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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第23話 『闇を胸に』



「ウオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!」


「……ぁ?」


 朝だ。


 またあの雄叫びで、ホープは目を覚ます。

 相変わらずすごい気迫だ。距離は遠いように感じるのに、不思議なものである。


「……ぁぁ……」


 ほとんど眠れなかった。

 口から垂れる唾液は、寝ている間の涎ではなく、空腹と脱水による身体の訴えだと思われる。

 今日は三日目となるわけだが、これまでの二日間で口にしたのはカビたパン一つに団子二つ、少しの水だけ。


 ――ホープにしては、よく生きている方だ。


「起きろ起きろてめぇらー! 仕事だ仕事ぉ!!」


 うるさい指導者の声が、監獄を震わせる。一つ一つの檻が開かれ、手錠を付けた労働者たちが連れ出される。

 ホープの所にも一人の指導者がやって来て、


「あー、お前は持ち場変更だ。コロッコロ忙しい奴だな……採掘場へ行くぞ」


「……ぅぅ」


 今のホープは、返事することさえ厳しい。体を起き上がらせることもできていない。


「……面倒くせぇ奴だなぁ、人手不足だからあんまり死んでほしくねぇんだよ……これ食っちまえ!」


「もごっ!?」


「おら行くぞ! ……俺たちには目標があんだからよぉ」


「ぉ……うぅぉ……」


 手錠を掛けられ、口に水をぶち込まれ、団子をねじ込まれ、指導者に引きずられながら檻を後にする。

 団子を必死で咀嚼しつつ、ホープは採掘場で待っているはずの彼の顔を思い出していた。



◇ ◇ ◇



 正直なところ、先程の指導者の対応は今のホープには最高だった。

 いや、閉ざされた地獄の中で湧いて出る数々の悪い出来事を想像すると、その中では最高なだけ。ハードルの低さがもう地獄のようだ。


 渇いた喉には水を、すっからかんな胃袋には小さな団子を。これだけでも少しは体調が良くなった。気がする。


 ――だからホープは目の前に立つ男に、自らの疲れや苦しみを悟らせないように上手く表情を作り、


「おはよう、ケビン」


 精一杯明るく挨拶をした。が、


「ようホープ……お前、日に日に顔色が悪くなっていってるぞ」


「…………」


 バレバレだった。

 エドワーズ作業場に来てからまだ三日目だというのに『日に日に』なんて単語が飛び出してくると、そんな単語を使ってしまうくらいホープの外見の疲れ具合は尋常じゃないということだろうか。どうしてもそう勘繰ってしまう。

 ――実際、尋常じゃないが。


「だが、聞けホープ。こんなとこで朗報もクソもないが、朗報だぞ」


「……朗報?」


 久々に聞いたような、ポジティブなワード『朗報』。

 今後の流れによっては二度と聞くことはないかもしれない、ホープが本気でそう思いかけた嬉しいワードだ。


 ホープがツルハシを振って採掘を始めると、ケビンも同じようにしながら合間に口を開く。



「昨日お前と別れた後、採掘場で聞いたんだ。指導者どもが小声で『本部にいるあの女の処分はどうする』って、話をしてたところを」



 ――まさか。

 女、と聞いて連想する人物は、ホープもケビンも同一人物だった。


「……レイ、かな?」


「俺はそう願うよ。もしレイだったら、まだ『処分』はされてないってことで、生きてるのを確定させられるからな――何をされたかってのは考えない前提で」


「…………」


 ケビンはレイの魔導鬼という正体を知らない。彼が懸念するのは、まぁ、普通の暴行あるいは性的暴行だろう。

 魔導鬼の嫌われ方の度合い次第で、エドワード一味がどちらに転ぶのかは変わってくるのではないかとホープは踏んでいる。


 ケビンは小規模に崩れ落ちた岩の中から青黒い鉱石を拾い上げ、


「んん、なるべく早く助けたいが……どうしたもんか」


 鉱石を手の中で転がしながら呟くケビン。

 そんな彼に質問をぶつけたのは、受け身の姿勢を貫くはずの男。


「ケビン。『本部』ってどこのことか知ってる?」


「……ん?」


 その人物とは、紛れもなくケビンの正面に立っている少年、ホープ・トーレスであった。


「おいホープ、無茶なこと考えてるわけじゃないよな。これはお前一人でも俺一人でも無理だ、しっかり話し合わなくちゃ――」


「もちろん……本当に場所知らないから聞いただけだよ」


「あ、ああ、そうだよな。すまん、一瞬お前の目がヤバくなった気がして……どうやら、ヤバくなりつつあるのは俺の方らしい」


 指で眉間を揉んでいるケビンだが、彼の言は間違っていない。

 ホープは『朗報』を聞いてからというもの、あることを決めていたから。


「この作業場のほぼ中心にある、あの茶色くて大きな建物が『本部』だ。そこがエドワードや指導者たちの生活空間で、会議とかもやってるらしい。侵入するのは至難の業だろうな」


「……だろうね」


 ホープも、移動中に何度も目にした建物だ。

 『本部』とご大層な呼び名をつけるには少し小さい気はするが、エドワードのような荒くれ者たちが事務所や住居にするなら十分すぎる大きさだったように思う。


「俺から話しといてなんだが……今は採掘に集中しよう。死活問題だからな。休憩の時に、どうやってレイを助け出すか相談するんだ」


「……そうだね」


 あり得ない。今の肯定は嘘でしかない。

 このまま『はい、そうですね』と頷いてばかりはいられないのだから。


 ケビンを見捨てた。レイと、レイとの約束を無かったことにしようとした。ドラクとジルとの協力を切り捨てた。その結果ブロッグだかナイトだかの顔も知らない人たちまで見捨てたことになった。

 そろそろ受け身を、逃げの姿勢を、やりすぎな頃合いだろう。



『自分で動かなきゃ、地獄からは這い上がれねぇぞ――腰抜け』



 心の中で、あの饒舌な男から宣告された呪いの言葉を何度も反芻するホープ。

 そしてケビンに聞こえぬよう口の中だけで、


「いいよ、ドラク。君の望み通りにやってやるよ……おれじゃあ何にもできないってこと、証明してやるよ……」


 心が壊れ、闇に呑まれたホープの、哀れな決意。『後ろ向き』を極限まで突き詰めたような汚い心境を、自分にのみ吐露する。

 それからポケットに手を突っ込み、昨夜から切っている通信機の電源を確認した。



◇ ◇ ◇



「ふぅ、ふぅ……そういえばホープお前、随分とツルハシの振り方が力強くなってきて――ん? ホープ?」


 ――今まで隣にいたはずのホープを唐突に見失い、ケビンが唖然としたのは、休憩時間に入った直後のことだった。


「く……俺だって、そうしたかったさ……」


 ホープに先を越されてしまった。

 あの少年はあんなにもボロボロなのに、なんて勇気と行動力のある奴だろう。



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