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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第21話 『スーパー受け身主人公』



 ――無責任なことを言いやがって。君もおれみたいに絶望を味わえば、その減らず口だって閉じてしまうさ。


 ホープはドラクに、そう言ってやりたかった。


 ――おれが動いていない? 馬鹿を言うな、おれは作業場に来てからずっと動きっぱなしだ。だから苦痛ばかりを受けているんじゃないか。


 でもホープはドラクに、そんな虚言は吐けなかった。


「正論、すぎて……」


 ホープがここに来てからというもの、まぁ地味ではあるが色々と事件が起きた。改めて振り返ってみると、どうだろう。



 顔面を床に叩きつけられ、コップの破片が刺さる。今も疼く傷、この頬の絆創膏が証拠。


 特別メニューのカビたパンを食わされる。未だに腹の調子が悪いのは、昨日のこれが原因か。


 手錠を付けられ、採掘場へ連れて行かれる。その間は「どうやって自殺してやろうか」とだけ考えていた。


 道中、エドワードに殴られる。


 採掘場で出会った労働者ヴィンセントが、ホープの目の前で無惨に殺される。ホープはそれを見て戦慄する。


 ケビンに声をかけてもらう。しかも喉が渇いていると、彼から水を分けてもらえた。


 ケビンは「ここから逃げ出そう」と提案、「レイの情報を集めてみる」とも申告。ホープはある程度その考えに乗っかることに。


 その夜の監獄にて、同情で貰った団子を食べる。エドワードが部下を殺している光景を見て、また戦慄。


 翌朝、飲まず食わずで体調が悪い中、採掘場へ。ケビンが気遣ってくれて、必死で働いてくれる。


 ケビンが他の労働者たちに絡まれる。戦闘になるが、ホープはただ傍観。


 ホープも同様に絡まれるが、その際に仕方なくケビンを見捨てる。だが失言により結局殴られる。体じゅう痛くて包帯だらけなのはこれのせいだ。

 弱々しく反撃しようとしたものの、それは自分の醜さを隠すための保身でしかなかった。


 指導者の鞭が、流れ弾の要領でホープの背中に当たる。じくじくと痛む背中の傷がそれを裏付ける。


 柔和な指導者ジョンと出会い、銃弾製作所へ連れて行かれる。そこで労働者たちの噂話を聞く。


 他の指導者に呼ばれ、道具を取りにフェンス付近へ連れて行かれる。スケルトンに驚かされ、そのままドラクとジルに出会う。


 ドラクから持ち掛けられた交渉を意味不明な言い訳で一方的にぶっちぎり、ドラクに説教をされる。


 そして今、とぼとぼと下を向いて、採掘場へ道具を届けるため歩いている。

 それが、ホープ・トーレスという男。


「動いてるつもりになってたけど……何一つ、自分からは行動してない……」


 色々な場所に連れて行かれる、殴られる、助けてもらう、聞かされる、提案してもらう。

 エドワード作業場において、これまでの全て、ホープが起こした行動ではない。

 周りの人がホープに対して起こした行動だ。


「おれって……こんなに……受動的だったのか……」


 自分に対して失望、とまではいかない。

 何よりも驚きなのは、出会ったばかりのドラクにこれを見破られたことだ。

 あんなにも乱雑なホープの能書きで、どうしてホープの知らない部分までわかられてしまったのだろう。


「ま、まぁ、そんなこと今さらどうでもいいよね……」


『自分で動かなきゃ、地獄からは這い上がれねぇぞ――腰抜け』


「はっ!?」


 声が聞こえた気がして仰天、抱えていた道具をその場に全部落とす。目を見開いて周囲を見回すが、近くには誰もいない。

 そのまま待ってみても、もう何も聞こえてこない。通信機からの声でもなさそうであった。


「何なんだよ……!?」


 冷や汗が噴き出す。

 幻聴にまで『腰抜け』呼ばわりなど、もう二度とされたくないものだ。

 戸惑いながらもホープは落ちた道具を急いでかき集め、抱き上げる。

 道具に付着した乾いた砂がサラサラと落ちていく中、ホープはまた、黙々と採掘場へ歩みを始める。



◇ ◇ ◇



「休憩時間中……」


 確かに指導者が言っていたその言葉に、嫌な予感がしてしょうがない。今は13時の少し前くらいだろうか。

 洞穴のような採掘場の入り口に辿り着き、道具を適当に放置。

 さっさと別の場所に行こうとしたその時。


「ホープ! よかった、無事だったのか!」


「……!」


 やはり聞こえてしまった。

 それは『優しい人の優しい言葉』という名の、ホープにだけ切れ味を発揮する不可視のナイフである。


「ったく、お前もレイも、いっつも俺の手の届くところにいないな。貧乏くじを引いてばかりなのは、俺なのかお前らなのか……」


 理由は特に無いのだが、いつもホープやレイを心配する立場に置かれているケビン。

 彼は苦笑して皮肉っぽく話してはいるが、


「あ、ああ……」


 彼にかけた迷惑の量を考えると、もうホープはケビンに返せる言葉が何もない。

 無表情で、首を縦に振るか横に振るか。それくらいしか反応ができない。


 ――ああ、ホープはここでも受け身の姿勢だ。


「よく見えなかったんだが、背中を鞭で打たれたとか言ってたよな。大丈夫か?」


「……うん」


「水は、食料は、指導者から貰えたか? 一応俺が念を押しといたんだが」


「……うん」


「今の持ち場は銃弾製作所、で合ってるか?」


「……うん」


 流石、ホープとは比べ物にならない情報収集速度。

 『ケビン』だから流石、ではない。『ホープ以外の人』だから流石、だ。


「――ん? ああ、これ気になるよな」


 ケビンが突然そんなことを言ったのは、決して彼の頭がとち狂ったからではない。

 ホープが無意識に視線を集中させていた体の部位を、しっかり読み取っただけのこと。

 ――ケビンの左手の人差し指に、包帯らしき物がぐるぐる巻きにされているから。


「この指な。お前が運ばれてった後、俺や俺とケンカした労働者どもは全員――指導者からリンチされたんだ」


「……っ!?」


「まあ、軽くな。一人ずつ呼び出された。俺は殴られ蹴られ、指を一本、あらぬ方向に曲げられた。爪を剥がされた奴もいたな」


「…………」


 壮絶すぎる。

 ホープが気絶したその後、そんな事態が起こっていただなんて。


「昨日の白髪の労働者みたいに、殺されなかっただけマシだな。今回のケンカは『サボり』の対象外だったらしい」


「……うん……そこだけは良かったよ、本当に」


 本当にそう思っているのか? ホープは今まで以上に自分を信じられなくなっていた。

 だが、そんな心境に周りの人が気づくはずがないのも、また悲しい事実。


「ああ。まだツルハシも振れるから、俺は食うにはそんなに困らない。わざとそのレベルのリンチをしたんだろうが、な」


 自身の手首を強く握りながら、ケビンは複雑そうな心境を表情で表している。

 彼とて、いつまでもこの作業場で奴隷扱いされているのを、受け入れられるわけがないのだ。


 そうして目を伏せかけたケビンは何か思い出したのか、いきなり苦虫を噛み潰したような顔になり、


「レイの情報は無しだ」


 たった一言。ケビンはホープに短く告げた。


「そっ……か……」


 もはや何を話しても、この二人の間には辛く虚しい雰囲気しか漂わなくなってしまっている。


 ――ホープは特にだ。もうケビンと顔を突き合せていることすら、そのうち心臓が止まりそうなくらい恐ろしい。

 のしかかった罪悪感が重すぎる。ホープの背中には、心には、これ以上の罪悪感を背負えるスペースは存在しないのだが。


「もうすぐ休憩時間は終わりだな。俺は採掘しながら、どうにか情報収集を続ける。お前は――」


「無意味に銃弾作るだけだよ……」


 目を逸らすホープ。ケビンはホープの肩に手を置き、


「……良いんだよ。俺とお前は体のでかさが違うだろう? 持ち場が変わったことで罪悪感なんか感じなくていい」


「……!」


「俺たちは仲間で、共に痛い思いをした。それ以上に言葉はいらないさ」


「……ぅぅ……!」


 切られる、切られる、ナイフに切られる。

 壊れた人形も同然なホープなのに、まだ切り刻まれて、もっとズタボロになっていくのか。


「お、おれ行くよ。じゃあね」


「頑張れよ! 必ずレイを助けようぜ!」


 走り出すホープ。

 その背中に呼びかけるケビンに、ホープはもう振り返れない。


 共に痛い思いをした? 違う。


 一方は痛い思いだけをした。

 もう一方は痛い思いをして、しかも密かに『仲間』に見捨てられていたのだ。


 息を切らして走りながら、ホープは――



「はぁっ、はぁっ……もう……勘弁してくれよぉぉぉ!!!」



 嫌がらせかと思うくらい青く美しい空に、闇よりずっとどす黒い感情が響き渡った。



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