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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第24話 『ブチ切れて』



「はぁっ、はぁっ……」


 たった数メートル走るだけで、疲弊と飢餓で限界の近いホープの息は荒くなる。

 ケビンに何も告げず、採掘場の者たちが『休憩時間だ』とホッとしていたところを抜け出してきた。


「本部……」


 目的は言うまでもなく、レイの救出。

 その前に、指導者たちの言っていたという『本部にいるあの女』がレイかどうかの確認からだろうか。


「……! エドワード、ジョン……!?」


 そんなホープが視界の端に捉えたのは超長身、作業場のボス、エドワード。

 そして眼鏡をかけた黒髪の好青年、ジョン。周りに何人か他の指導者もいるが、話しているのはあの二人だ。


 今は休憩時間であるため、外にいても問題はない。

 だが見つかったらまたエドワードに殴られそうだ。ホープは建物の影に身を隠した。



「手ぇ怪我してたってぇ!? ぎゃはははっ! やっぱり何やってもダメだなぁ、あの新人くんはよぉ!」


「しかしエドワードさん。か、彼は僕よりもわ、若いですし、仕事にも慣れてくればきっと……」


「おいおいおいおいおいおい早まるなってジョンくぅん! 殺すとは決めてねぇよ!? ……まだな。ぎゃははは!」


「え、エドワードさん! ホープさんがどうこう以前に、ひ、人手不足なんでしょう!?」



 爆笑中のエドワードの顔を見るため、半ば見上げながら喋っているジョンは必死そうだ。

 まさか自分の話をされているとは思わず、ホープは純粋に驚く。


 手を怪我したというのは、銃弾製作所での話だろう。

 本来この作業場の方針的には、使えない奴は切り捨てるはず。ホープだって、いつ殺されてもおかしくないのだ。


「じゃあ、なおさらだ……」


 殺される前に。自分がレイを解放し、ケビンを連れて、フェンスを素早く登って、ここから逃げ出せばいい。

 ――どうせ無理だが。


 それから少しだけ話して、ジョンは(たぶん)銃弾製作所の方へ、他の指導者たちもそれぞれの持ち場へ散っていく。

 エドワードと、一人だけ残った指導者が向かっていくのは――


「……本部!」


 作業場の中心にそびえる、他のものより一際大きな建物。レイがいると思われる『本部』だ。


「……入って……やる!」


 ほとんど血迷っているホープは、迷わずにエドワードたちの後をつける。


 ――ついに来た。

 死ねないことに、痛みを感じることにブチ切れて、ようやくホープは誰よりも勇敢になるのだ。

 ただ安らかなる死を求めて。


 しばらく、エドワードの背中を遠目に見ながら追いかける。

 途中、彼の前を行く指導者がエドワードに話しかけられ後ろを向いたりするので、迂闊に近づけない。

 建物の影から影へ飛び移り、どうにか見つからないように後をつけ続け、



「どうぞ、エドワードさん」


「ご苦労さん。おら、あっという間に休憩は終わっちまうぞぉ。持ち場に戻っとけよ」


「へい!」



 前の指導者がエドワードのために両開きの木製のドアを開けてやり、役目を果たして持ち場へ戻る。

 ただ扉を開けさせるためだけに指導者を伴っていたのだろうか? まったく、どうしようもないボスである。



「さぁーて、寝ようかね」



 身長が扉と同じくらいかそれ以上だから、くぐるようにエドワードは本部の中へ。

 入ってすぐに欠伸をしながら伸びをして、彼はよたよたと歩いていく。

 ――扉は、開けっぱなしで。


「君がどうしようもなくて良かったよ。エドワード」


 薄ら笑いを浮かべながら、ホープは勝利を確信する。

 ケビンや殺されたヴィンセントも言っていたように、エドワード一味はマヌケで、ノロマで、何もかもが雑な奴らだ。



◇ ◇ ◇



 ホープは音を立てず軽やかに本部の中へ。ゆっくり丁寧にドアを閉め、鍵を掛ける。

 通信機の電源を入れボタンを操作。チャンネルを変えて、通話。


「やぁドラク、声のボリュームは落としてね。おれは今エドワーズ作業場の本部にいるから……真ん中にある、大きな建物に」


《……ん?》


「……え?」


 疑問符をそのまま言葉に変換したような声が返ってくる。

 しかもその声質は女性で、


《ホープ、どうしたの。ドラク、虐めてきた?》


「あれ? ジル……さん?」


《『さん』は、いらない》


 まさかの事態。そういえばジルの名前を呼んだことがなかったホープは焦る焦る。

 しっかり画面を見るとチャンネルは『2』に。


 そう、昨晩のドラクとの通信でチャンネルは『1』のままだったはずだから、変える必要がなかったのだ。

 単純にチャンネルを間違えてしまったのだ。気まずいのだ。


「えっと、ジル……ちょ、調子はどう?」


《ん。まぁまぁ》


「今は何してるの?」


《……ごめん。それ、あんまり言いたくない》


「そっか……」


《さっき、本部って、言った?》


「あ、うん」


《よくわからない……けど、大変そう》


「あー、まぁ、大変かもね」


 いかんせん口数の少ない二人だ。会話がどうにも弾まなく、ぎこちなく、気まずさの極みだ。

 まぁ、何事にも安定して気だるそうな彼女の声は、聞いていてどこか安心感があるのだが。


 ――微かにスケルトンの声が聞こえることについては、考えないように努めた。


《頑張って、ホープ。でも、無理しないで》


「わかった。じゃ――」


《あと、一つ聞いて》


「え?」


《――ドラク、あなたのこと、気に入ってる。信じてる。弱いあなたを叱咤するのは、弱い自分に重ねてるから》


「……!」


《だから、その……そういうこと。またね、ホープ》


「あぁ、うん……さよなら」


 信じられない事実をホープに突きつけ、通信を中断させたジル。

 彼女は口数こそ少ないが、話している途中にどもったり止まったりはしないはず。なのに今、ジルは言葉に詰まった。

 これでは真実味が増してしまうではないか。


「……まぁいいか。今度こそドラクに」


 チャンネルをしっかり『1』に戻す。

 その際チャンネル『3』が見えた。これは潜入中のブロッグに繫がるものだが、こちらから通信はしない方がいいという話だった。


 そりゃあ敵地に秘密で潜入中なのに、無闇やたらと連絡を取るのはどうかしている。

 今、敵地の『本部』内の階段の影に隠れて連絡をしているホープは、頭がどうかしているから連絡をしているのだ。


「やぁ、ドラク。おれは今、敵の本部に潜入中だよ」


《……は? お前みたいな弱ぇ奴が潜入してんのに、何で通信する余裕あるんだよ! も、もしや、体が痛すぎて頭がおかしくなっちまったパターン!? そこは本当は監獄の中で――》


「本当に潜入してるよ……バレるから声小さくして」


《マぁジかよぉ!?》


「うるさいって……!」


 ホープが動いたのがそんなに驚きだったのか、声を張り上げに上げるドラク。ジルとの落差がすごい。

 意表をついてやった、と彼の様子に少し小気味のいいものを感じるが、ここはあくまで敵地。静かにしなければ――


「おい!? そこに誰かいんのか!?」


「やばいっ、ほら見つかった」

《誰だ今の声……!?》


 通路をこちらへ歩いてきた指導者に声を聞かれてしまったようだ。

 まだ姿は見つかっていない。未だうるさい通信相手の声を手で覆って遮り、ホープは静かに階段を駆け上がる。


 上がりきって二階の通路に来たはいいが、背後から指導者の足音が連鎖。向こうも階段を上がってきている。

 このままでは見つかってしまう。


 辺りにはいくつか扉がある。まず一つのノブを回してみるが鍵がかかっている。


「クソ、侵入者か!?」


 息をぜぇぜぇ言わせながらも、指導者は階段ダッシュを終えたようだった。

 今のホープの位置は階段からは見えない位置だが、奴が曲がり角を一つ曲がったらもう鉢合わせである。


 早く、次のドアを。


「開いた……」


 部屋の中を確認するも、誰もいない。

 すぐ近くに手頃な衣装棚を見つけ、両開きの扉を開けてホープは中に飛び込む。

 扉を閉めて、通信機の電源を切ってしまって、衣装棚の中にあった木の棒を握り締め、あとはただ息を潜めるのみ。


 ――がちゃり、と音がする。部屋の扉だ。


「……いねぇな……気のせいか?」


 ばたん、と扉は閉じられる。

 侵入者かもしれないのに。まさか部屋をひととおり検めることもしないとは、逆に拍子抜けしてしまう。


 犬なんかは飼い主に性格が似るとか言うが、ここの指導者たちもしっかりエドワードに似ている。

 そしてそんな指導者たちを見て、労働者たちもそれに似てきているのだ。


「どうしようもないな、この作業場……」


 暗い衣装棚の中で呟きつつホープは通信機の電源を再び入れ、ドラクと連絡を取る。


《お、ホープか……? 無事か? おい何があったんだよ……もしかしてオレ、悪いことしちまったかな。どうぞ》


「うん、君は悪いことしたよ。でもまぁ急に連絡したおれも悪かったと思う……あ、どうぞ」


《……で? どうして潜入中にお前の方から連絡なんかしてきたんだよ。ってか、そもそも潜入とかお前のキャラに合ってなくねぇ?》


 キャラに合っていない。

 事実その通りであり、彼ならそう思うことだろう。ドラクはホープが受動的でしかない人間だと見破ったのだから。


 ホープが通信したのは、ちょうどそのことだ。


「おれは動いてる……それを君に証明するためだよ。全く動かない奴が潜入なんかしないでしょ?」


《まぁな〜……》


「もちろん理由はあるよ。助けなきゃいけない……その、人がいる。おれが一人で助けに来たんだ、でも――」


 でも、助けることはできないのさ。

 そう言おうとしている。


 ホープが証明したかったのは、ホープが動いているだなんて妄言ではない。


 どうせ自分は何をやったって上手くいきはしない。それをドラクに見せつけてやりたかったのだ。

 哀れでしかないのは重々承知で――


《一人ってか? ちょっと待てよ、ケビンだとかレイだとか言ってたじゃねぇか。そいつらと一緒には動けなかったのか?》


「どうせ助けたりなんかでき……え?」


《オレさ、確かにお前に『動け』っつったよ? でも『限界を超えて頑張れ』とは言ってねぇんだわ》


「……え?」


 茫然自失。

 これが『動く』ということでないなら、何なのか。ホープは『動いている』つもりだ。


「え、だってさ……」


《だ、か、ら! 限界を超えて頑張れなんてカッチョいいことは言わねぇっつってんだ――自信ねぇのはわかったさ。だったらまずお前が大失敗しねぇくらいの、お前にできることを精一杯やれよ。ブロッグを手伝うのなんかピッタリだと思ってたんだけどなぁ……ま、お前にもお前でやりたいことがあんなら、まずはそれ優先させとけ。じゃあな、これ以上喋ると邪魔だろうから切るぜ》


「えっ……」


 ものすごい早口でまくし立てて、ドラクは一方的に通信を終了させてしまった。


「自分にできることを、精一杯……?」


 どうやらそれが、ドラクの中での『動く』という言葉の意味らしい。

 こんな状況で今さら真の意味を教えてもらったところで、ホープはどうすればいいのかわからない。


 わからないが、ホープは衣装棚から抜け出して部屋から出て、廊下へ戻る。


「おれに……できること……?」


 閑静な『本部』の廊下を、ホープは目につくドアを確認しつつ、ふらふらと歩き回っていった。



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