第27話 『ちょっとした集まり』
「はぁ……はぁ……す、すいません! 遅れてしまって……」
エドワーズ作業場の『本部』。
荒い息遣いそのままに簡素な会議室の扉を開けたのは、黒髪に眼鏡が特徴の、柔和な指導者ジョンだった。
「ぎゃはははっ! マヌケだなぁジョンくぅん! お前を呼んだのは初めてだからな、今回は許してやるよ。んーんーんー……これで全員集まったか?」
超長身の男エドワードはジョンを咎めることもせず、部屋を見回す。
揃うべき顔ぶれが揃ったらしく彼は口を開き、
「こんな夜にお前らに集まってもらったのは、んま、ちょっと状況を整理するためだな。最近、細けぇけど面倒なトラブル多いからなぁ」
会議室の大きなテーブルを囲むのはエドワードとジョン、そして四人のエドワードの部下。
彼らは部下の中でも地位の高い者たちだ。
「まずは今日の昼のこと……だな。お前だよな」
エドワードは一人を指さす。
「えっ俺? 俺ですか?」
「当たりめぇだろ。お前、あの青髪の新人くんを殺そうとした内の一人だったじゃねぇかよ」
「あっ……!」
ビクつく部下に対してニタニタ笑いながら、エドワードは自慢の武器のマチェテを取り出す。
「えっ、えっ、そこまでするんすか!? あんな労働力にもならねぇガキに、どうしてそこまで――」
「まだ確認できてなかったことがあったんだよぉ! ――何より俺の命令を聞かなかった時点でお前はゴミだ。もういらねぇ」
「やめっ、ぇああああ――っ!!」
部下はマチェテで喉を横に一閃され、何度も何度も腹を刺される。椅子に座らされたまま、彼は絶命していった。
突然始まり突然終わった殺戮ショーを見て、ジョンや他の指導者たちの喉も凍りついてしまう。
一仕事終えた、とでも言いたげに、エドワードは微笑を崩さないまま息を吐く。
血に濡れたマチェテを部下の死体の服で拭い、懐にある鞘にしまい込む。
「お前ら今のを『なんで?』とか思ってんだろ? その話もしてぇんだよ」
声を発せていないジョン他三人の部下たちの表情を軽く読み、エドワードは自分勝手に話を先へ進める。
「この『エドワーズ作業場』が始動してから、もう半年になる。ジョンくんは知らんだろうが、お前らは薄々感じてたはずだ……目的の達成が近いってなぁ」
「おお!」
「マジすか!?」
「ついに……!」
ジョン以外の三人の反応や表情は、みな一様に明るい。
「そういうことだ。目的の達成が近いって時に、もう俺の言うことを聞かねぇ部下なんざ構ってられねぇわけよ」
「そうっすよね!」
「あいつただのアホでしたよ!」
先程の殺戮ショーは、蟻を潰した時なんかとは凄惨さが比較にならない――はずが、そんなことが起きたのがまるで嘘かのように、一瞬にして場の空気から冷たさが抜けた。
つまりそれは『目的の達成』が、同僚の死などどうでも良くなるくらいに素晴らしいことだという意味で、
「あともうちょっとだ。もうちょこぉっとだ。今まで貯めてきた鉱石、銃弾、農作物、獣肉。それを奴らに引き渡すだけで、俺たちは安全な場所へ行けるんだぁ!」
「やっほーう!」
声を上げたエドワードの語った事実に、部下たちは子供のように大はしゃぎ。
殺戮ショーの時点で置いてけぼりのジョンはもちろんついていけないのだが、エドワードはジョンのことなど気にせず、
「おっとっとっと、テンション上がっちまった。まだ目標値はギリギリ達成できてねぇんだよな……お前ら三人に頼まなくちゃいけねぇのは、言っちまえば『ラストスパートをかけてほしい』ってこった」
「ラストスパート……なるほど。どうすりゃいいっすかね」
「おい、少しは自分で考える素振りってもんを見せろよアホども……わかんねぇのか? あの青髪の新人くんをぶっ殺すんだよ。んでもって明日の朝、その死体をお前ら以外の指導者や労働者に見せつける。見せしめんだ」
ニタニタとしたいつもの表情で語るエドワード。彼に疑問を呈するのは、
「ち、ちょ、ちょっと待ってくださいエドワードさん!」
ジョンだった。
「さっき話に出てきた『青髪の新人くん』と、こ、今回の『青髪の新人くん』は同一人物では? だとしたら、お、おかしくないですか? 殺せないはずですよね」
――彼の好青年は、わかっていた。
今日の昼に殺されかけたという『青髪の新人』とは、ホープのことなのだと。先程はそれに気づいていながらも、あえて言及しなかった。
だが、仮にも自分と言葉を交わしてくれた人が、今度こそ殺されてしまう。
彼と会うまでの間。出会った全ての労働者に――時には指導者仲間にも、見た目の貧弱さや性格の温和さをバカにされてきたジョン。
そんなジョンにホープは驚いてはいたものの、少しも見下さずにいてくれた。
――人間という面白い生き物の中には、『相手』ではなく『相手の肩書き』に話しかけるという習性を持つ者もいる。
彼らはジョンのことを『指導者』と考える。細かく言うと考えるだけじゃない。彼らは『ジョン』ではなく『指導者という肩書き』と話す。
だから、肩書きに見合わないジョンを嘲笑ったりする。
しかし彼は、ホープは『指導者』という堅苦しい――しかも憎たらしい筈の――肩書きには話しかけてこなかった。『ジョン』という一人の人間に話しかけてくれていたのだ。
短い時間しか会話していないし、ホープはかなり体調が悪いようだった。
彼が本当のところは優しいのか、どんな性格をしているのか。イマイチわからなかった側面はあるものの、そんなことはどうでも良かった。
ホープを、できれば死なせたくない。今のジョンが考えているのはそれだけだ。
それだけなのに、
「おいおいおいおいおいおいジョンくん、確認してなかったことがあっただけだ。それは昼間の話であって、今もそうとは言ってねぇよなぁ?」
「じ、じゃあ確認は取れたってこと、ことですか?」
「ご名答ぉ。しかもあいつはこの本部に侵入してきたんだ、生かしても良いことねぇだろ……お前あんまり調子乗んなよ? いくら耳がいいからって、俺はいつでもお前を殺すぜ? マジで」
ホープを守ろうとしていると感づかれないように遠回しに投げたジョンの疑問は、あっさりとした回答によって撃沈。それどころか脅迫までされてしまった。
――『確認』という言葉を使ったと同時に、エドワードが窓から外をチラチラ見始めたのは気にしなかった。この部屋の窓から見えるのは、せいぜい見張り台の白い箱くらいのものであるから。
ジョンが二の句を継げないのをいいことに、エドワードは他の三人の部下の方へ首を向け、
「今回の見せしめは、今までの何倍もインパクト重視だ……誰にも殺しを見られるなよ。みぃんなが寝静まった深夜、新人くんを隠し部屋へ連れ込むんだ」
「へい」
「できるだけ苦しめて、痛めつけて殺っちまえ。死体は外に放っといて、朝にそれを見た全員の度肝を抜かしてやるんだ。これでラストスパートは勝手にかかるってぇわけだ」
「へい、任してくだせぇエドワードさん! ……あ、そうだあの鬼女はどうします? 殺しちまいます?」
「あいつか……あいつぁサンドバッグに丁度いい。ストレスってのは一番の敵だからなぁ、まだ生かしとけ! ぎゃっはははは!」
「へい!」
腹を抱えて豪快に笑うエドワードを横目に、部下三人は会議室を後にする。
とはいっても今は20時。『みんなが寝静まる深夜』にはまだ遠いため、すぐに犯行に移るわけではないだろう。
――ジョンにもまだ、阻止するチャンスがあるかもしれない。
閉まる扉を見届けたエドワードはため息を吐き、
「あいつら張り切りすぎだろ、まだ解散って言ってねぇのになぁ。ほぼ解散だからいいけどな」
「そうですか。な、なら僕もこれで――」
「あぁっと。待つんだジョンくん、『ほぼ』にお前は入っちゃいねぇ」
踵を返しかけたジョンの肩に置かれる手。エドワードは、ジョンの退室は許可していないらしい。
ジョンのありとあらゆる毛穴から、冷や汗が滲み出る。
「な、なぜです……?」
無表情で懐に手を入れるエドワードに、悪い予感しか覚えない。
――思い当たる節がある。ジョンはホープを庇った。感づかれたのならそれだけでも、今のエドワードにとっての殺しの動機となり得る。
しかし、
「お前には、これを渡したくてな」
エドワードが懐から取り出したのはマチェテではなく、無線機のような黒い機械。
「え? これは?」
「こりゃあ『たった一つの無線機と通信できる特別な無線機』だな。つまり喋れる相手は、これと同じ無線機を持ったある人物一人に限る」
どうにも胡散臭く、信頼性に欠ける話だ。
だがエドワードの目も口調も真剣そのものであるからジョンは、
「えっと、じゃあ、その通信できる相手って、ど、どちらにいらっしゃるんでしょうか? この作業場の中にいますか?」
「いるとも――だが、どこの誰かかは言わん。そういう契約だ」
また窓の外をチラ見しながら答えるエドワード。随分と気になっているようだが、窓に虫でも張り付いているのだろうか。
戸惑うジョンにもお構いなしにエドワードは続ける。
「今までは俺がずっと持ってたわけだが……『エドワーズ作業場』が始動してから半年、最近変なことがよく起こりやがる」
「変なこと?」
「毎日やかましく叫ぶ人外を捕らえたり、破裂音みたいな音がしてスケルトン集まってきたり――労働者が本部に侵入するなんて、今日が初だぜ」
「…………」
いくつかジョンにもわかる項目はあった。
エドワーズ作業場が最近まで平和で安定していたとは、知りもしなかったが。
「だからよ、とにかくだ。耳のいいお前にその無線を託す。詳細は話せねぇがとにかく困ったら使え。お前に任せた。質問は無しだ。さっさと出ていけヘナチョコ」
エドワードは一つの台詞の中に『とにかく』を二度も使って語り、ジョンの背中を軽く叩いて、
「お前まで変なことすんなよぉ? 調子に乗らねぇこった……血を見るだけじゃ済まさねぇぞ。ほら行け、しっしっ!」
間違いなくこの態度は退室を促されている。ジョンは会議室の出入り口のドアへ。
やはり今度こそ止められることはなかった。
「おかしな物を託されたなぁ……ホープさん、無事でいてくれたらいいですが」
廊下に出たジョンは、手の中の無線機を見ながら小声で呟く。
――こんなにも残酷な世界に、ましてやホープ本人に届くはずもない、そんなシャボン玉のように淡い期待を。




