第215話 『徳を以て怨みに報ゆ』
『十三人の傭兵団』の一員、バッカスという男は、バーク大森林の小道で獲物を見つける。
水色の髪をした、なかなか綺麗な顔をした黒人女性である。白っぽいロングスカートがよく似合う。
(これまた弱そうな女だ……)
常に困り眉で、自信の無さそうな表情。
そんな女に、バッカスはにこやかに話しかける。
「どうもお嬢さん」
「あっ……あっ、えっ、あっ」
「探してるんだよ、ホープ・トーレスという名前の……青髪で『赤い目』を持つガキを。知ってるか?」
見た目通り、彼女は話しかけられた瞬間から背筋を丸めてオドオドしまくっている。
「あっ…………」
「ん?」
「ああっ、えっと……えっとっ」
ホープの名前を聞き、ドミニクは一瞬だけ黙って目を泳がせてしまった。
バッカスにとっては、
(やっぱりな。知ってる反応だ……)
他の傭兵からの情報で、この付近一帯にはホープの仲間が移動していることが多い。
彼女も関係者なのではないかと当たりをつけていたのだ。
(関係者は殺せとの契約)
さっさと済ませよう。
バッカスは右手でドミニクの顔面にパンチを入れる。どうせ死ぬのだし、女だからって手加減をする義理もない。
さて、今ので彼女は倒れて――
「!?」
倒れてない。それどころか怪我をしてるようにも見えない。
どうなっている? バッカスは全力で殴ったはずだが。
「っ」
まぐれだ。今この瞬間、何らかの奇跡が起きたのだろう。
バッカスは左手にナイフを持って、ドミニクを斬りつけてやろうと――
「ごめんなさいっ」
腕で払いのけられると、自然と左手から離れたナイフが飛んでいく。
え??
「えっと……すみません、今の暴力を私が許せば……私たちって、まだお友達になれます……よね?」
「は……?」
「あ、あのっ握手しましょう、ほら、手を出して」
困惑する。
今の暴力――というのは、最初にバッカスが殴ったことだろう。
流れでドミニクはバッカスの右手を持って、強制的に握手の状態にされた。
その一連の流れの中で、気づいたことがある。
(あれ……さっき払われたので……左の手首、折れてんじゃねぇか?)
握手してる右手はいいが、ドミニクが無視した自身の左手を見る。
ブランブランだ。まるで骨が繋がっていないように――
「ごめんなさいっ」
ドミニクが俯き、謝罪する。
その瞬間『バキバキッ』と音がした。万力のような握力がバッカスの右手を押し潰す。
「ッ!? ぐあっ……!!」
骨まで砕かれた右手を抱えながら、痛みに膝をつくしかない。
(こいつ……!?)
頭が混乱している中、
「ごめんなさいっ」
変わらず申し訳無さそうに言ってくるドミニクに対し、セリフだけで戦慄してしまうバッカス。
だが、
「ちょっ」
今度は、飛んでくるのは言葉だけでは済まなかった。
恐らく顔面にパンチされた。恐らく、というのは、まるで鉄の塊がぶつかってきたような衝撃だったからだ。
殴られたバッカスは吹っ飛びながら空中で何度か回転し、脳天で地面を抉ったりしながら転がっていく。
ほとんどKO状態だが、まだ動ける。
まだ――
「おい……てめ……」
震える手のひらをドミニクに向ける。
彼女はそれを無視して猛然と近寄ってきて、バッカスを押し倒して馬乗りになった。
「ごめんなさい……!」
殴る。
殴る。殴る。ドミニクは、抵抗する力も無いバッカスに、拳を振り下ろし続けた。
「ごめんなさいごめんなさいっ……」
謝りながら。泣きながら。
――殴り殺した。




