第220話 『先が見えない階段』
※最近、書こうと思ってたことを書き忘れて直後に修正するのが頻発してます。
結構大事なことが後から足されてたりするので…ご注意ください。
またしても吸血鬼ナイトは、自分よりずっと弱い人間に、してやられてしまった。
そこらの人間の膂力など虫けらに等しいというのに、彼の『怒り』を全身に浴びると、体を抵抗させることができなかったのだ。
「ゥ……」
「『無事か』、じゃないんだよ……!!」
「……!」
「――遅い!!!」
それも相手はホープ・トーレス。
さんざん『弱虫』呼ばわりしてきた男に胸ぐらを掴まれ、壁に叩きつけられる。
いつの間にか――完全に立場が逆転してしまったようだ。
「ま、まぁまぁホープくん……今回はわたしがフォローできたことだし、ナイトくんだって……」
「『今回は』……だよね?」
「っ、えっとぉ……」
声をかけたセレスタイトだったが、振り向かず応えたホープに一言で黙らされてしまう。
ナイトと今後もずっと付き合っていくのなら、今後もずっとこのザマでは話にならない、ということだ。
「師匠、ここはホープに任せましょ」
「え……大丈夫?」
「大丈夫よ」
戸惑うセレスタイトと対照的に、ホープから何かを聞いていたレイは真っ直ぐに二人を見つめている。
仮面で顔は見えないものの、その態度にも言葉にも一切の迷いが無いようだった。
今のやり取りで――ナイトは味方を失った。
ホープはすごい剣幕で続ける。
「レイが死んでたらどうする!?」
「……っ!」
「いつもいつも、何でおれが君に『守りたいもの』を託すんだと思う!? おれじゃ守れないからだ! 君には守る力があるからだ! そうだろう!? 否定してみろ!!」
「…………」
「セレスタイトさんがいなかったら、おれたちは二度と合流できなかった!! 自覚あるの!?」
そもそも、どうしてナイトが単独行動をしたのか、という問題がある。
最悪のタイミングでナイトは吐いた。
「俺だって……まさか『第一分隊』の生き残りが……もう出てくるとは……」
どんな経緯かは不明だが、どうやらあの吸血鬼狂人はサシャやオルガンティアの仲間だったようだ。
「まさか? ……それを危惧して先に行ったんじゃないの?」
「ッ!」
「……どんな危険があるかわからないから様子を見てくる、みたいなこと言ってたな!? じゃあ例えばどんな危険があると思ったんだよ!」
「……!」
「言い返せないんだ。少しでも可能性があったなら、先に教えてほしかったな!!」
あれだけ言ったのに、またしてもナイトは細かい可能性をこちらに伝えずに先走ってしまった。
「そんなことでレイが死んだら、どうせ君は自決するほど後悔するくせに」
「ッ!!」
「自分が後悔するようなことばっかりするなよ!」
ナイトの性格を理解しているホープ。完璧に読まれてしまい、ナイトは俯くしかない。
「……あたしのこと殺しすぎじゃない……?」
意味はわかるが、あまりにも『レイが死んだら』というのを強調するのでレイは悲しくなってきた。
だが気にせずホープは続ける。
「根本から言うと、そもそも単独行動で偵察に行く必要も無かっただろ!? どんな危険があっても! 最近は前ほどやってくれないけど、君が誰よりも早く察知してみんなを守ってくれれば良いだけだ! 違う!?」
「…………」
「……本当に『仲間』が大切ならね」
「……っ」
「君は強いだけじゃなくて、優しいと思ってたんだけど……おれの思い違いだったかな……」
「……っ!」
前半の怒号よりも、後半の悲しそうな言葉の数々に、ナイトは酷く心を抉られる。
怒りながらも悲しそうに視線を逸らすホープを見て、胸が張り裂けそうだった。
「本当は……おれが責められることじゃない。わかってる」
「……?」
「でも元々おれの強さなんか誰も期待してないんだ。君は違う、みんなが君の強さを頼りたがってる」
「…………」
「それぐらい君は強いんだから……もっと、みんなの期待に応えてくれよ!! もっと頼らせてくれよ!! おれたちをもっと、助けてくれよ!! この話この前もしたよ!!」
「……っ」
似たような話を、少し違う形で再び叩きつけられるナイト。
彼は何も。何も言い返せない。
「そんなんじゃ――近い内、仲間でいられなくなるかもよ」
「なっ……? ……す、すまねェ……」
おれに謝ることじゃない、とホープは厳しく言おうとしたが寸前で辞めた。
たぶん彼もわかっている。無意味な謝罪であると。
それに――既に頭を抱えているナイトにそこまで追い討ちをかけてしまうと、本当に自決しかねない。
◇ ◇ ◇
「そういえば。セレスタイトさん」
「ん……ふぇっ!?」
霧の中をナイト先導で四人で歩いていると――何事も無かったかのようにホープが尋ねる。
気まずさがあるかと思いきや、彼の意外にも淡白な声色にセレスタイトは驚いてしまったようだ。
「あなたは……その、正体を隠さないんだね。帽子は大きいけど」
「あ、あぁ、確かに。魔導鬼はどこに行ったって良く思われないもんね」
自嘲的に言って、とんがり帽子を取るセレスタイトは、自分の赤い手を見る。
その手は――先程ホープを救った後、彼に差し伸べた手だ。
彼は全く迷わず赤い手を力強く握り、立ち上がった。
セレスタイトにとっては、とても嬉しい触れ合いだった。
そしてホープが魔導鬼に対しても公平に接してくれることの何よりの証拠。
レイに言われてわかってはいたものの、実際に触れたことでホープへの信頼度は爆上がりしたのだ。
「嫌なこと言われたこともある?」
「あるけど、差別してくるような奴は魔法でぶっ飛ばしちゃう♡」
ぶっ飛ばすというのは、先程のような光線の魔法で黒焦げにしたり、風穴を開けるということだろうか。
ホープのような普通の人間としては……想像するとちょっと怖い。
「でもね」
「?」
帽子を取ったことで露わになった長い金髪を、セレスタイトは耳にかけながら、
「それはそれとして……レイちゃんが仮面を付けることに拘る気持ちも、すごくわかるの」
「っ!」
「だから、ホープくんやナイトくん、他のお仲間さんたち……レイちゃんに優しくしてくれることが、自分のことのように嬉しい。深く感謝してるの」
「…………」
「これからもずっと、あの子があの子らしく生きていけたらいいね」
セレスタイトがこんなに真面目な態度ができるとは。バカにしていたわけではないが、あまりのギャップにホープは息を呑む。
そして、
「……おれは……レイが苦しんでるところを何度も見たし……何度も苦しませた」
「…………」
「もう苦しませたくない。死と隣り合わせの世界だけど、少しでも彼女が過ごしやすい環境を作りたい。これからもずっと……あぁ、おれが生きてる限りはね」
軌道修正がギリギリ追いついた。ホープが言う『ずっと』という期間は、かなり短いかもしれないから。
◇ ◇ ◇
「カ"ァッ」
「来たな」
スラム街のような通りを抜けるところ。
ナイトは長い間サボらせ気味の『気配を察知する技能』をフルに働かせ、
「しィっ」
「ァカ"」
濃霧の中から突っ込んでくる吸血鬼狂人の顔面へ、有無を言わさず斬撃。
すぐに振り返り、
「危ねェっ!」
駆け出した方向ではホープがマチェテを力いっぱい振り下ろし、
「……!」
「オ"ク"ッ」
スケルトンの頭部をカチ割る。
そんなホープとレイの間をすり抜け、
「ウ"ォアァッ――」
刀で斬り上げ、もう一体の吸血鬼狂人の頭が真っ二つに裂けた。
ナイトは刃の血を振り払って納刀。
「人数としては……これで『第一分隊』の生き残りは全滅のはずだ。サシャは……出てこねェとこを見ると、やはり死んでねェだろう」
「じゃあ他に吸血鬼の狂人はいないはずなの? 絶対に?」
「絶対と言い切るのはアレだが――そもそもこの国の吸血鬼はほとんど皆殺しにされた。これ以上出てくる可能性は相当低い」
『ほとんど』の言い方的に、この国が滅ぼされた時の生存者はナイト、ヴィクター、あとは『第一分隊』なのだろう。
なぜ他の国民が死んでいる中『第一分隊』だけが生き残っていたのかは謎だが……
「ったくよォ……どいつもこいつも、簡単にスケルトンにやられやがって……」
「……ナイト」
「あ?」
「今斬ったそいつらは騎士団の仲間だったんじゃないの?」
「…………」
ホープは――デュラレギア鬼神国にやって来て、もっとナイトは情緒不安定になるものだと思い込んでいた。
サシャのみならず、他の変わり果てた元仲間とも戦わなければならない状況。だというのに彼は、
「まァ『仲間』ってのァ……間違いではねェんだが……」
「…………」
あまり思い入れが無さそう。
それとも精神力で弱みを見せないようにしているだけか。
いや、豆腐メンタルが崩れまくっている今のナイトにそれは無理なはず。
「『故郷を守れなかった』……って嘆いてなかったっけ」
「あ、あァ……確かに言ったな……」
ナイトは考え込んだ様子を見せながらも、天空まで続くバカみたいに長い階段の、その麓から上がり始める。
三人も後に続いて階段を上がっていく中、
「だが俺の後悔は――『故郷そのもの』じゃねェと思う。『ここを俺の故郷たらしめてくれた人』を守れなかったこと……と言うべきか」
「っ」
「……階段は長ェ。暇潰しに丁度いい、俺の過去を少しずつ話す」
許可を得たい、という意味も込めてナイトは三人に視線を送る。
そして身を震わせた。
「うん。聞かせてくれ」
ホープが『やっとか』と言わんばかりの笑顔を見せていたのだ。
足元もおぼつかない濃霧の中――ナイトの昔話がゆっくりと始まった。
◇ ◇ ◇
――――とある古びた家屋の中。
幼い少年とその両親が、明るい外から玄関をくぐり、薄暗い中へと踏み入れた。
対するは、似たように幼い少女とその両親である。
少女は、
「…………」
「大丈夫」
「何ともないさ」
ひどく怯えた様子で、両親がそれを焦ったように励ます。
そんな少女に、今から少年は近づいていかなければならない。
なのにまだ体が動かない。
「ハァ……ハァ……ッ……」
5歳のナイトは棒立ちで、少女が両親に縋りつくのを呆然と見つめていた。




