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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
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第224話 『チキンレース』



『あまり僕から離れない方がいいかも』


 ――そう言われたので、ナイトはカームの背中を追い続けた。

 何となく意味はわかる。


「…………」

「…………」


 兵舎を歩いている間、騎士たちの目線が冷たい。時には殺意まで感じた。


 団長と副団長に手を出すことが、これほどまでに重大なことだったとは。

 今、カームの後ろを歩いていることさえも、睨まれる原因に含まれている気がしてきた。離れた方がいいのでは、とは言わないでおいたが。

 なぜなら騎士たちが向かう方向はカームやナイトと同じく、外であるから。


 ――今日は月に一度の『吸血の儀』。


 儀式のような呼ばれ方をしているものの、大したことではない。

 すぐ近くにある『人間たちが住む村』へ吸血鬼たちが降り立ち、血液を徴収するのだ。


 当然だがナイトには無縁の行事である――幼少期のたった一度を除けば。


 さて、『人間の村』とはいえ、領土としては一応デュラレギア鬼神国の中ということになっている。

 それには理由がある。


「――力が強い吸血鬼が、人間たちを脅威から守り……その代わり、人間たちは吸血鬼に血を提供する……」


「……?」


 前を向いたままのカームが唐突に説明した、これこそが理由である。

 ナイトは戸惑ったが、カームは微笑んで振り向いてきて、


「自然の摂理だと思うかい? ナイトは」


「何だよ……その質問。吸血鬼ァ、血ィ吸ってこその種族なんだから……人間にもそうしてもらわねェと困るだろ」


「…………うん……そうだよね。急にすまなかった」


 なぜだろう。

 ナイトは『普通』を装ってしまった。


 そんなつもりではなかったのに、微塵も自分とは合致しない考え方なのに……どうしてもそう話してしまったのだ。

 なので非常に辿々しい喋り方になったのは言うまでもない。


(こいつらァ……俺を知らねェ)


 だから、だろうか?

 ナイトがなぜ『猛獣』のような状態になるまでグレてしまったのか、その原因を彼らが知らないからこそ、隠してしまったのだろうか。


(俺ァ……何をカッコつけてんだ……)


 既に『猛獣』とまで呼ばれ、いつ騎士団に粛清されるかわからない犯罪者だというのに、この期に及んでまだナイトは『普通』を装う。

 自分がもっと嫌いになりそうだった。


(だが……嫌な感じだ。この男には……心の中ァ見透かされてるような感じだ……)


 気味が悪い。それがナイトからカームへの印象だった。

 団員から愛されているのは充分にわかったが、本当にここまで気持ち悪いほど優しい者が存在して良いのか?

 仲間の刀を渡すためだけにナイトを探し、怒鳴られて断られたのに、傷付いた素振りも見せずすぐに退いた……昨日のあの問答が忘れられない。


 思考を巡らせていると、



「おっと。団長、おはよ――げっ、本当にそいつも連れてくの……!?」


「おはようございます、団長。『猛獣』……あなたは少し団長の優しさに甘えすぎでは?」



 外で談笑していた男女。

 藍色の髪にシルクハットで、ナイトを見て露骨に嫌そうな顔をするヴィクター副団長。

 短い金髪に眼鏡で、ナイトを睨みつけるサシャ第一分隊長。


 この二人と再会してしまう予測はついていたものの、怒りが抑えられるわけではない。


「てめェなァ? 俺だってこんなとこに来たくて来てるわけじゃ――」


「まぁまぁ。すぐカッとしないで」


 いちいち煽ってくるサシャに迫ろうとしてしまうナイトだったが、カームに腕一本で軽く制されてしまった。


「サシャも。これは僕の勝手な判断に彼を付き合わせてしまっているだけだし、彼は大変な環境で暮らしてたんだ。あまり棘のあること言わないであげてよ」


「し、しかしそいつは副団長を……」


 同じく制されて納得がいかず困っているサシャから、カームが次に顔を向けるのは、


「それはヴィクター自身の問題じゃないかな。どう? まだ許せていないの?」


「……ボク自身は何ともない。負けたことに関しては、自分に腹が立ってるだけで……」


「他には?」


「……許せないのは団員に手を出したことだ」


 ヴィクターは拗ねた子供のような態度でカームに応じている。

 そう、思えば争いの始まりは、ナイトがヴィクターの目の前で団員を傷付けてしまったこと。そしてその時にヴィクターの我慢の限界が来てしまったことにある。


 カームは瞑目して頷き、


「……ということだよ。ナイト、どう思う?」


「どうって……」


 二日ほど、しかも騎士団の宿舎のベッドなんて贅沢な場所で寝かせてもらってしまったナイトは――さすがに頭も冷えていた。

 そもそもナイトは自分や周囲が思うほどの愚か者ではなく、自分が行っていることが悪事だということぐらいは、本当はわかっていたのだ。


「……悪かった……てめェのことも下っ端のことも」


「「!!」」


 あの粗暴な男が謝罪した、それだけでヴィクターとサシャは目を丸くして驚いている。

 カームも満足げに頷き、


「後でしっかり、今まで傷付けてきた団員たちに謝ろうね」


「……あァ……」


 一瞬『何でそんな面倒臭ェことを!』と言いかけた。

 だってカームのその言い方は、まるで――ナイトがこれから騎士団とずっと付き合っていくかのようだったから。

 まぁこれ以上のトラブルもまた面倒臭いので、文句は言わないでおいたが。


「それにしてもヴィクター。今回のことは本当に悔しかったんだね?」


「えっ!?」


 できてしまった微妙な間を埋めるように、カームがヴィクターに話題を振る。

 しかしその話題は……


「だって君、いつになく特訓をしているでしょ。ナイトと戦ってから異常なまでに――」


「そうだったのですか!? あぁっ副団長かわいい!!」


「だ、団長ぉ、それは!! ク……クソッ」


 カームに言い当てられ、サシャにもバレてしまった努力家な一面。

 赤面したヴィクターはシルクハットを深く被り、そっぽを向いて歩いていってしまった。


「……あんなのが副団長ォ?」


 強さや団長への敬意は申し分なさそうでも、子供っぽい部分が目立つヴィクター。

 そんな呟きを聞いたカームが、


「ナイトはいくつ?」


「あ? あァ……確か16だ」


「じゃあ彼と同い年だね」


「まァ薄々わかっちゃいたが……」


 子供っぽいと思ってしまったが、例えばナイトが彼と同じ立場に置かれたらどうだ?

 副団長なんてできるわけがない。隊長なんてのもおこがましい……誰かの上司になんて、なれない。

 少し反省した。


「彼のような若者を副団長にするっていうのは……反対意見もあったよ」


「!」


「でも本当に真面目で、強くて……あの才能を一人の団員として置いておくことが、勿体ないと思ってしまったんだ」


「…………」


「結果として、仲間たちからも愛されているし……彼が副団長で良かったと、適任だと僕は思ってる」


「……俺に負けちまってもかァ?」


 余計なことを口走る。

 粗暴な性格というのもあるが、ナイトはカームを試したいとも思い始めていた。

 またしてもサシャに睨まれたが、


「うん。むしろその後の努力を見て、さらにヴィクターを好きになったよ」


「…………」


 慈愛の眼差しでヴィクターの背中を見るカームには、悪口など通用しなかった。



◇ ◇ ◇



 足元に広がる断崖絶壁。

 崖から見下ろすデュラレギア鬼神国は、やっぱり濃霧で何も見えやしないが。


「下層を見てみると、違いがわかるだろう? この国は上層に行くにつれて霧が薄くなっていくからね」


「昨日、窓から外ォ見た時ァ……何も見えねェじゃねェかと思ってたがなァ……」


 スラム街や人間の村より少し上層にある騎士団の兵舎。比べてみると、霧の濃さは確かに違うようだった。

 相変わらず微笑んでナイトに話していたカームは後ろの騎士たちへ振り向き、



「さあ、行くよ。遅れないように」


「「「はっ!!」」」



 するとカームが刀を抜く。

 前回とは打って変わって『スッ』と神速のスピードで鞘から刃が飛び出した。


「団長、よろしくお願いします!」


「うん。誰かを斬らなくていいことが、僕にとっては心地良い……」


「ッ!?」


 攻撃のためではないから刀を素早く抜けたのか――そんなことを考えていたら、間近で見ていたナイトは言葉を失う。

 カームが両手で持つ刀に、溢れんばかりのエネルギーが集まっていくように見えた。


(こ、こいつァ……!)


 よく知らないが吸血した人間の血液をパワーに変換する『血の線(レッド・ライン)』という技とは、全く違うと一目でわかる。

 振りかぶられる刃に、集まっていく白く太い糸のような――あれは『風』だろうか。



「っ」



 横一閃。

 振られる刃が加速するたび、糸を手繰り寄せるように風が纏わりつく。


 ブォンッ――!!


 じっくりと見ていたはずなのに、ナイトが気づいた時にはカームは刀を振り終えていた。

 飛んでいく――白く巨大な『風の刃』が、溜め込んでいた力を存分に解放するように飛んでいく。


「いつ見てもすごい……!」

「さすが団長……!」


 団員たちが感嘆したり息を呑む中、放たれた『斬撃』は下へ下へと向かっていき、濃霧を斬り裂いていく。

 晴れる。霧が、晴れる。


「一時的なものだよ。またすぐ霧に閉ざされる。早くおいで、ナイト」


「ッ!?」


「団長に続けぇ! 村へ降りるぞぉ!」

「「おお!!」」


 どうやらこれは『吸血の儀』の度に行われる習慣のようなもので、カームや騎士たちはそそくさと翼を広げて飛び立っていく。

 行き先はもちろん下層だが。

 ものすごい人数が突然に大移動を始めるのでナイトは圧倒されかけたが、すぐに続く。


「待ててめェ! ()()だ! 俺が聞きてェことってのァ、てめェのその『飛ぶ斬撃』のことだってんだよォ!」


 他の吸血鬼たちが人間の血液を力の源としている中、カームの()()は、いったい何なのか。見たことも聞いたこともない。

 さらに言うと自分を一撃で仕留めてきた技でもある。気にならないわけがなかった。


「……教えてほしいという意味かい?」


「ま、まァ……そう、というかなァ……」


 飛行しながら柔和な笑みを向けてくるカームに、ナイトは照れ臭さを隠せない。

 一応自分は立場的には『連行』されているような状況のはず。できれば技を教えてほしいが、よく考えなくても不可能だろう。


 しかし、


「残念だけど、僕にも自分がこの技を使える理由がわからないんだ」


「はァ? ふざけてんのかァ!?」


 教える教えない以前の問題らしい。

 ちょっと苛つくナイトだがどうにか翼のバランスを保ちながら問うと、


「すまない。ある日突然使えるようになってしまった、本当にそれだけなんだ」


「……神に愛されてるってわけかァ」


 信じてもいない『神』の存在を、吐き捨てるように皮肉っぽく言うナイト。

 それで何を思い出したのかカームは顎に手を当てて、


「遠い昔――吸血鬼という種族は、『風』や『山』『大地』といった自然界の重要な要素を司る『神』とされていた」


「……?」


「……って、どこかで聞いたような」


「いっつも曖昧だなてめェは……それが『ベール・クレイスタ』って奴のことか?」


「わからないなぁ。ごめん」


 問い詰めても大した答えが出てこないカームに、呆れるナイト。

 何だか壮大な話があるようだが、ナイトも幼い頃は吸血鬼族やこの国に関する伝承などを家族から聞いたはず。

 なのに今の話は聞き覚えが無く――


「叱ってやった方がいいよ団長、そんな罰当たりな奴。我慢してるんでしょ?」


「ん? ヴィクターか」


「ボクと戦った時から、祖国や神を侮辱するような話をしてた」


 いつから聞いていたのか、空中でヴィクターが二人の間に割って入る。ため息を吐きながら、


「そこのナイトには信仰心ってものが無いんだ。優しくするだけ無駄だと思うねボクは」


「そうだろうか。そういうものは人それぞれな気がするけど」


「でも限度があるって!」


 指を差された挙句、ゴチャゴチャと二人で話しているのに嫌気が差して、ナイトは彼らから離れて飛行の速度を上げていく。


「な、何だ!? あいつ速いぞ!」


 周りから多少のどよめきが聞こえた。

 どうやらナイトはそこいらの騎士よりも速く飛べるようだった。


「おお、ナイトは速いんだね。ヴィクター、腕試しをしたりしないのかい?」


「……ふん、そんな子供っぽいことをする気は無いよ」


 後方からは感心するカームと、そっぽを向くヴィクターの声。

 それよりも手前に何かの気配が現れる。気配はナイトに追従してきて、


「……『猛獣』は目立ちたがりなのですね」


「てめェか……」


 今のところナイトにとってはカームやヴィクターよりも印象が悪く、気に食わない人物。

 サシャが眼鏡をクイッとやりながら煽ってきた。


「悪ィが、これが俺の平常運転だ」


「だとしても今のあなたは団長によって生かされているのが現状。悪目立ちする行為は控えた方がよろしいのでは? そのぐらいのことは猿でも少し頭を捻れば――」


「てめェらが遅ェんじゃねェのか?」


 またしてもツラツラと長く罵詈雑言を連ねるサシャに、ナイトは決定的な一言を放ってしまったようで、


「な……っ、あなた……騎士を愚弄しているのですか……?」


「団長以外の騎士に強ェ印象がねェんだ。スピードまで俺が勝ってるとあっちゃァ、馬鹿にしたくなくても力関係がなァ……」


「ああ?」


 冷徹な表情が殺意までも帯びて、サシャは飛行中でも構わず背中の刀に手をかける。


「おいおい、てめェこそ暴力でしか物事を解決できねェのか? 『猛獣』がよォ」


「ッッ!?」


 呼吸も忘れるほどブチギレ始めるサシャ。

 何だかサシャを手のひらの上で転がしているような小気味いい気分になってきたナイトは、



「悔しかったら、俺より前に出てみろォ!!」


「……じ、上等です!!」



 ヒートアップした二人が、爆発するような勢いでスタートダッシュ。風を切って飛んでいく。

 唖然とする他の騎士たちを置き去りにして。


「あーあー……」


 ヴィクターが片手で顔を覆う。


「仲良くなったようだね」


 反対にカームは嬉しそうに笑う。


「うおおおおおおォォォォ!!!」

「くっ……うぅ……っ!!!」


 魂の叫びを上げながら、ナイトはぐんぐん加速していく。

 サシャは歯を食いしばりながら何とか追いついているが、出したことのないスピードを出しているのか苦しそうだった。


「そんなもんかァ!?」

「ま、負ける……わけにはっ……!」


 並んでいたのにだんだん遅れてくるサシャを煽ると、彼女は顔を振って汗を飛ばし、


「あああああぁぁ!!!」

「ッ!? うおおおおォォ!!」


 火事場の馬鹿力か、一瞬だけナイトを追い越しそうになる。

 ナイトも負けじと全身の力を――



「その辺にしときなよー。でないと……」



 遠くから、ヴィクターの間の抜けた声が微かに聞こえた直後、



 ――バゴオオオオンッ!!!


「ぼァ!?」

「あふっ!?」



 お互いばかり意識しすぎて、地表が眼前まで迫っていることに気づけず。

 ナイトとサシャは、二人仲良く顔面から石畳に突っ込んだ。



◇ ◇ ◇



 両者ともに重傷。

 もちろん吸血鬼でなかったら死んでいた。


 その場で治療担当の者に処置をしてもらったが、気まずさや恥ずかしさ、治療担当への申し訳無さなどがごちゃ混ぜになり、二人とも悶えそうな思いだった。

 サシャは部下の隊員たちからも心配された分、上乗せされた。


 だが治療を終えた後。



「……やるじゃ、ないですか。『猛獣』」


「てめェもなァ、女。肝据わってるぜ」



 痛む体を休めるため、地面に大の字になるナイトとサシャ。

 すっかり濃霧に包まれた空を仰いで、



「私……こんな馬鹿な真似をしたのは……生まれて初めてかもしれません」


「そうかァ。もったいねェなァ」


「え?」


「真面目に生きるのもいいが、あんまり堅っ苦しすぎるのも退屈だろ」



 見るからにサシャは『優等生』。

 ナイトは真逆の人生を送ってきたわけだが、どちらにせよ騎士のように堅実な仕事をこなせたとは思えない。そういう意味では彼女を尊敬する。

 でも、やはりナイトには自由なのが性に合っているようだ。



「退屈……そうなのかも、しれません。まさに私たちの人生は両極端ですね」


「……あァ」



 真逆の二人だから、真にわかり合えることは無いのかもしれない。

 けれど二人とも、どこか清々しい気持ちになっていた。


 共にバカをやって、僅かに距離が縮まった。


 そんな感じ。















ナイトの過去編、こんなに書くことが多いとは…これについてはちょっとしたプロットのようなものを昔から温めてあったんですが、温めすぎて腐っていたので、もうほぼ無視してます…これはひどい。

まぁヴィクターや「あの吸血鬼」の過去、恩人のカームや新キャラのサシャの紹介を兼ねているところもあり…他にも「あんな人」や「こんな人」が関わってきたり、伏線など大事な部分も多く、色々と整合性をとるために試行錯誤しながら書いてます。

今回のエピソードももっと短く済ます予定だったというか、吸血の話まで一気にやるつもりだったのですが、やはりヴィクターやサシャとの交流も描くべきだと思い丸々1話使うことに…

まだまだ続くことになってしまいますが、今までの過去編ではトップクラスに大事だと思いますので、お付き合い願います…


ちなみに過去編が終わったらすぐ、予告していた通りのド派手?なバトル展開を始めたいと思ってます。

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