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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第22話 『月・お団子・自殺・通信』



 くちゃ、くちゃ、くちゃ。


 月明かりの差す、ホープの独房と化してしまった監房。廊下は相変わらず明るい。


 埃っぽい部屋、シミだらけのベッドの上で、ホープはジョンからまたしても同情で貰った一つの白い団子を咀嚼していた。

 かれこれ一時間は咀嚼している。昨夜の失敗を踏まえ、少しでも飢餓感から逃れるための策だ。


 もう、団子は唾液で溶けて、ほとんど水になってしまっている。ホープは潔く飲み込んだ。


「どうせ数時間後にはダメだけど」


 また眠れない夜を過ごさねばならぬのか。


 ――まぁ前回の採掘が上手くいかなかったのは、ホープの石運が悪かったという、ホープではどうも取り繕えない理由だったかもしれない。

 だが今回は完全にホープのせいだ。自業自得。


 ケビンの優しい言葉に切り刻まれて、あの後にホープが向かったのはもちろん銃弾製作所。

 ジョンから色々手順を教わって、そのまま銃弾作りに励めばよかったものを。


 ――おわかりだろう。ホープは過去の失敗をいつまでも引きずり、そのせいで未来まで閉ざしていく男。

 しかもそんな男が体じゅう傷だらけで、飢餓状態を長いこと継続させているというのだ。


 ジョンの話など右耳から左耳へ流れていく、案の定失敗しまくって手を怪我する。

 他の労働者からも指導者からも『可哀相な男だ』というような視線をひしひしと感じたものだ。


 本来なら団子一つも貰えるはずがない。銃弾一つも作っていないのだから。

 ジョンが必要以上に優しいから、内緒の同情で一個だけ貰えた。


「ああ、もう死のう。ダメだこれ。死のう」


 ホープの人生においては無関係の極みであるジョンだが、今はそんな彼の優しささえホープの心を抉ってくる。


「ロープ無いの? ロープ、ロープ……」


 ロープさえこの監房にあるのなら、結び方とかは知らないが、二段ベッドの上の段に括り付ければ問題ないだろう。

 ホープは血眼になって捜索するが、


「はい、ダメでーす!!!」


 労働者ならば、ホープでなくても死のうとする者はいるだろう。ロープなど檻の中に入れるわけがない。

 当たり前のように叫んだホープの声が廊下に、監獄全体に鳴り響くと、


「うるせぇなぁっ! 寝れねぇだろうが!」

「ぶっ殺すぞオイ!?」


 眠ろうとしていた労働者の何人かが自分の鉄格子を蹴りつけ、顔も見えないホープを怒鳴る。


「じゃあ仕方ないな。前に試したアレ、もしかしたらできるようになってるかもしれない」


 ホープはブツブツ独り言を発しながらある物に近づき、それに被されている布をひっぺがす。

 ――鏡だ。半分割れた姿見だ。


「自分を……見て……『眼』を……」


 これは何度も、もう何度も繰り返してきた過ち。


 鏡に写った自分を凝視して『破壊の魔眼』を発動させると、自分を破壊できるのではないか。そんな自殺方法。

 右目が赤く発光。ただ、いつも結果は、



 ――ぱりん。



 自分の映った鏡が、ただ割れるだけ。


「何っだよ、もぉぉぉ――!!」


「うるせぇっつってんだろクソガキ!」

「誰だよ名乗れ! 明日ツルハシでドタマかち割ってやらぁ!」


 いつもと同じ結果に歯噛みして、再度叫ぶホープ。眠れない労働者たちの怒りを浴びながら、


「今度は鉄格子に……!」


 自殺がダメなら、脱獄だ。憎き鉄格子を睨みつけ、右の赤き目『破壊の魔眼』を発動。

 正面、歪む空間が渦を巻く。格子と格子の間で小規模の爆発が起き、



 ――ぐにゃ。



 たった数センチだが格子がひん曲がって、隙間の空間が広がった。これを繰り返せば脱獄は可能なのかもしれない。

 問題は、


「あああああだぁぁぁ――ッ!!!」


 右目から、今のホープの心と同じようにどす黒い血が噴き出し、右目を蜂に100万回刺されたような痛みが襲う。


「うあ、うあっ、あぁぁぁ――!!」


 転げ回るしかない。手で目を押さえるしかない。叫んでいるしかない。

 これさえ無ければ、ホープはいくらでも『眼』を使うのに。


「うるせぇぇぇ!」

「死ねぇぇぇ!」

「お前らもうるせぇよ! いいから眠らせろぉ!」


 その時の監獄は、エドワーズ作業場が始動してから最も騒がしかったという。

 全ては、完全に壊れたホープのせいだ。



◇ ◇ ◇



 騒ぎを聞きつけた指導者に殴られ、右目の出血も痛みも引いてきて、ホープは大人しくベッドに横たわっていた。

 今の領域アルファが暖期(だんき)で本当に良かった。これが寒期(かんき)だったら、ホープは一つも救われない。


 ホープが眠ろうかとしていた、その時。


《――こちらドラク。よぉ、起きてっか? どうぞ》


「……?」


 ポケットに入れっぱなしだった通信機が、ドラクの小さな声に小さく震える。チャンネル『1』から通信を受けるそれを、おもむろに取り出したホープは『通話』のボタンを押しながら、


「あぁ……あのさ。君と喋る気はもうない。君と喋ってると……その、疲れる……うるさくてしょうがないんだ……眠らせてよ」


 しかもホープを『腰抜け』とまで表現したのは、他でもないドラクだ。よくもまぁ悪びれもせず通信してくるものだ。


 それでも『うるさい』と言うのはさすがに悪い、とは思った。思ったが、それが本音だった。本音ぐらい言わせてくれ。ドラクはうるさい。彼にも理解してもらうしか――


《おう、よく言われるぜ。何だよ今の間は。まさか、それ悪口だと思ってんのか? なはは、バカじゃねぇの!?》


「なっ、バカって……なっ……!」


《ほら見ろ、お前ってバカみてぇに優しいじゃねぇか》


「……!!」


 何を言いたいんだか、見当もつかない。『腰抜け』に『バカ』に、それらはただの悪口のはずなのに。だから『うるさい』だって――


《ジルなんか、毎日だぜ。毎日毎日『うるさい』ってオレに言ってくる。口癖みてぇになってるぞ?》


「…………」


《それを、お前は躊躇うんだ。バカって言ったって、言い返してもこねぇだろ》


「でもそれは、おれが、よ、弱いだけの話で……」


《ああ、お前は弱ぇんだろうな。何の話だ? 『弱さ』と『優しさ』は別物だと思うんだが》


「…………」


 何だか極論を押し付けられているだけな気がしてきたが、ドラクの声は『ふん、こんなの当然だろ』と言外に示しているかのように堂々としている。

 彼は続けるが、声質は先程より柔らかく、


《ま、ずっと説教受けてるのもいい気分じゃねぇだろうし、面白ぇ話をしてやるよホープ》


「…………」


《相槌とかいらねぇよ? ただ聞いてりゃいい。オレは一方的に話しまくるのも嫌いじゃねぇから》


 そうだろうな、と納得できる。

 彼なら自分一人で話しまくっていても、場の空気とか気にしないだろうな、と。

 ――それに、聞いているだけという方が今のホープには心地良いかもしれない。


《ほら、ジルって胸がでけぇだろ? あんにゃろ、無愛想の無表情の無言の性悪のチビだってのに、スタイルがめちゃくちゃ良いんだよな。ジルのくせに生意気なんだよなぁ》


 言いすぎにも程がある、とツッコミたくなってしまうほどの口撃。しかもこれでは陰口じゃなかろうか。


 ジルの顔とスタイルが良いという点は、初めて出会った瞬間からホープも理解していた。

 出るところは出る、でも出ないべきところはしっかり出ていない、メリハリのある体型。レイは全体的にスマートっぽいから、タイプは少し違うのだ。

 色白な顔のパーツは一つ一つが整っており、ジト目やダボダボのパーカーがアンニュイな雰囲気を醸し出していて、感じ方に個人差はあるかもしれないが魅力的な容姿。


 ホープへの関わり方的に内面も悪くない人物に見えるのだが、ドラクにとっては違うらしい。


《あいつ、妙にホープに甘かったよなぁ……よく考えるとオレ以外の全てに優しいような気がしてきた……オレに何か恨みでもあんのかな、あいつ?》


 逆じゃなかろうか――と思ってみたりするも、ホープには人間関係などさっぱりだ。


《あれ、何だっけ? そうだ! この前ジルの胸に触れちまったんだよって話で……》


「え!?」


《誤解すんなよ!? 単なる事故だ。オレが望んであいつの体なんか触るわけねぇだろ》


 言葉が滑り出てしまったホープだが、ドラクは故意のボディータッチではなかったと弁明する。


《とにかく一瞬だけ手が当たっちまったんだけどさぁ、ビックリするほど柔らかいんだよこれが、知ってっか? 知らないだろお前〜》


「し、知らないよ……」


《へへ、そうだろうと思ったぜ……へへへ》


 ドラクの方は女性のことをどこまで知っているのか。言うつもりは無いらしいが、とにかくホープは知らない。


《いやもうホントに、パーカー越しでもわかるんだが、ジルのくせにプリンみたいな柔らかさでさ。『あーやっぱこいつも女なんだなー』って実感して――》


「ぷ、りん……?」


《は? 『プリン』だよ、知らねぇの?》


「知らないんだけど……」


《マジか、ジルと同じでお前まで田舎者かよ! なんか喋り方とか陰気な気質の都会っ子って感じ出てたんだけどなぁ。とりま甘くてトロトロの食べ物だって今は思っとけ》


 領域アルファは、バーク大森林しか無いという世界ではない。もちろん、たくさんの村や里や町や街があちこちに存在している。

 大都市、と呼ばれるところもあるのだ。ホープが見たことないだけであって。


 甘くて柔らかい食べ物、『プリン』。本当に初耳だ。山奥の村で暮らしていたホープは、やはり世界的には『田舎者』という区分に属するらしい。

 ジルも田舎者らしいが、ならばドラクはどこか都会で生まれ育ったということだろうか。


 ドラクとジルと三人で話していたあの時にホープは触れなかったが、今持っているこれのような小型通信機器も、初めて見た。初めて手に持った。初めて使ったのだ。

 一方、ドラクは説明など普通であるかのようにしていた。というか、彼には普通なのだろう。

 なるほど、ホープは間違いなく田舎者だったというわけだ。


「っていうか、食べ物……?」


 ドラクが女性の胸の柔らかさを食べ物のプリンで例えていたと考えると、今からでも赤面しそうだ。


「それに面白い話って……」


《おう、終わりだが? この話にタイトルを付けるならば……うーん、『あの性格悪いジルの胸がプリンみたいに柔らかかったよ話』ってとこだな》


「あ、そうなんだ……最悪だね……」


 面白話に疎いホープでもわかる――ナンセンス。ナンセンスにも限度がある。というか下品。


《最悪とか言ってんじゃねぇ、お前にとっては未知の世界だろうが! 教えてやったんだよ、『面白さ』にも笑えるもんと勉強になるもんとあるだろ――》


「そうか……ありがとう」


《お前みたいな奴、このオレよりも女についての知識少ねぇだろうと思って――は? 今なんつった?》


「ありがとう。通信終了」


《ちょ、待っ――》


 強制的に電源を切る。

 またドラク(とジル)のおかげで知らない内に、もともと少ない元気をある程度は取り戻せた。


 ――が、多少元気になったとはいえ、心は壊れたまま。修復とまではいかない。だから電源を切った。


 また自分が何か嫌なことを言って、優しいドラクを傷付けてしまわぬように――

 腹は減っているが、ホープは多少の晴れやかな気持ちで眠りにつくことができそうだった。



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