第209話 『誓いと覚悟』
「ちょ、ちょっと? 囲んでるのってスケルトンじゃないの!? ナイト!」
「たぶん人間だなァ」
「何なのよ、もう!」
杖を構える手が震えているレイが問うて、ナイトが答える。感知能力に長けている彼が言うのだから間違いないだろう。
ホープは何となく、相手が人間だとわかっていた。スケルトンや狂人なら躊躇いなく突っ込んでくるはず。
だが囲んでいるという何者かは、音も立てずにこちらの様子を窺って――
「ッ、伏せろ」
ナイトが言うと、二人とも身を低くする。
何かが高速で頭上を通過した。
「ちィッ」
今度はナイトが二人の周囲をグルリと回り、何かを刀で弾く。
刃物が飛んできたらしい。
「……!」
悔しいことに、全く反応できない。
ホープもレイも知らない間にナイトが防御してくれたから生きているが、彼がいなかったら既に死んでいた。
いや、ホープは殺されないかも?
なぜなら、
「……こいつら『カラス』かしらね?」
「……関係者だろうけど……エドワードやエムナスみたいに雇ったのかも」
明らかに目的があって襲ってきている。奴らの狙いはホープの生け捕りか。
ナイトが四方八方からの攻撃をガードしてくれている中、小声でレイと会話。
『カラス』という存在は、これまでの情報だと『義手の男一人』と考えられる。
他にしっかりとした仲間がいる可能性もあるが、エドワード、エムナス、と同じパターンが続いているので、今回もまた同じだと考えていいかもしれない。
「ごめん。おれは、こんな奴らに喧嘩を売ってしまった……」
「え? ホープが挑発しなくたって、エムナス・ファトマを撃退した時点で決まってたんじゃない?」
「……わからないよ」
ニックからも注意されたが、ホープはもしかしたら、怒りに任せて余計な挑発をしてしまったのかもしれない。
そうじゃないとしても、
「……どちらにせよ『カラス』が狙ってくるのは、おれの右目のせいだ。おれのせいでグループ全員が危険に晒されてるのに変わりはない」
「そ、そんな……」
冷静に話しているように見えて、ホープの精神状態はやっぱりよろしくない。
今こうして面と向かって話しているレイだって、巻き込んだ一人。自責の念に取り殺されそうだった。
――だが今は。
――今だけは、進んで『自殺』をするわけにはいかない。
今だけは、『敵に殺される』のもダメだ。
ホープは覚悟を決めて立ち上がる。
「んんっ」
二人の背後に回ったナイトがまた刃物を弾く。
そして気づくとホープの正面側の地面に短剣が刺さっていた。
先程ナイトが弾いたものだろう。黒い服の者が茂みから飛び出し、それを回収しようと姿勢を低くして走ってきた。
「ッ」
「!?」
素早く二人の頭上を飛び越えたナイトが刀を振り上げ、地面から短剣を抜き取ったその人間に狙いを付ける。
「洒ァ落ッッ、臭ェェ――――!!」
「っ!!」
刀の一撃は敵には避けられてしまったが、爆発かと思うほど大きな音とともに地面が抉れ、土埃が霧のように舞った。
「これで敵も見えねェだろうよ」
どうやらナイトは一時的な目眩ましをしてくれたようだ。
「……聞こえてた?」
「あァ、だいたいな」
「じゃあ話は早いね。敵は何人ぐらい?」
「六人、と思うが」
「わかった――おれが一人仕留めるから、残りは全部頼む」
「「は?」」
「あとレイを守って。おれじゃ守れないから」
「「は??」」
矢継ぎ早に話して、ホープはさっさと土埃から飛び出そうとしている。
すると「待て」とナイトが腕を掴んできて、
「急にどうしたてめェ? たかが人間六人だ、俺だけでやれる。二人とも近くにいてくれねェと守れな――」
もちろんナイトのことは頼りにしている。気を使って人数を減らしてあげる、なんて大層なことも望んでいない。
けれど、
「おれがやらなきゃダメなんだよ……ナイト。本当は、全員おれがやらなきゃ……でもそんなの無理だから、五人は君に任せるんだ」
「はァ? 無茶言ってんじゃねェぞ。得体の知れねェ相手と一対一でやるのだって、充分危険だろォが」
「大丈夫。だって奴らの目的は――」
不思議がられているホープは、そんな予感がして土埃の向こうの茂みを指差す。
と、
「――そこの三人組! 聞こえているか! 俺たち『十三人の傭兵団』の目的は『ホープ・トーレスの生け捕り』だ! 大人しく引き渡せば、他二人の命を助けてやる!」
吸血鬼が相手になっていることを理解してか、交渉のようなことを持ちかけてきた。奴らは『傭兵』らしい。よくわからないがそういうことにしておこう。
ついでにホープの予想は当たっていた。
「ほらね? おれは殺されない」
「だがてめェ、負けたらどこかに連れて行かれんだろ?」
「負けない」
あまりにも強気で強情なホープに根負けしそうになるナイト。彼に代わってレイが、
「どうしてそんな自信満々なのよ!?」
「――おれは『カラス』に……あの男に誓った。『おれの手で殺す』って」
「っ!!」
「だから……こんな奴らの一人にぐらい、勝てるようになっておかなきゃいけないんだ!」
そんな覚悟を飲み込んでも、まだナイトは腕を離していなかった。
「なぜそんなに、こいつらにこだわる? 修行でも何でも、俺が手伝ってやらァ。ひとまずこいつらは俺が――」
「こだわるのにも理由がある。『筋』を通さなきゃいけないんだ」
「あァ?」
「おれが、おれの右目が、呼び寄せた連中だ。一人ぐらいはおれが殺さないと、みんなに面子が立たないよ」
「……どんだけ真面目だてめェ……」
――実はあのキャンピングカーで酒を飲んだ後に……コールと少し話したことがあった。
自分自身が筋を通さないでどうする。
「っ」
ナイトが腕を離すと同時――ホープは先ほど声がした方向の茂みへ、マチェテを抜きながら突撃する。
「ホープっ! し……死なないでよ!?」
後ろからレイの声。殺されないとはわかっていても、ホープの意思を確認したかったのだろう。
「『カラス』を殺すまで、おれは死ねない!!」
これが真相。
安易に誓いを立ててしまったせいで、ホープは一時的に自殺が不可能になったのだ。
後先考えなかった自分を呪いたいが、まぁ『カラス』を殺すこともまた必須事項だから、どうしようもないか。
逡巡しながらも足は止めない。
ターゲットが土埃から飛び出して、しかも自分から向かってくるなんて予想外の動きだったのだろう。刃物が飛んでくる前に、敵に辿り着いた。
「ん!?」
傭兵の一人に飛びかかると、森の中なのにポッカリと開けた場所に転がり出た。
勝つか負けるか。この場所で命運が決まる――




