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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
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第222話 『猛獣と副団長と団長と』



「騎士の連中ァ、大嫌いなんだよォォッ!!」



 これは現在から三年前。

 ゴロツキのナイトも、デュラレギア鬼神国騎士団・副団長のヴィクターも。

 両者ともに16歳である。


「綺麗な服なんか着てェ、ノコノコとやって来てェ、わざわざこんなゴミ溜めで犯罪者探しのつもりかァ!?」


「――キミが『路地裏の猛獣』だよね?」


「どいつもこいつも俺に突っかかりやがってェ! てめェらが絡みやがるから、数え切れねェほど返り討ちにしてやったよォ!!」


「正直ボク、ずっと戦ってみたいと思ってたんだよね――面白そうだから、さ」


「さっきから無視すんじゃねェぞオラァ!!」


 ナイトは()()()()()()を浴びたばかりの鉄パイプを構え、細身の騎士の男へ突撃。

 白を基調としたその立派な制服を……真っ赤に染めるために。


 藍色の髪にシルクハットを乗せた妙な騎士は、飄々とした態度を崩さぬまま瞬間移動のようなスピードで躱し、



「初めまして猛獣くん。ボクは騎士団の副団長、ヴィクター・ガチェス。キミで腕試しをさせてもらうからヨロシク」


「ッ!!?」



 背後を取られたナイトは、咄嗟に鉄パイプでヴィクターの刀を受け流す。

 危なかった。今、一瞬でも判断が遅れていたらナイトの首は飛んでいただろう。


(副団長、だァ……!?)


 その辺のザコ騎士なら幾度となく撃退してきたナイトだが、今回は大物がやって来たようだ。

 さすがに死闘の予感がした。緊張が走る。


「副団長っ! 危険です!」

「いくら何でもいきなり戦闘は……」


「黙ってろ! あいつを許す気か!? ボクが勝つって信じられないのか!?」


「い、いえ……」

「しかしその男はイカれてます!」

「一度、団長に話を……」


 実はこの戦闘が始まってしまったことには『キッカケ』がある。

 だがヴィクターはそれには触れず、


「それに『路地裏の猛獣』は騎士団がずっと放置してきた大きな問題の一つだ! あちこちで乱暴を働きすぎてる!」


「大きな、問題ィィ……!?」


 言いっぷりに納得がいかず、ナイトは再び激昂して駆け出す。


「俺なんかに構ってる暇ァあったらァ!! このゴミ溜めをどうにかしろォォ!!」


「くっ……!」


 怒りの込められた強撃を刀で受け止めるも、強すぎる衝撃を殺すためにヴィクターは飛び退き、そのまま翼を広げ空中へ。


「ボクらがサボっているとでも!? 何とかしようとはしてるさ、難しいんだよ! キミみたいな気性の荒い住民が沢山いるもんでね、妨害されたり! こっちの会議も難航するばかりなんだ!」


 真っ当に聞こえる言い訳をするヴィクターに対しても、当然ナイトは手を緩めない。


「俺ァ邪魔したことねェぞ、見苦しい!! てめェらがそんなんで良いのかァ!?」


「ッ!」


 目にも留まらぬ速度で追いつき、大口を開けて怒りを露わにする。


 二人は霧を散らしながら猛スピードで飛び回りつつ、互いに攻撃と防御を繰り返す。

 見ている騎士団員たちも何が起こっているのか理解ができないレベルの戦闘だった。


「神だか何だか知らねェがァ! 形だけの長老しかいねェこのクソ国で! 実質指揮を執るのは騎士団(てめェら)だろうがァ!!」


「だからサボってるわけじゃ……ッ!?」


 再び、鉄パイプと刀が重く鍔迫り合う。火花が散った。

 ヴィクターは目を見開く。


「キミって奴は、祖国を馬鹿にしてるのか!? 神を冒涜してるのか!?」


「だから何だよォうるせェなァ! 姿も見えねェ神を崇める『ベール教』とかいうイカレ集団と、何が違うってんだこの国はァ!!」


「……!」


 鍔迫り合いを止めたかと思いきや、ナイトは怒りのままに何度も鉄パイプを叩きつける。

 見え見えの乱雑な動きを全て冷静に捌いたヴィクターは、


「あぁっ!! ――唾が飛ぶんだよ鬱陶しいっ!!」


「おァ!?」


 隙を突いて刀で薙ぎ払い、鉄パイプごとナイトの体を吹き飛ばす。

 民家に激突したナイトは、大破した民家の中から起き上がるが、


「ッ――!?」


「――『吸血鬼』としてこの国で生まれた!! だから国も神も大事な存在、それだけだ!!」


 起き上がった瞬間、飛んできたヴィクターの蹴りが腹にクリーンヒット。


「ォおォォッ……!!」


 大破した民家さえも爆散し、ナイトは霧を乱しながら、果てしなく遠くまで飛んでいく。


 あらゆる痛みを抱えながら……



◇ ◇ ◇



 着地したヴィクターは身を屈め、呼吸を整える。

 危うく冷静さを失いかけた。


(本当に……強かった……でもさすがに今ので終わったろう……ったく、月に一回の吸血の日はもう少しなのに)


 顔の汗を拭い、後方に目をやる。


「な、何て強さだ……副団長!!」

「あの猛獣を倒した!」


 見ていた部下たちは感動と尊敬の眼差しでヴィクターを見つつ、大喜び。


「あぁ……まぁボクにかかればこんなところさ……さて拘束して連れて行くかな……」


 ナイトの処遇を決めるフリをしながらも、本当のヴィクターの心配事ははしゃぐ部下たちのもっと後ろの方にあり――




「『吸血鬼』『吸血鬼』『吸血鬼』ィィィィ……」


「「「っ!?」」」




 何キロも吹き飛ばされたはず。

 軽傷じゃ済まないはず。


 そんな血まみれのナイトが、気づけばすぐそこに佇んでいる。



「な……」


「吸血鬼ってもんが、そんなに偉いのかァァァァァァァァァァァァァァァ――――!!!!」



 吸血鬼という種族に生まれたとは、とても思えない叫び。

 理性のある生物には不可能な表情。


 完全に油断していたヴィクターは、庇おうとしてくれた部下もろとも鉄パイプに殴られる……



◇ ◇ ◇



「――ヴィクター」


「ぐっ……団長……!」


 ナイトに数度殴られたヴィクターは、激突させられた民家から這い出した。

 するとそこにいたのは、


「今度は誰だァ……?」


 ナイトの知らない男。

 薄い茶色――亜麻色のポニーテールの人物で、少し中性的な顔をしたヴィクターよりももっと女性っぽい。


 何というか、男にしてはナヨっちい。

 弱そうだった。


 そう評価をつけたナイトは、コテンパンにした騎士団員をその辺に投げ捨てる。

 弱そうな男が――何とも言えない表情でこちらを見てくる。


 こちらを見ながらも、彼が話しかけるのは副団長ヴィクター。


「君は情に厚い男だ。――仲間の制止を振り切ってまで『路地裏の猛獣』に挑んだのには訳があるね?」


「……えっと……」


 まだ敗北したとは言えないものの、ゴロツキに圧倒される情けない姿を晒してしまったヴィクターだが、戦闘の『キッカケ』を見やる。


「なるほど。責めはしないよ」


 傷付いた団員。

 ナイトにやられた部下がいた。


 ヴィクターは部下に気を使わせないよう『面白そうだから』と嘘をつき、ナイトにやり返そうとしていたのだ。

 結果、他の部下までも巻き込んでしまったが。


「ハッ、下らねェ……」


 そんな理由を知ったところで同情の余地も無いと、吐き捨てるナイト。

 ポニーテールの男の柔和な表情が、微かに険しくなった。それでも微笑みながらナイトに掌を向け、



「やぁ、どうも。僕は騎士団の団長をさせてもらっている。カームだ」


「……団長ォ!? てめェが!? あァ納得がいったぜ、こんな弱そうな団長じゃァまともに仕事ができねェわけだ!!」



 副団長に砕けた話し方をしている時点で薄々わかってはいたが、彼こそが騎士団の団長だという。

 ひ弱な者がトップにいる組織など、幹部から末端まで全てひ弱に決まってる。それがナイトの考え方だった。


「一部始終を聞かせてもらったよ。確かに騎士団の問題は山積みだ。大都市アネーロの住民との吸血契約の計画とかも――」


「だァから!! 外とそういうのをやる前にィ、まず内側から掃除しろってんだァ!!」


「うん…………うん、君の言う通りだね。僕らは急ぎすぎているかもしれない」


「……急に同意してくんじゃねェよ!? 嘘臭ェってんだよォ!」


 今までの騎士たちの対応と違いすぎて、ナイトは不気味ささえ覚える。

 だがどうせお世辞というか、こちらを動揺させるための作戦に決まっているのだ。


「嘘じゃない。『猛獣』なんて呼ばれ方をしているから、もうちょっと短絡的なのかと思っていたのに、すごく()()()な人で驚いてる」


「……!?」


「君のような人の知恵を騎士団に齎せたら、とても良いことだって思うよ」


「俺の……知恵!?」


 あの男――カームとかいう女々しいあの男の言ってることが理解できない。

 これまでに言われたこともない言葉を次々に並べ立てられて、脳が混乱する。


 そうか、混乱だ。


 これこそが奴の手口。

 油断させてナイトを仕留めるつもりでいるのだろう。


「その手にゃ乗らねェ――ナメてんじゃねェぞォォッ!!」


 ここまでの会話で生まれた違和感をスッパリと捨て去り、頭を空っぽにしてナイトは鉄パイプを構え直す。

 一方、カーム団長はナイトの様子にも微動だにせず、


「それはそれとして……仲間を傷付けたことを許すわけにはいかないね」


 カームはカームで、先程の褒め言葉(?)を全て切り捨てる発言。

 腰の刀にゆっくりと手を添える。


「団員どもも副団長もォ、俺には敵わなかったぞ!? 団長の実力も知れるってもんだァ!」


 ドシンッと踏み込み、そのままナイトは大地を蹴りつけて、






「覚えておいてほしい。何事も、見かけでは判断できない」






 ナイトの視界を、大量の鮮血が埋め尽くす。


 誰の血?


 ――自分の血。



「か……ァ……」



 鉄パイプが両断されている。

 ひどく遅れて、ナイトは自分の体に蔓延る熱に気づく。

 正面から――大きく斬られていた。



「……ァ……ァ……?」



 焼け付くような熱は、やがて痛みへと変わっていく。

 その痛みが強すぎて、ナイトは意識を保っていられない。



(う……そ……だろ……?)



 何もできず後ろにぶっ倒れる。

 ぼやける視界に映るのは――まるで強風でも発生したかのようにパッと霧が晴れた、青空だけ。



「がフッ……ゴボッ……」



 血の塊が、喉を圧迫しつつ、口から溢れ出す。苦しい。


 おかしい。

 おかしい。


 絶対におかしい。



(あの……やろ……)



 自分は斬られたのだ。

 でも気づけなかった。


 速すぎて見えなかったから?


 違う。


 倒れる寸前にナイトは見た。


 カームはあの場から()()()()()()

 一歩たりとも動いていない。


 ただ腰の鞘から刀を抜いた。

 ただそれだけ。




(斬撃を飛ばしやがった――――)




 ナイトは、とうとう意識を手放す。



◇ ◇ ◇







「副団長、大丈夫ですかっ!?」


「ああ……サシャか」


 一瞬で終わってしまった戦いを見届けたヴィクターのもとへ、若き第一分隊長の女――サシャが駆け寄る。

 隊員たちも連れている。そんなに大事件の扱いをされているのだろうか。


「あ、あの倒れてるのが……」


「『路地裏の猛獣』さ。見たところ、ボクと同い年っぽいけど」


「……あれは団長が?」


「もちろん」


 カーム団長の強さを知っている者なら、あの程度のゴロツキを一撃で倒せるなんて疑いようもない。

 カーム団長の性格を知っている者なら……なぜ今までこうしなかったのか、簡単に予測ができる。


「暴力は嫌い、ですのに……辛かったでしょうね」


「そうだね。でも団長は本当に圧倒的だ。彼には誰も敵わない」


「はい」


 傍目からは弱そうにしか見えないカーム団長の背中を見ながら、ヴィクターはシルクハットを被り直す。

 俯いて、



「ボクも精進しなければ……彼の役に立てるように」



 悔しそうに拳を握りしめ、歯を食いしばった。



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