』……そう頼まれた」


 その時のドルドは、変な冗談を言われたくらいにしか思わなかったそう。

 だが今考えると、父親はものすごい必死の形相だったかもしれないとのこと。


「それからだ。彼が姿を消したのは」


「…………」


 0歳から3歳まで一緒に暮らしていた父親。幼すぎて、ホープは父の顔や性格なんかほとんど覚えていない。

 エリンに教えられるまま、『ただのクズ』なのかと思い込んでいた。

 だがドルドの話を聞くと、多少なりホープやソニのことを心配していた節があったように感じる。


「お父さん、今もいてくれたらなぁ……」


 何だか泣きそうになる。

 どうして5歳のホープは孤独なのだ。


 状況もわからぬ赤ん坊は、父親であるあなたに抱かれているしかなかったのに。

 あなたがいなくなってしまったら、頼れる人はホープを嫌うエリンしかいないのに。


「気持ちはわかるがホープ、泣き言を言っても始まらない。君を虐めたあの子らが変な噂を広める前に、君はどこかで働いた方が良い。エリンとは関係が良くないんだろう?」


「……うん、よくない……え? 変なうわさって?」


「君のその――『破壊の魔眼』のことだよ。私は見た。君の右目が赤く輝き、その直後にランプが割れた……ランプは君の目線の先にあった。どういう仕組みなのか理解が及ばんが、君がやったのは間違いない」


「はかいの、まがん……?」


「名前は適当だ。呼びづらかったから付けた、気にせんでいい」


 苦笑するドルド。あのランプはホープが割ったものだと彼は確信している。

 イマイチ実感が湧かないが、ホープもそうだと思うしかない。


「とにかく、あの子らがその『眼』の噂を広めてしまう前に君は……そうだな……私のところでは仕事が無いし……じゃあ、サパカスさんの牧場で働くんだ」


「牧場……」


「家畜の世話は大変だからな。サパカス一家の下で働き、『噂』が『嘘』になるくらいの信頼を勝ち取るんだ」


「……か、考えとくよ」


「む……それは良いが……決断は早くせねばいかんぞホープ、忘れるな! お前は何も持っていなくとも、常に凶器を体に宿しているのだ!」


 『優しいおじさん』で通っている神官ドルドは、少し怒りを燃やしたようで、優柔不断なホープの両肩を掴んで警告した。



◇ ◇ ◇



 所変わって、ここはホープ・トーレスとエリン・グレース、2歳のソニ・グレースが暮らす家。

 ドルドとの長話をようやく終えたホープは、寄り道せずに家に帰って来たのだった。


「おにーちゃーん」


「…………」


 硬い木の椅子に座るホープの袖を、てとてと頼りなく歩いたり転んだりする義妹――ソニが引っ張る。

 でもホープは無視してしまった。

 台所で心底つまらなそうに昼食を作っているエリンの、その長く美しい金髪を揺らす後ろ姿に視線を集中させているから。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、嫌そうな顔で振り返ったエリンはテーブルの上に昼食を置いてくれる。

 ホープに構ってちゃんしているソニを見たエリンは、


「ソニの家族は私だけでしょ? その人はお兄ちゃんじゃありません――誰が教えたのかしら」


 柔らかな声質でソニに言い、直後、侮蔑や憤怒を宿した目でホープを睨みつける。

 エリンは疑っているようだが、ホープはソニに『お兄ちゃんと呼べ』とか教育した覚えはない。ソニが勝手に言い出したのだ。

 昼食を弱々しく食べ始めたホープから目を逸らしたエリンは、


「私はこれから仕事で町に行かなきゃ――毎日、暇そうねあなたは。あなたのお父さんも冒険家とか言ってたけど、いつも暇そうだったわ」


「…………」


「どうしようもない血筋よね、本当に。そろそろ働いたらどうかしら?」


「……あ、そのことで話があるんだ。おかあさ――じゃなくて、エリンさん」


「何?」


「……サパカスさんの牧場で働こうかなって……」


「ふっ、あなたには無理よ。この世の終わりかと思うくらい不器用なくせして」


 そのホープの不器用さを治そうともせず、いつもただ嘲笑うだけのエリン。

 今も鼻で笑っているが、5歳児にはどれほど酷なことか。


「し、神官様にそう言われて……」


「神官様が? 突然何なのよ、あの人――それならまぁいいわ。勝手にしなさい」


「え……手伝ったり、してくれないの……?」


「するわけないじゃない。早く行ってきなさい。なんだったら、サパカスさんの家で暮らしたらどう?」


 言い放たれたエリンの言葉に絶句するホープ。

 エリンはそんなホープに目もくれず、ソニの自分と同じ金髪を撫でてやり、家を出ていく。


 撫でられたソニの笑顔が眩しい。あの子はきっと、望まずともホープのようには育たないことだろう。

 良かった。そこだけは。



◇ ◇ ◇



 けっきょく、ホープはその後サパカス一家に雇ってもらえるか聞きに行き、無事雇ってもらえた。


 牧場での日々は忙しいが、サパカス家のお父さんや、長男や次男から色々教わり、不器用なホープでも段々と慣れていった。

 昼食はいつもサパカス家の奥さんに作ってもらう。


 時折、神官ドルドは牧場の柵の外からホープを温かく見守っていた。


 達成感を感じながら家に帰ると、暗い雰囲気のエリンが出迎えるばかりだが、そのくらい大したことなかった。

 ソニはなぜかホープに懐いているし、今やホープの敵となり得るのはエリンのみだ。


 ――そんな意外に充実した生活を送り、数ヶ月が経ったある日。


 当然ながら、残念ながら、ホープは再び絶望のレールに乗っかることになる。


「よし、やるぞ。おとなしくね」


 牛の搾乳。最後の一頭は、いつもホープに対して優しい牛だった。

 この牧場でホープが働き始めた時から、ホープの不器用な搾乳中にも決して動じず、ただ見守ってくれていた牛。


 今も、何だか顔が嬉しそうだ。

 そこへ、


「おーい、ホープ。妙な噂を聞いたんだけどな……」


 やって来たのは牧場主、サパカス家のお父さんだ。

 ホープを息子たちと同じように扱い、時に優しく、時に厳しく――良い意味で普通に接してくれた人だ。


「なんか、君の目が物を破壊しちゃうとか……だははは! あり得ないよなぁ! 笑っちゃうよ、ホント……お前ほど普通な人間はいないよ、だはははは!」


「そ、そう……? あは、あはは」


 ――搾乳中の牛の頭が、弾け飛んだ。


「だはは……は?」


「……え?」


 ドオッ、と横に倒れる頭部を失くした牛。

 草むらの中に、赤い水たまりが一つ生まれる。


 まただ。またしても、ホープは無意識に『眼』を発動してしまったようだった。


「そ、そんな……」


 せっかくドルドの言う通りになったのに。ようやく生きることが楽しくなってきたのに。

 掴みかけた幸せが、暗闇に呑まれて沈んだ。



◇ ◇ ◇



 放牧場内の古びたベンチ。

 そこに座っている二人の人間の顔は、死んでいるのかと勘違いするほどに、暗い。


「俺は見たぞ、お前の目が赤く光ったの。噂通りじゃないか……これはさすがに笑って見過ごしたりできんな」


「…………」


「牛一頭、一瞬で殺せるほどの力……あり得ん。このまま家畜を、もしかしたら妻や息子たちまで……頭を吹っ飛ばされたらかなわん」


「…………」


「可哀相だが、もう、お前を雇っていられんよホープ。出て行ってくれ……二度と家には、来ないでくれ……」


「サパカスさん……」


 ホープを解雇したサパカス家の主人は、とても悲しそうな顔をしていた。彼はあまり剛毅果断な人物ではないはずだ。

 生活のため、家畜たちのため、大切な家族のため――この対応は、誰にも責められないだろう。


 それからというもの、ホープを虐めたあの悪ガキたちから、またはサパカス一家の罪のない小さな子供たちから――瞬く間に噂は広まっていった。


 当然、義母エリンの耳にも届いた。


 村人のみんなから向けられる目線は、すべからく凍てついている。

 5歳のホープはいつの日からか『悪魔』と呼ばれるのが日常になっていた。



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