第26話 『見張り台の中身』
誰も介助してくれない。
だから全身傷だらけで疲労がピークに来ているホープは、這うように監獄へ戻る。
別に場所を覚えたわけではない。ここからは監獄の屋根というか上の方が見えるから、迷うことがないのだ。
「うぅ……きつい……」
ハイハイすらままならない、赤ん坊以下の歩行技術。
匍匐前進にもなり損なっているため、毛虫とかそこら辺と同レベルの速度だろう。
「……殺されたとしても、心だけは折らないで……か」
苦笑。
これは、ホープがレイにかけた言葉。もう心が折れているホープが言うとは、何とも滑稽だ。
しかしこの言葉がすんなり出てきたのは、ホープにとって『死』と『絶望』が別物だからこそ。
信じるものを決めろという台詞も、ホープが信じられる人が、ホープを心配する者が、この世にいないからこそ言えた。
結果はレイにも伝わったようだし、悪くはなかったと思いたいところ。
――エドワーズ作業場に、夜の帳が落ち始める。
周囲はライトが設置されており微妙に明るくなっているが、寂しさはどうにも漂っている。
ふと、横を見る。
そこに誰か立っているような気がしたからだ。
「あ、あぁ、なんだ」
横目に見えていたのはどうやら『見張り台』。塔のようになっていて、その先に白い箱が乗っかっているような建物。
スマートな建物だから、人に見えて――
「あれ?」
上の先端の箱に目が行きがちだったが、今見るべきはそこではなかった。
見張り台の下の地面に、人影が見える。
それは灰色のローブのような上着で全身を隠しており、男か女かもわからない容姿。
人影のすぐ横の地面にはアタッシュケースらしき物が置いてある。黒光りしていて、横長だ。
人影は見張り台に取り付けられた梯子に手をかける。
――ローブから出して、梯子を掴んだその右手は、
「機械……?」
右手――いや、白いスーツの袖が捲られた右腕全体が、どう見ても人間のそれではない。
一本一本の指の先から、見える範囲では二の腕まで。血が通っていないであろう鉄製の腕だった。
しかも随所に配線のようなコードのようなもの、歯車やボルトやナットのようなものが確認できる、そんな腕。
あんなものは見たことがない。まさか、ローブに覆われた体全体が機械なのか?
そんなことを考えているホープは、人影を凝視してしまっていることを忘れており、
「あ」
梯子越しにホープの存在を視認した人影に見られる。
背筋が凍るような感覚に陥るのは、恐らく目が合っているからだろう。
直後、確かに聞こえた。
「しー……」
それは『このことは黙っていろ』のサインか。
機械の右腕を持ち上げ、機械の人差し指を立てて顔に当て、そしてそんな声――ほとんど吐息――を出したのだ。
戦慄。
ローブの人物が何者かも知らないのに、ホープはこのことを絶対に誰にも言ってはいけない気がした。
ローブの人物は、普通の人間っぽい肌色の、袖を捲った左腕でアタッシュケースを持ち、そのまま梯子を登っていった。
最上部の白い箱の中に、その姿は消えた。
「なんだ……あれ……」
左腕は、普通の人間。ならばあの者は、基本的には普通の人間なのだろう。右腕だけが機械なのか定かではないが。
少なくともホープの知識の中に、あそこまで自在に動く機械の義手などあり得ない。
本の中でなら見たことのある『人型ロボット』や『サイボーグ』は、あくまで架空の存在のはず。
そんなものを製造する技術は領域アルファには無いと考えていたものだ。
いくらホープが田舎者の中でも最高クラスの世間知らずといえども、世界はそこまでホープの認識とズレているのだろうか?
大都市と呼ばれる場所には『くるま』とか『しんごう』とかいう物が存在している(していた)らしいが、人型ロボットなどあり得るのか?
「どうなって……?」
何にせよ、あれが見張り台の中でずっと息を潜めている者の正体。エドワードは当然知っているはず。
――このエドワーズ作業場には、いや、ひょっとするとこの世界には……まだまだ謎が多そうだ。




