第223話 『保護する理由』
※サシャは金髪で。すいません。
寝かされていたナイトが目を開ける。
素晴らしい寝心地。
こんなにも衛生的でフカフカのベッドに寝たのは、いつぶりだろうか。
いや――どう見ても何の変哲もない、普通のよくあるベッドなのだが。
石造りの建物の中だ。
ちょっぴり古くて、でも上品で、厳かな雰囲気のある建物。
仰向けの状態から、顔だけ横に向ける。
二点、目に入るもの。
この部屋の壁の一面が窓になっていて、外が見えるのだが――霧ばかり見える。意味を成しているのか疑問だ。
そしてそのかなり手前、
「おっ。起きましたね」
つまりナイトが寝ているベッドのすぐ脇。
眼鏡をかけた短い金髪の女が、足を組んで背筋正しく椅子に座り、本を読んでいた。
質問が山ほどあるナイトは、
「てめ――」
「ここは騎士団の兵舎です。私の名前はサシャ。あなたはカーム団長に斬られ、彼の温情によって保護されました。あれから丸一日経過しています。いつ目覚めても対応できるよう交代で見張りをしていましたが、ここで打ち止めのようです」
「…………」
だいたいのことを先読みしたサシャが、冷たく見下しながら答えてくれたので、黙らされてしまった。
「そして」
冷徹な表情を崩さず、サシャは背中に背負った刀に手をやる。
「僅かでも妙な動きをしたら、首を飛ばして良いと団長から許可を頂いています。他の団員も同様なので、あしからず」
「…………」
彼女が普段から冷徹な表情をしている――というよりは、ナイトに対して並々ならぬ感情を抱いている、というのが正しそうだ。
なぜなら、
「どういうことかわかりますか?」
「……あァ?」
「頭が足りなさそうなので、さっさと答え合わせを――私たちは、国民や団員では飽き足らず尊き副団長にまで手を出しやがった愚か者を、本当は生かしておきたくはないということです」
「…………」
「まさか団長にも手傷を負わせていないでしょうね、猛獣?」
「負わせたかったんだがなァ」
ググッ、と柄を握るサシャの手に力が込められる。表情が変わらないのがまた恐ろしい。
あのカーム団長、そしてヴィクター副団長は、ずいぶんと団員たちから尊敬され、愛されているようだ。
――サシャは特に入れ込んでいる様子だが。
「今こうやって早口でまくし立てているのも、あなたと無駄な会話をしたくないからです」
「…………」
「なぜカーム団長があなたを保護したのか……理由は誰にもわかりません。しかし、偉大な彼のことなので何か考えがあるに違いありません」
「…………!?」
サシャが刀をゆっくりと抜く。
その抜刀の速度――カームにそっくりだった。
「あなたが起きたら報告するように言われていました。ちょっと報告をしてきますので、しばらく気絶しておいてくださいね」
「……は?」
刀の峰でぶん殴られ、続けて後頭部を壁に強打したナイトは、再びベッドに沈む。
◇ ◇ ◇
「……んァ……」
「気分はどうだい?」
「……ひでェ寝覚めだよ……暴力女と、俺を負かした野郎の面のせい――」
再び同じ場所で目覚めると、ベッド脇には忘れもしない顔。カームだ。
足を組んで背筋正しく椅子に座り、本を読んでいる。
「てめェらは家族か何かか……?」
サシャとカーム。
全く同じ姿勢で、デジャヴかと思った。
「ん? あぁ、サシャもこんな風にしてた? 彼女はよく僕の真似をする。嬉しいんだけどちょっと恥ずかしいね……あと彼女は感情が盛り上がりやすくて、暴力についてもお詫びするよ」
サシャの入れ込み具合は相当なようだ。
照れ臭そうに頬を掻くカーム。美形なのは間違いないが、ナイトとしては自分を斬ってきた男なので、憎しみさえ湧いてくる。
が、
「君の気持ちはわかってる……斬ってしまって申し訳無かった」
「っ!?」
「僕にも騎士団の団長としての面子がある――というのは言い訳にしかならないだろうか。僕としたことが、事を焦りすぎてしまったかもしれない」
いきなり頭を下げてくるカームに、ナイトは唖然として何も言えない。
今更ながら自分の体を見てみる。斬られた傷は縫ってもらっていた。
「『路地裏の猛獣』。この問題、僕は何とか実力行使をせずに解決したかった」
「…………」
「でも悪い癖だ。暴力を避けるばかりで、あれこれと可能性や解決策や相手の反応、さらにその対応を考え込んで……結局は動けなくなってしまう。こんなことではみんなからの信頼を失ってしまうよ……」
自嘲するカームにナイトが掛ける言葉は、
「知ったことかよォ! 反省会なら一人でやってなァ」
温かみなど微塵も無い言葉。
「さっさと聞きてェのァ、俺をどうしてここに連れて来たかってことだァ! 俺なんか死んだって誰一人悲しまねェ、クズの犯罪者! 目が覚めるのォ待ってから公開処刑にでもする気か、鬼畜がァ!」
荒っぽい語彙の数々を真正面から浴びても、カームは穏やかな表情を崩さない。
「すまない。僕の話ばかりしてしまって」
そしてその口から穏やかに放たれるのは、
「君は――ブライトの息子だね?」
衝撃の真実だった。
「ッ!!!」
聞き覚えのありすぎた名前。その子であると気づいたカームの慧眼。ナイトの先程までの勢いはどこかへ飛んでいってしまった。
そうだ。父親は騎士だった。そして『団長』なる人を随分と敬っていたのだ。
「死んでも誰も悲しまない、か」
「お……おい……親父は……」
「残念ながら亡くなってしまった」
「っ……そうか……」
「歳上なのに、若かった僕を尊重してくれて、とても頼りになる良い仲間だった」
「…………」
真実を語るカームの口の開閉は、かなり重たいように見える。これ以上は話したくなさそうだった。
とはいえナイトも父親との思い出など皆無、それどころか嫌な記憶しか出てこないため、あまり聞きたいこともない。
「――あとは、ノーチェさんのことだけど」
「っ……」
「彼女も病気で亡くなってしまったそうだ」
「……お袋も、か……」
11年という月日が経過して、いつの間にか両親が自分の知らない所で死んでいた。
でもナイトには事情がある。悲しいやら何やら、ごちゃごちゃとした心持ちだ。
「やはり君だったのか」
「……?」
「ブライトが死ぬ前、子供と決別した話をしていたから。僕は一人密かに探してた。時系列で考えると『路地裏の猛獣』が頭角を現し始めたのと繋がりがあるかも、と思ってたんだ」
「…………」
「だから保護したのは僕の私情が大きい、ということになってしまう……でも一目見て彼の子だと確信できたよ。名前はナイト、だよね」
小さく身振り手振りしながら説明するカームだが、ナイトには解せないことがあった。
「……話を聞いただけだろ。だからってなぜ俺を探した?」
「あぁ、そうそう。これを渡したくてね」
カームが下の方に手を伸ばす。ナイトからはベッドで見えない位置にあった物は、
「そりゃァ……まさか……?」
「ブライトとノーチェさんの刀だよ。使ってたのはブライトだけど『夫婦で一本の刀』という考え方だったらしい。息子の君が持つのが最適じゃないかな?」
美しい、黒光りする鞘に包まれた刀だった。
死んだ父親の刀。
「…………」
吸血鬼である自分に誇りを持っていた父親の、その誇りの塊のような刀。
父親の理想になれなかった自分。『吸血鬼』ではない自分。
刀を差し出してくるカームの手を――ナイトは突き返す。
「親父のなんかいらねェよ!!」
怒号まで浴びせてしまう。
どうせカームが悲しそうな顔をしているだろうと予測したナイトは目を逸らしていたのだが、
「うん。わかった。引き続き大切に保管しておこう」
カームは笑顔で頷くと刀をしまった。
ナイトは肩透かしを食らった気分になって、
「……おい? それが理由で俺を探してたんだろ? そんな簡単に……」
「誰に頼まれたわけでもない、僕の勝手な判断だからね。答えを聞けたからそれで良いんだ」
「…………」
てっきり、もうちょっと粘ってくるかと思っていた。
いやそんなことをされてもウザいだけなのだが、仲間だった親の刀を渡すためだけにナイトを保護した男が、こうもあっさりと……
「そうだ。ナイト――明日は月に一度の『吸血の儀』があって」
「……!」
「君一人ここに置いてくのも僕としては良いんだけど、団員たちの反感を買いそうだし。君にも付き合ってほしい」
「……俺の聞きてェことに……答えるなら、いい」
流れるように明日の用事に誘われてしまったナイト。どうせやることも無いし、この男にもナイトを殺す気が無さそうだ。
となると立場も危ういので、明日まで安静にしてから素直についていくことにした。
ナイトは気づいていない。
父親と仲の良かったカーム団長。息子と決別したことまで知っていたカーム団長。
彼が、ナイトのトラウマについてもしっかりと理解していることを――




